化鳥

5話 第五

1,365字 約3分 2003年5月29日 公開

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また(かほ)()して(まど)から(かは)()た。さつきは雨脚(あめあし)(しげ)くつて、宛然(まるで)薄墨(うすゞみ)()いたやう、堤防(どて)だの、石垣(いしがき)だの、蛇籠(じやかご)だの、中洲(なかず)(くさ)()へた(ところ)だのが、点々(ぽつちり/\)彼方此方(あちらこちら)(くろ)ずんで()て、それで湿(しめ)つぽくツて、(くら)かつたから()えなかつたが、(すこ)()れて()たからものゝ()れたのが(みんな)()える。

(とほ)くの(はう)堤防(どて)(した)石垣(いしがき)(なか)ほどに、置物(おきもの)のやうになつて、(かしこま)つて、(さる)()る。

この(さる)は、(だれ)持主(もちぬし)といふのでもない、細引(ほそびき)麻繩(あさなは)棒杭(ばうくひ)(ゆわ)えつけてあるので、あの、占治茸(しめぢたけ)が、腰弁当(こしべんたう)握飯(にぎりめし)半分(はんぶん)()つたり、(ばつ)ちやんだの、乳母(ばあや)だのが(たもと)菓子(くわし)()けて()つたり、(あか)着物(きもの)()()る、みいちやんの紅雀(べにすゞめ)だの、(あを)羽織(はおり)()()吉公(きちこう)目白(めじろ)だの、それからお(やしき)のかなりやの姫様(ひいさま)なんぞが、(みんな)で、からかいに()つては、(はな)()たせる、手拭(てぬぐひ)(かむ)せる、水鉄砲(みづてつぽう)()びせるといふ、()きな玩弄物(おもちや)にして、其代(そのかはり)(なん)でもたべるものを()けてやるので、(たれ)といつて、きまつて、世話(せわ)をする、飼主(かひぬし)はないのだけれど、(さる)()ゑることはありはしなかつた。

時々(とき/″\)悪戯(いたづら)をして、(その)紅雀(べにすゞめ)天窓(あたま)()を《むし》つたり、かなりやを引掻(ひつか)いたりすることがあるので、あの猿松(さるまつ)()ては、うつかり可愛(かあい)らしい小鳥(ことり)手放(てばなし)にして戸外(おもて)()しては()けない、(たれ)見張(みは)つてでも()ないと、危険(けんのん)だからつて、ちよい/\(なは)()いて(はな)して()つたことが幾度(いくたび)もあつた。

(はな)すが(はや)いか、(さる)方々(はう/″\)(かけ)ずり(まは)つて勝手放題(かつてはうだい)道楽(だうらく)をする、夜中(よなか)(つき)(あかる)(とき)(てら)(もん)(たゝ)いたこともあつたさうだし、(ひと)庖厨(くりや)(しの)()んで、(なべ)(おほき)いのと飯櫃(めしびつ)大屋根(おほやね)()つてあがつて、手掴(てづかみ)()べたこともあつたさうだし、ひら/\と(あを)いなかから(あか)(きれ)のこぼれて()る、うつくしい(とり)(たもと)引張(ひつぱ)つて、(はる)かに()える(やま)(ゆびさ)して気絶(きぜつ)さしたこともあつたさうなり、(わたし)(おぼ)えてからも一度(いちど)(たれ)かが、(なは)()つてやつたことがあつた。其時(そのとき)はこの時雨榎(しぐれえのき)(えだ)両股(ふたまた)になつてる(ところ)に、仰向(あをむけ)寝転(ねころ)んで()て、(からす)(あし)(つかま)へた、それから(ふご)()れてある、あのしめぢ(たけ)()つた、沙魚(はぜ)をぶちまけて、散々(さんざ)悪巫山戯(わるふざけ)をした揚句(あげく)が、(はし)(つめ)浮世床(うきよどこ)のおぢさんに(つか)まつて、(ひたひ)()真四角(まつしかく)(はさ)まれた、それで堪忍(かんにん)をして追放(おつぱな)したんださうなのに、()()けて()ると、また平時(いつも)(ところ)棒杭(ぼうぐひ)にちやんと(ゆわ)へてあツた。蛇籠(ぢやかご)(うへ)の、石垣(いしがき)(なか)ほどで、(うへ)堤防(どて)には(やなぎ)切株(きりかぶ)がある(ところ)

またはじまつた、此通(このとほ)りに(さる)をつかまへて此処(こゝ)(しば)つとくのは(だれ)だらう/\ツて、(ひと)しきり(さわ)いだのを(わたし)()つて()る。

で、(この)(さる)には出処(しゆつしよ)がある。

(それ)母様(おつかさん)御存(ごぞん)じで、(わたし)にお(はな)しなすツた。

八九年(まへ)のこと、(わたし)がまだ母様(おつかさん)のお(なか)(なか)(ちつ)さくなつて()時分(じぶん)なんで、正月、春のはじめのことであつた。

(いま)(たゞ)(ひろ)()(なか)母様(おつかさん)と、やがて、(わたし)のものといつたら、(この)番小屋(ばんこや)仮橋(かりばし)(ほか)にはないが、(その)時分(じぶん)(この)(はし)ほどのものは、(やしき)(には)(なか)(ひと)ツの眺望(ながめ)()ぎないのであつたさうで、(いま)(いち)(ひと)(はる)(なつ)(あき)(ふゆ)遊山(ゆさん)()る、桜山(さくらやま)も、桃谷(もゝたに)も、あの梅林(ばいりん)も、菖蒲(あやめ)(いけ)(みんな)父様(とつちやん)ので、頬白(ほゝじろ)だの、目白(めじろ)だの、山雀(やまがら)だのが、この(まど)から堤防(どて)(きし)や、(やなぎ)(もと)や、蛇籠(じやかご)(うへ)()るのが()える、(その)身体(からだ)(いろ)ばかりが(それ)である、小鳥(ことり)ではない、ほんとうの可愛(かあい)らしい、うつくしいのがちやうどこんな工合(ぐあひ)朱塗(しゆぬり)欄干(らんかん)のついた二階(にかい)(まど)から()えたさうで。今日(けふ)はまだおいひでないが、かういふ(あめ)()つて(さみ)しい(とき)なぞは、其時分(そのころ)のことをいつでもいつてお()かせだ。

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