冬のしぶき ――母親から獄中の息子に――

1話 冬のしぶき ――母親から獄中の息子に――

398字 約1分 2018年8月14日 公開

読み方を変える
字の大きさ
行の間隔
1行の長さ
書体
配色
組み方

お前が工場の帰りに買ってきてくれた

この櫛は

もう あっちこっち 歯がこぼれた

()いたヌケ毛の一本一本は

お前がオッカサンとよばってくれる

その日がまためぐってくる年月(としつき)のながさを

ヒトツキ フタツキ と

かぞえさせる

お前からの夏のタヨリを

帯にはさんでいる――

六十二にもなったわたしのふしぶしは

ズキン ズキン ズキン

(しば)れにたたかれて

ヒビがひろがってゆく

お前がアバシリの

刑務所におくられてから二年と四ヵ月

くる年々(としどし)の冬のはじまりから

ほほッぺたのまるっこいお前の写真を

霜焼けに疼く指先にささえて

炉ばたの隅で

あッためてやってるたんびに

わたしの

薄くなったマツ毛は濡れて

ああ どんなにか

本当のお前に会いたいことか

正直なわたしのセガレ

ウソやゴマカシでは

ゴハンをたべれなかったお前

豆腐汁の好きだったお前の

お椀の上でのほほえみが

今もわたしに

――ふるえる ふるえる

コブシをにぎらせる

(『プロレタリア文学』一九三二年一月創刊号に発表)

目次に戻る

感想を書く

目次