11話 野衾 五
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「人気だい、人気だい。や、すてきな人気じゃ。お菓子、おこし、小六さん、小親さん、小六さんの人気おこし、おこしはよしか。お菓子はよしか。」
いまの能の品評やする、ごうごうと鳴る客の中を、勢いよく売ありきて、やがてわが居たる桟敷に来りて、
「はい、これを。」
と大きく言いて、紙包にしたる菓子をわが手に渡しつ。
「楽屋から差上げます。や、も、皆大喜び、数ならぬ私まで、はははは。何てッてこれ坊ちゃんのようなお小いのが毎晩見て下さる。当興行大当、滅茶々々に面白い。すてきに面白い。おもしろ狸のきぬた巻でも、あんころ餅でも、鹿子餅でも、何でもございじゃ、はい、何でもござい、人気おこし、お菓子はよしか。小六さん、小親さん、小六さんの人気おこし、おこしはよしか。」と呼びかけて前の桟敷を跨ぎ越ゆる。
ここに居て見物したるは、西洋手品の一群なりし。顔あかく、眼つぶらにて、頤を髯に埋めたる男、銀六の衣の裾むずと取りて、
「何を!」と言いさま、三ツ紋つきたる羽織の片袖まくし揚げつつ、
「何だ、小六さん、小六さんの人気おこしたあ何だ。」
「へい。」
「へいじゃあない、小六さんたあ何だ。客の前を何と心得てるんだ。獣め、乞食芸人の癖に様づけに呼ぶ奴があるもんか。汝あ何だい、馬鹿め!」
と言うより早く拳をあげて、その胸のあたりをハタと撲ちぬ。背後に蹌踉けて渋面せしが、たちまち笑顔になりて、
「許させられい、許させられい。」
と身を返して遁げ行きぬ。
この時、人声静まりて、橋がかりを摺足して、膏薬練ぞ出で来れる。その顔は前にわれを引留めて、ここに伴いたるかの女に肖たるに、ふと背後を見れば、別なるうつくしき女、いつか来て坐りたり。黒髪を束ねて肩に懸けたるのみ、それかと見れば、俤は舞台なりし牛若の凜々しげなるには肖で、いと優しきが、涼しき目もて、振向きたるわが顔をば見し。打微笑みしまま未だものいわざるにソト頬摺す。われは舞台に見向きぬ。
背後見らるる心地もしつ。
ややありて吸競べたる膏薬練の、西なる方吸寄せられて、ぶざまに転けかかりたる状いと可笑きに、われ思わず笑いぬ。
「おもしろうござんすか。」
と肩に手をかけて潜めき問いぬ。
「よく来て下さいますね。ちょいと、あの、これを。」
渠は先にわが投げ棄てし銀貨入を手にしつつ、
「私これ頂いときますよ。ね、頂戴。可うござんすか。」
「ああ。」
また頷けば軽く頂き、帯の間に挟みしが、
「木戸のがね、お気に入りませんだったら叱ッてもらってあげますから、腹を立てないで毎晩、毎晩、いらっしゃいましな、ね。ちゃんとここを取って、私のこのお蒲団敷いてあげますわ。そうしてお前さんの好きなことをして見せましょう。何が可いの、狂言がおもしろいの。」
「いいえ。」
「じゃあ、お能の方なの。」
「牛若が可いんだ、刀持って立派で可いんだ。」
「そう。」と言いかけて莞爾とせしが、見物は皆舞台を向いたり。人知れずこそ、また一ツ、ここにも野衾居たりしよ。