2話 二
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「黄金の角笛」と云う宿屋の酒場。酒場の隅には王子がパンを噛じっている。王子のほかにも客が七八人、――これは皆村の農夫らしい。
宿屋の主人 いよいよ王女の御婚礼があるそうだね。
第一の農夫 そう云う話だ。なんでも御壻になる人は、黒ん坊の王様だと云うじゃないか?
第二の農夫 しかし王女はあの王様が大嫌いだと云う噂だぜ。
第一の農夫 嫌いなればお止しなされば好いのに。
主人 ところがその黒ん坊の王様は、三つの宝ものを持っている。第一が千里飛べる長靴、第二が鉄さえ切れる剣、第三が姿の隠れるマントル、――それを皆献上すると云うものだから、欲の深いこの国の王様は、王女をやるとおっしゃったのだそうだ。
第二の農夫 御可哀そうなのは王女御一人だな。
第一の農夫 誰か王女をお助け申すものはないだろうか?
主人 いや、いろいろの国の王子の中には、そう云う人もあるそうだが、何分あの黒ん坊の王様にはかなわないから、みんな指を啣えているのだとさ。
第二の農夫 おまけに欲の深い王様は、王女を人に盗まれないように、竜の番人を置いてあるそうだ。
主人 何、竜じゃない、兵隊だそうだ。
第一の農夫 わたしが魔法でも知っていれば、まっ先に御助け申すのだが、――
主人 当り前さ、わたしも魔法を知っていれば、お前さんなどに任せて置きはしない。(一同笑い出す)
王子 (突然一同の中へ飛び出しながら)よし心配するな! きっとわたしが助けて見せる。
一同 (驚いたように)あなたが
王子 そうだ、黒ん坊の王などは何人でも来い。(腕組をしたまま、一同を見まわす)わたしは片っ端から退治して見せる。
主人 ですがあの王様には、三つの宝があるそうです。第一には千里飛ぶ長靴、第二には、――
王子 鉄でも切れる剣か? そんな物はわたしも持っている。この長靴を見ろ。この剣を見ろ。この古いマントルを見ろ。黒ん坊の王が持っているのと、寸分も違わない宝ばかりだ。
一同 (再び驚いたように)その靴が その剣が そのマントルが
主人 (疑わしそうに)しかしその長靴には、穴があいているじゃありませんか?
王子 それは穴があいている。が、穴はあいていても、一飛びに千里飛ばれるのだ。
主人 ほんとうですか?
王子 (憐むように)お前には嘘だと思われるかも知れない。よし、それならば飛んで見せる。入口の戸をあけて置いてくれ。好いか。飛び上ったと思うと見えなくなるぞ。
主人 その前に御勘定を頂きましょうか?
王子 何、すぐに帰って来る。土産には何を持って来てやろう。イタリアの柘榴か、イスパニアの真桑瓜か、それともずっと遠いアラビアの無花果か?
主人 御土産ならば何でも結構です。まあ飛んで見せて下さい。
王子 では飛ぶぞ。一、二、三!
王子は勢好く飛び上る。が、戸口へも届かない内に、どたりと尻餅をついてしまう。
一同どっと笑い立てる。
主人 こんな事だろうと思ったよ。
第一の農夫 干里どころか、二三間も飛ばなかったぜ。
第二の農夫 何、千里飛んだのさ。一度千里飛んで置いて、また千里飛び返ったから、もとの所へ来てしまったのだろう。
第一の農夫 冗談じゃない。そんな莫迦な事があるものか。
一同大笑いになる。王子はすごすご起き上りながら、酒場の外へ行こうとする。
主人 もしもし御勘定を置いて行って下さい。
王子無言のまま、金を投げる。
第二の農夫 御土産は?
王子 (剣の柄へ手をかける)何だと?
第二の農夫 (尻ごみしながら)いえ、何とも云いはしません。(独り語のように)剣だけは首くらい斬れるかも知れない。
主人 (なだめるように)まあ、あなたなどは御年若なのですから、一先御父様の御国へお帰りなさい。いくらあなたが騒いで見たところが、とても黒ん坊の王様にはかないはしません。とかく人間と云う者は、何でも身のほどを忘れないように慎み深くするのが上分別です。
一同 そうなさい。そうなさい。悪い事は云いはしません。
王子 わたしは何でも、――何でも出来ると思ったのに、(突然涙を落す)お前たちにも恥ずかしい(顔を隠しながら)ああ、このまま消えてもしまいたいようだ。
第一の農夫 そのマントルを着て御覧なさい。そうすれば消えるかも知れません。
王子 畜生!(じだんだを踏む)よし、いくらでも莫迦にしろ。わたしはきっと黒ん坊の王から可哀そうな王女を助けて見せる。長靴は千里飛ばれなかったが、まだ剣もある。マントルも、――(一生懸命に)いや、空手でも助けて見せる。その時に後悔しないようにしろ。(気違いのように酒場を飛び出してしまう。)
主人 困ったものだ、黒ん坊の王様に殺されなければ好いが、――