三太郎の日記 第三

3話 二 散歩の途上 3

621字 約1分 2012年3月20日 公開

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 愛には愛の對象と同一になつてゐる愛と同一になることを求めてゐる愛との二つの區別がある。自分は假に之を融合愛(Verschmelzungsliebe)と憧憬愛(Sehnsuchtsliebe)と名づける。友人の話によればキエルケゴールは反復愛と囘顧愛(Wiederholungsliebe und Erinnerungsliebe)の二つを區別してゐるさうだ。自分は愛する者と愛する者との關係から之を見、キエルケゴールは最初の愛の瞬間に對する關係から之を見てゐると云ふ差別はあるけれども、その意味は隨分似通つてゐるやうに思ふ。

 ポロス(豐足)とペニヤ(貧窮)との間に産れたるプラトンのエロスは現象の世界に在つてその到達し難き觀念の世界を抱かむとする永久の憧憬愛である。憧憬の愛もその奧底に何等かの融合がなければならないとは云ふものの、その中には常に十全なる融合を缺くの意識がある故に、憧憬の愛は何時も寂しい、何時も苦しい。今自分は憧憬の愛に疲れてゐる。

 自分は靜かな心を以つて自然に對する時――若しくは美的關係に於いて立つ限り人間に對する時と雖も――彼と此との間に融合愛が成立する刹那があることを知つてゐる。併し人と人とが倫理的關係に於いて立つ限り、融合愛の成立は實にむづかしい。自分は時としてセンチメンタルな心を以つて希望する――假令積極的に徹底せる融合の意識はなくとも、せめてこの噛むが如き非融合の意識なしに靜かに他人との愛に眠りたいと。

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