天守物語

1話 天守物語(1)

7,883字 約16分 2006年11月13日 公開

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時  不詳。ただし封建時代――晩秋。日没前より深更にいたる。

所  播州姫路。白鷺城の天守、第五重。

登場人物

天守夫人、富姫。(打見は二十七八)岩代国猪苗代、亀の城、亀姫。(二十ばかり)姫川図書之助。(わかき鷹匠)小田原修理。山隅九平。(ともに姫路城主武田播磨守家臣)十文字ヶ原、朱の盤坊。茅野ヶ原の舌長姥。(ともに亀姫の眷属)近江之丞桃六。(工人)桔梗。萩。葛。女郎花。撫子。(いずれも富姫の侍女)薄。(おなじく奥女中)女の童、禿、五人。武士、討手、大勢。

舞台。天守の五重。左右に柱、向って三方を廻廊下(まわりろうか)のごとく余して、一面に高く高麗(こうらい)べりの畳を敷く。(くれない)の鼓の緒、処々に蝶結びして一条(ひとすじ)、これを欄干のごとく取りまわして柱に渡す。おなじ鼓の緒のひかえづなにて、向って右、廻廊の奥に階子(はしご)を設く。階子は天井に高く通ず。左の(かた)廻廊の奥に、また階子の上下の口あり。奥の正面、及び右なる廻廊の半ばより厚き壁にて、広き矢狭間(やざま)狭間(はざま)を設く。外面は山岳の遠見(とおみ)、秋の雲。壁に出入りの扉あり。鼓の緒の欄干(そと)、左の一方、棟甍(むながわら)、並びに樹立(こだち)(こずえ)を見す。正面おなじく森々(しんしん)たる樹木の梢。

女童(めのわらわ)三人――合唱――

ここはどこの細道じゃ、細道じゃ、

天神様の細道じゃ、細道じゃ。

――うたいつつ幕()く――

侍女五人。桔梗(ききょう)女郎花(おみなえし)(はぎ)(くず)撫子(なでしこ)(おのおの)名にそぐえる姿、鼓の緒の欄干に、あるいは立ち、あるいは()て、手に手に五色(ごしき)の絹糸を巻きたる糸枠に、金色(きんしょく)銀色の細き(さお)を通し、糸を松杉の高き梢を(くぐ)らして、(つり)の姿す。

女童三人は、()のきつけ、唄いつづく。――()えて且つ寂しき声。

少し通して下さんせ、下さんせ。

ごようのないもな通しません、通しません。

天神様へ願掛けに、願掛けに。

通らんせ、通らんせ。

唄いつつその遊戯をす。

(すすき)、天守の壁の(うち)より出づ。壁の一(かく)はあたかも扉のごとく、自由に開く、この(おんな)やや年かさ。鼈甲(べっこう)の突通し、御殿奥女中のこしらえ。

薄 鬼灯(ほおずき)さん、蜻蛉(とんぼ)さん。

女童一 ああい。

薄 (しずか)になさいよ、お掃除が済んだばかりだから。

女童二 あの、釣を見ましょうね。

女童三 そうね。

いたいけに(うなず)きあいつつ、侍女等の中に、はらはらと袖を(まじ)う。

薄 (四辺(あたり)を《みまわ》す)これは、まあ、まことに、いい見晴しでございますね。

葛 あの、猪苗代(いなわしろ)のお姫様がお遊びにおいででございますから。

桔梗 お鬱陶(うっと)しかろうと思いまして。それには、申分のございませんお日和でございますし、遠山はもう、もみじいたしましたから。

女郎花 矢狭間も、物見も、お目触りな、泥や、鉄の、重くるしい、外囲(そとがこい)は、ちょっと取払っておきました。

薄 成程、成程、よくおなまけ遊ばす方たちにしては、感心にお気のつきましたことでございます。

桔梗 あれ、人ぎきの悪いことを。――いつ私たちがなまけましたえ。

薄 まあ、そうお言いの口の下で、何をしておいでだろう。二階から目薬とやらではあるまいし、お天守の五重から釣をするものがありますかえ。天の川は芝を流れはいたしません。富姫様が、よそへお出掛け遊ばして、いくら(ひま)があると申したって、串戯(じょうだん)ではありません。

撫子 いえ、魚を釣るのではございません。

桔梗 旦那様の御前(おまえ)に、ちょうど()けるのがございませんから、(みんな)で取って差上げようと存じまして、花を……あの、秋草を釣りますのでございますよ。

薄 花を、秋草をえ。はて、これは珍しいことを承ります。そして何かい、釣れますかえ。

女童(めのわらわ)の一人の肩に、袖でつかまって差覗(さしのぞ)く。

桔梗 ええ、釣れますとも、もっとも、新発明でございます。

薄 高慢なことをお言いでない。――が、つきましては、念のために伺いますが、お用いになります。……(えさ)の儀でござんすがね。

撫子 はい、それは白露でございますわ。

葛 千草八千草秋草が、それはそれは、今頃は、露を沢山(たんと)欲しがるのでございますよ。刻限も七つ時、まだ夕露も夜露もないのでございますもの。(隣を()る)御覧なさいまし、女郎花さんは、もう、あんなにお釣りなさいました。

薄 ああ、ほんにねえ。まったく草花が釣れるとなれば、さて、これは(しずか)にして拝見をいたしましょう。釣をするのに饒舌(しゃべ)っては悪いと云うから。……一番(いっち)だまっておとなしい女郎花さんがよく釣った、争われないものじゃないかね。

女郎花 いいえ、お魚とは違いますから、声を出しても、唄いましても構いません。――ただ、風が騒ぐと下可(いけ)ませんわ。……餌の露が、ぱらぱらこぼれてしまいますから。ああ、釣れました。

薄 お見事。

と云う時、女郎花、(さお)ながらくるくると枠を巻戻す、糸につれて秋草、欄干に上り(きた)る。さきに(かたわら)に置きたる花とともに、女童の手に渡す。

桔梗 釣れました。(おなじく糸を巻戻す。)

萩 あれ、私も……

花につれて、黄と、白、紫の胡蝶(こちょう)(むれ)、ひらひらと舞上る。

葛 それそれ私も――まあ、しおらしい。

薄 桔梗さん、棹をお貸しな、私も釣ろう、まことに感心、おつだことねえ。

女郎花 お待ち遊ばせ、大層風が出て参りました、餌が糸にとまりますまい。

薄 意地の悪い、急に激しい風になったよ。

萩 ああ、内廓(うちぐるわ)の秋草が、美しい波を打ちます。

桔梗 そう云ううちに、色もかくれて、(すすき)ばかりが真白(まっしろ)に、水のように流れて来ました。

葛 空は黒雲(くろくも)が走りますよ。

薄 先刻(さっき)から、野も山も、不思議に暗いと思っていた、これは(ひど)い降りになりますね。

舞台暗くなる、電光(ひらめ)く。

撫子 夫人(おくさま)は、どこへおいで遊ばしたのでございますえ。早くお帰り遊ばせば()うございますね。

薄 平時(いつも)のように、どこへとも何ともおっしゃらないで、ふいとお出ましになったもの。

萩 お迎いにも参られませんねえ。

薄 お客様、亀姫様のおいでの時刻を、それでも御含みでいらっしゃるから、ほどなくお帰りでござんしょう。――皆さんが、御心入れの御馳走(ごちそう)、何、秋草を、早くお供えなさるが()いね。

女郎花 それこそ露の散らぬ()に。――

正面奥の中央、丸柱の(かたわら)鎧櫃(よろいびつ)を据えて、上に、金色(こんじき)(まなこ)白銀(しろがね)(きば)、色は(あい)のごとき獅子頭(ししがしら)萌黄錦(もえぎにしき)母衣(ほろ)、朱の渦まきたる尾を装いたるまま、荘重にこれを据えたり。

――侍女等、女童とともにその前に()き、(ひざまず)きて、手に手に秋草を花籠に挿す。色のその美しき蝶の群、(ひとし)く飛連れてあたりに舞う。(らい)やや聞ゆ。雨(きた)る。

薄 (薄暗き中に)御覧、両眼赫燿(かくよう)と、牙も動くように見えること。

桔梗 花も胡蝶(ちょう)もお気に入って、お嬉しいんでございましょう。

時に閃電(せんでん)す。光の(うち)を、()と流れて、胡蝶(こちょう)彼処(かしこ)に流るる処、ほとんど天井を貫きたる高き天守の棟に通ずる階子(はしご)。――侍女等、飛ぶ蝶の行方につれて、ともに其方(そなた)に目を注ぐ。

女郎花 あれ、夫人(おくさま)がお帰りでございますよ。

はらはらとその壇の(もと)に、振袖、詰袖、揃って手をつく。階子の上より、まず水色の(きぬ)(つま)(もすそ)を引く。すぐに(みの)(かつ)ぎたる姿見ゆ。(たけ)なす黒髪、片手に竹笠、半ば(おもて)(おお)いたる、美しく気高き貴女(きじょ)、天守夫人、富姫。

夫人 (その姿に舞い(すが)る蝶々の三つ二つを、蓑を開いて片袖に受く)出迎えかい、御苦労だね。(蝶に云う。)

――お帰り遊ばせ、――お帰り遊ばせ――侍女等、口々に言迎う。――

夫人 時々、ふいと気まかせに、野分(のわき)のような出歩行(である)きを、……

ハタと竹笠を落す。女郎花、これを受け取る。貴女の(おもて)(すご)きばかり白く(ろうた)けたり。

露も散らさぬお前たち、花の姿に気の毒だね。(下りかかりて壇に弱腰、廊下に(もすそ)。)

薄 勿体(もったい)ないことを御意遊ばす。――まあ、お前様、あんなものを召しまして。

夫人 似合ったかい。

薄 なおその上に、御前様(ごぜんさま)、お()せ遊ばしておがまれます。柳よりもお優しい、すらすらと雨の刈萱(かるかや)を、お()け遊ばしたようにござります。

夫人 嘘ばっかり。小山田の、案山子(かかし)に借りて来たのだものを。

薄 いいえ、それでも貴女(あなた)がめしますと、玉、白銀(しろがね)(ゆるぎ)の糸の、(よろい)のようにもおがまれます。

夫人 ()められてちっと重くなった。(蓑を脱ぐ)取っておくれ。

撫子、立ち、うけて欄干にひらりと掛く。

蝶の数、その蓑に翼を憩う。……夫人、獅子頭に会釈しつつ、座に、(しとね)に着く。脇息(きょうそく)

侍女たちかしずく。

少し草臥(くたび)れましたよ。……お亀様はまだお見えではなかったろうね。

薄 はい、お姫様(ひいさま)は、やがてお()りでござりましょう。それにつけましても、お前様おかえりを、お待ち申上げました。――そしてまあ、いずれへお越し遊ばしました。

夫人 夜叉(やしゃ)(いけ)まで参ったよ。

薄 おお、越前国大野郡(おおのごおり)、人跡絶えました山奥の。

萩 あの、夜叉ヶ池まで。

桔梗 お遊びに。

夫人 まあ、遊びと言えば遊びだけれども、大池のぬしのお雪様に、ちっと……頼みたい事があって。

薄 (わたくし)はじめ、ここに()ります、誰ぞお使いをいたしますもの、御自分おいで遊ばして、何と、雨にお()いなさいましてさ。

夫人 その雨を頼みに()きました。――今日はね、この姫路の城……ここから()れば長屋だが、……長屋の主人、それ、播磨守(はりまのかみ)が、秋の野山へ鷹狩(たかがり)に、大勢で出掛けました。(みんな)知っておいでだろう。空は高し、渡鳥、色鳥の鳴く()は嬉しいが、田畑と言わず駈廻(かけまわ)って、きゃっきゃっと飛騒ぐ、知行とりども人間の大声は騒がしい。まだ、それも鷹ばかりなら我慢もする。近頃は不作法な、弓矢、鉄砲で荒立つから、うるささもうるさしさ。何よりお前、私のお客、この大空の霧を渡って輿(かご)でおいでのお亀様にも、途中失礼だと思ったから、雨風と、はたた神で、鷹狩の行列を追崩す。――あの、それを、夜叉ヶ池のお雪様にお頼み申しに参ったのだよ。

薄 道理こそ時ならぬ、急な雨と存じました。

夫人 この(あたり)は雨だけかい。それは、ほんの吹降りの余波(なごり)であろう。鷹狩が遠出をした、姫路野の一里塚のあたりをお見な。暗夜(やみよ)のような黒い雲、(まばゆ)いばかりの電光(いなびかり)可恐(おそろし)(ひょう)も降りました。鷹狩の連中は、曠野(あらの)の、塚の(しるし)の松の根に、(みお)に寄った(ふな)のように、うようよ(たか)って、あぶあぶして、あやい笠が泳ぐやら、陣羽織が流れるやら。大小をさしたものが、ちっとは雨にも濡れたが()い。慌てる紋は泡沫(あぶく)のよう。野袴(のばかま)(すそ)端折(はしょ)って、(きゅう)のあとを出すのがある。おお、おかしい。(微笑(ほほえ)む)粟粒(あわつぶ)を一つ二つと(かぞ)えて拾う雀でも、俄雨(にわかあめ)には容子(ようす)が可い。五百石、三百石、千石一人で()むものが、その笑止さと言ってはない。おかしいやら、気の毒やら、ねえ、お前。

薄 はい。

夫人 私はね、群鷺(むらさぎ)(みね)の山の()に、掛稲(かけいね)(たて)にして、戻道(もどりみち)で、そっと立って(なが)めていた。そこには昼の月があって、雁金(かりがね)のように(その水色の袖を(おさ)う)その袖に影が映った。影が、結んだ玉ずさのようにも見えた。――夜叉ヶ池のお雪様は、(はげし)いなかにお(ゆか)しい、野はその黒雲(くろくも)尾上(おのえ)瑠璃(るり)、皆、あの方のお計らい。それでも鷹狩の足も腰も留めさせずに、大風と大雨で、城まで追返しておくれの約束。鷹狩たちが遠くから、松を離れて、その曠野を、黒雲の走る下に、泥川のように流れてくるに従って、追手(おいて)の風の横吹(よこしぶき)。私が見ていたあたりへも、一村雨(むらさめ)(さっ)とかかったから、歌も読まずに蓑をかりて、案山子の笠をさして来ました。ああ、そこの蜻蛉(とんぼ)鬼灯(ほおずき)たち、小児(こども)に持たして後ほどに返しましょう。

薄 何の、それには及びますまいと存じます。

夫人 いえいえ、農家のものは大切だから、等閑(なおざり)にはなりません。

薄 その儀は(かしこま)りました。お前様、まあ、それよりも、おめしかえを遊ばしまし、おめしものが濡れまして、お気味が悪うござりましょう。

夫人 おかげで濡れはしなかった。気味の悪い事もないけれど、隔てぬ中の女同士も、お亀様に、このままでは失礼だろう。(立つ)着換えましょうか。

女郎花 ついでに、お(ぐし)も、夫人様(だんなさま)

夫人 ああ、あげてもらおうよ。

夫人に続いて、一同、壁の扉に隠る。女童(めのわらわ)のこりて、合唱す――

ここはどこの細道じゃ、細道じゃ。

天神様の細道じゃ、細道じゃ。

時に棟に通ずる(くだん)階子(はしご)を棟よりして入来(いりきた)る、岩代国(いわしろのくに)麻耶郡(まやごおり)猪苗代の城、千畳敷の(ぬし)、亀姫の供頭(ともがしら)、朱の盤坊、大山伏の扮装(いでたち)、頭に(さい)のごとき角一つあり、(まなこ)(つぶら)かに(つら)の色朱よりも赤く、手と脚、(うり)に似て青し。白布(しろぬの)にて(おお)うたる一個の小桶(こおけ)を小脇に、柱をめぐりて、内を(のぞ)き、女童の(たわむ)るるを()つつ破顔して笑う

朱の盤 かちかちかちかち。

歯を噛鳴(かみな)らす音をさす。女童等、走り(ちかづ)く時、(つら)を差寄せ、大口()く。

もおう!(獣の()ゆる真似して(おど)す。)

女董一 可厭(いや)な、小父(おじ)さん。

女童二 可恐(こわ)くはありませんよ。

朱の盤 だだだだだ。(濁れる(わらい))いや、さすがは姫路お天守の、富姫御前の禿(かむろ)たち、変化心(へんげごころ)備わって、奥州第一の赭面(あかつら)に、びくともせぬは我折(がお)れ申す。――さて、(あらた)めて内方(うちかた)へ、ものも、案内を頼みましょう。

女童三 屋根から入った小父さんはえ?

朱の盤 これはまた御挨拶(ごあいさつ)だ。ただ、猪苗代から参ったと、ささ、取次、取次。

女童一 知らん。

女童三 べいい。(赤べろする。)

朱の盤 これは、いかな事――(立直る。大音に)ものも案内。

薄 どうれ。(壁より出迎う)いずれから。

朱の盤 これは岩代国会津郡(あいづごおり)十文字ヶ原青五輪(あおごわ)のあたりに罷在(まかりあ)る、奥州変化の先達(せんだつ)允殿館(いんでんかん)のあるじ朱の盤坊でござる。すなわち猪苗代の城、亀姫君の御供をいたし罷出(まかりで)ました。当お天守富姫様へ御取次を願いたい。

薄 お供御苦労に存じ上げます。あなた、お姫様(ひいさま)は。

朱の盤 (真仰向(あおむ)けに承塵(てんじょう)を仰ぐ)屋の棟に、すでに輿(かご)をばお控えなさるる。

薄 夫人(うちかた)も、お待兼ねでございます。

手を(たた)く。音につれて、侍女三人出づ。(ひと)しく手をつく。

早や、御入(おんい)らせ下さりませ。

朱の盤 (空へ云う)輿傍(かごわき)へ申す。此方(こなた)にもお(まち)うけじゃ。――姫君、これへお()りのよう、舌長姥(したながうば)、取次がっせえ。

階子(はしご)の上より、真先(まっさき)に、切禿(きりかむろ)の女童、うつくしき手鞠(てまり)を両袖に捧げて出づ。

亀姫、振袖、裲襠(うちがけ)、文金の高髷(たかまげ)、扇子を手にす。また女童、うしろに守刀(まもりがたな)を捧ぐ。あと(おさ)えに舌長姥、古びて黄ばめる練衣(ねりぎぬ)()せたる(あか)(はかま)にて従い(きた)る。

天守夫人、侍女を従え出で、設けの座に着く。

薄 (そと亀姫を仰ぐ)お姫様(ひいさま)

出むかえたる侍女等、皆ひれ伏す。

亀姫 お許し。

しとやかに通り座につく。と、夫人と(おもて)を合すとともに、双方よりひたと(しとね)の膝を寄す。

夫人 (親しげに微笑(ほほえ)む)お亀様。

亀姫 お姉様(あねえさま)、おなつかしい。

夫人 私もお可懐(なつかし)い。――

――(間。)

女郎花 夫人(おくさま)。(と長煙管(ながぎせる)にて煙草(たばこ)を捧ぐ。)

夫人 (取って吸う。そのまま吸口を姫に渡す)この頃は、めしあがるそうだね。

亀姫 ええ、どちらも。(うけて、その煙草を吸いつつ、左の手にて杯の真似をす。)

夫人 困りましたねえ。(また打笑(うちえ)む。)

亀姫 ほほほ、貴女(あなた)を旦那様にはいたすまいし。

夫人 憎らしい口だ。よく、それで、猪苗代から、この姫路まで――道中五百里はあろうねえ、……お年寄。

舌長姥 御意にござります。……海も山もさしわたしに、風でお運び遊ばすゆえに、半日()には足りませぬが、宿々(しゅくじゅく)(ひろ)いましたら、五百里……されば五百三十里、もそっともござりましょうぞ。

夫人 ああね。(亀姫に)よく、それで、手鞠をつきに、わざわざここまでおいでだね。

亀姫 でございますから、お姉様(あねえさま)は、私がお可愛(かわゆ)うございましょう。

夫人 いいえ、お憎らしい。

亀姫 御勝手。(扇子を落す。)

夫人 やっぱりお可愛い。(その背を(いだ)き、見返して、姫に附添える女童に)どれ、お見せ。(手鞠を取る)まあ、綺麗な、私にも持って来て下されば()いものを。

朱の盤 ははッ。(その白布の包を(いだ)し)姫君より、貴女様へ、お心入れの土産がこれに。申すは、差出がましゅうござるなれど、これは格別、奥方様の思召(おぼしめ)しにかないましょう。…何と、姫君。(色を伺う。)

亀姫 ああ、お開き。お姉様の(とこ)だから、遠慮はない。

夫人 それはそれは、お嬉しい。が、お亀様は人が悪い、中は磐梯山(ばんだいさん)の峰の煙か、虚空蔵(こくうぞう)人魂(ひとだま)ではないかい。

亀姫 似たもの。ほほほほほ。

夫人 要りません、そんなもの。

亀姫 上げません。

朱の盤 いやまず、(手を挙げて制す)おなかがよくてお争い、お言葉の花が蝶のように飛びまして、お美しい事でござる。……さて、此方(こなた)より申す儀ではなけれども、奥方様、この品ばかりはお可厭(いや)ではござるまい。

包を開く、首桶(くびおけ)。中より、色白き男の生首を出し、もとどりを(つか)んで、ずうんと据う。

や、不重宝(ぶちょうほう)、途中揺溢(ゆりこぼ)いて、これは(つゆ)が出ました。(その首、血だらけ)これ、(うば)殿、姥殿。

舌長姥 あいあい、あいあい。

朱の盤 御進物が汚れたわ。(うろこ)の落ちた(すずき)(ひれ)を真水で洗う、手の悪い魚売人には似たれども、その儀では決してない。姥殿、此方(こなた)一拭(ひとぬぐ)い、清めた上で進ぜまいかの。

夫人 (煙管を手に()き、(おもて)正しく(きっ)()て)気遣いには及びません、血だらけなは、なおおいしかろう。

舌長姥 こぼれた(あつもの)は、埃溜(はきだめ)の汁でござるわの、お塩梅(あんばい)には寄りませぬ。汚穢(むさ)や、見た目に、汚穢や。どれどれ掃除して参らしょうぞ。((あか)(はかま)にて膝行(いざ)り出で、桶を皺手(しわで)にひしと(おさ)え、白髪(しらが)を、ざっと(さば)き、染めたる歯を(けた)に開け、三尺ばかりの長き舌にて生首の顔の血をなめる)汚穢や、(ぺろぺろ)汚穢やの。(ぺろぺろ)汚穢やの、汚穢やの、ああ、甘味(うま)やの、汚穢やの、ああ、汚穢いぞの、やれ、甘味いぞのう。

朱の盤 ((あわただ)しく遮る)やあ、(ばあ)さん、歯を当てまい、御馳走が減りはせぬか。

舌長姥 何のいの。(ぐったりと衣紋(えもん)を抜く)取る年の可恐(おそろ)しさ、近頃は歯が悪うて、人間の首や、沢庵(たくあん)尻尾(しっぽ)はの、かくやにせねば咽喉(のど)へは通らぬ。そのままの形では、金花糖の鯛でさえ、横噛(よこかじ)りにはならぬ事よ。

朱の盤 後生らしい事を言うまい、彼岸は過ぎたぞ。――いや、奥方様、この姥が(くだん)の舌にて()めますると、鳥獣(とりけもの)も人間も、とろとろと消えて骨ばかりになりますわ。……そりゃこそ、申さぬことではなかった。お土産の顔つきが、時の()に、細長うなりました。なれども、過失(あやまち)の功名、死んで変りました人相が、かえって、もとの面体(めんてい)に戻りました。……姫君も御覧ぜい。

亀姫 (扇子を顔に、透かし見る)ああ、ほんになあ。

侍女等一同、瞬きもせず(じっ)()る。誰も一口食べたそう。

薄 お前様――あの、皆さんも御覧なさいまし、亀姫様お持たせのこの首は、もし、この姫路の城の殿様の顔に、よく似ているではござんせぬか。

桔梗 (ほん)に、瓜二つでございますねえ。

夫人 (打頷(うちうなず)く)お亀様、このお土産は、これは、たしか……

亀姫 はい、私が(ひさし)を貸す、猪苗代亀ヶ(しろ)の主、武田衛門之介(えもんのすけ)の首でございますよ。

夫人 まあ、貴女(あなた)。(間)私のために、そんな事を。

亀姫 構いません、それに、私がいたしたとは、誰も知りはしませんもの。私が城を出ます時はね、まだこの衛門之介はお(めかけ)の膝に凭掛(よりかか)って、酒を飲んでおりました。お大名の癖に意地が汚くってね、鯉汁(こいこく)を一口に食べますとね、魚の(はらわた)に針があって、それが、咽喉(のど)へささって、それで亡くなるのでございますから、今頃ちょうどそのお膳が出たぐらいでございますよ。(ふと驚く。扇子を落す)まあ、うっかりして、この咽喉に針がある。(もとどりを取って上ぐ)大変なことをした、お姉様(あねえさま)に刺さったらどうしよう。

夫人 しばらく! 折角、あなたのお土産を、いま、それをお抜きだと、衛門之介も針が抜けて、蘇返(よみがえ)ってしまいましょう。

朱の盤 いかさまな。

夫人 私が気をつけます。()うござんす。(扇子を添えて首を受取る)お前たち、瓜を二つは知れたこと、この人はね、この姫路の城の主、播磨守とは、血を分けた兄弟よ。

侍女等目と目を見合わす。

ちょっと、獅子にお供え申そう。

みずから、獅子頭の前に供う。獅子、その(きば)を開き、首を()む。首、その口に隠る。

亀姫 ((じっ)()る)お姉様(あねえさま)、お(うらやま)しい。

夫人 え。

亀姫 旦那様が、おいで遊ばす。

間。――夫人、姫と顔を合す、互に莞爾(かんじ)とす。

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