三太郎の日記 第二

9話 三 遲き歩み 4

516字 約1分 2011年9月17日 公開

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 自分にとつては、歡樂も戀愛も、現實そのまゝの――換言すれば單純に現實的な立脚地から見た――姿に於いては凡て空しかつた。歡樂も戀愛も一時の忘我を與へるのみで、新しい生活の礎を置く力をば持つてゐなかつた。自分は現實の中到る處に空虚の存在を觸知せずにはゐられなかつた。甲から乙に移つても、丙から丁に轉じても、此空虚の感じは終に填められなかつた。俺の經驗した限りでは酒も畢竟は苦かつた。異性も畢竟は人形のやうに見えた。凡ての現實は、閃いて、消えて、虚無に歸する影のやうなものに過ぎなかつた。さうして俺は淋しかつた。

 イエスが驥馬に乘つてイエルサレムの都城に入らんとする時、衆くの人は其衣を途に布き、或ひは樹枝を伐りて途に布きながら、或は前に行き或は後に從ひつゝ、歡呼して之を迎へた。俺も亦俺の都城に入つて、俺の中に君臨す可き「神」を迎へるために、衣を布き、橄欖を折らむとする願に堪へない。俺の心は今統治する者なき果敢さに惱み挫折れてゐる。神に對する俺の憧憬は、明日のためではなくて今日のためである。今日の生活の餘りに空しきに堪へ難いためである。新しい光によつて凡ての現實生活を根本的に實にしたい望みが抑へ難く俺の中に湧いて來るからである。

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