2話 地中魔(2)
読み方を変える
「僕、この青い土のことで、ちょっと知っているのだよ」
「はて、何を知っているのじゃ」
「この前、地下鉄工事が僕んちの近所であった。僕んちは日本橋の真中だ。始めは赤い土、黒い土ばかりだったが、ある日珍しく、この青い土が出た。僕は珍しかったので、工事をしている監督さんに尋ねてみたんだ。大変青い土ですね、おじさん、とね」
「ふんふん」
「すると監督さんは、この青い土は、全く珍しい土で、東京附近でも、この日本橋の地底だけにしか無い土だ。その日本橋も、日本銀行や三越や三井銀行のある室町附近にかぎって出てくる特有の土だといった。この青い土が、それなんだよ」
「そりゃおかしい。だってこの土は、トラックで月島から運んでくるものじゃないか。してみると、あの辺の土だと考えていい、日本橋室町附近の土が、月島から掘りだされて本郷へ運ばれるというのは、こりゃ信ずべからざることでアルンデアル」
大辻先生は、そこで例の大きなドングリ眼をグルグルと廻して見せた。
「だけど大辻さん、何か訳さえ考え出せると、おかしいと初めに思ったことも、おかしくなくなるのじゃないかね。日本橋の土が、なぜ月島から掘りだされるかという訳さえつけられればね」
「そんな訳なんかつくものかい」
「だけど――」と三吉少年は口ごもった。
――もし地底機関車が活動していれば……と口先まで出たのをやっと嚥みこんだ。
足跡を追いて
「それよりも、この靴型さ」
大辻珍探偵は、岩の足跡から取った白い石膏の靴型を、大事そうに礼拝した。
「大辻さんは何だかその靴型を壊しそうで、横から見ていてハラハラするよ」
「なーに大丈夫。ほらごらん、ここに三つの足跡が、この軟らかい土の上についている。これを一つ調べておこう」
大辻探偵は、いよいよ大事そうに、靴型を地面へおろしました。
「これはどうだ」と第一の足跡につけ「これは合わないぞ。これは真鍋博士の足跡だが、博士は岩ではない」
「ぷッ」三吉はふきだした。「博士は岩じゃないよ」
「ところがそうとも安心していられないよ。さて第二の足跡。これは小さい足跡だ。これでは合うはずがない。これも大丈夫」
「それは誰の足跡だい」
「これはお前の足跡じゃ」
「僕の足跡? まあ呆れた大辻さんだね」
「もう一つ、これが第三の足跡。おやおや、これは大きすぎて合わない。これも岩ではなさそうだ」
「その足跡は誰の?」
「これはわしの足跡さ」
「なんだって」
「つまりわしは、岩じゃないということさ。どうだ、ちゃんと理窟に合っているじゃろう」
「なーんだ。あたり前じゃないか」ワッハッハと、二人は腹を抱えて笑い出した。
エンプレス号の怪火
「もう見えそうなものだが」
大江山捜査課長は、矢のように走っている自動車の上から、横浜港と思われる方向を、望遠鏡で探していた。
「課長」と叫んだのは、ギッシリ詰めこまれた武装警官の一人だった。「あすこに、変な煙が立ち昇っています。火事じゃないでしょうか」
「なに煙? おお、あれか」
見ると、やはり海の方角に、煙突の煙にしては、すこし量が多すぎる真黒な煙がムクムクともちあがっている。
「はてな、おい、通信員。横浜警察をラジオで呼び出して、尋ねてみろ」
ジイ、ジイ、ジイ。
横浜の警察はすぐに呼び出された。
「おお、こっちは警視庁の特別警察隊。お尋ねしますが、海の方角に、煙が立っていますが、あれは何です」
「さあ、まだ報告が来ていませんが――」といって横浜の方では答えたが「ああ、ちょっと待って下さい。今報告が入りました。あッ大変です。たいへんたいへん」
「たいへんとは?」
「港内に碇泊している例のエンプレス号が突然火を出したのです。原因不明ですが、火の手はますます熾んです。この上は、あの百万弗の金貨をおろさにゃなりますまい」
ああ、エンプレス号の怪火。果してそれは過失か、それとも……。
一度危機は去る
「さあ急げ、全速力だ!」
大江山課長は、車上に突立って叫んだ。自動車は、驀進する――
「もっと速力を出せ。出せといったら出さんかッ」
課長は満面を朱に染めて呶鳴った。
「もうこれで一杯です。これ以上出すと、壊れます」
「壊れてもいいから、やれッ。岩に、また一杯喰わされるよりはましだッ」
もう目を明いていられぬような速力だ。自動車は空を走っているように思えた。サイレンの恐ろしい呻り声が、賑やかな大通を、たちまち無人の道のようにした。
やっと、恨みの残る波止場へ出た。なるほど燃えているのはエンプレス号だった。黒い煙や黄色い煙が色テープのように、横なぐりの風に吹き叩かれ、マストの上を、メラメラと赤い火焔が舌を出していた。
「金貨は?」課長は叫んだ。
「安全に正金銀行へ移しました」と波止場を警戒中の警部が駈けつけていった。
「そうか。では正金へ行こう」
一行の自動車は、正金へ又動き出した。二分とかからぬうちに、銀行の大玄関についた。
「金貨はどうした?」課長は又叫んだ。
「地下金庫に入れました。御安心下さい」
そこにいた警部が、挙手の敬礼をとって、自信ありげに答えた。
「そうか。それで安心した」
と課長は言葉と共に、額の汗を拭った。
暗闇の警備
その夜の正金銀行の警戒ほど厳重なものは無かったと思われる。
特別警察隊の腕きき警官が三十人と、横浜の警察の警官と刑事とが五十人と、合わせて八十人の警戒員は、大江山捜査課長の指揮のもとに、それこそ蟻のはい出る隙もないほどの大警戒に当った。
夜はシンシンと更けた。
「大丈夫かい」
「大丈夫にもなんにも、人一人やって来ないというわけさ」
警戒員同志が、暗闇の中でパッタリ突きあたると、お互いの顔を懐中電灯で照らし合いながらこんな会話をした。
「異状なし」
「全く異状ありません」
かくて夜明けが来た。東の空が、ほの明るくなって来た。
「夜が明けるぞ。とうとう、岩はやってこなかった」
「あいつもやきが廻ったと見える。昨日のうちに貰うぞといっときながら、一向やってこんじゃないか。尤も僕たちの警戒がうまく行ってるので、恐れをなして寄りつかなかったんだろうけれど」
だが課長だけは心配が抜けなかった。今日になって、金貨の顔を実際に見ておけば、本当に安心出来ると思った。
「よし、金庫を開けよう」
ああ金貨百万弗
正金銀行の大金庫は、入れるのには簡単だったが、開くのには大変骨が折れた。それは容易に盗み出されないためだった。
ようやく、ギーと最後の室が開いた。もうあとは最後の文字盤を合わせて、ハンドルをぐっと引張ればよい。
大江山課長はじめ警察の人々、銀行の人々は、思わず唾を嚥みこんだ。
ガチャン、ガチャン、ガチャン。――
ハンドルを握って引張ると、ビール樽をはめこんだような金庫の扉が、音もなく口をあけてくる――
金貨は?
「あッ」
「おお、金貨が見えない」
不思議だ、不思議だ。金貨が重さで一瓲半もあるというのが、姿を消して一枚も残っていなかった。あの厳重な警戒網を誰が抜けることができたろう。
全くのところ、この金庫室には誰も入らなかったのに、それだのに金貨は煙の如くに失せている。
大江山課長の顔は、赤くなったかと思うと、こんどは反対に土のように青ざめた。
怪盗岩は、約束をほんとうに果したのだった。
少年探偵三吉は、どこで何をしているか。岩は、あの大金をどうして運び出したか、そしてまたどこへ使おうというのか。
ルンルンルンルン、どこからともなく響いてくるエンジンの音――あれは若しや噂に聞く地底機関車ではないだろうか。
少年探偵の疑問
「岩」という怪盗は、さきに世界に一つしかないという地底機関車をさらっていったが、それから間もなく、今度はエンプレス号の金貨百万弗を、正金銀行の大金庫から、やすやすと奪い去った。
少年探偵三吉は、珍探偵大辻又右衛門と一緒に、この事件の探偵にあたっている。
大辻の方は、「岩」の足型を後生大事に抱えているのに対して、わが三吉は理科大学の造築場へ、月島から搬んできた青い土に眼をつけている。
「日本橋室町附近にしかないといわれるこの青い土が、どうして月島から掘り出されるんだろう?」
と、これが三吉の大疑問だった。
さて「岩」は、どこに潜んでいる?
博士の地震計
「そんなばか気たことがあるものかね」
そういったのは、鉱物学の大家、真鍋博士だった。前には三吉と大辻とが控えている。
「そうだ、ばかばかしいや。おい三吉、もう止めて帰ろうよ」と大辻老は腰が落付かぬ。
「いや先生」と三吉は一生懸命だ。「あの月島と日本橋室町とが、もし、地中路で続いていたとしたら、この疑がうまく解けるじゃないですか」
「そんな地中路はありゃせんよ」
「でも地底機関車を使えば作れますよ」
「地底機関車を見たものは一人もないじゃないか。そんなあぶなげな想像は、学者には禁物だ」
「じゃ、僕は地底機関車をきっと発見してきますよ」
「ばかなことを」
「とにかく先生。先生の考案された携帯用地震計を貸して下さい。それで地底機関車を探し当てて来ますから」
「それほどにいうのなら、あいているのを一台貸してあげよう」
とうとう博士は折れて、三吉のために携帯用地震計を貸し与えた。それは机の引出ほどの大きさの器具だった。
博士が室を出てゆくと、二人も立上った。
「三吉、そんなもの何にするのだよオ」
「これで僕が手柄を立てて見せるよ」
「手柄といえば」と大辻は急に思い出したように、岩の足型を出して、博士の残していった靴跡に合わせた。
「まだ岩は博士に化けていないや」大辻は仰山に失望の色をあらわしていった。
右の手首!
「親分じゃねえかな」
地下室で不安な顔を集めていた岩の子分は、サッと顔をあげた。入口の上につけた赤い電灯が、気味わるく点滅している――
コツ、コツ、コツコツ。
「うッ、親分だッ」
「親分は無事だったぞ」
子分たちは兎のように席から躍り出て、扉を開いた。はたして外には、岩が、スックと立っていた。
「お帰りなせえ」「お帰りなせえ」
岩は黙々として室に入った。右手を深くポケットに入れたまま、大変疲れている様子だ。
「親分、首尾は?」
奥の大椅子に身体を埋めた岩は、子分の声にハッと眼を開いた。
「百万弗は正に手に入れた。だが――」と岩は声を曇らせた。
「おれも相当な代価を払ってきた」
「なんですって、親分?」
「こ、これを見ろ!」
岩は痛そうに歯を食いしばって、右手をポケットから静かに出した。
「おッ、お親分、手首をどうしたんです」
手首が見えない。右の手首の形はなく、ゴム布のようなものでグルグル捲いてある。
「正金銀行の金庫の底に、爆弾が仕掛けてあったのだ。……そいつに手首を吹き飛ばされたのさ」
怪盗にしては、百万弗の代償にしろ、たいへん不出来ではないか。
恐しき相手
「俺ともあろうものが、かけがえのない手首をもがれるなんて。無念だッ」岩は手首のない右腕をブルブルふるわせて叫んだ。「どうだ、これを怪しいとは思わねえか。あの金庫のことは、ネジ釘一本だって調をつけてあったんだ。それにむざむざと……」
「そういえば親分」と兄貴株の紳士鴨四郎がいった。「昨日のラジオじゃ、エンプレス号は午前中に金貨と諸共、海底に沈んだそうで、それが間もなく潜水夫を入れて探したところ、もう百万弗の金貨が影も形もなくなっていたという。しかし親分の話では、昨夜遅く、正金銀行まで出掛けて、百万弗を奪ってきたという。これじゃ話が合わない。一体どっちが本当なんです」
「それだ」岩の顔は歪んだ。「俺は正金へ金貨を搬ばせる計画だった。ところがラジオでは、海底に金貨が沈んだと放送し、それから二度目のニュースでは、金貨が海底で見えなくなったという。これでは俺が手を出さない先に、鳶に油揚をさらわれた形だ――と、もう少しで口惜涙で帰るところだった。
ところがあれが警察のデマ、でたらめなんだ。正金銀行へ移したことは極力秘密さ。そう放送すれば岩は諦めるだろうと思ったのだ。……俺はも少しでマンマと百万弗を握り損うところだった。
警察にしちゃ、鮮かすぎる手だ。そこで俺は気がつくべきだった」
「どう気がつくべきだったんです」
「爆弾に手首を吹き飛ばされ、痛いッと叫んだ瞬間に、俺は気がついたのだ。恐るべき俺の敵が、日本に帰ってきているということを――」
そういって岩はフッと押し黙った。怪盗岩が恐れる敵とは、そも何者か?
岩は何をする?
警視庁では千葉総監を囲み、捜査係官の非常会議が始っていた。遠く横浜警察の署長までが参加していた。
「では始めます」そういったのは大江山捜査課長だった。「岩はこれから何をするか、それについて皆さんの御意見を伺いたいものです。……いままでに岩のやったことを考えてみますと、第一には地底機関車を奪い取った事件です。これが岩の仕業であることは、証拠の上でハッキリいえます。第二には、正金銀行から百万弗の金貨を盗んだ事件です。
私達は金庫の前面ばかりを注意していましたが、岩の方はその裏を掻いて、地下から坑道を掘り、金庫の裏側のあまり丈夫でないところを破って、金貨を盗んでいったのです」
「一体岩は、そんな機関車を手に入れたり、百万弗の金貨を握ったりして、これから何をやろうと思っているのだ」
「さア――」といったなり一同は顔を見合わせて、誰も返事をするものがなかった。それほどこの答は難しかった。
「先刻の話では、岩は坑道をあけていったそうじゃ。どうだい、その坑道を逆に進んでいったら岩の巣窟へ行けそうなものじゃないか」
と総監が口を挿んだ。
「それは名案」
と一同は卓を打って叫んだ。
「では決死隊を編成して、これからすぐ地中に潜ることにしよう」と総監は決心の色をアリアリと浮かべた。
決死隊を募る
「さア、岩と地中で戦おうという勇士はいないかア。決死隊に加わろうという偉い者はいないかア」
大江山捜査課長は庁内の警官を集めて、一段高いところから叫んだ。
「よオし。私が参ります」と手をあげた若い警官がある。
「なに、お前やるかッ」
「私も参ります」
「私も是非やって下さい」
忽ち、九人の決死隊員が出来あがってしまった。
「気を付けッ」大江山捜査課長は九人の決死隊員を並べて号令をかけた。九人が九人、いずれも強そうな立派な体格の勇士ばかりだ。この中に岩が紛れこんでいては大変と、課長は一同をズラリと見廻したが、誰もかもチャンとしていた。
(まず安心だ)
と課長は心の中で思った。しかし念のために勇士たちの手袋をとって、その手を見ておくとよかったのであるけれど、岩が片手を爆弾でやられたことを知らぬ課長のこととて、それは気がつかなかった。
「穴掘り機械も取りよせてある。ほら、あの自動車に積んであるのがそれだ」
勇士たちは振りかえって課長の指さす方を見ると、なるほどガッチリした機械が車上に積まれてあった。
「それから、この決死隊のことを地中突撃隊と名付ける。隊長としては、この大江山が先頭に立って指揮をする」
ああ、大江山課長が進んで決死隊長になるというのだ。これこそ正に警視庁の非常時だ!
大辻老の参加
十人の地中突撃隊が警視庁前に勢揃をして、いよいよ勇ましい出陣に移ろうというその時だった。そこへ駈けつけたのは一人の少年と、布袋腹の巨漢、これはいうまでもなく少年探偵の三吉と珍探偵大辻だった。
「オイ三吉どん」と大辻が真赤な顔をしていった。「僕等もこの地中突撃隊に参加させて貰おうじゃないか。この方が岩をとッ捕まえる早道だぜ」
「そうだね」と三吉は例の調子で黒い可愛い眼玉をクルクルさせていたが「僕は反対するよ」
「なに反対をする。この弱虫め!」
「僕はいままで探偵してきたことを続けてゆく方がいいと思うんだ」
「なんのかんのというが、実はこわいのだろう。わしはそんな弱虫と一緒に探偵していたくはないよ。帆村先生が帰って来て叱られても、わしは知らぬよ」
「叱られるのは大辻さんだよ」
「いや、もう弱虫と、口は利かん」
とうとう三吉と大辻とは別れ別れになってしまった。
大辻老は決死隊に参加を許されると、いよいよ大得意だ。ふんぞりかえって、自動車に乗っている。ナポレオンのような気持らしい。しかも岩の足型を大事に小脇に抱えている。
「大辻さん。その足型を壊しちゃ駄目だよ」
「なアに大丈夫……おっとッとッ。お前とは口を利かぬ筈じゃった」
仕度は出来た。突撃隊の自動車は一列に並んで出発した。横浜正金銀行さして……。
「はてな」の室町附近
三吉少年は一人残されたが、失望しない。
「すみませんが、ちょっと測らして下さい」
そういって彼は日本橋界隈の地下室のあるところを一軒一軒廻っては、携帯用地震計を据えつけて測って歩いた。
「一体、何を測るんだい」
「おじさんの家は大丈夫だということが分るんですよ」
「なにが大丈夫だって」
「それは今に分りますよ。フフフ」
こんな会話をしながら三吉は歩いて廻った。しかし三吉が室町方面に近付くに従って、彼の顔はひきしまってきた。
「はてな」と彼は日本銀行の地下室でいった。
「はてな」と又、東京百貨店の地階でいった。
「はてな」と彼はまた三井銀行の地下室でもいった。
三吉は、その三つの場所で、いつも休みなく伝わってくる小地震を感じた。それは地底のはるかの下から伝わってくるのであって、決して地上からではない。本当の地震はごくたまにやってくる。しかも強くひびくところはごく短い時間だけだ。しかしこの室町界隈では不思議な連続地震が起っている。
「これは何かあるぞ!」
しばらくの間、ジッと考え込んでいた三吉は、何を思ったか、地震計をしまうと、三井銀行の地下室を、アタフタと飛び出した。
一方、横浜正金から地中へもぐりこんだ十一人の決死隊はどうなったか。もう四十時間も経ったが、消息が分らなくなった。生か死か?
探偵競争
怪盗「岩」は、世界に一つしかないという地底機関車を動かして、何ごとか大きな悪事をくわだてているらしいのであるが、一体それは何だか、まだ様子がハッキリわからない。
大江山捜査課長はとうとう一大決心をかため、十人の警官から成る地中突撃隊を編成した。これを見ていたのが、「岩」の足型を抱えて放さない大辻珍探偵で、彼も勇ましくこれに加わって一行は十一人となった。早速、横浜正金銀行の金庫裏から地中にもぐりこんだ。
わが少年探偵三吉は、参加したいのを怺え、師の帆村探偵から教わったとおり、最初から一貫した探偵方針を捨てることなく、その後は地震計をもって、日本橋室町附近の地下室という地下室を、なんどか一生懸命で探しまわっている。
地中の怪
地中突撃隊はどうなったか?
大江山隊長を先頭に、大辻珍探偵をビリッコに、一行十一勇士は勇ましくも土竜のように(というと変だが)、明暗もわからぬ地中にもぐりこんだ。始めは腹這って、やっと通れるくらいの穴が、先へ行くにつれ大きく拡がってきた。おしまいには、楽に立ってあるけるようになって、持ちこんだ穴掘機械が邪魔なくらいだった。
「さあ、こんどは穴が北に向いたぞ」
と磁石をしっかり手に持った大江山警部が叫んだ。
「はあ、もうこれで横浜の北東を十キロも来ました」
と測量係の警官が報告をした。こうして一行は今どの辺の位置にいるのかを、地図の上に鉛筆のあとをつけながら、たゆまず前進をつづけた。――しかし一向に、「岩」にも出会わなければ、その子分手下にもぶつからない。
「ねえ大江山さん」と大辻が後から声をあげた。「岩の奴は、あの大金を持って、外国へずらかったんじゃありませんか。それとも私達に恐をなしたのか、さっぱりチュウとも鳴きませんぜ」
大辻老は、岩を鼠かなんかと間違えていた。一行の気がすこしゆるみかけた。丁度そのときだった。
どどーン、ぐわーン。いきなり恐しい物音が、後の方にした。ハッと思う間もなく、恐しい風が一同の横面をいやというほど殴った。「さあ引返せッ」と隊長が呶鳴った。すわ何事が起ったのだろう。
生埋の一行
「うわーッ、たいへんだッ」
「どうしたどうした」
「今通った道が崩れて、帰れなくなった」
「なに帰れない」大辻老の顔色は紙のようにあせた。「帰れないとたいへんだ。早く掘って穴をあけといて下さい」
しかし隊長は一向号令を下さない。さすがは捜査課長だ。這いつくばって崩れた土の臭を熱心に嗅いでいるのだ。
「おお、ダイナマイトの小型のを仕掛けた者がいる。油断をするなッ」
「大丈夫です。大丈夫です」と一同。
「ダッ、ダイナマイトですって」大辻老は気が変になった鶏のように、一人でバタバタ跳ねかえっている。
「崩れた箇所はあのままにしておいて、一同前進!」隊長は勇ましい号令を下した。
だッだッだッと、一行は小さく固まって、懐中電灯をたよりに、低い泥の天井の下をドンドン前進した。
「左、左、左へ曲れ」
「オヤ道が行きどまりだ。おかしいぞ」
「うん、これは一杯食ったかな――集れッ」
と隊長の号令だ。
「番号」
一チ、二イ、三ン……。
「オヤ一名足りないぞ。誰がいなくなったのだッ」
確かに一名足りない。どこへ消えたというのだろう。その足りない男については、誰もかもどこの誰だかハッキリ知らなかった。一同は心臓をギュッと握られたように、無気味さに慄えあがった。
岩のいた証拠
「オイ大辻君。君の大事にしている足型は、こういうときに使わなくちゃ、使うときがないよ。ちょいと貸したまえ」
「イヤイヤイヤイヤ」と大辻は仰山にその手を払いのけた。「探すのは、わしに委せなさい。貸すくらいなら、壊した方がましだ」
「そんな意地の悪いことをいわないで……」
「どいたどいた、わしが探す。ホラ皆さん、足を出して……」
「失敬なことをいうな」
そんなにまで騒いだが、一名欠けた残の十名の中には岩は絶対にいないことが解った。
「いませんよ。大丈夫です。隊長さん」
「じゃ、今まで来た軟かい道の上から行方不明の警官の足跡を探して、調べてみたまえ」
「はいはい」
大辻老は向うへ懐中電灯をたよりに引返していった。そしてしきりと路上にかがまっては探していたが、
「あッ、あった、あった。岩だ、岩だ」
「本当かッ」
一同は駈けつけた。
「なるほど、たしかに足型は合っている。岩の奴、警官に化けて、決死隊に加わっていたのだ。うーむ、ひどい奴だッ」
隊長はじめ一同は、狭い地中路の中で、歯ぎしり噛んで口惜しがった。
「オイそんなに口惜しいかッ」
そのとき一同の背後に、鋭い声があった。
大辻老の狂乱