20話 成層圏を越えて
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佐々砲弾は、ロケットの中に閉じこめられたところまでは覚えていたが、それから急にドンと激しい衝撃をうけた途端に人事不省に陥ってしまった。彼が再び意識を取戻したのはそれからどの位経った後だか分らなかった。
「……ああッ……」
佐々が気づいたとき、最先に感じたのは恐ろしい眩暈であった。脳味噌が誰かの掌のうちにギュッと握られているような感じだった。眼を明けようとしても、明けることができないほどの気持の悪さだった。彼は、これは死ぬのじゃないかなアと思ったりした。
シューゥ、ゴトゴトゴトゴト。
なんだか蒸気が洩れているような音と、それに交って何か機関でも廻るらしい響とが聞えてくるのだった。しかし別に震動はないので助かった。
「ああッ……。頭が割れてしまいそうだ。薬はないか……」
彼は両手で頭を抱えて、身体を蝦のように曲げた。
そのときだった。突然大きな声がした。
「座席について、横の壁にある抽出を明けろ。そこにある水薬を飲むと、頭痛が直る……」
たしかに人間の声だった。
誰?
と、思って強いて眼を明けてあたりを見まわしたが、誰もいなかった。
変だなアと思っていると、また五秒ほどして、同じ声が、同じ言葉をくりかえして叫んだ。
「座席について、横の壁にある抽出を明けろ。そこにある水薬を……」
神の声か、それとも魔人の声か知らないが、佐々はその言葉に吸いよせられるように感じた。彼はすこしばかり元気を取り戻して、その場に起きあがった。よく見れば、彼は樽の底のようなところに、長くなって倒れていたのである。なるほど傍には、椅子が一つあって、長い皮帯がついている。
佐々はようやくのことで、その座席の上に自分の身体を載せた――壁を見ると、そこには抽出があった。懸金を外して、それを開けてみると、小さい薬壜があって、頭痛鎮静剤というレッテルが貼ってあり、その硝子壜の中には薄青色の液体が入っていた。
神薬か魔薬か、どっちであるか知らない。しかも佐々は躊躇するところなく、その栓をぬいて、口からゴクンゴクンと液体を飲んだ。こんな苦しい頭痛に悩みつづけるなら、いっそ死んだ方がましだと思ったからだった。
「ああッ……」
一壜の液体をのみ乾すと、彼は前にある括りづけの蜜柑箱のように四角な卓子の上に両肘をついてガバと面を伏せた。
「ああッ、……この薬は利くぞ。これは有難い。頭痛が直ってきた」
説明も出来ないくらいの激しい頭痛が、まるで拭ったように取れた。彼は両手を頭上高く伸ばして、
「ああ、直った。……万歳!」
と叫んだ。
すっかり元気になった佐々は、そこで改めてこの室内を見廻わした。それは前にも言ったように、まるで樽の中のような紡錐形の部屋で、天井がいやに高かった。ただし、その天井の方はズーッと細く尖っていて、まるでビール壜の中に入ったような形に見えた。とにかく何から何まで実に奇妙な形、風変りな調度ずくめであった。その奇妙な形にもそれぞれ或る恐ろしい意味があったことは後に至って分ったが、始めのうちは、何のため、こんな奇妙な形にしてあるのか、唯に物珍らしさに目をみはるばかりだった。
「だが、一体おれはこれからどうなるんだろう」
気が落ちついてくると、頭の中に急に不安な気持が黒雲のように拡がっていった。
「これはロケットだ。いまおれはロケットの中に閉じこめられて空中をドンドン飛んでいるのだ。どこへこのロケットは行こうというのだろう。おれを一体どうしようというのだろう。まさか月の世界へ行かせようというのではあるまいな。……それに、見れば別に操縦装置も何もないようだが、うまく着陸できるのかしら……」
元来が放胆をもって知られている佐々砲弾だったけれど、涯しない天涯に放りだされては、心細くならないではいられなかった。
「……何か操縦装置みたいなものがありそうなものだが……」
そのとき彼は、前の四角な函卓子の横に、小さな押し釦があるのに気がついた。