日本橋

7話 銀貨入 七

1,238字 約2分 2015年11月4日 公開

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 清葉は、きれの長い(すず)しい目で、その銀貨入の紫を(のぞ)いて見つつ、

「お前さんの姉さんに聞かせたら、さぞ気が利かないってお笑いだろう。」

「いいえ、姉さん。」

 傍目(わきめ)()らず、清葉を凝視(みつ)めて聞いたお千世が、呼吸(いき)(つか)えたようにこう云った。

「でもね、娑婆気(しゃばっけ)だの、洒落(しゃれ)だの、見得だの、なんにもそんな(わざ)とでなしに、しようと思って、直ぐあの中へ、頭からお宝を撒ける人は、まあ、沢山(なんと)ほかには無い。――お(こう)さんばかりなんだよ。」

 稲葉家の(あるじ)、お千世の姉さん、暮から煩って引いている。が、錦絵(にしきえ)のお孝とて、人の知った、素足を伊達(だて)(おんな)である。

「折角お前さん、()い姉さんを持って幸福(しあわせ)だったのに、」

 と清葉は、もの寂しそうに、

「困るわねえ、病気をして。」

「ええ。」

 お千世は引入れられたように返事して、二人の目の(じっ)と合う時、自働電話に備付(そなえつけ)の番号帳がパタリと鳴る。……(さき)に繰って見たものが粗雑(ぞんざい)に置いたらしい、(ひも)()って落ちた音。

 ちょっと目を遣って見返しながら、

「そして、どんななの、やっぱりお孝さんは相不変(あいかわらず)?」

「ええ、困るのよ。二日に一度、三日に一度ぐらい、ちょっと気がつくんですけれど、(すぐ)に夢のようになってしまいますわ。」

「そうだってねえ。」

「時々、嬰児(あかんぼ)のようなことなんか。今しがたも、ぶっきり飴と鳥が欲しいって、そう云って、………」

 と莞爾(にっこり)するのが、涙ぐむより果敢(はかな)く見られる。

「ああ、それで飴を買いに。」

 と云いかけて、清葉は何か思出した面色(おももち)して、

「お千世さん、今の、あの、味方をして下すった坊さんね、……」

「ええ。」

「お前さん誰かに()ていたとは思わなくって、」

「肖ていて。誰に、ええ?……姉さん。」

「ちょっとあの……それだと、お前さんも、お孝さんも、私も知っている方なんだがね。」

「そうでしょう、ですから、私もきっとそうでしょうと思いましたわ。」

「まあ、やっぱり、そうかねえ。気の迷いじゃなかったかねえ。」

 と清葉は半ば独言(ひとりごと)に云うと、色傘を上へ取って身繕いをする(さま)して、も一度あとを見送りそうな気構えに、さらさらと二返(ふたかえし)、褄を返して、火の番の羽目を出たが、入交(いれかわ)って、前へ通そうとするお千世と、向を変えてまた立留まった。時も過ぎたり、いかにしても、今はその影も見えないことを心付いたらしいのである。

「では、あの、姉さんはお顔を見たことがあるんですか。」

「私は、ここで遠いもの。顔なんてどうして?……お前さんは見たんじゃない? もっとも笠を(かぶ)っていなすったけれどもさ。」

 お千世はしきりに瞬した。

「あら、姉さん、肖ていたって、西河岸のお地蔵様じゃないんですか。私は直接(じか)に見たことはありませんけれど、……でしょうと思いましたから。で、なくって、誰に肖ていましたの、姉さん。」

「まあ、お千世さん、肖たってのはその事なの。……じゃ、やっぱり、気の迷だったんだよ。」とうっかりしたように色傘を()く。

「いいえ、気の迷いじゃありません。私はまったく。」

「そうね、……折があったら、お千世さん、一所におまいりをしようねえ。」

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