十和田湖

1話

3,224字 約6分 2016年9月1日 公開

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「さて()うも一(かた)ならぬ御厚情(ごこうじやう)(あづか)り、(すくな)からぬ御苦労(ごくらう)()けました。道中(だうちう)にも旅店(はたご)にも、我儘(わがまゝ)ばかり(まを)して、今更(いまさら)(はづか)しう(ぞん)じます、しかし(くるま)駕籠(かご)……また夏座敷(なつざしき)だと(まを)すのに、火鉢(ひばち)()をかんかん……で、鉄瓶(てつびん)()噴立(ふきた)たせるなど、(わたし)としましては、(こゝろ)ならずも()むことを()ませんので、(けつ)して我意(がい)(つの)らせた不届(ふとゞき)次第(しだい)ではありません。――これは幾重(いくへ)にも御諒察(ごりやうさつ)(ねが)はしう(ぞん)じます。

 ――古間木(こまき)東北本線(とうほくほんせん))へお出迎(でむか)(くだ)すつた以来(いらい)()(くち)休屋(やすみや)(かけ)て、三(とま)り。(いま)また(ざつ)と一(にち)、五()ばかり、(わたし)ども一(かう)(たい)し……申尽(まをしつ)くせませんまで、種々(しゆ/″\)(こゝろ)づかひを(くだ)さいましたのも、たゞ御礼(おれい)申上(まをしあ)げるだけでは()みません。御懇情(ごこんじやう)はもとよりでございますが、あなたは保勝会(ほしようくわい)代表(だいへう)なすつて、(みづうみ)景勝(けいしよう)顕揚(けんよう)のために、御尽力(ごじんりよく)をなすつたので、(わたし)が、日日社(にちにちしや)より旅費(りよひ)頂戴(ちやうだい)(およ)んで、遥々(はる/″\)出向(でむ)きましたのも、(また)そのために(ほか)なりませんのでございますから、見聞(みきゝ)のまゝを、やがて、と(ぞん)じます。けれども、(はた)して御期待(ごきたい)にかなひますか、如何(どう)か、その(へん)(ところ)御寛容(ごくわんよう)(ねが)ひたう(ぞん)じます。たゞしかし、湖畔(こはん)里余(りあま)り、沿道(えんだう)十四()(あひだ)路傍(ろばう)(はな)(そこ)なはず、()(えだ)()らず、霊地(れいち)()りました(せつ)は、巻莨(まきたばこ)吸殻(すいがら)()つて懐紙(くわいし)へ――マツチの()えさしは()()して、もとの(はこ)(をさ)めましたことを(はゞか)りながら(まを)()でます。(なに)行届(ゆきとゞ)きませんでも、こればかりは、御地(おんち)(たい)する礼儀(れいぎ)真情(まごゝろ)でございます。」

「はあ――」

 ……はあ、とそつ()はないが、日焼(ひや)けのした()だらけの(むね)へ、ドンと打撞(ぶつか)りさうに()()れらるる、保勝会(ほしようくわい)小笠原氏(をがさはらし)の――八(ぐわつ)()午後(ごご)()古間木(こまき)()うてより、自動車(じどうしや)()られ、(ふね)()まれ、大降(おほぶり)小降(こぶり)幾度(いくど)(あめ)()れ、おまけに地震(ぢしん)にあつた、裾短(すそみじか)白絣(しろがすり)(あか)くなるまで、苦労(くらう)によれ/\の(かたち)で、(くろ)信玄袋(しんげんぶくろ)緊乎(しつかり)と、()巌丈(がんぢやう)蝙蝠傘(かうもりがさ)麦稈帽(むぎわらぼう)鷲掴(わしづか)みに持添(もちそ)へて、(ひざ)までの靴足袋(くつたび)に、革紐(かはひも)(かた)くかゞつて、赤靴(あかぐつ)で、少々(せう/\)抜衣紋(ぬきえもん)背筋(せすぢ)(ふく)らまして――(わか)れとなればお(たがひ)に、(たふげ)岐路(えだみち)悄乎(しよんぼり)()つたのには――汽車(きしや)から(こぼ)れて、(かぜ)()かれて()た、()()のやうな旅人(たびびと)も、おのづから(あは)れを(もよほ)し、挨拶(あいさつ)(まを)すうちに、つい(その)(さそ)はれて。……()()つたのでは(けつ)してない。……

「十和田(わだ)(かみ)照覧(せうらん)あれ。」

()はうとして、ふと(おのれ)(かへり)みて(あき)(かへ)つた。這個(この)髯斑(ひげまだら)(まなこ)(つぶら)にして(おも)(あか)辺塞(へんさい)驍将(げうしやう)(たい)して、(しか)(こと)()さむには、当時(たうじ)流行(りうかう)剣劇(けんげき)朱鞘(しゆざや)不可(いけず)講談(かうだん)ものゝ鉄扇(てつせん)でも不可(いけな)い。せめては狩衣(かりぎぬ)か、相成(あひな)るべくは、緋縅(ひをどし)(よろひ)……と()がつくと、暑中伺(しよちううかゞ)ひに到来(たうらい)染浴衣(そめゆかた)に、羽織(はおり)()ず、(かひ)(くち)(よこ)つちよに駕籠(かご)すれして、もの()しさうに白足袋(しろたび)穿()いた(やつ)が、道中(だうちう)つかひ(ふる)しの蟹目(かにめ)のゆるんだ扇子(あふぎ)では峠下(たふげした)木戸(きど)(しやが)んで、秋田口(あきたぐち)観光客(くわんくわうきやく)を――()らはい、と口上(こうじやう)()ひさうで、照覧(せうらん)あれは(こと)をかしい。

「はあ。……」

「えゝ、しかし(なに)御不足(ごふそく)でも医学博士(いがくはかせ)三角康正(みすみかうせい)さんが、この一(かう)にお(くは)はり(くだ)すつて、篤志(とくし)とまでも(おん)()せず、(すくな)徳本(とくごう)膝栗毛漫遊(ひざくりげまんいう)(おもむき)で、村々(むら/\)御診察(ごしんさつ)をなすつたのは、御地(おんち)()つて、(なに)よりの(こと)(ぞん)じます。」

「はあ、勿論(もちろん)であります。」

「それに、洋画家(やうぐわか)梶原(かぢはら)さんが、(あめ)(しの)ぎ、(なみ)()びて、(ふね)でも、(いは)でも、名勝(めいしよう)実写(じつしや)をなすつたのも、御双方(ごそうはう)御会心(ごくわいしん)(こと)(ぞん)じます。()ほ、(しや)写真班(しやしんはん)英雄(えいゆう)、三(うら)さんが、自籠巌(じこもりいは)()(のぼ)り、御占場(おうらなひば)鉄階子(てつはしご)飛下(とびお)り、(いた)(ところ)手練(しゆれん)のシヤターを(しぼ)つたのも、保勝会(ほしようくわい)皆様(みなさま)はじめ、……十和田(わだ)(かみ)……」

()ひかけて、ぐつとつまると、(しろ)のづぼん、おなじ胴衣(どうぎ)()のたけ(これ)にかなつて風采(ふうさい)()がつた、(しや)代表(だいへう)高信(たかのぶ)さん、(かたはら)より(すゝ)()でゝ、

「では(これ)で、……おわかれをいたします。」

 小笠原氏(をがさはらし)は、くるり向直(むきなほ)つて、挙手(きよしゆ)をしさうな(いきほ)ひで、

「はあ。」

 これは、八(ぐわつ)()午後(ごご)秋田県(あきたけん)鹿角郡(かつのぐん)生出(おひで)駕籠(かご)(のぼ)つて……これから三瀧街道(たきかいだう)大湯温泉(おほゆをんせん)まで、自動車(じどうしや)で一()()かうとする、発荷峠(はつかたふげ)見返茶屋(みかへりちやや)を、……なごりの(うみ)から、(むか)つて(みぎ)()た、三岐(みつまた)の一場面(ばめん)である。

 (とき)画工(ぐわこう)――画家(ぐわか)画伯(ぐわはく)には(ちが)ひないが、()うも、画工(ゑかき)さんの(はう)が、()けて(たび)には親味(したしみ)がある(以下(いか)(とき)諸氏(しよし)敬語(けいご)(りやく)する(こと)(ゆる)されたし。)(くわん)五さんは、この(たふげ)を、もとへ二(ちやう)ばかり、()ぶり、(えだ)ぶり山毛欅(ぶな)老樹(らうじゆ)の、(みづ)(そら)にして、(みづうみ)(くも)()いた、断崖(きりぎし)景色(けしき)がある。「いゝなあ、この山毛欅(ぶな)(ぽん)が、こゝで(みづうみ)(さゝ)へる(はしら)だ。」そこへ画架(ぐわか)()てた――その(とき)、この(たふげ)(みちび)いて、羽織袴(はおりはかま)で、(さか)()かると股立(もゝだち)()つた観湖楼(くわんころう)和井内(わゐない)ホテルの御主人(ごしゆじん)が、「あ、()やうで。樹木(じゆもく)は一(えだ)大切(たいせつ)にいたさなければ()りませんな。素人目(しろうとめ)にも、この(のぼ)り十五(ちやう)、五十六(まが)り十六(けい)(まを)して岩端(いはばな)山口(やまぐち)処々(ところ/″\)、いづれも(かは)る/″\、(みづうみ)景色(けしき)(かは)りますうちにも、こゝは一(だん)(ぞん)じました。さいはひ峠上(たふげうへ)茶屋(ちやや)が、こゝへ新築(しんちく)をいたすのでございます。」背後(はいご)山懐(やまふところ)に、小屋(こや)()けて材木(ざいもく)()み、手斧(てうな)()こえる。画工(ゑかき)さんは立処(たちどころ)にコバルトの()()()いたし、博士(はかせ)(むらさき)(てふ)()つて、小屋(こや)うらの間道(かんだう)(うら)(はやし)(はい)つたので。――あと四(にん)本道(ほんだう)休茶屋(やすみちやや)()くと、和井内(わゐない)主人(しゆじん)股立(もゝだち)()いて、(わか)れを()げたのであつた。((ちう)観湖楼(くわんころう)羽織袴(はおりはかま)は、(とく)(わたし)たちの(ため)ではない、(をり)から地方(ちはう)顕官(けんくわん)巡遊(じゆんいう)があつた、その送迎(そうげい)次手(ついで)である。)

 写真班(しやしんはん)英雄(えいゆう)は、(すなは)ちこの三岐(みつまた)で一()自動車(じどうしや)飛下(とびお)りて、林間(りんかん)(てふ)逍遥(せうえう)する博士(はかせ)(むか)ふるために、()せて後戻(あともど)りをした(ところ)である。――

 方々(かた/″\)様子(やうす)(みな)(ほゞ)(わか)つた、いづれも、それ/″\お役者(やくしや)である。が、白足袋(しろたび)だつたり、浴衣(ゆたか)でしよたれたり、(かひ)(くち)(よこ)つちよだつたり、口上(こうじやう)述損(のべそこな)つたり……一(たい)それは(なに)ものだい。あゝそつと/\(わたし)……です、拙者(せつしや)拙者(せつしや)

 英雄(えいゆう)(うら)洋装(やうさう)の、横肥(よこぶとり)にがツしりしたのが、()よ、(まゆ)(うへ)(やま)()(あら)はれた。三岐(みつまた)()(した)にして、(れい)間道(かんだう)らしいのを()けたと(おも)ふが、横状(よこざま)無理(むり)(がけ)をするりと(すべ)つて、自動車(じどうしや)屋根(やね)踏跨(ふみまた)ぐか、とドシンと()りた。(あせ)ひとつかいて()ない。(もつと)も、つい()(ごろ)飛行機(ひかうき)で、八(けい)(うち)上高地(かみかうち)(そら)()んだと()ふから、(ふね)()つても、(はね)()えて、ひら/\と、周囲(しうゐ)十五()(みづうみ)(うへ)(たか)()びさうでならなかつた。闊歩横行(くわつぽわうかう)登攀(とうはん)跋渉(ばつせふ)、そんな(こと)はお(ちや)()で。――

 (おも)へば昨日(きのふ)暮前(くれまへ)であつた。休屋(やすみや)(やま)に一()(かつ)(そび)えて巌山(いはやま)鎮座(ちんざ)する十和田(わだ)神社(じんじや)(まう)で、裏岨(うらそば)になほ(かさな)(かさな)(けは)しい(いは)爪立(つまだ)つて(のぼ)つた(とき)などは……同行(どうかう)した画工(ゑかき)さんが、(しん)(やり)も、(えつ)(つるぎ)も、(これ)延長(えんちやう)したものだと(おも)へ、といつたほどであるから、お(はづ)かしいが、(わたし)にしては(うま)れてはじめての冒険(ぼうけん)で、(あし)()え、(きも)()えて、中途(ちうと)(おも)はず、――絶頂(ぜつちやう)(いし)(ほこら)は八幡宮(まんぐう)にてましますのに、――不動明王(ふどうみやうわう)、と(ねん)ずると、やあ、といふ掛声(かけごゑ)とゝもに、制迦(せいたか)(ごと)(あら)はれて、写真機(しやしんき)附属品(ふぞくひん)を、三()金剛杵(こんがうしよ)(ごと)片手(かたて)にしながら、片手(かたて)で、(おび)(つか)んで、短躯小身(たんくせうしん)見物(けんぶつ)(ちう)()つて(およ)がして引上(ひきあ)げた英雄(えいゆう)である。岩魚(いはな)(だい)を三(びき)()つて咽喉(のど)(かは)かすやうな尋常(じんじやう)なのではない。和井内(わゐない)自慢(じまん)のカバチエツポの(ふと)つた(ところ)を、二尾(ふたつ)塩焼(しほや)きでぺろりと(たひら)げて、あとをお茶漬(ちやづけ)さら/\で小楊子(こようじ)使(つか)ふ。……

 いや(こゝ)でこそ、呑気(のんき)らしい(こと)をいふものゝ、磊々(らい/\)たる巉巌(ざんがん)尖頂(せんちやう)()ぢて、大菩薩(だいぼさつ)(ちひ)さな(ほこら)の、たゞ(てのひら)()るばかり……といつた(ところ)で、人間(にんげん)のではない、毘沙門天(びしやもんてん)(てのひら)()(たま)ふ。宝塔(ほうたふ)(ごと)きに(せつ)した(とき)は、邪気(じやき)ある凡夫(ぼんぷ)は、手足(てあし)もすくんでそのまゝに(しやが)んだ石猿(いしざる)()らうかとした。……(いはほ)(そう)は一(まい)づゝ、(おごそ)かなる、神将(しんしやう)(よろひ)であつた、(つゝし)んで(おも)ふに、色気(いろけ)ある女人(によにん)にして、(わる)絹手巾(きぬはんかち)でも(ねぢ)らうものなら、たゞ飜々(ほん/\)()()()して()ぶであらう。それから跣足(はだし)になつて、(かゝ)へられるやうにして(くだ)つて、また、老樹(らうじゆ)()大巌(おほいは)挟間(さま)(ひだり)に五(だん)白樺(しらかば)巨木(きよぼく)(した)南祖坊(なんそばう)(だう)があつた。(みぎ)に三(だん)白樺(しらかば)巨木(きよぼく)(した)に、一龍神(りうじん)(ほこら)があつた。……(とびら)(あさ)うして、(しか)(くら)(おく)に、一()人面蛇体(にんめんじやたい)(かみ)の、(からだ)を三(うね)り、()(とも)に一(ふり)(つるぎ)(まと)うたのが陰影(いんえい)()つて、(おもて)(つるぎ)とゝもに真青(まつあを)なのを()(とき)よ。

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