大使館の始末機関 ――金博士シリーズ・7――

2話 大使館の始末機関 ――金博士シリーズ・7――(2)

3,215字 約6分 2009年11月8日 公開

読み方を変える
字の大きさ
行の間隔
1行の長さ
書体
配色
組み方

「王老師。あんな手ぬるいことでは、最早(もはや)だめですぞ」

 醤は、老師に詰めよっている。

 老師は眉をあげ、卓子をどすんと打った。

「まあそう()せるな。あの手この手と、まだやることはたくさんある」

「この上、金の奴に一分間でも余計に生きていられては、()面目(めんもく)にかかわる」

「さわぐな。いよいよ今日は彼を貴賓(きひん)の間に入れることにしたから、こんどは大丈夫だ」

「ああ貴賓の間ですか。それは素敵だ。見たいですな、中の様子を……」

「見たいなら、見せるよ。こっちへ来なさい、テレビジョン器械をのぞけば、貴賓室の模様は、手にとるように分る」

「おお、それはいい」

 王老師に案内されて、醤はテレビジョン室に入った。高圧変圧器(こうあつへんあつき)がうーんと(うな)り、室内が真暗(まっくら)になると、ブラウン管の丸いお尻が(ほたる)のように光りだして、やがてその上に、貴賓室の内部がありありとうつりだした。

「ほら見ろ。何も知らず、金博士のやつ、今入ってきたわ」

 博士は入口の扉をあけて、部屋の中へ入った。そして扉のハンドルを押して、扉をしめた。

 とたんに、高声器から、だだだだンと、はげしい機関銃の音が聞え、画面で見ていると、扉と向いあった壁から濠々(もうもう)と煙が出て来た。(よう)するに、それは扉をしめる拍子(ひょうし)に自動式にそこを狙って前の壁の中に仕掛けてある機関銃が一聯の猛射を()ったものである。これが普通の人間なら、まだ扉のハンドルを(はず)さないうちに、背中から腰部(ようぶ)へかけて、蜂の巣のように銃弾の穴があけられること間違いがないのであったが、金博士には、それが一向筋道どおり(はこ)ばない。博士は、平気な顔で、ちょっと自分の尻をがさがさとかいただけであった。

 この光景を見て、醤は怒り、王老師はなげいた。

「王老師、あれは弾丸(たま)ぬきの機関銃を撃ったのですかい」

「おお醤どの。ふしぎという(ほか)ない。しかしまだあの部屋には、かずかずの始末道具(しまつどうぐ)があるから、まだ失望(しつぼう)するのは早い」

 室内の金博士は、のっそりと、シャンデリアの下に立った。すると、矢庭(やにわ)にそのシャンデリアがどっと音をたてて、金博士の頭の上に落ちてきた。金博士の頭蓋骨(ずがいこつ)粉砕(ふんさい)せられ、こんどこそ息の根がとまったろうと思われたが、あにはからんや、粉砕したのはシャンデリアだけであった。博士は相変らず、銅像のように部屋の真中(まんなか)突立(つった)って居り、そして、首にかかったシャンデリアの(わく)を、面倒くさそうに外して床の上に放りだしただけであった。

「王老師。見ましたか。あれではシャンデリアが饅頭(まんじゅう)の皮で出来ているとしか思えないですぞ」

「ばかいわっしゃい。あの落ちた音で分るが、大した重さのものだ。ほほ、注意、博士が椅子に坐るぞ」

「椅子に坐ることが、何か重大なる意味があるのですか」

「まあ、黙って見ていりゃ分る」

 金博士は、散乱した硝子(ガラス)砕片(さいへん)を平気で踏んで、窓際に置かれてある安楽椅子に腰を下ろそうとして、椅子に手をかけた。

「ほら、腰をかけるぞ」

 金博士がその安楽椅子の上に腰を下ろすのが眺められた。とたんに、あーら不思議、博士の身体はぶーんと(うな)りを(しょう)じて空間を飛び、大きな音をたてて壁にぶつかった。

「ほら、あれを見たか。あれが、叩きつける“椅子”じゃ。あれでは硬い壁に叩きつけられて、生身(なまみ)の人間は一たまりもあるまい。可哀(かわい)そうに死んだか」

「王老師、壁に穴があきましたよ。人体(じんたい)の形をした穴です」

「何じゃ」

「そして金の奴の姿が見えませんぞ。あっ、あの穴から、部屋の中をのぞいています。王老師、金は自分の身体で壁をぶちぬき、無事に廊下にとびだして、部屋の中をじろじろみているのですよ。可哀そうに死んだかも何もあるものですか」

「ふーん、これは想像に絶して、あの金博士め、手硬(てごわ)い奴じゃ」

 この某国大使館の、いろいろある始末機関をそれからそれへと動員して使ってみたが、どういうわけか、たった一人の博士を片附(かたづ)けることは仲々容易(ようい)に成功しなかった。

「王老師、どうしてくれる」

「待て、せっかちな!」

 今や醤買石と王老師の間柄は、湯気(ゆげ)の出るほど切迫(せっぱく)していた。

「もう一つ、やってみることがある。これなら、きっとうまくいく」

「どうだかなあ、信用は出来ん」

「いや、これは確実だ。火薬炉(かやくろ)の中につきおとして密閉(みっぺい)し、電熱のスイッチを入れて、じゅうじゅう焼いてしまうのだ」

「本当にそのとおりいくのなら、大したものだが……」

「きっとうまくいく。さあ見て居れ。今、金博士が、あの廊下の(かど)を曲ると、とたんに床が外れて、金の身体は奈落(ならく)へおちる。その奈落には、火薬炉が大きな口をあけて待っているのだ……」

能書(のうがき)はあとにして、金博士を骨にして見せて下され」

「いざ、いざ、これを見よや」

 王水険老師は、この寒中に汗だくだくとなって、廊下の床をおとすスィッチを引いた。

 金博士は、廊下をそのときゆっくり歩いていたが、何の(かんがえ)もなく、この手に引懸(ひっかか)って、奈落へ……。それから、がちゃん、がらがらと大きな音がして、身は火薬炉の中に密閉されてしまった。

 電気炉のスィッチは入った。じりじりと電熱線は身ぶるいをはじめ、()げくさい熱が久振りに人間の(はだ)(した)って、()いよってきた。

 高熱三時間。これくらい長い間熱すると、人間の肉や皮は燃えおち、人骨(じんこつ)さえ、もう形をとどめず、ばらばらとなって、一つかみの石灰(いしばい)としか見えなくなる。

「もうこの辺でよろしかろう。ほう、ずいぶん手間をとらせたわい」

 と、王老師は、醤立合(たちあ)いで、火葬炉の(ふた)をぎりぎりばったんと開けてみた。すると、あら不思議、炉の中からは、依然たる姿の金博士がぬっと現われ、

「わっはっはっ、わっはっはっはっ」

 と、あたりかまわず無遠慮な笑声(しょうせい)を響かせながら、そこを出て、階段をとことことのぼっていってしまったのである。

 金博士は、ずんずんと歩いて、元の居間へ戻って来た。

 扉をあけると、部屋はきちんと片づいている。部屋の隅には、博士のトランクが三つ、積み重ねてあるのが見える。

「おお、帰ってきたか」

 博士の声がした――部屋の隅に、その声がしたようである。

 博士は、部屋の真中に、黙って直立している。

 すると、三つ積んであるトランクの一番上のものが、ころころと下に(ころが)りおちた。すると、二つ重ねてあったトランクから、ぬっと人間の首が出た。それは何と不思議にも金博士そっくりの顔をしていた。

 すると、こんどは上にのっているトランクがもちあがった。そのトランクに二本の足が()えた。トランクに足が生えたわけではない、裸の金博士が、真中に穴のあいたトランクを胴にはめたまま立ち上ったのである。裸の博士は、そのトランクを外した。そしてのこのこと立ち現れて、部屋の真中に立っている服装正しい博士と対座した。二人の博士。一体これはどういうわけであろうか。

 裸の博士は、そこで大きな欠伸(あくび)を一つしたが、それから両手をさし出して、服装正しい博士の身体にさわってみた。そして(つぶや)いた。

「うむ、よく()えている。十分熱に耐えたようじゃ。彼奴(かやつ)らは、まさかこの人造人間(じんぞうにんげん)の胸の中には、液体酸素の冷却装置があるということに気がつかないのじゃろう。いや、ことによると、このごろ彼奴らの前に現れる金博士が、かくの如き人造人間であるということにすら、気がつかないかもしれん」

 この(ひと)りごとから推すと、裸の博士が本当の金博士で、服装正しき博士こそ、身代りの人造人間の金博士であったのである。道理(どうり)で、毒酒毒蛇も平気だし、弾丸(たま)にあたっても、壁にぶつけられても死なない(はず)であった。

「ああ、この大使館の燻製(くんせい)(さけ)火酒(ウォッカ)にも()きてしまったわい。もうこれくらい滞在しておけば、王老師の顔も立つことじゃろう。では今のうちに、道具をまとめて、帰るとしようか」

 そういうと、金博士は、無造作(むぞうさ)に、人造人間の金博士をばらばらに解体し、それを例の三つのトランクに収めた。そしてこんどはきちんとした旅装(りょそう)をととのえ、トランクをかつぐと、(たばこ)をぷかぷかとふかしながら、悠々(ゆうゆう)とこの館をふらふらと出ていってしまったのであった。

目次に戻る

感想を書く

目次