日本橋

32話 縁日がえり 三十二

1,196字 約2分 2015年11月4日 公開

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「まあ、お前さん、怪我をしやしませんか。」

 植木屋の布子(ぬのこ)の肩に、手を柔かに掛けた、弱腰も(たわ)むと見える帯腰に、もの優しい羽織の紋の、藤の細いは清葉であった。

拷問(ごうもん)してやる。」

 (かっ)となった赤熊が、握拳(にぎりこぶし)(かぶ)ると(ひと)しく、かんてらが飛んで、真暗(まっくら)に桜草が転げて(かえ)ると、続いて、両手で頬を抱えて、爺さんは横倒れ。

 (あっ)とも言わせず、踏のめす気か足を挙げた赤熊は、四辺(あたり)に人は、邪魔は、と見る目に、御堂(みどう)(ともしび)に送らるるように、参詣(おまいり)を済まして出た……清葉が、(おぼろ)の町に、(あかる)いばかりの立姿。……それと見て、つかつかと、小刻みながら影が()す、(きぬ)の色香を一目見ると、じたじたとなって胴震いに立窘(たちすく)むや否や、狼狽(うろたえ)加減もよっぽどな、一度駆出したのを、面喰って逆戻りで、寄って来る清葉の前を、真角(まっかく)に切って飛んで()げた、赤熊の周章(あわ)てた形は、見る見る日本橋の(たもと)へ小さくなって、夜中に走る(いたち)に似ていた。

 そっちは見返しもしないのである。

「お年寄を、こんなこと、何て乱暴なんだろう。」

「はいはい。」

 爺さんは居ざり起きて、自分がたしなめられたごとく、(かしこま)って、やっと口を利く。……

「恐入りましてござります、はい。」

「音がしましたわ、串戯(じょうだん)ではありません。さぞお痛かったでしょうねえ。怪我をしたんじゃありませんか。」

 前刻(さっき)から響いていた、鉄棒(かなぼう)の音が、ふッと()むと、さっさっと沈めた(わらじ)の響き。……夜廻りの威勢の可いのが、肩を並べてずっと寄った。

「どうした、」

「どうしたんだえ。――やあ、姉さん。」

(かしら)たち、御苦労です。……今、そこへ駆出して行った(おおき)な男なんだよ。」

膃肭臍(おっとせい)。」

「赤熊。」と二人は(ささや)いて、ちょっと目配(めくばせ)

「姉さん、こりゃ何かい、お前さんお係合(かかりあい)なんですかい。」

「いいえ、私はただ通りかかったばかりなんです。でもまあ遁げてくれて可かったけれど、(むか)って来たらどうしようかと思ったよ。……可哀相に、綺麗な植木の花が。」

 清葉は桜草の泥鉢を、一鉢起して持ちながら、

「手伝って、そして、よく見て上げて下さいな。遅うござんすから、私は失礼ですが。」

 一人は組合の看板を、しゃん、と一ツ膝に控えて、

「御心配にゃ及びません。見てやりますとも。」

「では、お爺さん、お大事になさいまし。お気をつけなさいましよ。」

「はいはい、あなた方の御志、孫も幸福(しあわせ)。それが嬉しゅうござります。」

 とッちて、着きも無いことを云うのを、しんみりと聞いて、清葉はなぜか、ほろりとしたが、一石橋の方へ身を開いて向返った処で、衣紋をつくって、ちょっと、手招(まね)く。

 鉄棒小脇に掻込みたるが一人、心得てつかつかと寄った。

「ええ……え、腕車(くるま)に、成程。ええ可うがす、可うがすとも。そりゃ仔細(わけえ)有りゃしません。何、(わっし)たちに。串戯じゃありません。姉さん、(じょ)……、そうですかい、済まねえな。」

 そのまま見送って小戻りする。この(てあい)も清葉が戻路(もどりみち)(かた)(たが)えて、なぞえに一石橋の方へ廻ったのは知らずにいたろう。

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