照葉狂言

11話 野衾 五

1,221字 約2分 2013年7月25日 公開

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「人気だい、人気だい。や、すてきな人気じゃ。お菓子、おこし、小六さん、小親さん、小六さんの人気おこし、おこしはよしか。お菓子はよしか。」

 いまの能の品評(しなさだめ)やする、ごうごうと鳴る客の中を、勢いよく売ありきて、やがてわが居たる桟敷(さじき)(きた)りて、

「はい、これを。」

 と大きく言いて、紙包にしたる菓子をわが手に渡しつ。

「楽屋から差上げます。や、も、皆大喜び、数ならぬ(わたくし)まで、はははは。何てッてこれ坊ちゃんのようなお(ちいさ)いのが毎晩見て下さる。当興行大当(おおあたり)、滅茶々々に面白い。すてきに面白い。おもしろ狸のきぬた巻でも、あんころ(もち)でも、鹿子(かのこ)餅でも、何でもございじゃ、はい、何でもござい、人気おこし、お菓子はよしか。小六さん、小親さん、小六さんの人気おこし、おこしはよしか。」と呼びかけて前の桟敷を(また)ぎ越ゆる。

 ここに居て見物したるは、西洋手品の一群(ひとむれ)なりし。顔あかく、(まなこ)つぶらにて、(おとがい)(ひげ)(うず)めたる男、銀六の(きもの)(すそ)むずと取りて、

「何を!」と言いさま、三ツ紋つきたる羽織の片袖まくし揚げつつ、

「何だ、小六さん、小六さんの人気おこしたあ何だ。」

「へい。」

「へいじゃあない、小六さんたあ何だ。客の前を何と心得てるんだ。(けだもの)め、乞食芸人の癖に様づけに呼ぶ(やつ)があるもんか。(きさま)あ何だい、馬鹿め!」

 と言うより早く(こぶし)をあげて、その胸のあたりをハタと()ちぬ。背後(うしろ)蹌踉(よろ)けて渋面せしが、たちまち笑顔になりて、

「許させられい、許させられい。」

 と身を返して()()きぬ。

 この時、人声静まりて、橋がかりを摺足(すりあし)して、膏薬(こうやく)(ねり)ぞ出で(きた)れる。その顔は(さき)にわれを引留めて、ここに伴いたるかの(むすめ)()たるに、ふと背後(うしろ)を見れば、別なるうつくしき女、いつか来て坐りたり。黒髪を(つか)ねて肩に懸けたるのみ、それかと見れば、(おもかげ)は舞台なりし牛若の凜々(りり)しげなるには肖で、いと優しきが、涼しき目もて、振向きたるわが顔をば見し。打微笑(うちほほえ)みしまま(いま)だものいわざるにソト頬摺(ほおずり)す。われは舞台に見向きぬ。

 背後(うしろ)見らるる心地もしつ。

 ややありて吸競(すいくら)べたる膏薬練の、西なる(かた)吸寄せられて、ぶざまに()けかかりたる(さま)いと可笑(おかし)きに、われ思わず笑いぬ。

「おもしろうござんすか。」

 と肩に手をかけて(ひそ)めき問いぬ。

「よく来て下さいますね。ちょいと、あの、これを。」

 (かれ)は先にわが投げ棄てし銀貨入を手にしつつ、

「私これ頂いときますよ。ね、頂戴。()うござんすか。」

「ああ。」

 また(うなず)けば軽く頂き、帯の間に挟みしが、

「木戸のがね、お気に入りませんだったら叱ッてもらってあげますから、腹を立てないで毎晩、毎晩、いらっしゃいましな、ね。ちゃんとここを取って、私のこのお蒲団敷いてあげますわ。そうしてお前さんの好きなことをして見せましょう。何が()いの、狂言がおもしろいの。」

「いいえ。」

「じゃあ、お能の方なの。」

「牛若が可いんだ、刀持って立派で可いんだ。」

「そう。」と言いかけて莞爾(にこり)とせしが、見物は皆舞台を向いたり。人知れずこそ、また一ツ、ここにも野衾居たりしよ。

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