霰ふる

2話

1,190字 約2分 2015年11月7日 公開

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 山国の山を、町へ掛けて、戸外(おもて)の夜の色は、部屋の(うち)からよく知れる。雲は暗かろう……水はもの凄く白かろう……空の所々に(さっ)薬研(やげん)のようなひびが()って、霰はその中から、銀河の(たま)を砕くが如く(ほとばし)る。

 ハタと()めば、その空の()れた処へ、むらむらとまた一重(ひとえ)冷い雲が(かさな)りかかって、薄墨色に縫合(ぬいあ)わせる、と風さえ、そよとのもの音も、蜜蝋を(もっ)て固く封じた如く、乾坤(けんこん)(じゃく)となる。……

 建着(たてつけ)の悪い戸、障子、雨戸も、カタリとも響かず。(いたち)(のぞ)くような、鼠が匍匐(はらば)ったような、切って()めた(ひし)の実が、ト、べっかっこをして、ぺろりと黒い舌を吐くような、いや、念の()った、雑多な隙間、()れ穴が、寒さにきりきりと歯を噛んで、呼吸(いき)を詰めて、うむと(こら)えて凍着(こごえつ)くが、古家(ふるいえ)(すす)にむせると、時々遣切(やりき)れなくなって、(ひそ)めた(くしゃめ)、ハッと噴出(ふきだ)しそうで不気味な真夜中。

 板戸一つが()ぐ町の、店の八畳、古畳の真中に机を置いて対向(さしむか)いに、洋燈(ランプ)に額を突合(つきあ)わせた、友達と二人で、その国の地誌略(ちしりゃく)と云う、学校の教科書を読んでいた。――その頃、(ふう)をなして行われた試験間際に徹夜の勉強、終夜と(とな)えて、気の合った同志が夜あかしに演習(おさらい)をする、なまけものの節季(せっき)仕事と云うのである。

 一枚……二枚、と両方で、ペエジを(やッ)つ、(とッ)つして、眠気ざましに声を出して読んでいたが、こう夜が更けて、可恐(おそろ)しく陰気に(とざ)されると、低い声さえ、びりびりと氷を削るように唇へきしんで響いた。

 (つね)さんと云うお友達が、読み掛けたのを、フッと()めて、

「民さん。」

 と呼ぶ、……本を読んでたとは、からりと調子が変って、引入(ひきい)れられそうに滅入(めい)って聞えた。

「……(なあに)、」

 ト、一つ一つ、自分の(まつげ)が、紙の上へばらばらと(こぼ)れた、本の、片仮名まじりに落葉(おちば)する、山だの、谷だのをそのままの字を、(じっ)と相手に読ませて、傍目(わきめ)も触らず()ていたのが。

 呼ばれて目を上げると、笠は(やぶ)れて、紙を(かぶ)せた、黄色に(くすぶ)ったほやの上へ、眉の優しい額を見せた、頬のあたりが、ぽっと白く、朧夜(おぼろよ)に落ちた()かずらと云う顔色(かおつき)

(さび)しいねえ。」

「ああ……」

「何時だねえ。」

先刻(さっき)二時うったよ。眠くなったの?」

 対手(あいて)(たちま)ち元気づいた声を出して、

「何、眠いもんか……だけどもねえ、今時分になると寂しいねえ。」

「其処に皆寝ているもの……」

 と云った――大きな戸棚、と云っても先祖代々、刻み着けて何時(いつ)(だい)にも動かした事のない、……その横の(ふすま)一重(ひとえ)の納戸の内には、民也の父と祖母とが寝ていた。

 母は世を(はよ)うしたのである……

「常さんの(とこ)よりか(さび)しくはない。」

「どうして?」

「だって、君の内はお(やしき)だから、広い座敷を二つも三つも通らないと、(おっか)さんや何か寝ている部屋へ行けないんだもの。この間、君の(とこ)で、徹夜をした時は、僕は、そりゃ、寂しかった……」

「でもね、僕ン(とこ)は二階がないから……」

「二階が寂しい?」

 と民也は真黒な天井を。……

 常さんの目も、(ひと)しく仰いで、冷く光った。

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