多神教

2話 多神教(2)

6,793字 約14分 2007年5月3日 公開

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後見 何が、お霜婆(しもばあ)さんの、ほれ、駄菓子屋の奥に、ちらちらする、白いものがあっけえ。町での御恩人ぞい。恥しい(やまい)さあって隠れてござるで、ほっても(かき)のぞきなどせまいぞ、と婆さんが言うだでな。

笛の男 (かったい)ずらか。

太鼓の男 恥しい病ちゅうで。

おかめの面の男 ほんでも、(はら)んだ娘だべか。

禰宜 女子(おなご)が正しい懐妊は恥ではないのじゃ。それでは、毎晩、真夜中に、あの馬も通らぬ一本橋を渡ったじゃなあ。

道化の面の男 女の一念だで一本橋を渡らいでかよ。ここら奥の谿河(たにがわ)だけれど、ずっと川下(かわしも)で、東海道の大井川(おおいがわ)より()かいという、長柄(ながら)川の鉄橋な、お前様。川むかいの駅へ行った県庁づとめの旦那どのが、終汽車(しまいぎしゃ)に帰らぬわ。(かね)てうわさの、宿場(しゅくば)娼婦(ふんばり)と寝たんべい。唯おくものかと、その奥様ちゅうがや、梅雨(つゆ)ぶりの(やみ)夜中(よなか)に、満水の泥浪(どろなみ)を打つ橋げたさ、すれすれの鉄橋を伝ってよ、いや、四つ這いでよ。何が、いま産れるちゅう臨月腹(りんげつばら)で、なあ、(ながれ)に浸りそうに(さば)(がみ)で這うて渡った。その(おおき)な腹ずらえ、――()がえりのものが見た目では、(でか)鮟鱇(あんこう)ほどな燐火(ふとだま)が、ふわりふわりと鉄橋の上を渡ったいうだね、胸の火が、はい、腹へ(はい)って燃えたんべいな。

仕丁 お(ことば)(なか)でありますがな、橋が(あぶな)くば、下の谿河は、(いわ)を伝うて渡られますでな、お(うまや)の馬はいつも流を越します。いや、先刻などは、落葉が重なり重なり、水一杯に渦巻いて、飛々(とびとび)の巌が隠れまして、何処(どこ)を渡ろうかと見ますうちに、水も、もみじで、一面に真紅(まっか)になりました。おっと……酔った目の所為(せい)ではござりませぬよ。

禰宜 棚村(たなむら)。(仕丁の名)御身(おみ)(なん)の話をするや。

仕丁 はあ、いえ、孕婦(はらみおんな)が鉄橋を這越(はいこ)すから見ますれば、(うし)刻参(ときまいり)が谿河の一本橋は、()もなく渡ると申すことで。石段は目につきます。裏づたいの山道(やまみち)を森へ(かよ)ったに相違はござりますまい。

神職 棚村、御身まず、その(おんな)の帯を棄てい。

禰宜 かような婦の、汚らわしい帯を、抱いているという事があるものか。

仕丁 (わし)が、(しか)(おさ)えておりますればこそで、うかつに棄てますと、このまま黒蛇(くろへび)に成って《のた》り廻りましょう。

禰宜 (はしばみ)(神職())様がおっしゃる。()の枝へなりと掛けぬかい。

仕丁 樹に掛けましたら、なお、ずるずると大蛇(だいじゃ)に成って()ります。(一層胸に抱く。)

神職 棚村、見苦しい、森の中へ(ほか)し込め。

仕丁、その(ことば)の如くにす。――

お沢 あの……(ふるえながら差出す手を、払いのけて、仕丁。森に行く。帯を投げるとともに飛返(とびかえ)る。)

神職 (なん)とした。

仕丁 ずるずるずると巻きましたが、真黒な一幅(ひとはば)になって、のろのろと森の奥へ(はい)りました。……大方(おおかた)、釘を打込みます古杉の根へ、一念で、巻きついた事でござりましょう。

神職 いずれ、森の中において、(いま)わしく、汚らわしき事をいたしおるは必定(ひつじょう)じゃ。さて、婦。……今日(きょう)は昼から(こも)ったか。真直(まっすぐ)に言え、御前(おんまえ)じゃぞ。

お沢 はい、(())はい、あの、一七日(いちしちにち)の満願まで……この(ねがい)を掛けますものは、唯一目(ひとめ)、……一度でも、人の目に(かか)りますと、もうそれぎりに、(ねがい)(かな)わぬと申します。昨夜(ゆうべ)までは、(けもの)の影にも()いません。もう一夜(ひとよ)、今夜だけ、また不思議に満願の()といいますと、人に見られると聞きました。見られたら、どうしましょう。口惜(くちおし)い……その人の、咽喉(のど)、胸へ()いつきましても……

神職 これだ――したたかな(おんな)めが。

お沢 ええ、あのそれが(なに)になりましょう。昼から森にかくれました方が、何がどうでも、第一、人の目にかかりますまいと、ふと思いついたのです。木の葉を被り、草に突伏(つッぷ)しても、すくまりましても、(きじ)山鳥(やまどり)より、心のひけめで、見つけられそうに思われて、気が気ではありません。かえって、ただの参詣人(さんけいにん)のようにしております(ほう)が、(なん)(さわ)りもありますまいと、存じたのでございます。

神職 ()しがくしに秘め置くべき、この呪詛(のろい)形代(かたしろ)を(藁人形を示す)言わば軽々(かるがる)しう身につけおったは――別に、恐多(おそれおお)神木(しんぼく)に打込んだのが、森の中にまだ(ほか)にもあるからじゃろ。

お沢 いいえ、いいえ……昨夜(ゆうべ)までは、打ったままで置きました。(わたし)がちょっとでも立離れます()に――今日はまたどうした事でございますか、胸騒(むなさわ)ぎがしますまで。……

禰宜 いや、胸騒ぎが(すさま)じい、男を呪詛(のろ)うて、責殺(せめころ)そうとする奴が。

お沢 あの、人に見つかりますか、鳥獣(とりけもの)にも(さら)われます。故障が出来そうでなりません。それで……身につけて出ましたのです。そして……そして……お(かん)ぬし様、皆様、誰方(どなた)様も――憎い口惜(くや)しい男の五体に、五寸釘を打ちますなどと、鬼でなし、(じゃ)でなし、そんな可恐(おそろし)い事は、思って見もいたしません。可愛(かわい)い、大事な、唯一人の男の()(わずら)っておりますものですから、その病を――疫病(やくびょう)がみを――

「ええ。」「疫病(がみ)。」村人(むらびと)らまた退(しさ)る。

神職 疫病神を――

お沢 はい、封じます、その願掛(がんが)けなんでございますもの。

神職 町にも、村にも、この八里四方、目下(もっか)疱瘡(ほうそう)も、はしかもない、何の(やまい)だ。

お沢 はい……

禰宜 何病じゃ。

お沢 はい、風邪(かぜ)(ひど)くこじらしました。

神職 (嘲笑(あざわら)う)はてな、風に釘を打てば(なん)になる、はてな。

禰宜 はてな、はてな。

村人らも引入れられ、小首を傾くる(さま)、しかつめらし。

仕丁 はあ、皆様、奴凧(やっこだこ)引掛(ひっかか)るでござりましょうで。

――(そろ)って(あざけ)り笑う。――

神職 出来た。――(かか)ると言えば、()たちも、事件に引掛りじゃ。人の一命にかかわる事、始末をせねば済まされない。……よくよく深く(たく)んだと見えて――見い、その(おんな)、胸も、(ひざ)も、ひらしゃらと……(お沢、いやが上にも身を細め、姿の乱れを(ひき)つくろい引つくろい、肩、袖、あわれに寂しく見ゆ)余りと言えば雪よりも白い胸、白い(はだ)、白い膝と思うたれば、色もなるほど白々(しろじろ)としたが、衣服の下に、一重(ひとえ)か、小袖か、真白い(きぬ)(まと)いいる。魔の女め、姿まで調(ととの)えた。あれに((ひじ)長く森を()す)形代(かたしろ)(はりつけ)にして、釘を打った杉のあたりに、如何(いか)ような可汚(けがらわ)しい可忌(いまいま)しい仕掛(しかけ)があろうも知れぬ。いや、御身(おみ)たち、(村人と禰宜(ねぎ)にいう)この(おんな)を案内に引立(ひった)てて、臨場裁断と申すのじゃ。怪しい品々(しなじな)かっぽじって()られい。証拠の上に、根から詮議(せんぎ)をせねばならぬ。さ、婦、立てい。

禰宜 立とう。

神職 許す許さんはその上じゃ。身は――思う(むね)がある。一度社宅から出直す。棚村(たなむら)は、身ととも参れ。――村の人も婦を連れて、引立(ひった)てて――

村人ら、かつためらい、かつ、そそり立ち、あるいは捜し、手近きを掻取(かきと)って、(くわ)(すき)(たぐい)、熊手、古箒など思い思いに得ものを携う。

後見 先へ立て、先へ立とう。

禰宜 箒で、そのやきもちの(ほお)(たた)くぞ、立ちませい。

お沢 (急に立って、(さっ)と森に行く。一同(おもて)を見合すとともに追って()る。神職と仕丁は反対に社宅―舞台(うえ)には見えず、あるいは遠く(かや)の屋根のみ―に()る。舞台(むな)し。落葉もせず、常夜燈(じょうやとう)の光(かすか)に、(ふくろう)。二度ばかり鳴く。)

神職 (威儀いかめしく太刀(たち)()き、盛装して()づ。仕丁相従い床几(しょうぎ)(ひっさ)()づ。神職。(おごそか)に床几に(かか)る。(かたわら)に仕丁踞居(つくばい)て、棹尖(さおさき)(けん)の輝ける一流の旗を(ささ)ぐ。――別に老いたる仕丁。一人。一連の御幣(ごへい)と、幣ゆいたる(さかき)を捧げて従う。)

お沢 (悄然(しょうぜん)として伊達巻(だてまき)のまま袖を合せ、(すそ)をずらし、(うち)うなだれつつ、村人らに囲まれ()づ。引添える禰宜の手に、(けもの)の毛皮にて、男枕(おとこまくら)の如くしたる(つつみ)一つ、(あやし)(ひも)にてかがりたるを不気味(ぶきみ)らしく()げ来り、神職の足近く、どさと差置く。)

神職 神のおおせじゃ、(おんな)、下におれ。――()御灯(みあかし)をかかげい――(村人一人、(とう)(ひら)く。()にすかして)それは何だ。穿出(ほりだ)したものか、ちびりと()れておる。や、(足を爪立(つまだ)つ)(へび)(から)んだな。

禰宜 ()どもなればこそ、近う寄っても見ましたれ。これは大木(たいぼく)の杉の根に、草にかくしてござりましたが、おのずから()(しずく)のしたたります(しげみ)ゆえ、びしゃびしゃと濡れております。村の衆は一目見ますと、声も立てずに()ぎょうとしました。あの、円肌(まるはだ)で、いびつづくった、尾も頭も短う太い、むくりむくり、ぶくぶくと横にのたくりまして、毒気(どくき)は人を殺すと申す、可恐(おそろし)く、気味の悪い、野槌(のづち)という蛇そのままの形に見えました。なれども、結んだのは生蛇(なまへび)ではござりませぬ。この悪念でも、さすがは(おんな)で、(つつみ)(ゆわ)えましたは、継合(つぎあ)わせた蛇の脱殻(ぬけがら)でござりますわ。

神職 野槌か、ああ、聞いても(いま)わしい。……人目に触れても近寄らせまい(たくみ)じゃろ、(たく)んだな。解け、解け。

禰宜 (解きつつ)山犬か、野狐か、いや、この包みました皮は、(むじな)らしうござります。

一同目を注ぐ。お沢はうなだれ伏す。

神職 鏡――うむ、鉄輪(かなわ)――うむ、蝋燭(ろうそく)――化粧道具、(べに)白粉(おしろい)。おお、お鉄漿(はぐろ)可厭(いや)なにおいじゃ。……別に鉄槌(かなづち)、うむ、赤錆(あかさび)、黒錆、青錆の(くぎ)、ぞろぞろと……青い蜘蛛(くも)(あか)守宮(やもり)、黒蜥蜴(とかげ)の血を塗ったも知れぬ。うむ、(きらりと佩刀(はいとう)を抜きそばむると(ひと)しく、藁人形をその(けもの)の皮に投ぐ)やあ、もはや(ちん)じまいな、(おんな)。――で、で、で先ず、男は何ものだ。

お沢 (息の下にて言う)俳優(やくしゃ)です。

――「俳優(やくしゃ)、」「ほう俳優。」「俳優。」と口々に言い継ぐ。

神職 (なん)じゃ、俳優(やくしゃ)?……――町へ参ってでもおるか。国のものか。

お沢 いいえ、大阪に――

禰宜 やけに大胆に(ぬか)すわい。

神職 おのれは、その俳優(やくしゃ)(めかけ)か。

お沢 いいえ。

神職 聞けば、聞けば聞くほど、おのれは、ここだくの邪淫(じゃいん)を侵す。言うまでもない、人の妾となって汚れた身を、鏝塗(こてぬり)上塗(うわぬり)に汚しおる。あまつさえ、身のほどを(わきま)えずして、百四、五十里、二百里近く離れたままで人を咒詛(のろ)う。

仕丁 その、その俳優(やくしゃ)は、今大阪で、名は何と言うかな。(あね)様。

神職 退(さが)れ、棚村。(かか)る場合に、身らが、その名を聞き知っても、(わざわい)は幾分か、その呪詛(のろ)われた当人に及ぶと言う。聞くな。聞けば聞くほど、何が聞くほどの事もない。――淫奔(いんぽん)、汚濁、しばらくの()も神の御前(みまえ)に汚らわしい。(いばら)(むち)を、しゃつの白脂(しろあぶら)(しり)に当てて石段から追落(おいおと)そう。――が(あき)れ果てて聞くぞ、(おんな)。――その釘を刺した形代(かたしろ)を、肌に当てて居睡(いねむ)った時の心持は、何とあった。

お沢 むずむず(かゆ)うございました。

禰宜 (なん)じゃ藁人形をつけて……肌が痒い。つけつけと(ぬか)す事よ。これは気が変になったと見える。

お沢 いいえ、夢は地獄の針の山。――目の前に、茨に霜の()りましたような見上げる(がけ)がありまして、(あが)れ上れと恐しい二つの鬼に責められます。浅ましい、恥しい、裸身(はだかみ)に、あの針のざらざら刺さるよりは、鉄棒(かなぼう)(くじ)かれたいと、覚悟をしておりましたが、馬が、一頭(ひとつ)背後(うしろ)から、青い火を上げ、黒煙(くろけむり)を立てて()けて来て、背中へ()つかりそうになりましたので、思わず、崖へころがりますと、形代(かたしろ)の釘でございましょう、針の山の土が、ずぶずぶと、この(ちち)へ……(わき)の下へも(ささ)りましたが、ええ、痛いのなら、うずくのなら、骨が裂けても(こた)えます。唯くわッと身うちがほてって、その(かゆ)いこと、むず痒さに、懐中(ふところ)へ手を入れて、うっかり払いましたのが、つい、こぼれて、ああ、皆さんのお目に(とま)ったのでございます。

神職 はて、しぶとい。地獄の針の山を、痒がる土根性(どこんじょう)じゃ。茨の鞭では(こた)えまい。よい事を申したな、別に御罰(ごばつ)の当てようがある。何よりも先ず、その、世に浅ましい、鬼畜のありさまを見しょう。見よう。――御身(おみ)たちもよく覚えて、お社近(やしろぢか)村里(むらざと)の、嫁、嬶々(かか)、娘の見せしめにもし、かつは(こおり)へも町へも触れい。布気田(ふげた)

禰宜 は。

神職 じたばたするなりゃ、手取(てど)り足取り……村の(しゅ)にも手伝(てつだ)わせて、その(おんな)上衣(うわぎ)引剥(ひきは)げ。髪を(さば)かせ、鉄輪(かなわ)を頭に、九つか、七つか、蝋燭を(とも)して、めらめらと、蛇の舌の如く頂かせろ。

仕丁 こりゃ()い、可い。最上等の御分別(ごふんべつ)

神職 退(さが)れ、棚村。さ、神の御心(みこころ)じゃ、猶予(ためら)うなよ。

――(かれ)ら、お沢を押取(おっとり)込めて、そのなせる事、神職の(げん)の如し。両手を(とりしば)り、腰を押して、()正面に、看客(かんかく)にその姿を露呈す。――

お沢 ヒイ……(歯を(しば)りて忍泣(しのびな)く。)

神職 いや、(あお)ざめ果てた、がまだ人間の(おんな)(つら)じゃ。あからさまに、邪慳(じゃけん)、陰悪の相を顕わす、それ、その般若(はんにゃ)鬼女(きじょ)の面を被せろ。おお、その通り。鏡も胸に、な、それそれ、藁人形、片手に鉄槌。――うむその通り。一度、二度、三度、ぐるぐると引廻したらば、(よし)。――(なん)と、(うし)(とき)咒詛(のろい)女魔(にょま)は、一本()高下駄(たかげた)穿()くと言うに、()ともの足りぬ。床几(しょうぎ)に立たせろ、引上げい。

(かれ)は床几を立つ。人々お沢を(だき)すくめて床几に()す。黒髪高く乱れつつ、一本(ひともと)の杉の(こずえ)に火を(さば)き、艶媚(えんび)にして嫋娜(しなやか)なる一個の鬼女(きじょ)、すっくと立つ――

お沢 ええ! 口惜(くや)しい。((ほとん)痙攣的(けいれんてき)(ちょう)と鉄槌を上げて、(おもて)斜めに(きば)白く、思わず神職を凝視す。)

神職 (魔を切るが如く、太刀(たち)(ふり)ひらめかしつつ後退(あとずさ)る)したたかな邪気じゃ、古今の悪気(あくき)じゃ、(はげし)い汚濁じゃ、(わざわい)じゃ。((たちま)ち心づきて太刀を納め、(おおい)なる幣を押取(おっと)って、飛蒐(とびかか)る)御神(おんかみ)(はら)いたまえ、浄めさせたまえ。(黒髪のその呪詛(のろい)の火を払い消さんとするや、かえって青き火、幣に移りて、めらめらと燃上り、心火と業火(ごうか)と、もの(すご)立累(たちかさな)る)やあ、消せ、消せ、悪火(あくび)を消せ、悪火を消せ。ええ、(らち)あかぬ。(ゆか)ぐるみに蹴落(けおと)さぬかいやい。(狼狽(うろたえ)て叫ぶ。人々床几とともに、お沢を押落(おしおと)し、取包んで蝋燭の火を一度に消す。)

お沢 (崩折(くずお)れて、倒れ伏す。)

神職 ((ほっ)と息して)――千慮の一失。ああ、(いた)しようを(あやま)った。かえって淫邪の鬼の形相(ぎょうそう)を火で明かに映し出した。これでは御罰(ごばつ)のしるしにも、いましめにもならぬ。陰惨忍刻(にんこく)の趣は、元来、この(おんな)につきものの影であったを、身ほどのものが気付かなんだ。なあ、布気田(ふげた)。よしよし、いや、村の(しゅ)。今度は鬼女、般若の面のかわりに、そのおかめの面を被せい、(うし)刻参(ときまいり)装束(しょうぞく)()ぎ、素裸(すはだか)にして、踊らせろ。陰を陽に翻すのじゃ。

仕丁 あの裸踊(はだかおどり)、有難い。よい慰み、よい慰み。よい慰み!

神職 退(さが)れ、棚村。慰みものではないぞ、神の御罰じゃ。

禰宜 踊りましょうかな。ひひひ。(ニヤリニヤリと笑う。)

神職 何さ、笛、太鼓で(はや)しながら、両手を引張(ひっぱ)り、ぐるぐる廻しに、七度(ななたび)まで引廻して突放せば、裸体(らたい)(おんな)だ、仰向けに寝はせまい。目ともろともに、手も足も(まい)踊ろう。

()るべい、」「遣れ。」「悪魔退散の御祈祷(ごきとう)。」村人は饒舌(しゃべ)り立つ。太鼓は座につき、()や笛きこゆ。その二、三人はやにわにお沢の(きぬ)に手を掛く。――

お沢 ああ、まあ、まあ。

神職 構わず引剥(ひきは)げ。裸体(はだか)のおかめだ。(あか)二布(ふたの)……湯具(ゆぐ)は許せよ。

仕丁 腰巻(こしまき)、腰巻……(手伝いかかる。)

禰宜 おこしなどというのじゃ。……(よご)れておろうかの。

後見 この婦なら、きれいでがすべい。

お沢 (身悶(みもだ)えしながら)堪忍して下さいまし、堪忍して下さいまし、そればかりは、そればかりは。

神職 罷成(まかりな)らん! 当社(とうやしろ)(おきて)じゃ。が、さよういたした上は、追放(おっぱな)して許して遣る。

お沢 どうぞ、このままお許し下さいまし、唯お目の前を離れましたら、里へも家へも帰らずに、あの谿河(たにがわ)へ身を投げて、(しん)でお(わび)をいたします。

神職 水は浅いわ。

お沢 いいえ、あの急な激しい流れ、(いわ)身体(からだ)を砕いても。――ええ、(なさけ)ない、口惜(くちおし)い。前刻(さっき)から幾度(いくたび)か、舌を()んで、舌を噛んで死のうと思っても、三日、五日、一目も寝ぬせいか、一枚も欠けない歯が皆(ゆる)んで、噛切(かみき)るやくに立ちません。舌も縮んで(くちびる)を、唇を噛むばかり。(その唇より血を流す。)

神職 いよいよ悪鬼の形相(ぎょうそう)じゃ。陽を以って陰を払う。笛、太鼓、さあ、囃せ。引立てろ。踊らせい。

とりどりに、笛、太鼓の庭につきたるが、(そろ)って()()る。

お沢 (村人らに(しいた)げられつつ)堪忍ね、堪忍、堪忍して、よう。堪忍……あれえ。

からりと鳴って、響くと(ひと)しく、金色(こんじき)(はた)()、一具宙を飛落(とびお)つ。一同吃驚(きっきょう)す。社殿の片扉(かたとびら)(さっ)(ひら)く。

巫女 ((きざはし)()(くだ)る。髪は姥子(おばこ)に、鼠小紋(ねずみこもん)紋着(もんつき)、胸に手箱を掛けたり。馳せ()でつつ、その落ちたる梭を取って押戴(おしいただ)き、社頭に恭礼し、けいひつを掛く)しい、……しい……しい。……

一同茫然(ぼうぜん)とす。

御堂(みどう)正面の扉、両方にさらさらと(ひら)く、赤く輝きたる光、燦然(さんぜん)として(みなぎ)(うち)に、秘密の(きょう)は一面の雪景(せっけい)。この時ちらちらと降りかかり、冬牡丹(ふゆぼたん)寒菊(かんぎく)白玉(しらたま)乙女椿(おとめつばき)咲満(さきみ)てる上に、白雪(しらゆき)の橋、奥殿にかかりて玉虹(ぎょっこう)の如きを、はらはらと渡り()づる、気高(けだか)く、世にも美しき媛神(ひめがみ)の姿見ゆ。

媛神 (白がさねして、薄紅梅(うすこうばい)に銀のさや(がた)(きぬ)白地(しろじ)金襴(きんらん)の帯。(もとどり)結いたる下髪(さげがみ)(たけ)に余れるに、色(くれない)にして、たとえば翡翠(ひすい)(はね)にてはけるが如き一条(ひとすじ)征矢(そや)を、さし込みにて前簪(まえかんざし)にかざしたるが、瓔珞(ようらく)を取って掛けし(たすき)を、片はずしにはずしながら、()と廻廊の縁に()づ。(りん)として)お前たち、何をする。

――(一同ものも言い得ず、ぬかずき伏す。少しおくれて、童男(どうだん)童女(どうじょ)と、ならびに、目一つの怪しきが、唐輪(からわ)切禿(きりかむろ)にて、前なるは(にしき)の袋に鏡を捧げ、(あと)なるは(きざはし)()(くだ)り、巫女(みこ)の手より()を取り受け、やがて、欄干(らんかん)擬宝珠(ぎぼうしゅ)の左右に控う。媛神、立直(たてなお)りて)――お沢さん、お沢さん。

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