日本橋

15話 柳に銀の舞扇 十五

1,162字 約2分 2015年11月4日 公開

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 清葉は格子へ音訪(おとず)れ兼ねた。

 自分と露地口まで連立って、一息(さき)へ駆戻ったお千世を(とら)えて、面前(まのあたり)喚くのは、風説(うわさ)に聞いたと違いない、茶の缶を(たた)く叔母であろう。

 悪戯児(いたずらっこ)悪関係(こだわり)から、火の番の立話、小紅屋へ寄ったまで、ちょっと時間が取れている。昼間近所へ振売だ、と云う。そんなお尻は鳶の(つつ)くが落だ、と云う。お茶と水とは附いて廻る、駿河台(するがだい)水車(みずぐるま)(かか)ったか、と云う。

 お千世さんは私が一所にここへ来たことを云ったのだろうか。……言って、そして聞えよがしに、悪体を()くとすると、私に喧嘩を売るのかしら。何の怨みも無いものが、煩う人の見舞に来たのに、いかに分らずやの叔母だと云って、まさかそうした事ではあるまい。露地から急いで、……あのお千世さんが心づかい、台所から長火鉢、二階を股に掛けて、眼張(がんば)っている、ものがもの。姉さんは姉さんゆえ、客に粗末の無いように、と先触れに駆込んだ処を、頭から喚き立てて、あの()呼吸(いき)()いて、口を利く間も措かず、立続(たてつ)けて饒舌(しゃべ)るらしい。

 それにしても、汚い口から出過ぎた悪体。お千世も同じ、芸者はお互い。筆がしらでも中軸(なかじく)でも一味についた連名の、昼鳶がお尻を(つつ)く、駿河台の水車、水からくりの姉さんが、ここにも一人と、飛込もうか。

 それには用意がなければならず、覚悟もしないじゃ出来まいが、自分へ面当(つらあて)なら破れかぶれ。お千世へだけの事だったら、陰で(ほころび)を縫うまで、と内気な女が思直す。……

 またその時、(おつ)う悪黙りに黙ってしまって、ふと手の着けられぬまで、格子の中が寂寞(ひっそり)して、薄気味の悪いほど静まった。

 これぞ、お千世の客が来て、(かど)に近いのを、やっと(ささや)き得た事を(うなず)かせる。

「ええ。」

 (しわぶき)を優しくして、清葉が出窓際の柳の葉の下を、格子へ抜けようとする、とあたかもその時。

 はらりと音して、寝ながら投げた扇が()れたか、欄干を(さっ)(かす)めて、蒔絵(まきえ)の波がしら立つごとく、浅翠(あさみどり)の葉に掛って、月かと思う影が(ゆら)ぐと、清葉の雪のような頬を照らす。……と思わず、受けたは袱紗(ふくさ)の手。我知らず色傘を地に落して、その袖をはっと掛けて、斜めに丁と胸に当てた。

 清葉は前刻(さっき)から見詰めた扇子(おうぎ)で、お孝の魂が二階から抜けて落ちたように、気を取られて、驚いて、抱取る思いがしたのである。

 (くぐ)って流れた扇子の余波(なごり)か、風も無いのにさらさらと(なび)く、青柳の糸の(もつ)れに誘われた風情して、二階にすらりと女の姿。

 お孝は寝床を出た扱帯(しごきおび)(ゆる)い衣紋を(すべ)るよう、一枚小袖の黒繻子の、黒いに目立つ襟白粉(えりおしろい)、薄いが顔にも化粧した……何の心ゆかしやら――よう似合うのに、朋輩が見たくても、松の内でないと見られなかった――(つぶし)島田の(つや)は失せぬが、鬢のほつれは是非も無い。

 生際曇る、柳の葉越、色は抜けるほど白いのが、浅黄に銀の刺繍(ぬいとり)で、これが伊達の、渦巻と見せた白い蛇の半襟で、(かすか)に宿す影が(あお)い。

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