不吉の音と学士会院の鐘

1話 不吉の音と学士会院の鐘

2,170字 約4分 2008年10月15日 公開

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 昼も見えたそうだね。渋谷(しぶや)の美術村は、昼は空虚(からっぽ)だが、夜になるとこうやってみんな暖炉(ストーブ)物語を始めているようなわけだ。其処(そこ)へ目星を打って来たとは(ふる)っているね。考えてみれば暢気(のんき)な話さ。怪談の目星を打たれる我々も我々であるが、部署を定めて東奔西走も得難いね。生憎(あいにく)持合(もちあわ)せが無いとだけでは美術村の体面に(かか)わる。一つ始めよう。

 しかし前から下調(したしらべ)をしておくような(いとま)が無かったのだから、何事もその(つもり)で聞いて貰わなければならない。あるには有る。例えば羅馬(ローマ)という国だ。この国は今言うような趣味の材料には、最も豊富な国と言っていい、都鄙(とひ)おしなべて、何か古城趾(こじょうし)があるとすれば(こと)に妙であるが、其処(そこ)には何等(なにら)かの意味に於いて、何等(なにら)かの(かい)が必ず潜んでいる。よく屋外よりも屋内が淋しいものだというが、荒廃に帰した宮殿の長廊下など、その周囲の事情から壁や柱の色合などへかけて、彼等の潜伏する場所として屈強の棲家(すみか)だと点頭(うなずか)れるのだから、そういうような話の方面からも、この羅馬(ローマ)を開拓すれば、何か(すこぶ)る面白いものを手に入れられるか知れぬが、今は一々(いちいち)記臆(きおく)に存していないのが(はなは)だ遺憾である。この遺憾を補う一端(いったん)として、最近読んだ書籍(ほん)の中から、西洋にもあり得た実例の一例として、その要領だけを引き抜いてみることにしよう。この話は最近読んだばかりだから、まだ記臆(きおく)には新しい方だ。色や光や臭いという方面から突込(つっこ)むのも面白いが、この話は音の怪に属する。

 (ほか)の事でも無い。英吉利(イギリス)の画壇で有名な人でハークマと言えば知らぬ人はない。この人はローヤルアカデミーの会員でもあるし、()つまた水彩画会の会員でもあって、(すこぶ)る有力な名誉ある人だ。近頃この人の自伝が二冊本になって出た。この本の中に今の所謂(いわゆる)(すこぶ)る怪めいた話が出ている。それがしかも(すこぶ)る熱心に真面目に説いてある。一言(いちげん)にして()くせば、自分の昵近(じっこん)な人の間に何か不吉なことがあると、それが必らず前兆になって現われる。いかなる前兆となって現われるかというに叩く音!

 どんな風に叩く音かといえばコツコツと叩く音だ。ハークマのお母さんの死んだ時もそうであったと()べている。この人には二どめの妻君(さいくん)があって、この妻君(さいくん)も死ぬことになるが、その死ぬ少し前に、ハークマは(たし)倫敦(ロンドン)へ行っていて、そして其処(そこ)から()える。一体(いったい)この人の平素(ふだん)住んでいるのは有名なブッシュというところで、此処(ここ)には美術学校もあるし、この土地はこの人に()って現われたので、ハークマのブッシュかブッシュのハークマかと(うた)われていたくらい、つまりこの怪談の場所は此処(ここ)になるのだが、その倫敦(ロンドン)から帰ってきた時は、(あだ)かもその妻は死に(ひん)していた時で、恰度(ちょうど)妹がいて妻の病を()ていた。その時部屋の窓の外に(あた)って、この時の音は少し消魂敷(けたたまし)い。バン……と鳴って響いた。(すなわ)ち妻が死んだのであった。()(かく)何か不吉なことがあると、必らずこの音を聞いたと、この自伝の中に書いてあるが、これが(ここ)所謂(いわゆる)『不吉な音』の大略(たいりゃく)であるのだ。

 それから()の一つの『学士会院(ラシステキュー)の鐘』と題した方は、再聞(またぎき)再聞(またぎき)と言って(しか)るべきであるが、これは(わし)に取って思出(おもいで)の怪談としてお話したい。怪談も真面目に紹介される日本の社会であることを知っておくと、西洋諸国の各地に徘徊する幽霊の絵姿など、それを(もた)らすのは何でも無かったが、その方は生憎(あいにく)遺憾(いかん)だ。

 この話の場所は仏蘭西(フランス)巴里(パリー)で、この巴里(パリー)には人皆知る如く幾多の革命運動が行われた。つまりこの革命運動の妄念が、巴里(パリー)の市中に残っているというその一例に属する話である。巴里(パリー)に於ける官立美術学校の附近に或る下宿屋がなる。一体(いったい)出来(でき)が面白い都会で、巴里(パリー)に遊んでその(いにし)えを(しの)ぶとき、今も()悵恨(ちょうこん)(はらわた)を傷めずにはいられぬものあるが、この附近には古画(ふるえ)や古本や文房具の類を(あき)なっている店が軒を並べて一廓(いっかく)()している町がある。つまりセインス(まち)に通ずるブルバーセンゼルマンという道路で、(わし)は六十六番の肉屋の二階にいたが、この店の目的とする下宿屋の番号さてそれはよく解らない。しかし同じ町内であるが、つまり思出(おもいで)の一つであるのだが、その下宿に宿を取っていた或る学生、(たし)か或る法学生があって、この法学生の目に見えた妄念の影があるのだ。真夜(しんや)だという。一体(いったい)あちらの人は、夜寝床に()く前になると、一般に蝋燭(ろうそく)(とも)(なら)わしであるのだが、当時(そのとき)恰度(ちょうど)その部屋の中に、或る血だらけの顔の人が、煙の如く影の如く()うしても見えるというのだ。それから取調(とりしら)べてみるとその下宿屋の前身というのが、もとは尼寺であったので、巴里(パリー)の市中に革命の行われた時は、何でも病院に当てられていたこともあった。だからつまりその妄念の霊が姿を見せるのだろうと、(すべ)てこのだろうの上に成立する話であるが、まアざッとそういうような話で、その刻限は(あだ)かもその向うに見ゆる学士会院の屋上に(そび)えている時計台の時計が二時を報ずる所謂(いわゆる)丑満刻(うしみつこく)で、こういうことは東西その()(いつ)にするのかも知れぬが、(わし)も六十六番の二階で、よくその時計の鳴音(なるおと)を聴いたのが今も耳の底に残っている。東洋趣味のボー……ンと鳴り渡るというような鐘の声とは違って、また格別な、あのカン……と響く(かん)音色(ねいろ)を聴くと、慄然(ぞっ)身慄(みぶるい)せずにいられなかった。つまり押しくるめていえば学士会院の二時の鐘と血だらけの顔、そしてその裏面(りめん)に潜む革命の呻吟(うめき)、これがこの話の大体である。

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