32話 縁日がえり 三十二
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「まあ、お前さん、怪我をしやしませんか。」
植木屋の布子の肩に、手を柔かに掛けた、弱腰も撓むと見える帯腰に、もの優しい羽織の紋の、藤の細いは清葉であった。
「拷問してやる。」
赫となった赤熊が、握拳を被ると斉しく、かんてらが飛んで、真暗に桜草が転げて覆ると、続いて、両手で頬を抱えて、爺さんは横倒れ。
苦とも言わせず、踏のめす気か足を挙げた赤熊は、四辺に人は、邪魔は、と見る目に、御堂の灯に送らるるように、参詣を済まして出た……清葉が、朧の町に、明いばかりの立姿。……それと見て、つかつかと、小刻みながら影が映す、衣の色香を一目見ると、じたじたとなって胴震いに立窘むや否や、狼狽加減もよっぽどな、一度駆出したのを、面喰って逆戻りで、寄って来る清葉の前を、真角に切って飛んで遁げた、赤熊の周章てた形は、見る見る日本橋の袂へ小さくなって、夜中に走る鼬に似ていた。
そっちは見返しもしないのである。
「お年寄を、こんなこと、何て乱暴なんだろう。」
「はいはい。」
爺さんは居ざり起きて、自分がたしなめられたごとく、畏って、やっと口を利く。……
「恐入りましてござります、はい。」
「音がしましたわ、串戯ではありません。さぞお痛かったでしょうねえ。怪我をしたんじゃありませんか。」
前刻から響いていた、鉄棒の音が、ふッと留むと、さっさっと沈めた鞋の響き。……夜廻りの威勢の可いのが、肩を並べてずっと寄った。
「どうした、」
「どうしたんだえ。――やあ、姉さん。」
「頭たち、御苦労です。……今、そこへ駆出して行った大な男なんだよ。」
「膃肭臍。」
「赤熊。」と二人は囁いて、ちょっと目配。
「姉さん、こりゃ何かい、お前さんお係合なんですかい。」
「いいえ、私はただ通りかかったばかりなんです。でもまあ遁げてくれて可かったけれど、抵って来たらどうしようかと思ったよ。……可哀相に、綺麗な植木の花が。」
清葉は桜草の泥鉢を、一鉢起して持ちながら、
「手伝って、そして、よく見て上げて下さいな。遅うござんすから、私は失礼ですが。」
一人は組合の看板を、しゃん、と一ツ膝に控えて、
「御心配にゃ及びません。見てやりますとも。」
「では、お爺さん、お大事になさいまし。お気をつけなさいましよ。」
「はいはい、あなた方の御志、孫も幸福。それが嬉しゅうござります。」
とッちて、着きも無いことを云うのを、しんみりと聞いて、清葉はなぜか、ほろりとしたが、一石橋の方へ身を開いて向返った処で、衣紋をつくって、ちょっと、手招く。
鉄棒小脇に掻込みたるが一人、心得てつかつかと寄った。
「ええ……え、腕車に、成程。ええ可うがす、可うがすとも。そりゃ仔細有りゃしません。何、私たちに。串戯じゃありません。姉さん、串……、そうですかい、済まねえな。」
そのまま見送って小戻りする。この徒も清葉が戻路の方を違えて、なぞえに一石橋の方へ廻ったのは知らずにいたろう。