続銀鼎

1話

1,335字 約3分 2016年9月7日 公開

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 不思議(ふしぎ)なる光景(くわうけい)である。

 白河(しらかは)はやがて、()きしきる(かはづ)(こゑ)、――()(かはづ)(こゑ)もさあと(ひゞ)く――とゝもに、さあと()る、(ながれ)(おと)(わか)るゝ(ごと)く、汽車(きしや)(あだか)(あめ)大川(おほかは)をあとにして、(また)一息(ひといき)(くら)陸奥(みちのく)(しづ)む。……真夜中(まよなか)に、色沢(いろつや)のわるい、(ほゝ)()せた詩人(しじん)一人(ひとり)()ばかり(かゞや)かして(じつ)()る。

 ()(ゆめ)()らすやうな、朦朧(まうろう)とした、車室(しやしつ)(ゆか)に、()(あか)()ち、(さつ)(あを)(ふさ)つて、湯気(ゆげ)をふいて、ひら/\と()えるのを凝然(じつ)()()ると、()うも、停車場(ステーシヨン)(ぜに)()つた饂飩(うどん)(あたゝ)(いだ)くのだとは(おも)はれない。

 どう/\と()(なか)を、がうと(やま)(こだま)して()く。がらんとした、(ふる)びた萠黄(もえぎ)車室(しやしつ)である。護摩壇(ごまだん)(むか)つて、(ひげ)(かみ)(おどろ)に、(はり)(ごと)逆立(さかだ)ち、あばら(ぼね)(しろ)く、()(いき)黒煙(くろけむり)(なか)に、夜叉(やしや)羅刹(らせつ)()んで、逆法(ぎやくはふ)(しゆ)する呪詛(のろひ)(そう)挙動(ふるまい)には()べくもない、が、(われ)ながら(ぎん)(なべ)で、ものを()る、仙人(せんにん)徒弟(とてい)ぐらゐには(かん)ずる。詩人(しじん)(これ)では、鍛冶屋(かじや)職人(しよくにん)宛如(さながら)だ。が、(そに)()る、()る、()りつゝあるは(なん)であらう。没薬(もつやく)(たん)(しゆ)(かう)(ぎよく)砂金(さきん)(るゐ)ではない。蝦蟇(がま)(あぶら)でもない。

 と(おも)ひつゝ、()つゝ、(まど)ひつゝ、()くして()るのは美人(びじん)である。

 衣絵(きぬゑ)さんだ!

 と(おも)ふと、()(あは)が、(ゆき)(ふる)はす(しろ)(はだ)(たゞ)れるやうで。……(その)は、ぎよつとして、突伏(つきふ)すばかりに火尖(ひさき)()めるが(ごと)吹消(ふきけ)した。

 (つか)れたやうに、(ほつ)呼吸(こきふ)して、

「あゝ、()んでもない、……(たとへ)にも虚事(そらごと)にも、衣絵(きぬゑ)さんを地獄(ぢごく)(おと)さうとした。」

 (かり)に、もし、(これ)()(こと)()(こと)()(こと)が、()極度(きよくど)到着(たうちやく)した(とき)結晶体(けつしやうたい)が、衣絵(きぬゑ)さんの姿(すがた)()るべき魔術(まじゆつ)であつても、()()けて煮爛(にたゞ)らかして(なん)とする! ……

 鋳像家(ちうざうか)(わざ)に、(ほとけ)(あかゞね)()るであらう。彫刻師(てうこくし)(のみ)に、(かみ)()(きざ)むであらう。が、(ひと)(をんな)、あの華繊(きやしや)な、衣絵(きぬゑ)さんを、詩人(しじん)煩悩(ぼんなう)()るのである。

大変(たいへん)(こと)をしたぞ。」

 (その)は、今更(いまさら)ながら、瞬時(しゆんじ)(いへど)も、(こゝろ)(かげ)が、()(ねつ)()へないものゝ(ごと)く、不意(ふい)のあやまちで、怪我(けが)をさした(ひと)吃驚(びつくり)するやうに、(ぎん)(ふた)を、ぱつと()つた。

 ()ると、……むら/\と一巻(ひとまき)(うづ)()くやうに()つて、湯気(ゆげ)が、(なべ)(なか)から、(もう)()つ。()ちながら、すつと(しろ)(もすそ)真直(まつすぐ)立靡(たちなび)いて、(なか)ばでふくらみを()つて、(すぢ)(くぼ)むやうに、二条(ふたすぢ)(わか)れようとして、(やはらか)にまた()つて、(さつ)()()るのが、(かた)()え、頸脚(えりあし)()えた。背筋(せすぢ)(こし)、ふくら(はぎ)。……

 ()(はな)(いろ)うつくしく、中肉(ちうにく)で、中脊(ちうぜい)で、なよ/\として、ふつと()くと、黒髪(くろかみ)(おと)がさつと()つた。

「やあ、あの、もの(はぢ)をする(ひと)が、裸身(はだかみ)なんぞ、こんな姿(すがた)を、(ひと)()せるわけはない。」

 (その)()(ねぶ)つた。

 矢張(やつぱ)()える。

「これは、不可(いか)ん。」

 (その)一人(ひとり)(かしら)()つた。

 まだ()えない。

(だい)一、病中(びやうちう)は、()取乱(とりみだ)した姿(すがた)()せるのを可厭(いや)がつて、見舞(みまひ)()くのを(ことは)られた自分(じぶん)ではないか。――(これ)(わる)い。こんな(ところ)を。あゝ、()まない。」

 (その)はもの(ぐる)はしいまで、(あはたゞ)しく外套(ぐわいたう)()いだ。トタンに、()衣絵(きぬゑ)さんの(しろ)幻影(げんえい)(つゝ)むで(かく)さうとしたのである。が、疼々(いた/\)しい()(こは)ばつた、(あめ)(ほこり)日光(につくわう)をしたゝかに()つた、功羅(こうら)()へた鼠色(ねづみいろ)(おほき)蝙蝠(こうもり)

 一寸(ちよつと)でも(さわ)ると、()のまゝ、いきなり、(しろ)(かた)(つゝ)むで、(ほゝ)から衣絵(きぬゑ)さんの()()ひさうである、と(おも)つたばかりでも、あゝ、滴々(たら/\)()()れる。……結綿(ゆひわた)鹿()()のやうに、喀血(かくけつ)する咽喉(のんど)のやうに。

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