42話 大団円
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しかし受話器を台の上に置いた大隅学士の顔は急に若々しく輝きだしたのであった。
「ウム、これだこれだ。『如何なる方法でウラゴーゴル星は地球を引き寄せたか?』という問題の答案が立派にできたのだ。それにしても、何という恐ろしい力を持ったウラゴーゴルだろう! 彼奴等の知識は、わが地球に棲む人類よりも、百年以上も進歩している。恐ろしい大宇宙の敵!」
その翌日のこと、大隅学士は××大学の大講堂の演壇に進んで立って、この重大なる報告をした。これを聴講をするために押しよせた学者の数は無慮一万人にのぼった。会場の警戒線は会の始めから終りまで、二十度にわたって蹂躙された。それは嘗て政談演説会にも記録のないことだった。それは同時に全国中継でもって放送されたが、スピーカーの前に集った群衆は早慶戦以上だったという。ことに面白いことは、その放送の始まっている間、欧州におけるファッショ対コンミュニズムの戦争も一時休戦状態に入ったことである。そして大隅学士の講演が終了すると同時に、世界各地における戦争は、無期休戦に入ることを広く告げられた。
「われわれ地球に棲息する人類は、骨肉相食む闘争を即時中止し、全人類一致団結して、やがて侵入して来ようとするウラゴーゴルに対する戦闘準備を考究しなければならぬ。さもなければ、この次こそ、わが地球は八十億年の名誉を傷けられ、かのウラゴーゴルの奴隷とならねばならないであろう」
――と欧州の盟主ヒットリーニ氏は、国際放送をもって、世界の全人類に呼びかけたほどである。従って、大隅学士は人類の大恩人として、毎日のようにいくら断っても断り切れぬ招待会に追いかけられて、とうとう身体を壊しそうになった。とうとう彼は一夜、ひそかに飛行機に乗って帝都をぬけだし、ただ一人、想い出の矢追村に帰った。
月明の矢追村は、大隅学士を迎えて、まるで何事もなかったような平和な顔をしていた。
「ああ、武夫君はその後どうしたろうネ」
彼はそこで、ゆくりなくも巨人病に罹った哀れな武夫少年の身の上を思った。この矢追村は、ウラゴーゴル星からときどき発射される、目に見えない特殊光線に照射され、その光線にひどく照らされた生物が、あのグロテスクな巨人病の犠牲になったのであろうことは、最早疑いのないところであった。生れもつかぬ巨人になった彼武夫少年の一生こそ、なんという悲惨なことだろう。
彼は、少年を慰めたいと思ったので、博士邸の跡を訪れた。あの厳然たる高塀は、月光に照らされて、奇怪なる黒い影を長く引いていた。大隅は見覚えのある小門の前に立って、鋼鉄製の扉を、洋杖の先でコンコンと叩いてみた。
「――おーい、誰ですか?」
「僕は――僕は大隅という者です」
「大隅さん。ああ先生だッ」
扉のうちからは、可愛い子供の声がした。そして扉はギイッと内側に開かれた。
「おお――」
そう叫んだまま、大隅学士は門の中から飛び出してきた可憐なる少年の顔を、呆れ顔にいつまでも見つめていた。
「大隅先生。僕、武夫ですよ」
「えッ、武夫君。武夫君なら、もっと身体が大きい筈だ」
「ええ先生、悦んで下さい。僕の身体は四五日前からだんだん小さくなって、とうとう元のようになったんです。まるで、夢みたいで嬉しくて仕方がありません。お美代も、たいへん悦んでくれていますよ」
「おおそうか。やっぱり武夫君だったのか。僕も嬉しい。気になって仕方がなかった」
「僕だけじゃないんです。大きくなったものは全部小さくなりましたよ。ほら、石亀のように大きかった甲虫がありましたネ。あれもこの通り小さくなりましたよ」
そういって少年は、肩の上を指した。なるほど一匹の甲虫が、少年の服の上を匍っていた。それは小さな小さな甲虫だった。
「先生、どうして皆、元のように小さくなったんでしょうネ」
少年はニコニコしながら、大隅の顔を見上げた。
「ウン武夫君、やっと分ったよ。ウラゴーゴル星が遠くへ離れていったから、それであの不思議な力が弱くなり、それで皆元のように小さくなったんだ。それで分るじゃないか」
「ああ、そうなんですか。オヤお美代も先生の声を聞きつけて起きて来ましたよ」
なるほど、番小屋の方から、少年と仲よしだったお美代の声が聞えてきた。
「みんな幸福になったねえ――」
大隅学士は、皎々と照りわたる月の面を仰いで誰に云うともなく呟いた。