2話 二
読み方を変える
山国の山を、町へ掛けて、戸外の夜の色は、部屋の裡からよく知れる。雲は暗かろう……水はもの凄く白かろう……空の所々に颯と薬研のようなひびが入って、霰はその中から、銀河の珠を砕くが如く迸る。
ハタと止めば、その空の破れた処へ、むらむらとまた一重冷い雲が累りかかって、薄墨色に縫合わせる、と風さえ、そよとのもの音も、蜜蝋を以て固く封じた如く、乾坤寂となる。……
建着の悪い戸、障子、雨戸も、カタリとも響かず。鼬が覘くような、鼠が匍匐ったような、切って填めた菱の実が、ト、べっかっこをして、ぺろりと黒い舌を吐くような、いや、念の入った、雑多な隙間、破れ穴が、寒さにきりきりと歯を噛んで、呼吸を詰めて、うむと堪えて凍着くが、古家の煤にむせると、時々遣切れなくなって、潜めた嚔、ハッと噴出しそうで不気味な真夜中。
板戸一つが直ぐ町の、店の八畳、古畳の真中に机を置いて対向いに、洋燈に額を突合わせた、友達と二人で、その国の地誌略と云う、学校の教科書を読んでいた。――その頃、風をなして行われた試験間際に徹夜の勉強、終夜と称えて、気の合った同志が夜あかしに演習をする、なまけものの節季仕事と云うのである。
一枚……二枚、と両方で、ペエジを遣つ、取つして、眠気ざましに声を出して読んでいたが、こう夜が更けて、可恐しく陰気に閉されると、低い声さえ、びりびりと氷を削るように唇へきしんで響いた。
常さんと云うお友達が、読み掛けたのを、フッと留めて、
「民さん。」
と呼ぶ、……本を読んでたとは、からりと調子が変って、引入れられそうに滅入って聞えた。
「……何、」
ト、一つ一つ、自分の睫が、紙の上へばらばらと溢れた、本の、片仮名まじりに落葉する、山だの、谷だのをそのままの字を、熟と相手に読ませて、傍目も触らず視ていたのが。
呼ばれて目を上げると、笠は破れて、紙を被せた、黄色に燻ったほやの上へ、眉の優しい額を見せた、頬のあたりが、ぽっと白く、朧夜に落ちた目かずらと云う顔色。
「寂しいねえ。」
「ああ……」
「何時だねえ。」
「先刻二時うったよ。眠くなったの?」
対手は忽ち元気づいた声を出して、
「何、眠いもんか……だけどもねえ、今時分になると寂しいねえ。」
「其処に皆寝ているもの……」
と云った――大きな戸棚、と云っても先祖代々、刻み着けて何時が代にも動かした事のない、……その横の襖一重の納戸の内には、民也の父と祖母とが寝ていた。
母は世を早うしたのである……
「常さんの許よりか寂しくはない。」
「どうして?」
「だって、君の内はお邸だから、広い座敷を二つも三つも通らないと、母さんや何か寝ている部屋へ行けないんだもの。この間、君の許で、徹夜をした時は、僕は、そりゃ、寂しかった……」
「でもね、僕ン許は二階がないから……」
「二階が寂しい?」
と民也は真黒な天井を。……
常さんの目も、斉しく仰いで、冷く光った。