三太郎の日記 第一

76話 三太郎の日記 1

571字 約1分 2011年8月12日 公開

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 物と物とを差別すると云ふことは、之を永遠に再會することなき並行線に分離させると云ふことではない。デカルトの哲學に於ける物と心との關係の樣に、差別される存在と存在とに無限の別離を申渡すことではない。差別された物と物とはまつはり合ひ、からみ合ひ、もつれ合ひ、融けあつて、最後に一つの窈深なるものに歸する。内容に於ける無限の差別は、窈深なる一つの生命を形成する必然的の要素である。差別の豐富を除いて生命の充溢なく、豐富なる差別の認識を豫想せずに、活き、動く生命の認識は成立たない。私は差別することを知らざるものの――祖先の用ゐ慣れた熟語を用ゐれば、菽麥を辨ぜざるものゝ――所謂「渾一觀」を信ずることが出來ない。彼等の世界には陰影(ニユアンス)がない、遞層(グラデーシヨン)がない。調和(ハーモニー)がない。交響(シンフオニー)がない。從つて又眞正の意味の戰鬪がない。彼等の世界には唯盲目なる動搖があるのみである。一切を包む夜があるのみである。思ひあがりたる渾沌があるのみである。

 生命を、創造を、統一を、強調するは歡迎すべき思潮である。然し此等のものを強調すると稱して、創造の世界に於ける差別の認識を、生命の發動に於ける細部の滲透を、念頭に置かざるが如き無内容の興奮には贊成することが出來ない。否、啻に贊成が出來ないばかりではなく、私は彼等の所謂「生命」、所謂「創造」、所謂「統一」の思想の内面的充實を疑ふ。

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