2話 大使館の始末機関 ――金博士シリーズ・7――(2)
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「王老師。あんな手ぬるいことでは、最早だめですぞ」
醤は、老師に詰めよっている。
老師は眉をあげ、卓子をどすんと打った。
「まあそう焦せるな。あの手この手と、まだやることはたくさんある」
「この上、金の奴に一分間でも余計に生きていられては、余の面目にかかわる」
「さわぐな。いよいよ今日は彼を貴賓の間に入れることにしたから、こんどは大丈夫だ」
「ああ貴賓の間ですか。それは素敵だ。見たいですな、中の様子を……」
「見たいなら、見せるよ。こっちへ来なさい、テレビジョン器械をのぞけば、貴賓室の模様は、手にとるように分る」
「おお、それはいい」
王老師に案内されて、醤はテレビジョン室に入った。高圧変圧器がうーんと呻り、室内が真暗になると、ブラウン管の丸いお尻が蛍のように光りだして、やがてその上に、貴賓室の内部がありありとうつりだした。
「ほら見ろ。何も知らず、金博士のやつ、今入ってきたわ」
博士は入口の扉をあけて、部屋の中へ入った。そして扉のハンドルを押して、扉をしめた。
とたんに、高声器から、だだだだンと、はげしい機関銃の音が聞え、画面で見ていると、扉と向いあった壁から濠々と煙が出て来た。要するに、それは扉をしめる拍子に自動式にそこを狙って前の壁の中に仕掛けてある機関銃が一聯の猛射を行ったものである。これが普通の人間なら、まだ扉のハンドルを外さないうちに、背中から腰部へかけて、蜂の巣のように銃弾の穴があけられること間違いがないのであったが、金博士には、それが一向筋道どおり搬ばない。博士は、平気な顔で、ちょっと自分の尻をがさがさとかいただけであった。
この光景を見て、醤は怒り、王老師はなげいた。
「王老師、あれは弾丸ぬきの機関銃を撃ったのですかい」
「おお醤どの。ふしぎという外ない。しかしまだあの部屋には、かずかずの始末道具があるから、まだ失望するのは早い」
室内の金博士は、のっそりと、シャンデリアの下に立った。すると、矢庭にそのシャンデリアがどっと音をたてて、金博士の頭の上に落ちてきた。金博士の頭蓋骨は粉砕せられ、こんどこそ息の根がとまったろうと思われたが、あにはからんや、粉砕したのはシャンデリアだけであった。博士は相変らず、銅像のように部屋の真中に突立って居り、そして、首にかかったシャンデリアの枠を、面倒くさそうに外して床の上に放りだしただけであった。
「王老師。見ましたか。あれではシャンデリアが饅頭の皮で出来ているとしか思えないですぞ」
「ばかいわっしゃい。あの落ちた音で分るが、大した重さのものだ。ほほ、注意、博士が椅子に坐るぞ」
「椅子に坐ることが、何か重大なる意味があるのですか」
「まあ、黙って見ていりゃ分る」
金博士は、散乱した硝子の砕片を平気で踏んで、窓際に置かれてある安楽椅子に腰を下ろそうとして、椅子に手をかけた。
「ほら、腰をかけるぞ」
金博士がその安楽椅子の上に腰を下ろすのが眺められた。とたんに、あーら不思議、博士の身体はぶーんと呻りを生じて空間を飛び、大きな音をたてて壁にぶつかった。
「ほら、あれを見たか。あれが、叩きつける“椅子”じゃ。あれでは硬い壁に叩きつけられて、生身の人間は一たまりもあるまい。可哀そうに死んだか」
「王老師、壁に穴があきましたよ。人体の形をした穴です」
「何じゃ」
「そして金の奴の姿が見えませんぞ。あっ、あの穴から、部屋の中をのぞいています。王老師、金は自分の身体で壁をぶちぬき、無事に廊下にとびだして、部屋の中をじろじろみているのですよ。可哀そうに死んだかも何もあるものですか」
「ふーん、これは想像に絶して、あの金博士め、手硬い奴じゃ」
この某国大使館の、いろいろある始末機関をそれからそれへと動員して使ってみたが、どういうわけか、たった一人の博士を片附けることは仲々容易に成功しなかった。
「王老師、どうしてくれる」
「待て、せっかちな!」
今や醤買石と王老師の間柄は、湯気の出るほど切迫していた。
「もう一つ、やってみることがある。これなら、きっとうまくいく」
「どうだかなあ、信用は出来ん」
「いや、これは確実だ。火薬炉の中につきおとして密閉し、電熱のスイッチを入れて、じゅうじゅう焼いてしまうのだ」
「本当にそのとおりいくのなら、大したものだが……」
「きっとうまくいく。さあ見て居れ。今、金博士が、あの廊下の角を曲ると、とたんに床が外れて、金の身体は奈落へおちる。その奈落には、火薬炉が大きな口をあけて待っているのだ……」
「能書はあとにして、金博士を骨にして見せて下され」
「いざ、いざ、これを見よや」
王水険老師は、この寒中に汗だくだくとなって、廊下の床をおとすスィッチを引いた。
金博士は、廊下をそのときゆっくり歩いていたが、何の考もなく、この手に引懸って、奈落へ……。それから、がちゃん、がらがらと大きな音がして、身は火薬炉の中に密閉されてしまった。
電気炉のスィッチは入った。じりじりと電熱線は身ぶるいをはじめ、燻げくさい熱が久振りに人間の膚を慕って、匐いよってきた。
高熱三時間。これくらい長い間熱すると、人間の肉や皮は燃えおち、人骨さえ、もう形をとどめず、ばらばらとなって、一つかみの石灰としか見えなくなる。
「もうこの辺でよろしかろう。ほう、ずいぶん手間をとらせたわい」
と、王老師は、醤立合いで、火葬炉の蓋をぎりぎりばったんと開けてみた。すると、あら不思議、炉の中からは、依然たる姿の金博士がぬっと現われ、
「わっはっはっ、わっはっはっはっ」
と、あたりかまわず無遠慮な笑声を響かせながら、そこを出て、階段をとことことのぼっていってしまったのである。
金博士は、ずんずんと歩いて、元の居間へ戻って来た。
扉をあけると、部屋はきちんと片づいている。部屋の隅には、博士のトランクが三つ、積み重ねてあるのが見える。
「おお、帰ってきたか」
博士の声がした――部屋の隅に、その声がしたようである。
博士は、部屋の真中に、黙って直立している。
すると、三つ積んであるトランクの一番上のものが、ころころと下に転りおちた。すると、二つ重ねてあったトランクから、ぬっと人間の首が出た。それは何と不思議にも金博士そっくりの顔をしていた。
すると、こんどは上にのっているトランクがもちあがった。そのトランクに二本の足が生えた。トランクに足が生えたわけではない、裸の金博士が、真中に穴のあいたトランクを胴にはめたまま立ち上ったのである。裸の博士は、そのトランクを外した。そしてのこのこと立ち現れて、部屋の真中に立っている服装正しい博士と対座した。二人の博士。一体これはどういうわけであろうか。
裸の博士は、そこで大きな欠伸を一つしたが、それから両手をさし出して、服装正しい博士の身体にさわってみた。そして呟いた。
「うむ、よく冷えている。十分熱に耐えたようじゃ。彼奴らは、まさかこの人造人間の胸の中には、液体酸素の冷却装置があるということに気がつかないのじゃろう。いや、ことによると、このごろ彼奴らの前に現れる金博士が、かくの如き人造人間であるということにすら、気がつかないかもしれん」
この独りごとから推すと、裸の博士が本当の金博士で、服装正しき博士こそ、身代りの人造人間の金博士であったのである。道理で、毒酒毒蛇も平気だし、弾丸にあたっても、壁にぶつけられても死なない筈であった。
「ああ、この大使館の燻製の鮭と火酒にも飽きてしまったわい。もうこれくらい滞在しておけば、王老師の顔も立つことじゃろう。では今のうちに、道具をまとめて、帰るとしようか」
そういうと、金博士は、無造作に、人造人間の金博士をばらばらに解体し、それを例の三つのトランクに収めた。そしてこんどはきちんとした旅装をととのえ、トランクをかつぐと、莨をぷかぷかとふかしながら、悠々とこの館をふらふらと出ていってしまったのであった。