1話 能因法師(1)
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登場人物
能因法師
藤原節信
能因の弟子良因
花園少將
少將の奧園生
伏柴の加賀
陰陽師阿部正親
藤原時代。秋のなかば。
洛外の北嵯峨。能因法師の庵。
藁葺の二重家體にて、正面の上のかたに佛壇あり、その前に經卷をのせたる經机を置く。
佛壇につゞきて棚のやうなものを調へ、これに歌集または料紙箱、硯など色々あり、下のかたは壁にてその前に爐を設く。下のかた折曲りて竹の肱掛窓あり。家體の上のかたは奧の間のこゝろにて出入の襖あり。庭に面せる方は簾をたれたる半窓にて、窓の外には糸瓜のぶら下りし棚あり。庭の下のかたに低き垣の枝折戸、垣のほとりには秋草咲けり。垣の外には榎の大樹あり。うしろには森、丘、田畑など遠く見ゆ。
(主人の能因法師、四十餘歳、上のかたの窓より首を出してゐる。その顏は日に燬けて眞黒になつてゐる。弟子の良因は庭に降りて落葉をかいてゐる。鳥の聲きこゆ。)
良因 どうもひどい落葉だな。秋もだん/\に深くなつたとみえて、この頃は一日ごとに落葉が多くなつて來た。おゝ、鳥が頻りに鳴く。(空をみる。)けふは好い天氣だ。野遊びの人も澤山出たであらう。
能因 (窓より聲をかける。)良因。良因。
良因 はい、はい。
能因 好い天氣だな。
良因 朝夕は北山颪しがそろ/\と身にしみて來ましたが、日のなかはまだ少し暑いくらゐでございます。
能因 秋のゆふ日といふものは、忌にびり/\と暑いものだ。かうして毎日毎日顏を晒してゐるのも隨分難儀だぞ。察してくれ。
良因 お察し申します。きのふは少し用があつて、京の町までまゐりますと、六條の河原にあなたと同じやうな首が梟らされて居りましたよ。
能因 六條河原に……獄門か。
良因 丁度そんな首でございました。
能因 馬鹿を云へ。しかし斯うやつて首だけ晒してゐるところは、まつたく獄門だよ。隨分黒くなつたらうな。
良因 好い加減に染まりました。もう些との御辛抱でございませう。
能因 あき風が大分吹いて來たから、もうそろ/\と『秋風ぞ吹く白河の關』と遣つてもよからう。
良因 いや、まだ些と早うございませう。奧州からこゝまで歸るには、道中の日數がなかなかかゝりますからな。
能因 毎日この糸瓜と睨みつくらをしてゐるのも隨分苦しいぞ。あゝ、秋風がもつと吹いてくれ。あき風ぞ吹く白河の關……秋風ぞ吹く白河の關……。どうだ、幾たびも訊くやうだが、おれの顏も好い加減に黒くなつたらうな。
良因 御心配には及びません。さうして根よく天日に晒しておゐでなさいましたから、染は上染、眞黒々に染めあがりました。
能因 誰が見ても長の道中をして來たやうにみえるだらうな。
良因 それは大丈夫。請合でございますよ。およそ世界にそんな眞黒な顏をしてゐるのは、あなたと海坊主のほかはございますまい。はゝゝゝゝゝ。
能因 はゝゝゝゝゝ。
(藤原節信、三十餘歳、門に來りてうかゞふ。)
節信 おたのみ申す。
良因 え。(おどろいて窓の下に來る。)もし、お師匠樣。だ、誰かまゐりました。
能因 誰か來た……。(おどろく。)
良因 さあ、早く、早く……。見られては大變でございます。早く、早く……。
能因 いゝか、まだ歸らないと云ふのだぞ。
節信 良因は留守かな。(大きく云ふ。)
良因 はい、はい。唯今まゐります。
(能因はあわてゝ窓から首を引込める。良因は何食はぬ顏で門に來る。)
良因 はい、はい。どなた……。
節信 良因か。
良因 おゝ、節信樣でございましたか。さあ、こちらへ……。
(節信は内に入りて、縁に腰をかける。良因は氣づかはしさうに窓の方を見かへる。)
節信 おゝ、こゝの庭にも落葉が多い。もう秋になつたな。
良因 はい。それをしきりに待つてゐるのでございますよ。
節信 秋になるのを待つてゐるのか。
良因 え。(口隱る。)いえ、其。……秋になればお師匠樣も戻られませうかと存じまして……。
節信 能因殿はいつごろ戻られるな。
良因 なにを申すも陸の奧、遠い道中でございますから、旅から旅をさまよひ歩いて、いつ戻られるかはつきりとは判りませんが、先づ白河の關に秋風でも吹きましたら……。
節信 (笑ふ。)これ、これ、嘘をつくな。
良因 え、決して嘘は申しません。お師匠樣はまつたく奧州から戻らないのでございます。
(再び窓の方を見かへる。)
節信 今あの窓から眞黒な首が出てゐたが……。
良因 (おどろく。)え。
節信 あれは誰だ。誰だな。
良因 いえ、それは何かのお見違ひでございませう。おゝ、それ、それ、あなたはあの糸瓜を御覽じたのでございませう。
節信 えゝ、馬鹿なことを……。糸瓜が口をきいて堪るものか。わしが見た眞黒な糸瓜は大きな口をあいて、貴公を相手になにか笑つてゐたぞ。
良因 え。(いよ/\困る。)へえ、その糸瓜が笑つてをりましたか。これは甚だ不思議なことで……。
節信 とぼけるのも好い加減にしてくれ。なるほど、顏は眞黒でよく判らなかつたが、聲を聞いたのが確な證據だ。
良因 でも、つんぼうの早耳といふことも……。
節信 わしは聾ではない。今こゝで貴公と大きな聲でおしやべりをして、何かげら/\笑つてゐたのは、たしかに能因御坊の聲だ。いや、一體あの男が怪しからんぞ。この節信とは多年睦まじう附合つてゐながら、わしの顏をみて俄に逃げ隱れるなどとは、甚だ面白くない仕打だ。よし、よし、これから奧へ踏み込んで、能因めをこゝへ引摺り出して來るからさう思へ。(行きかゝる。)
良因 もし、もし、飛んでもないことを……。お師匠樣はまつたくお留守で……。
節信 なにを云ふのだ。引込んでゐろ。
(節信は奧へゆかうとするを、良因はあわてゝ遮り、兩人頻りに爭ふうちに、能因は窓から再び首を出す。)
能因 まあ、待つてくれ、待つてくれ。
節信 おゝ、能因か。なぜ隱れてゐる。
能因 それには色々仔細のあることで……。今そこへ行つて話すからお待ちください。(首を引込める。)
節信 それ、みろ。師匠は内にゐるではないか。この嘘つき坊主め。
(節信は扇にて良因を一つ毆はせる。)
良因 いや、どうも恐れ入りました。
(良因はあたまを抱へて閉口してゐる。奧より能因出づ。)
能因 節信殿、どうも御無沙汰をいたした。
節信 奧州へ旅行と聞いてゐたが、いつの間に戻つて來られた。いやどうも眞黒な顏になられたな。いかに長い旅をしたと云つて隨分ひどく日に燬けたものだ。(能因の顏をみて噴き出す。)これはどうも、はゝゝゝゝ。
能因 そんなに黒くなりましたかな。(自分の顏を撫でる。)これ、良因。貴樣は上染だなどと無暗に煽てたが、ちつと色が濃過ぎたらしいぞ。
良因 ちつと染めあがりが惡うございましたかな。この頃は何分にも秋の日が強うございますから……。いえ、夏のうちは丁度好い加減の黒さでございましたが、この半月ばかりで急に眞黒になりましたやうで……。
能因 では、もう少し洗ひ落すかな。いや、又あまり洗ひすぎて元の白地になつても困る。なかなか染加減がむづかしいな。(しきりに顏を撫でまはしてゐる。)
節信 小野小町の草紙洗ひではあるまいし、洗へば白くなるの、黒くなるのと、それは一體どう云ふわけでござるな。はゝあ、さては貴公の顏の黒いのは何か墨でも塗つてゐられるのか。
能因 どうして、どうして、墨を塗つて濟むくらゐならば、三月も四月も獄門同樣の苦しい思ひは致さぬのだが……この春から毎日毎日天日に照付けられて、面の皮はひり/\する。いや、並大抵の辛抱ではござらなかつた。
節信 はてな。どうも貴公達の云ふことはよく判らぬ。どうで長い旅をすれば、自然に日にも燬けるものを、なにも好んで無理に黒くするにも及ぶまい。元來があまり白くもない顏を、又その上に黒くしてどうするのでござるな。
能因 それが其、どうも困つたな。もう斯うなつたら致し方がない。實は其、旅といふのは……。
良因 あ、もし、もし……。(云ふなと制する。)
能因 (かんがへる。)いや餘人でない節信殿だ。貴公に限つて、わたくしの祕密を打明けますれば、かならず御他言くださるな。よろしいか。
節信 承知いたした。貴公とわしとの仲だ。八百萬の神々に誓つて、なにごとも他言は致すまい。さあ、いかなる祕密も御遠慮なく……。(膝をすゝめる。)
能因 これ良因。節信殿は格別、ほかの人に聞かれては大變だぞ。よく表に氣をつけろよ。
良因 はい、はい。(門をみる。)
能因 實を申せば、その奧州の旅といふのは嘘でござる。
節信 え、奧州へ旅立ちすると云つたのは嘘であつたか。なぜ又そんな嘘をいつて……。
能因 叱ツ、叱ツ。(良因に。)これ、これ、表に誰もゐないか。劍呑だぞ。
良因 大丈夫でございます。
節信 はゝあ、判つた。さては貴公。義理の惡い借財でも出來たがために、遠い奧州へ旅行すると詐つて、奧にかくれてゐたのだな。
能因 いや、いや、大晦日まではまだ間もあるのに、決してそんな卑怯なわけでは……。
節信 では……。(考へる。)おゝ、さうだ。人は見掛けによらぬもので、貴公は年甲斐もなく、若い女にでも係り合つて、その始末に困つた揚句が、留守をつかつて奧にかくれて……。いや、呆れた男だ。
能因 いや、いや、そんな洒落れたわけでもない。實は近頃わたくしが歌をよみました。
節信 貴公は名高い歌よみだ。定めて面白い歌であらう。して、その歌は……。
能因 唯今お目にかける。お待ちください。
(能因は棚の箱から色紙を持つてくる。節信はうけ取りて讀む。)
節信 都をば霞と共に出でしかど、あき風ぞ吹く白河の關。むゝ。(感心してゐる。)
能因 どうでせうな。都をば霞と共に出でしかど……。
良因 秋風ぞふく白河の關。(大きく云ふ。)
能因 これ、靜にしろと云ふに……。表に誰も聞いてゐないか。
良因 あ、來ました、來ました。(向うを指さす。)
能因 え。(おどろいて起つ。)ほんたうに來たか。來たか。(奧へ逃げ込まうとする。)
良因 はゝゝゝゝ。
能因 こいつ又かついだな。忌々しい奴だ。(安心して坐る。)ほんたうに冗談は拔きにして、眞面目にそこらを見張つてゐろ。
良因 はゝ、大丈夫でございます。
節信 (色紙を繰返してよむ。)いや、天晴れの秀逸、あき風ぞ吹く白河の關は面白い。今更ではないが、節信もほと/\感心いたした。
能因 さあ、そこでござるて。わたくしも折角それだけの秀逸を浮びながら、唯つまらなく世に出しては、人がそれほどに賞美してもくれまいと存じて、色々に工夫をいたした。
節信 なるほど、成程。して、その工夫は……。
能因 その工夫がなか/\むづかしい。この良因とも相談いたして、色々に肝膽を碎いた揚句が、今度の旅で……。みちのくへ歌枕見にまゐると世間へは立派に披露して、實はこの春から我家の奧に隱れてゐました。(頭をかく。)
節信 では、陸奧ではなくて家の奧に隱れてゐたのか。いや、ずるい男だ。わしもこれには一杯食はされた。はゝゝゝゝゝ。
良因 もし、節信樣。家のお師匠樣ばかりではございません。室内旅行はこの頃の都の流行物でございますよ。
能因 そこで好い頃を見はからつて、能因は奧州の旅から歸つたと披露すれば、大勢の人があつまつて來て、きて道中は如何でござつた。奧州名物の信夫もぢ摺、野田の玉川、あさかの沼、鹽釜櫻御覽じたかなどと云ふ。こつちは得たり賢しと、勿體らしくこの歌を持ち出して、あき風ぞ吹く白河の關……。いかにも實地を歌つたやうに聞えて、みんなも一入感心いたす。おなじ歌でも斯うして世に出せば十段も價値があがつて、人の信仰も又格別といふもの。
節信 (呆れる。)これはいよ/\驚いた。風雅の歌人とみせかけて、貴公も案外の山師だな。
能因 風流專一の歌よみでも、このくらゐの宣傳を致さねば、今の世の中は渡られませんよ。が、こゝに唯一つ困つたのは……。(わが顏を指さす。)色を黒くすることで……。なにしろ都から奧州まで百里二百里の長い道中をしたといふからには、顏も手足もずゐぶん日に燬けてゐる筈。そこで又わたくしは工夫をいたした。表向きは留守と云つて、奧の一間に隱れてゐながら、人の見ない時をうかゞつて、毎日あの窓から首を出して、まるで生きた獄門も同樣、あさ日ゆふ日に晒されてゐました。能因が眞黒な顏のいはれはこの通り……。はて、お笑ひなさるな。當人はそれでも一生懸命でござつたよ。
節信 (ふき出す。)いや、もう何とも御挨拶ができぬ。あゝ、貴公は智慧者、世捨人には惜いものだ。
能因 ちつと智慧をお貸し申さうか。はゝゝゝゝ。
節信 はゝゝゝゝ。
(この時、良因は又もや向うを指さして騷ぐ。)
良因 もし、お師匠樣。來ました、來ました。
能因 え、ほんたうか、ほんたうか。
良因 今度こそは嘘いつはり無し、たしかに二人づれがこつちへ歩いてまゐります。おゝ、それ、それ、ひとりは歌自慢の加賀といふ生意氣な當世女、もう一人は花園の少將殿らしく見えますが……。
節信 あの二人はかねて戀仲だと聞いてゐるから、幸ひ今日は日和もよし、手に手をひかれて秋の野邊を、そゞろ歩きなどしてゐると見えるな。
能因 それはむかうの勝手だが、こゝへ押掛けて來られては甚だ迷惑。(たち上る。)これ、良因。もしも二人がこゝへ來たらば、おれはまだ奧州から戻らぬと云ふのだぞ。いゝか。
良因 それは萬事心得てをります。
能因 こんなものを見つけられては大變だ。
(節信より彼の色紙を取返へし、料紙箱にしまひ込む。)
節信 少將殿がこゝへ參られては會釋などが面倒だ。わしもこれでお暇といたさう。(庭に降りる。)
能因 あ、ちよいとお待ち下さい。折角おたづね下されたのだから、土産によいものを差上げませう。
(能因は袂より小さき鉋屑を取出し、懷紙にのせて勿體らしく出す。)
節信 (うけ取りて不思議さうにみる。)これは鉋屑のやうだが……蚊いぶしには餘り輕少過ぎる。(摘んでみる。)さりとて飯の菜にもなるまい。これは一體どうするので……。
能因 節信殿ほどの御人でも、おそらくは御存じあるまい。それは日本に二つとない珍しいもの。雉子も鳴かずば撃たれまいと歌はれて、むかしから有名の長柄の橋。
節信 むゝ。
能因 その橋を作つたときの鉋屑で……。
節信 いや、天下一品、これは恐れ入つた。さすがの節信も生れてから初めて見ました。しかしかやうな珍しいものを頂戴しては、こつちでも何か御返禮をいたさねばなるまい。(ふところを探つて舌打をする。)かうと知つたら持參するものを、あいにくに家へ置き忘れてまゐつた。では、後刻かさねて……。
能因 決して義理堅い御返禮には及びません。
良因 あれ、あれ、もう二人がまゐります。
節信 さうか。さうか。
(節信はあわてゝ門を出て、向うをみる。)
節信 おゝ、なるほど、來た、來た。今度は嘘ではない。能因殿、早く姿をかくさぬと化の皮があらはれますぞ。
能因 はい、はい。良因、いゝか。たのんだぞ。留守と云へ、留守といへ。
(能因はあわてゝ奧に逃げ込む。節信は向うへ行きかけしが、更に路をかへて下の方に入る。)
良因 はゝ、節信殿も面白い人だ。長柄の橋の鉋屑にはひどく恐れ入つて歸つたが、あの人のことだから、きつと負けない氣になつて、なにか又不思議な古物を持つてくるに相違ない。浦島の乘つた龜の甲だとか、八股の大蛇の尻尾だとか名をつけて、飛んでもないものを擔ぎ込んで來るだらう。なにしろ、家のお師匠樣とは好い取組だ。はゝゝゝゝ。
(良因は再び庭を掃く。向うより花園少將、二十餘歳。院の女房加賀、廿歳ぐらゐにて、手に野菊の枝を持ち、むつまじげに連れ立つて出づ。)
花園 よい日和であつたなう。
加賀 山には紅葉、野には菊、きのふけふは秋の色もだん/\に増してまゐりましたな。
花園 さうぢや。さうぢや。秋の野山もこれからが面白いなう。さつきから其處らを果しもなくあるいたので、足も大分くたびれた。
加賀 何處かそこらで一休み致しませう。おゝ、あすこが宜しうございます。
花園 あの庵室めいた草の家は誰の住居かの。
加賀 御存じはございませんか。あれは能因法師の宿でございます。
花園 なるほど、わしも一二度立寄つたことがある。あるじの能因は陸奧の旅に出て、まだ歸らぬとか聞いてゐるが、誰か留守居の者があらう。
加賀 良因といふ暢氣なお弟子坊主が留守番をしてゐますから、休みながら何か面白い話でも聞きませうよ。
(二人は門にくる。)
加賀 良因さん。大層お掃除に精が出ますね。
良因 や、これは加賀どの。おゝ、花園の少將殿も御一緒でございましたか。さあ、さあ、どうぞこちらへ。
(花園と加賀は庭に入る。)
花園 おゝ、主人は留守ぢやと聞くに、庭の手入れはなか/\行屆いてゐるの。
良因 いえ、もう、毎朝やかましく叱られますので……。
加賀 え、誰に叱られるの。
良因 (あわてる。)えゝ、何、其。これまで毎朝叱られてゐた癖が付いてゐるので、師匠が留守でもこの通り綺麗に掃除をしてをります。
花園 かげひなたがなくて感心な男ぢや。
良因 なんでも人間は正直が肝腎でございます。(傍を向いて笑ふ。)
花園 小半日も歩いたせゐか、喉が渇いて來た。湯を一杯振舞つて貰へまいか。
良因 はい、はい。唯今すぐに沸かして差上げませう。先づこれへお掛けくださいまし。
(花園は縁に腰をかける。良因は内へ入りて、爐に枯枝を焚きつける。加賀は垣のそばに立ちて草花などをながめてゐる。蟲の聲きこゆ。)