7話 銀貨入 七
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清葉は、きれの長い清しい目で、その銀貨入の紫を覗いて見つつ、
「お前さんの姉さんに聞かせたら、さぞ気が利かないってお笑いだろう。」
「いいえ、姉さん。」
傍目も触らず、清葉を凝視めて聞いたお千世が、呼吸が支えたようにこう云った。
「でもね、娑婆気だの、洒落だの、見得だの、なんにもそんな態とでなしに、しようと思って、直ぐあの中へ、頭からお宝を撒ける人は、まあ、沢山ほかには無い。――お孝さんばかりなんだよ。」
稲葉家の主、お千世の姉さん、暮から煩って引いている。が、錦絵のお孝とて、人の知った、素足を伊達な婦である。
「折角お前さん、可い姉さんを持って幸福だったのに、」
と清葉は、もの寂しそうに、
「困るわねえ、病気をして。」
「ええ。」
お千世は引入れられたように返事して、二人の目の熟と合う時、自働電話に備付の番号帳がパタリと鳴る。……前に繰って見たものが粗雑に置いたらしい、紐が摺って落ちた音。
ちょっと目を遣って見返しながら、
「そして、どんななの、やっぱりお孝さんは相不変?」
「ええ、困るのよ。二日に一度、三日に一度ぐらい、ちょっと気がつくんですけれど、直に夢のようになってしまいますわ。」
「そうだってねえ。」
「時々、嬰児のようなことなんか。今しがたも、ぶっきり飴と鳥が欲しいって、そう云って、………」
と莞爾するのが、涙ぐむより果敢く見られる。
「ああ、それで飴を買いに。」
と云いかけて、清葉は何か思出した面色して、
「お千世さん、今の、あの、味方をして下すった坊さんね、……」
「ええ。」
「お前さん誰かに肖ていたとは思わなくって、」
「肖ていて。誰に、ええ?……姉さん。」
「ちょっとあの……それだと、お前さんも、お孝さんも、私も知っている方なんだがね。」
「そうでしょう、ですから、私もきっとそうでしょうと思いましたわ。」
「まあ、やっぱり、そうかねえ。気の迷いじゃなかったかねえ。」
と清葉は半ば独言に云うと、色傘を上へ取って身繕いをする状して、も一度あとを見送りそうな気構えに、さらさらと二返、褄を返して、火の番の羽目を出たが、入交って、前へ通そうとするお千世と、向を変えてまた立留まった。時も過ぎたり、いかにしても、今はその影も見えないことを心付いたらしいのである。
「では、あの、姉さんはお顔を見たことがあるんですか。」
「私は、ここで遠いもの。顔なんてどうして?……お前さんは見たんじゃない? もっとも笠を被っていなすったけれどもさ。」
お千世はしきりに瞬した。
「あら、姉さん、肖ていたって、西河岸のお地蔵様じゃないんですか。私は直接に見たことはありませんけれど、……でしょうと思いましたから。で、なくって、誰に肖ていましたの、姉さん。」
「まあ、お千世さん、肖たってのはその事なの。……じゃ、やっぱり、気の迷だったんだよ。」とうっかりしたように色傘を支く。
「いいえ、気の迷いじゃありません。私はまったく。」
「そうね、……折があったら、お千世さん、一所におまいりをしようねえ。」