5話 三太郎の日記 1
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余は獨立の人格である。故に余は獨自の思想を持つ。但し獨自の思想を持つとは其結合の状態、統一の方法が獨自の面目を呈露するの意味であつて、其要素が悉く獨得であると云ふ意味ではない。要素に於て悉く獨得なるは狂者の思想である。他人と全然交渉なき怪物である。要素に於て共通にして結合に於いて獨自なればこそ余は友を持ち戀人を持つ。同時に余は余として人生の大道を行く。
余が獨自の思想を組織する要素は、一面には現代の徒と共通である。一面には現代の徒と背いて古代の詩人哲學者と交感する。一面には現代と古代と共に超脱して獨得の閲歴に其根柢を置く。余は獨自の思想を詐りて苟くも安きを求むるの惡漢ではない。羊の皮を着て群羊の甘心を買ふの奸物ではない。余は獨自の思想を有する事を標榜して憚らず人生の大道を行く。
余は憚らず人生の大道を行く。併し余は余が思想人格の全部を白日の下に晒して大道を濶歩することを恐れる。余は現代と矛盾する思想を發表するには細心なる辯解を附して前後左右を護衞する。重大なる損失を齎すべき思想は暫く裹んで之を胸裡に藏する。汝怯者よ、汝覆面して人生の大道を行く者よ。
余の知慧は二重の組織より成る。内面の生活を蒸餾して其精髓を蓄へるは一つの知慧である。此知慧を警護して蛇の如く怜しく外界との調和を計るは今一つの知慧である。自分には此第二の知慧が苦々しい。第二の知慧は第一の知慧を保護すると共に又之を蒼白にする。小兒の如く無邪氣に、白痴の如く無選擇に、第一の智慧を放ちて世界を闊歩せしむる能はざるは、我が性格の弱きが故か、我が呼吸する雰圍氣の鉛の如く重きが故か。嗚呼我が魂よ、コボルトの如く躍れ跳れ。