3話 三
読み方を変える
『何うしてお前は、林谷蔵から品物を預れないのだね』
『それは先に一度預つて迷惑をした事が御座いますから。』
『そんなら猶の事ぢやないか、何故断つてしまはないのだね』
『ですから断りましたけれど無理において行つたのです。』
『谷蔵とはお前は何時頃から知り合ひになつたのだね?』
『十年前に氷屋をして居りました時に知りました。』
『そしてお前と谷蔵は何か関係をしたのだね?』
『はい』
『で其の時から谷蔵が、あんな事をする男だと知つてゐたのかね』
『いゝえ、知りませんでした。』
『ぢや、それと分つたのは後になつてからの事だね』
『左様です』
『でそれからも行き来をしてゐたかね。』
『いゝえ』
『それでは去年の十一月頃に突然に訪ねて来たのだね』
『左様です。』
此処で暫く裁判長の訊問はとぎれました。そして彼方此方、記録をめくつてゐました。検事の退屈さうな様子は最初から気の毒な程でした。まるで自分とは関係のない問答がはじまつてゐるのだと云ふやうな様子で、あるときは傍聴者の顔を一つ一つ眺めまはしてゐるかと思ひますと、外の方をさもポカンとした顔をして眺めてゐます。
『どうだね、さつき聞いた事は。お前は預つたのではないと云つても、谷蔵の方では預かつたのだと云つてるし、実際に品物もお前の処にあつたのだらう? さうすればどうしたつて預つた事になるぢやないかね』
女はまた黙つてしまひました。
『あの裁判長はどうしてあゝ執つこくあの事を聞くのだらう?』
私はぢつと裁判長の顔を見ながら考へました。
女は数回に品物を預かつたには違ひないのでせう。けれど彼女が其の都度断つたと云ふ事も矢張り事実にちがひないのです。私が考へますのには、裁判長は何よりもその『預つた』と云ふ事実を被告に認めさせようとしてゐるし、女の方は『預かつた』と云ふ事をハツキリ認める事は、即ち自分が罪に堕されるのだと云ふ解釈をして、それも先づ、自分の意志が決して預るつもりではなかつたのだと云ふ事を極力主張したいのだと思ひます。けれども、悲しい事に無智な彼女は、その自分の意志に反して起つた事実を承認する為めに必要なその説明を裁判長にハツキリとする力がないのです。若しかしたら彼女は、その説明したいと云ふ気持すらも自分ではハツキリしてゐなかつたのかもしれないと私は思ふのです。彼女はきつと、たゞ無条件で『預つた』と云ふ事実を認めさしてしまはふとする所謂『事情を汲みわける事の出来ない裁判官』に反感若しくは不満を感じて口をつぐんだのです。裁判官の問ひ方に対して不満を感じたとしても、若しもその問ひに対してハツキリと批難を加へる事の出来ないものは口を噤むより他はないかもしれません。
ところで、あの聡明な裁判長、あの同情ある態度を見せてゐる裁判長がどうして此の被告の心理に対して無関心でゐるのでせう? とにかく、此の被告に対する判事のすべての態度は、厳正な裁判官としてよりも、もつと人情味の深い親切な態度だと云ふに憚らないのです。しかしながら此の訊問の一点に於いては裁判長は甚だしく執拗でした。いろいろに問ひ落して、どうしても其の事実を認めさせようとする風がありました。実際には裁判官の方から云へば、事実を認める事と、それについての弁明とは別のものだと云ふかも知れませんが、それは物の道理も自らよく解り理屈を云ふ事も出来る人間に対してのみ云へる事ではなからうかと私は思ひます。しかも裁判長の態度には、その教養あるものに対するのとは全るでちがつた同情があるのですから、その点でも当然もう少しの理解はあつてもいゝものだと私は考へたのです。もしも、どうしてもその事実を認めさせなければ裁判の進行が出来ないと云ふのであつたら、どうしてあんな意地の悪い問ひ方をしないで、もつと他の方法で尋ねられないのでせうか。彼女は間違ひなく預かつたと云ふ事は承認してゐるのですもの、たゞ彼女は単純に『預りました。』と云ふのを恐がつてゐるのです。預かつたのがどんなに止むを得ない事情の外にあるかと云ふ事を先づ裁判官に認めて貰つた後に、確かに預つたと承認したいのだと云ふ事は傍聴者の誰にも分る事なのを、当の裁判長が気づかれないと云ふ筈はないのです。だから唯だ一言
『お前が断つたと云ふこと、預るつもりはなかつたのは分るが無理におかれたにしろ何にしろ兎に角結局預つた事にはなつたのだらう?』
と云つたやうな調子に出られたら女は多分素直に返事したらうと私には思はれるのです。
どうでせう? 私の此の観方はあんまり世間観ずでせうか。もつともこんな問ひはずゐぶん滑稽に聞こえるかもしれませんね。だつて本当に世間のことに馴れ通じた人間はそんな一寸した裁判なんかを問題にしたりなんぞしませんでせうからね。でも、私はあの裁判長の特別に人情深い態度と、その執拗な意地悪な訊問に何んだか一種の皮肉な矛盾を見つけ出したやうな気がしてその点に非常に興味を引かれたのです。
その矛盾を、私は斯う云ふ風に観たんです。あの人情深い親切な態度はあのO判事の本当の人格のあらはれで、あの意地の悪い訊問振りは、無意識の間に染みこんだ職業的な一種の慣れがあゝ云ふ半面を形造つたのだと――。
そして私は直ぐにまた、あゝ云ふ態度を採る事の出来る裁判官がどんなに少いかと云ふ事、そして寧ろ殆んど大方の裁判官が厳正な裁判官でありたいと願つて、たゞもうその職業的な慣れをもつた裁判官と云ふ型の中に出来るだけ完全にはひらうとしてゐる事を考へますと、私は本当に心が暗くなつて来るのでした。
刑の量定――あの世界の人達は平気でそんな事を話し合つてゐるのです。私は他人の犯した罪の審判をすると云ふ事が、こんなに大任であり六ヶしい事であるかと云ふ事などは一ぺんも考へて見た事のないやうな、寧ろさう云ふ地位を天賦のものか何かのやうに考へてたゞ無自覚に、職業的な慣れで多くの根深い因果をもつた犯罪者とかたづけて行く人の事を考へますと何んとも云へない気がするのです。
もつとも、私はまた直ぐあとから、こんな事を一々気にしてゐてどうして安閑と今の世の中に生きて行けようと思つてそんな事は考へない事にしましたけれど、その時に私がさう云ふ事を真面目に考へましたのは事実なのです。
いくら退屈でも、もうこんな手紙はいやになりましたか? 少し長くなりすぎましたかねえ。でも聞いて下さい。私の手紙はまだこれでほんのはじめの方がすんだばかしなのです。私が此の裁判に対して或る腹立たしさを感じたのは、もつと他の事なんです。大分長くはなりましたけれど、私はまだちつとも疲れないんです。もつと/\書きたいんです。あなただつて、『監獄へくれる手紙ならどんな下だらない事を書いてもいゝ。どんなに長い手紙でも長すぎると云ふ事はない。』と仰言つた事の手前だけでも我慢して読んで下さらなければなりませんわ。