籠釣瓶

8話 籠釣瓶(8)

9,058字 約18分 2000年6月12日 公開

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 毎日ふり続いた雨が今日はからりと晴れると、春の光りが一度に輝いて来た。栄之丞が窓をあけて見ると、急に雪でも降ったように、近所の屋敷や寺の桜がみんな真っ白に咲き出して、いろいろの鳥の声がきこえた。彼の若い心もそそられるように浮き立って、なんとはなしに(かど)へ出て、白い雲の流れている瑠璃(るり)色の空を仰いだ。

 きょうは人通りも多かった。吉原では仲の町の桜が咲いたといううわさ話をして行くのもあった。その噂の種になっている吉原の空は薄紅く霞んで、(とび)が一羽低く舞っていた。彼はうっとりとそれを見あげていると、だしぬけに声をかけられて驚いた。妹のお光が笑いながら自分の前に立っていた。

「きょうは奥のお使いで門跡(もんぜき)さまの方まで参りましたから」と、彼女は言った。

 使いに出て道草を食ってはならない。用がなければ滅多に来るなと栄之丞はふだんから言い聞かせてあるが、兄思いのお光はときどきに訪ねて来る。兄も叱りながら悪い気持ちはしなかった。

「内へあがると長くなる。(かど)で帰れ」

 二人は門口に立って、薄い煙りのあがる水田を眺めていた。

「どうだ。この頃は主人の首尾もいいか」

「はい」と、お光はにこにこしていた。お内儀(かみ)さんは相変らず可愛がってくれて、このあいだも半襟を下すった。古参の女中のお兼さんも、こっちが素直に受けているので、この頃ではだんだんに打ちとけて来た。この分ならばちっとも居づらいことはない。どうぞ安心してくれと、彼女は嬉しそうに話した。

 その晴れやかな顔を見るに付けても、栄之丞はこの正月のことが思い出された。あの時に八橋というものがなかったら、妹は勿論のこと、自分もどんなに苦しい思いをしたかも知れない。金は次郎左衛門の懐ろから出たにしても、つまりは八橋に救われたのである。その時すぐに金を届けてやると、お光は泣いて喜んだ。主人は満足した。それから二、三日経つと、お光は礼手紙を書いて、ついでの時にそれを八橋さんに届けてくれと兄にくれぐれも頼んで行った。そうして、今度の事が首尾よく済んだのもみんな八橋さんのお蔭であるから、兄さまもどうぞ忘れないでくれと、栄之丞がこの頃とかくに八橋に遠ざかっているのを、それとなく注意するように言って帰った。

 栄之丞は少し迷惑したが、その手紙を握り潰してしまうのも妹に対してなんだか義理が悪いように思われるので、さらに二、三日経ってから吉原へ届けに行った。しかし八橋には逢わないで、茶屋の門口(かどぐち)から女中に頼んで、逃げるように早々帰って来た。

 八橋が起請を焼いたことを栄之丞は妹になんにも話さなかったが、彼の内心には消すことのできない一種の不満と嫉妬とがみなぎっていた。勿論、自分も八橋から遠ざかりたいと念じていたが、むこうから突き放されようとはさすがに思い設けていなかった。落ちぶれたといっても一方は佐野の大尽である。その大尽の襟もとに付いて、浪人者の自分を袖にした女の心が憎かった。手前勝手ではあるが、栄之丞は自分の方から女を突き放したかった。女の方から突き放されたくなかった。

 しかしそれももう仕方がない。これで切れる縁ならば、こうして切れてもよんどころない。お光の礼手紙をとどけた以上は、八橋にも妹にも義理は立っている。もうこれでなんにもない昔と思えばいいと、彼も一旦は思い切りよく諦めた。ところが、八橋の方ではそう素直に諦めさせなかった。すぐに打ち返してお光に宛てた手紙をよこした。お光ばかりでなく、栄之丞にも三日にあげずに手紙をよこすようになった。

 起請を焼いたのにも、いろいろの訳がある。もう一度お目にかかって、よくその訳を言いたいから、ぜひ逢いに来てくれという手紙を受取っても、栄之丞はもう吉原へ足をむける気にはなれなかった。次郎左衛門に逢うのも怖ろしかった。彼は廓の使いに対しても、なんとか、かとかいい加減の作り口上をならべて、努めて女に近寄らない手段を講じていた。実はきのうも八橋から呼び出しの手紙が来て、いろいろの恨みつらみや愚痴が長々と書いてあった。そうして、この頃は次郎左衛門がちっとも影を見せないというようなことも書き添えてあった。それでも栄之丞はまだ釣り出されようとは思っていなかった。

「兄さま、吉原では桜がもう咲いたそうでございますね」と、お光は言い出した。八橋さんからたよりがあったかなどとも訊いた。

 兄の返事がなんだかあいまいなので、お光は少し疑うような眼色を見せた。

「この頃もやっぱり八橋さんのところへお出でにならないのですか」

「むむ。行こうとは思っているが……。行ってもおもしろくないから」

「面白づくばかりでなく、時どきは行ってあげて下さい。このあいだの手紙にも、兄さまを是非よこしてくれとくれぐれも書いてございました。このお正月のこともみんな八橋さんのお(かげ)で無事に済んだのでございます。どうかしてお礼をしたいと思っておりますけれども、今のわたくしの力ではどうにもなりません。せめて兄さまにお願い申して……」と、なんにも知らないお光は頼むように言った。

 あんなに世話になって置きながら、それぎりに顔出しをしないでは、義理知らずだと思われるのも心苦しいとも言った。

「そのうちに一度行こうよ」と、栄之丞も妹の気休めにまずこう言っておいた。

「では、ぜひ近いうちに……。いずれ又お話を伺いに出ますから……」

 お光は余り遅くならないうちにと、言うだけのことをいってすぐに帰った。

 さっきから日向(ひなた)に立っていたので、栄之丞はうすら眠いような心持ちになって、どんよりした眼でふたたび吉原の空を見た。春の癖とはいいながら、晴れた空でも少しはなれた廓の上は煙るように霞んでいた。

 ゆうべは八橋から手紙を受取った。きょうは妹に一度は行ってくれと頼まれた。しかも、このうららかな春の日にあぶられて、栄之丞の肉も心もおのずと春めいて来た。ともかくも一度八橋に逢って、起請を焼いたわけを聞いて見ようかというような未練もおこった。次郎左衛門がこの頃ちっとも来ないという訳も聞きたかった。

 この際よし原に入り込んでも次郎左衛門と顔を合わせる気づかいはあるまいという一種の安心もあった。ちょうど天気もよし、いっそ今夜行って見ようと、彼はふらふらとその気になった。別に用もないからだであるので、彼はそれから髪結床へ行って、その帰りに湯にもはいって来た。

 今夜八橋に逢って、起請を焼いたわけも判って、次郎左衛門ももう来ないと決まったら、これから後はどうするか。やっぱりもとの通りに八橋との縁をつなぐか、それともあくまでも彼女の冷たい心を恐れてなんとか縁をきる工夫をするか。栄之丞もまだそこまではよく考え詰めていなかった。ゆうべの八橋の手紙と、きょうのお光の頼みと、自分自身の春めいた心と、この三つにそそのかされて、彼は唯うかうかと春の日の暮れるのを待っていたのであった。

 先月は霜枯れで廓も寂しかったのは、この大音寺まえを通る駕籠の灯のかずでも知られた。いよいよ今が花の三月となっても、毎日の雨に邪魔されていたらしかったが、きょうは俄か天気で世間も俄かに春めいたので、日が暮れると表には駕籠屋の威勢のいい掛け声がつづけてきこえた。ひやかしのそそり(ぶし)も浮いてきこえた。

 栄之丞ももうじっとしてはいられなくなって、六つ(午後六時)を合図に家を出ると、十日のおぼろ月は桜の梢を夢のように淡く照らしていた。

 兵庫屋へ送られてゆくと、八橋は待ちかねていたように彼を迎えた。手紙に書いてあった恨みや辛みは口へも出さないで、彼女はただ懐かしそうな笑顔で男と向き合っていた。お光の安否などもたずねた。こっちで第一に詮議しようと思っている起請のことも次郎左衛門のことも、容易に彼女の口から出そうもないので、栄之丞の方から催促するように訊いた。

「佐野の大尽はどうして来ない」

「来られた義理でもありんすまい。三月までに請け出すのなんのと嘘ばかり言って……」と、八橋は冷やかに言った。

 人の心づくしを仇にして、去年以来とかくに自分から遠退(とおの)こうとしているらしい栄之丞の不真実が、八橋に取っては恨めしいを通り越して憎く思われた。憎い彼を突き放して、可愛くもない次郎左衛門に身を任せようとしたのも、それがためであった。そうして、起請はつめたい灰にしてしまったが、彼女の胸の底にはそのほとぼりがまだ残っていた。お光の金の一条で栄之丞が偶然訪ねて来たのが口火になって、そのほとぼりはまた煽られた。それと一緒に、次郎左衛門の落ちぶれたことも判った。落ちぶれた二人の男を(なら)べて見くらべた時に、八橋はもう新しく考える余地はなかった。彼女はやっぱり昔の男が恋しかった。

 いったん次郎左衛門に()りかかろうとした彼女の心は、その時から又がらりと変った。いったん持ち出した身請けの相談も、なるべく口には出さないようにしていた。次郎左衛門が落ちぶれたという話も、なるべく聞かない振りをしていた。彼女はどこまでも今までのお大尽さまとして次郎左衛門を取扱っていた。そこに彼女の冷たい心の忍んでいることを、次郎左衛門はまだ覚らないらしかった。

 次郎左衛門を見限ると同時に、彼女はむやみに栄之丞が懐かしくなって、うかうかと起請を焼いたことがしきりに悔まれた。いろいろの手段を尽くして、むかしの恋人を引き寄せようとあせった。その念がふた月越しでようように届いて、眼に見えない糸に引かれたように男が今夜ふらりと来た。彼女は嬉しいので胸がいっぱいになって、次郎左衛門のことなどを話している余地はなかった。

 栄之丞から訊かれて、彼女は初めて思い出したように、二月以来、次郎左衛門の足が遠ざかったことを話した。浮橋の噂によると、次郎左衛門は余ほど内証が詰まって来て、茶屋にも借りが出来たらしい。今まで大尽かぜを吹かせていた彼が、廓の人たちの手前、余り落ちぶれた姿を見せたくもあるまい。このごろ足をぬいたのも無理はない。利口な人ならば、ここらでもう見切りをつけて、二度と大門(おおもん)をくぐらない筈であると、八橋は彼の未来を占うように言った。

「そうかも知れない」

 栄之丞は思わず溜め息をついた。廓で全盛を尽くした大尽の零落は珍らしくない。次郎左衛門が佐野の身上(しんしょう)をつぶしたことは、栄之丞もとうに知っていた。それでも彼がいよいよ大門をくぐることが出来ないほどに行き詰まったかと思うと、栄之丞は急に悲しい果敢ないような、なんだか涙ぐまれるような寂しい心持ちになって来た。

「何を考えていなんす。花の三月、浮きうきとおしなんし」と、八橋は華やかな声で笑った。

 栄之丞は黙っていた。こうしてうかうか釣り出されて来たものの、彼は女の心がやはりおそろしかった。

 新造の掛橋や浮橋が催促に来た。八橋は仲の町の茶屋へ行かなければならなかった。彼女は栄之丞を待たせて置いて出た。

     十六

 享保時代の仲の町には、まだ桜が多く植えられていなかった。その頃の夜桜というのは、茶屋の店先や妓楼の庭などへ勝手に植えられたもので、それが年中行事の一つとなって、仲の町に青竹の垣を結い廻して春ごとに幾百株の桜を植え、芝居の「鞘当(さやあて)」の背景に見るような廓の春を描き出すことになったのは、この物語の主人公が(ほろ)びてから二十年余の後であった。それでも春の夜はやはり賑わしかった。

 そのぞめきの群れにまじって、次郎左衛門は仲の町を忍ぶように通った。八橋の予言ははずれて、彼は再び大門をくぐったのであった。しかも、なんの躊躇もせずに彼はまっすぐに立花屋の店先へずっとはいった。

「おや、佐野の大尽さま。お久し振りでござりました」

 女房のお藤はいつもの通り愛想よく迎えた。次郎左衛門はもうこの茶屋に百両余りの借りが出来ていた。

「この頃はどうなされたかとお噂ばかり致しておりました。浮橋さんの噂では、ひょっとするとお国へお帰りなすったのかなど申しておりましたが、やはりまだ御逗留でござりましたか。八橋さんの花魁もさぞお待ちかねでござりましょう。まあどうぞお二階へ……」

「いや、急に暖かくなったせいか、駕籠にゆられてなんだか頭痛がする。少しここで休ませてもらおうか」

 次郎左衛門は店さきの床几(しょうぎ)に腰をおろして、花暖簾を軽くなぶる夜風に吹かれていた。彼は女中が汲んで来た桜湯(さくらゆ)をうまそうに一杯飲んで、ゆったりした態度で往来の人を眺めていた。女中がすぐに八橋のところへ(しら)せに行こうとするのを、次郎左衛門は急に呼び止めた。彼は兵庫屋の二階へ登りたくなかった。

「あ、これ、わたしは少し都合があって、今夜はここで帰るかも知れないから、八橋をここへ呼んでくれまいか」

「まあ、そんなことを仰しゃりますな。茶屋で帰るという法はござりますまい」

 女中は笑って行ってしまった。

 次郎左衛門は少し目算(もくさん)が狂った。彼は今夜八橋を殺しに来たのである。それには兵庫屋の二階へ刀を持ってゆくことは出来ないので、なるべく彼女を茶屋まで呼び出したかった。一緒に死んでくれと頼んでも、八橋が承知しそうもないことは彼もさすがに知っていた。なまじいのことを言い出して恥をかくよりも、なんにも言わずに不意に切ってしまう方がいいと胸を決めていた。しかし思い切って彼女を切れるかどうだか、次郎左衛門は我ながら少し不安であった。

 腕に覚えはある、刀は銘刀である、骨の細い女ひとりを()っ放すのは、なんの雑作(ぞうさ)もないことではあるが、八橋を切る――それを思うと、彼はなんだか腕がふるわれた。人を切った経験はたびたびある。血を見ることを恐れるおれではないと思いながらも、八橋を切ることは次郎左衛門に取って一生で一度のおそろしい仕事であった。

 一旦ひそんだ野性が再びむらむらと頭をもたげて、すでに人を殺すと覚悟した以上、なんの遠慮も容赦もない筈であるが、相手が八橋であるだけに彼はやはり臆病らしい一種の未練に(とら)われていた。いま殺そうというきわまで彼は八橋が可愛かった。勿論、可愛いから殺すのである。そうは知っていながらも、どうして突くか、どこから切るか、彼はおののく腕を組みながら、まず刃の当てどころからして考えなければならなかった。

「いっそ喧嘩でも吹っ掛けようか」

 彼は更にまず刀をぬく機会を求めなければならなかった。尋常に八橋と向き合っていて、とても彼女に切り付けることはできない。何かの切っ掛けを見付けて、ひと思いに切り付ける工夫をしなければならないと思った。八橋がいつものように笑い顔をしていたら、とても切るも突くも出来そうもない。何か相手の方からいい機会を与えてくれればいいと、ひそかに祈っていた。

 やがて女中が帰って来た。やはり八橋は来なかった。新造の浮橋が来て、無理に次郎左衛門を兵庫屋へ連れて行ってしまった。彼はよんどころなしに、籠釣瓶を茶屋にあずけて出た。

 次郎左衛門が来たと聞いた栄之丞は、案外に思った。八橋は別に驚きもしなかった。

「ほほ、未練らしい。また来なんしたか」と、彼女は平気で笑っていた。

 栄之丞は廊下へ出るにも注意して、なるべく次郎左衛門と顔を合わせないように念じていた。彼は引け四つ(十時)前に帰ろうといったが、八橋が無理にひき留めて放さなかった。

 この晩は夜なかから南風(みなみ)が吹き出して、兵庫屋の庭の大きい桜の梢をゆすった。

 夜があけるのを待ちかねて、栄之丞は兵庫屋を出た。八橋も茶屋まで送って行った。その留守の間に次郎左衛門も飛び起きて、忙がしそうに顔を洗った。

「いっそ直しておいでなんし」

 新造たちの止めるのを振り切るようにして、次郎左衛門は立花屋へ帰った。浮橋が送って行った。ゆうべの風の名残りで、仲の町には桜が一面に散って、立花屋の店先には白い花の吹き溜まりがうずたかく積もっていた。まだ大戸をあけたばかりの茶屋では、次郎左衛門がいつにない早帰りに驚かされた。

「お早うござります」

 二階へあがれと勧められたが、次郎左衛門はすぐに帰るといって、籠釣瓶をうけ取って腰にさした。女中は駕籠を呼びに行った。浮橋は栄之丞の茶屋へ八橋を迎いに行った。ひと足さきへ帰るつもりであったのを、かえって次郎左衛門に(せん)を越された気味で、栄之丞は少し躊躇したが、いっそこうなったら次郎左衛門をさきにやりすごして、自分は後から大門を出ようと思ったので、ともかくも早く立花屋へ顔を出して来たらよかろうと八橋に言った。

「そんなら、ちょいと行って来るまで待っていておくんなんし」と、八橋は念を押して出て行った。

 浮橋はひと足さきへ駈けぬけてゆくと、次郎左衛門はやはり立花屋の店先に腰をかけていた。表はもう薄明るくなっていたが、店の奥には()けの灯の影が微かにゆらめいていた。

「もう帰りなんすかえ」

 八橋は次郎左衛門のそばへ来て同じく腰をかけた。籠釣瓶を身に着けていながら、次郎左衛門はまだ思い切って手をかける機会がなかった。彼は花の吹き溜まりを爪先(つまさき)で軽くなぶりながら、なるべく女の顔を見ないように眼をそらしていた。そのうちに女房は衣類を着替えて奥から出て来て、ともかくも二階へあがれと次郎左衛門にすすめた。浮橋も勧めた。

「まあ、大尽から」と、女房は手を揉みながら言った。

 次郎左衛門は無言でずっと起って店口の階子(はしご)をあがった。少しおくれて八橋も上がった。

 彼女が階子の中ほどまで登った時に、もう上がり切っていた次郎左衛門が上から不意に声をかけた。

「八橋」

 思わず振り仰ぐ八橋の頭の上に、さっという太刀風が響いたかと思うと、彼女の首は籠釣瓶の水も溜まらずに打ち落されて、胴は階子に倒れかかった。兵庫に結った首は(はす)に飛んで、つづいて登ろうとする浮橋の足もとに転げ落ちた。浮橋も女房も、はっと立ちすくんだままで声も出なかった。

 丁度そこへ次郎左衛門を迎いの駕籠が来た。駕籠屋がおどろいて口々にわめいた。近所の者も駈けて来た。

「逃げ隠れする者でない。次郎左衛門はここで切腹する。見とどけてくれ」と、次郎左衛門は二階から叫んだ。しかし彼が最後の要求は誰にも()き入れられなかった。

「人殺しだ、人殺しだ。逃がすな、(くく)れ」

 立花屋の店先には人の垣を築いた。聞き分けのない奴らだと次郎左衛門は憤った。卑怯に逃げ隠れをするのでない。ここで尋常に自滅するというものを、無理無体に引っくくって生き恥をさらさせようとする。それならばこっちにも料簡がある。最後の邪魔をする奴は片っ端から切りまくって、一旦はここを落ち延びて、人の見ないところで心静かに籠釣瓶を抱いて死のうと、彼は八橋を切った刀の血糊(ちのり)をなめて、階子の上がり口に仁王立(におうだ)ちに突っ立って敵を待っていた。くるわの火消しがまっさきに駈けあがったが、その一人は左の肩を切られて転げ落ちた。つづいて上がろうとした一人も、手鳶(てとび)を柄から斜めに切られて、余った切っ先きで小手(こて)を傷つけられた。狭い階子の上に相手が刃物をふりかざしているので、誰も迂闊(うかつ)に寄り付くことができなかった。みんなは店から煙草盆を持って来て二階へ投げあげた。茶碗や小皿なども投げ付けた。

「屋根から窓の方へ廻れ」と、誰か叫ぶ者があった。

 逃げ路を塞がれては不便だと気がついて、次郎左衛門は敵の廻らないうちに、自分から先きに窓を破って大屋根の上に逃げて出た。風は暁け方から吹きやんで、三月の朝の空は眼を醒ましたようにだんだんに明るくなった。幾羽の鳩の群れが浅草の五重の塔から飛び立つのが手に取るようにあざやかに見えた。眼の下の仲の町には妓楼や茶屋の男どもが真っ黒に集まっていた。

 火消しは長ばしごを持ち出して来て、方々から屋根伝いに追い迫って来た。次郎左衛門はそれでも二、三人を切りおとして、隣りの屋根から物干の上に出た。物干のあがり口には窓があったが、その窓はもう固く閉められて、はいることは出来なかった。彼は屋根伝いに隣りからとなりへと伏見町の方へ四、五軒逃げた。

 この騒ぎを聞いて栄之丞も茶屋から出ると、狂人のようになって駈けて来る浮橋に出逢った。彼は自分の胸に時どき(きざ)していた怖ろしい予覚が現実となって現われたのに驚かされた。彼も大勢と一緒に次郎左衛門のゆくえを見届けに行った。その蒼ざめた顔が大屋根の上に立っている次郎左衛門の眼にはいった。

 次郎左衛門は急に栄之丞を殺したくなった。しかし敵の群がっている往来へ飛び降りることの危険を知っているので、彼は屋根の瓦を一枚引きめくって栄之丞を目がけて投げおろした。それが丁度彼の右の小鬢(こびん)にあたって、若い男の半面は鮮血(なまち)に染められた。偶然に思いも寄らない武器を発見した次郎左衛門は、これを手始めに屋根の瓦をがらがらと投げおとして、眼の下に群がっている敵を追い払おうとした。下からもその砕けた瓦を拾って投げ返した。

 大門の会所をあずかっている三浦屋四郎兵衛は分別者(ふんべつもの)であった。彼はおくればせに駈け付けて来て、すぐにこの持て余した狼藉者を召捕る法を考え付いた。彼は火消しどもに指図して、屋根へ水を投げ掛けろといった。火消しは龍骨車(りゅうこつしゃ)を挽き出して来て、火がかりをするように屋根を目がけて幾条の瀧をそそぎかけた。みんなも桶などを持って来て、手のとどく限り水を投げかけたので、ぬれた瓦に足をすべらせて、次郎左衛門はとうとう伏見町の河岸へ落ちた。落ちると直ぐに彼は籠釣瓶を腹へ突き立てようとしたが、その手はもう大勢に押さえられて働かすことが出来なかった。

 彼は血走ったまなこで栄之丞はと見廻したが、その顔はそこらに見えなかった。栄之丞はほかの手負(てお)いと一緒に廓内の医者の手当てを受けに連れて行かれていた。

 次郎左衛門の終りはあらためて説くまでもない。彼は千住(せんじゅ)で死罪におこなわれた。八橋ばかりでなく、ほかにも大勢の人を殺したので、彼の首は獄門にかけられた。

 栄之丞のことはよく判らない。その疵がもとで死んだともいい、あるいは次郎左衛門と八橋との菩提を弔うために出家したともいい、ある町家の入り婿になって七十余歳で明和の末年まで生きていたとも伝えられている。お光のことは猶わからない。

 治六が佐野へ帰って、次郎左衛門の姉や親類の眼さきへ突き出したのは、思いも寄らない主人の書置きであった。それと知って、彼がおどろいて江戸へ引っ返したのは、次郎左衛門が入牢(じゅろう)ののちであった。彼は主人の行く末を見とどけて、ふたたび佐野へ泣きに帰った。

 籠釣瓶の刀はあがり物になって、官に没収されてしまった。

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