地中魔

2話 地中魔(2)

9,129字 約18分 2003年1月5日 公開

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「僕、この青い土のことで、ちょっと知っているのだよ」

「はて、何を知っているのじゃ」

「この前、地下鉄工事が僕んちの近所であった。僕んちは日本橋の真中だ。始めは赤い土、黒い土ばかりだったが、ある日珍しく、この青い土が出た。僕は珍しかったので、工事をしている監督さんに(たず)ねてみたんだ。大変青い土ですね、おじさん、とね」

「ふんふん」

「すると監督さんは、この青い土は、全く珍しい土で、東京附近でも、この日本橋の地底だけにしか無い土だ。その日本橋も、日本銀行や三越や三井銀行のある室町(むろまち)附近にかぎって出てくる特有の土だといった。この青い土が、それなんだよ」

「そりゃおかしい。だってこの土は、トラックで月島から運んでくるものじゃないか。してみると、あの辺の土だと考えていい、日本橋室町附近の土が、月島から掘りだされて本郷へ運ばれるというのは、こりゃ信ずべからざることでアルンデアル」

 大辻先生は、そこで例の大きなドングリ眼をグルグルと廻して見せた。

「だけど大辻さん、何か訳さえ考え出せると、おかしいと初めに思ったことも、おかしくなくなるのじゃないかね。日本橋の土が、なぜ月島から掘りだされるかという訳さえつけられればね」

「そんな訳なんかつくものかい」

「だけど――」と三吉少年は口ごもった。

 ――もし地底機関車が活動していれば……と口先まで出たのをやっと()みこんだ。

   足跡を追いて

「それよりも、この靴型さ」

 大辻珍探偵は、岩の足跡から取った白い石膏(せっこう)靴型(くつがた)を、大事そうに礼拝(らいはい)した。

「大辻さんは何だかその靴型を(こわ)しそうで、横から見ていてハラハラするよ」

「なーに大丈夫。ほらごらん、ここに三つの足跡が、この(やわ)らかい土の上についている。これを一つ調べておこう」

 大辻探偵は、いよいよ大事そうに、靴型を地面へおろしました。

「これはどうだ」と第一の足跡につけ「これは合わないぞ。これは真鍋博士の足跡だが、博士は岩ではない」

「ぷッ」三吉はふきだした。「博士は岩じゃないよ」

「ところがそうとも安心していられないよ。さて第二の足跡。これは小さい足跡だ。これでは合うはずがない。これも大丈夫」

「それは誰の足跡だい」

「これはお前の足跡じゃ」

「僕の足跡? まあ(あき)れた大辻さんだね」

「もう一つ、これが第三の足跡。おやおや、これは大きすぎて合わない。これも岩ではなさそうだ」

「その足跡は誰の?」

「これはわしの足跡さ」

「なんだって」

「つまりわしは、岩じゃないということさ。どうだ、ちゃんと理窟に合っているじゃろう」

「なーんだ。あたり前じゃないか」ワッハッハと、二人は腹を(かか)えて笑い出した。

   エンプレス号の怪火

「もう見えそうなものだが」

 大江山捜査課長は、矢のように走っている自動車の上から、横浜港と思われる方向を、望遠鏡で探していた。

「課長」と叫んだのは、ギッシリ詰めこまれた武装警官の一人だった。「あすこに、変な煙が立ち昇っています。火事じゃないでしょうか」

「なに煙? おお、あれか」

 見ると、やはり海の方角に、煙突の煙にしては、すこし量が多すぎる真黒な煙がムクムクともちあがっている。

「はてな、おい、通信員。横浜警察をラジオで呼び出して、(たず)ねてみろ」

 ジイ、ジイ、ジイ。

 横浜の警察はすぐに呼び出された。

「おお、こっちは警視庁の特別警察隊。お尋ねしますが、海の方角に、煙が立っていますが、あれは何です」

「さあ、まだ報告が来ていませんが――」といって横浜の方では答えたが「ああ、ちょっと待って下さい。今報告が入りました。あッ大変です。たいへんたいへん」

「たいへんとは?」

「港内に碇泊(ていはく)している例のエンプレス号が突然火を出したのです。原因不明ですが、火の手はますます(さか)んです。この上は、あの百万(ドル)の金貨をおろさにゃなりますまい」

 ああ、エンプレス号の怪火。果してそれは過失か、それとも……。

   一度危機は去る

「さあ急げ、全速力だ!」

 大江山課長は、車上に突立(つった)って叫んだ。自動車は、驀進(ばくしん)する――

「もっと速力を出せ。出せといったら出さんかッ」

 課長は満面を(しゅ)に染めて呶鳴(どな)った。

「もうこれで一杯です。これ以上出すと、(こわ)れます」

「壊れてもいいから、やれッ。岩に、また一杯喰わされるよりはましだッ」

 もう目を明いていられぬような速力だ。自動車は(くう)を走っているように思えた。サイレンの恐ろしい(うな)り声が、(にぎ)やかな大通を、たちまち無人の道のようにした。

 やっと、(うら)みの残る波止場へ出た。なるほど燃えているのはエンプレス号だった。黒い煙や黄色い煙が色テープのように、横なぐりの風に吹き叩かれ、マストの上を、メラメラと赤い火焔が舌を出していた。

「金貨は?」課長は叫んだ。

「安全に正金銀行(しょうきんぎんこう)へ移しました」と波止場を警戒中の警部が駈けつけていった。

「そうか。では正金へ行こう」

 一行の自動車は、正金へ又動き出した。二分とかからぬうちに、銀行の大玄関についた。

「金貨はどうした?」課長は又叫んだ。

「地下金庫に入れました。御安心下さい」

 そこにいた警部が、挙手(きょしゅ)敬礼(けいれい)をとって、自信ありげに答えた。

「そうか。それで安心した」

 と課長は言葉と共に、額の汗を拭った。

   暗闇の警備

 その夜の正金銀行の警戒ほど厳重なものは無かったと思われる。

 特別警察隊の腕きき警官が三十人と、横浜の警察の警官と刑事とが五十人と、合わせて八十人の警戒員は、大江山捜査課長の指揮のもとに、それこそ蟻のはい出る隙もないほどの大警戒に当った。

 夜はシンシンと更けた。

「大丈夫かい」

「大丈夫にもなんにも、人一人やって来ないというわけさ」

 警戒員同志が、暗闇の中でパッタリ突きあたると、お互いの顔を懐中電灯で照らし合いながらこんな会話をした。

「異状なし」

「全く異状ありません」

 かくて夜明けが来た。東の空が、ほの明るくなって来た。

「夜が明けるぞ。とうとう、岩はやってこなかった」

「あいつもやきが廻ったと見える。昨日のうちに貰うぞといっときながら、一向(いっこう)やってこんじゃないか。(もっと)も僕たちの警戒がうまく行ってるので、恐れをなして寄りつかなかったんだろうけれど」

 だが課長だけは心配が抜けなかった。今日になって、金貨の顔を実際に見ておけば、本当に安心出来ると思った。

「よし、金庫を開けよう」

   ああ金貨百万(ドル)

 正金銀行の大金庫は、入れるのには簡単だったが、開くのには大変骨が折れた。それは容易に盗み出されないためだった。

 ようやく、ギーと最後の室が開いた。もうあとは最後の文字盤を合わせて、ハンドルをぐっと引張ればよい。

 大江山課長はじめ警察の人々、銀行の人々は、思わず(つば)()みこんだ。

 ガチャン、ガチャン、ガチャン。――

 ハンドルを握って引張ると、ビール(だる)をはめこんだような金庫の()が、音もなく口をあけてくる――

 金貨は?

「あッ」

「おお、金貨が見えない」

 不思議だ、不思議だ。金貨が重さで一(トン)半もあるというのが、姿を消して一枚も残っていなかった。あの厳重な警戒網を誰が抜けることができたろう。

 全くのところ、この金庫室には誰も入らなかったのに、それだのに金貨は煙の如くに()せている。

 大江山課長の顔は、赤くなったかと思うと、こんどは反対に土のように青ざめた。

 怪盗岩は、約束をほんとうに果したのだった。

 少年探偵三吉は、どこで何をしているか。岩は、あの大金をどうして運び出したか、そしてまたどこへ使おうというのか。

 ルンルンルンルン、どこからともなく響いてくるエンジンの音――あれは()しや噂に聞く地底機関車ではないだろうか。

   少年探偵の疑問

「岩」という怪盗は、さきに世界に一つしかないという地底機関車をさらっていったが、それから間もなく、今度はエンプレス号の金貨百万(ドル)を、正金銀行の大金庫から、やすやすと奪い去った。

 少年探偵三吉は、珍探偵大辻又右衛門と一緒に、この事件の探偵にあたっている。

 大辻の方は、「岩」の足型を後生大事(ごしょうだいじ)(かか)えているのに対して、わが三吉は理科大学の造築場へ、月島から(はこ)んできた青い土に眼をつけている。

「日本橋室町附近にしかないといわれるこの青い土が、どうして月島から掘り出されるんだろう?」

 と、これが三吉の大疑問だった。

 さて「岩」は、どこに潜んでいる?

   博士の地震計

「そんなばか気たことがあるものかね」

 そういったのは、鉱物学の大家(たいか)、真鍋博士だった。前には三吉と大辻とが(ひか)えている。

「そうだ、ばかばかしいや。おい三吉、もう()めて帰ろうよ」と大辻老は腰が落付かぬ。

「いや先生」と三吉は一生懸命だ。「あの月島と日本橋室町とが、もし、地中路で続いていたとしたら、この(うたがい)がうまく解けるじゃないですか」

「そんな地中路はありゃせんよ」

「でも地底機関車を使えば作れますよ」

「地底機関車を見たものは一人もないじゃないか。そんなあぶなげな想像は、学者には禁物だ」

「じゃ、僕は地底機関車をきっと発見してきますよ」

「ばかなことを」

「とにかく先生。先生の考案された携帯用地震計を貸して下さい。それで地底機関車を探し当てて来ますから」

「それほどにいうのなら、あいているのを一台貸してあげよう」

 とうとう博士は折れて、三吉のために携帯用地震計を貸し与えた。それは机の引出ほどの大きさの器具だった。

 博士が室を出てゆくと、二人も立上った。

「三吉、そんなもの何にするのだよオ」

「これで僕が手柄を立てて見せるよ」

「手柄といえば」と大辻は急に思い出したように、岩の足型を出して、博士の残していった靴跡に合わせた。

「まだ岩は博士に化けていないや」大辻は仰山(ぎょうさん)に失望の色をあらわしていった。

   右の手首!

「親分じゃねえかな」

 地下室で不安な顔を集めていた岩の子分は、サッと顔をあげた。入口の上につけた赤い電灯が、気味わるく点滅している――

 コツ、コツ、コツコツ。

「うッ、親分だッ」

「親分は無事だったぞ」

 子分たちは兎のように席から躍り出て、(ドア)を開いた。はたして外には、岩が、スックと立っていた。

「お帰りなせえ」「お帰りなせえ」

 岩は黙々(もくもく)として室に入った。右手を深くポケットに入れたまま、大変疲れている様子だ。

「親分、首尾は?」

 奥の大椅子に身体を埋めた岩は、子分の声にハッと眼を開いた。

「百万弗は正に手に入れた。だが――」と岩は声を曇らせた。

「おれも相当な代価を払ってきた」

「なんですって、親分?」

「こ、これを見ろ!」

 岩は痛そうに歯を食いしばって、右手をポケットから静かに出した。

「おッ、お親分、手首をどうしたんです」

 手首が見えない。右の手首の形はなく、ゴム(ぎれ)のようなものでグルグル()いてある。

「正金銀行の金庫の底に、爆弾が仕掛けてあったのだ。……そいつに手首を吹き飛ばされたのさ」

 怪盗にしては、百万弗の代償にしろ、たいへん不出来ではないか。

   恐しき相手

「俺ともあろうものが、かけがえのない手首をもがれるなんて。無念だッ」岩は手首のない右腕をブルブルふるわせて叫んだ。「どうだ、これを怪しいとは思わねえか。あの金庫のことは、ネジ(くぎ)一本だって調(しらべ)をつけてあったんだ。それにむざむざと……」

「そういえば親分」と兄貴株の紳士鴨四郎(かもしろう)がいった。「昨日のラジオじゃ、エンプレス号は午前中に金貨と諸共(もろとも)、海底に沈んだそうで、それが間もなく潜水夫を入れて探したところ、もう百万弗の金貨が影も形もなくなっていたという。しかし親分の話では、昨夜遅く、正金銀行まで出掛けて、百万弗を奪ってきたという。これじゃ話が合わない。一体どっちが本当なんです」

「それだ」岩の顔は(ゆが)んだ。「俺は正金へ金貨を(はこ)ばせる計画だった。ところがラジオでは、海底に金貨が沈んだと放送し、それから二度目のニュースでは、金貨が海底で見えなくなったという。これでは俺が手を出さない先に、(とび)油揚(あぶらげ)をさらわれた形だ――と、もう少しで口惜涙(くやしなみだ)で帰るところだった。

 ところがあれが警察のデマ、でたらめなんだ。正金銀行へ移したことは極力(きょくりょく)秘密さ。そう放送すれば岩は諦めるだろうと思ったのだ。……俺はも少しでマンマと百万弗を握り(そこな)うところだった。

 警察にしちゃ、(あざや)かすぎる手だ。そこで俺は気がつくべきだった」

「どう気がつくべきだったんです」

「爆弾に手首を吹き飛ばされ、痛いッと叫んだ瞬間に、俺は気がついたのだ。恐るべき俺の敵が、日本に帰ってきているということを――」

 そういって岩はフッと押し黙った。怪盗岩が恐れる敵とは、そも何者か?

   岩は何をする?

 警視庁では千葉総監を囲み、捜査係官の非常会議が始っていた。遠く横浜警察の署長までが参加していた。

「では始めます」そういったのは大江山捜査課長だった。「岩はこれから何をするか、それについて皆さんの御意見を(うかが)いたいものです。……いままでに岩のやったことを考えてみますと、第一には地底機関車を奪い取った事件です。これが岩の仕業(しわざ)であることは、証拠の上でハッキリいえます。第二には、正金銀行から百万弗の金貨を盗んだ事件です。

 私達は金庫の前面ばかりを注意していましたが、岩の方はその裏を()いて、地下から坑道を掘り、金庫の裏側のあまり丈夫でないところを破って、金貨を盗んでいったのです」

「一体岩は、そんな機関車を手に入れたり、百万弗の金貨を握ったりして、これから何をやろうと思っているのだ」

「さア――」といったなり一同は顔を見合わせて、誰も返事をするものがなかった。それほどこの答は難しかった。

先刻(さっき)の話では、岩は坑道をあけていったそうじゃ。どうだい、その坑道を逆に進んでいったら岩の巣窟(そうくつ)へ行けそうなものじゃないか」

 と総監が口を(はさ)んだ。

「それは名案」

 と一同は(たく)を打って叫んだ。

「では決死隊を編成して、これからすぐ地中に潜ることにしよう」と総監は決心の色をアリアリと浮かべた。

   決死隊を募る

「さア、岩と地中で戦おうという勇士はいないかア。決死隊に加わろうという偉い者はいないかア」

 大江山捜査課長は庁内の警官を集めて、一段高いところから叫んだ。

「よオし。私が参ります」と手をあげた若い警官がある。

「なに、お前やるかッ」

「私も参ります」

「私も是非やって下さい」

 (たちま)ち、九人の決死隊員が出来あがってしまった。

「気を付けッ」大江山捜査課長は九人の決死隊員を並べて号令をかけた。九人が九人、いずれも強そうな立派な体格の勇士ばかりだ。この中に岩が紛れこんでいては大変と、課長は一同をズラリと見廻したが、誰もかもチャンとしていた。

(まず安心だ)

 と課長は心の中で思った。しかし念のために勇士たちの手袋をとって、その手を見ておくとよかったのであるけれど、岩が片手を爆弾でやられたことを知らぬ課長のこととて、それは気がつかなかった。

「穴掘り機械も取りよせてある。ほら、あの自動車に積んであるのがそれだ」

 勇士たちは振りかえって課長の指さす方を見ると、なるほどガッチリした機械が車上に積まれてあった。

「それから、この決死隊のことを地中突撃隊と名付ける。隊長としては、この大江山が先頭に立って指揮をする」

 ああ、大江山課長が進んで決死隊長になるというのだ。これこそ正に警視庁の非常時だ!

   大辻老の参加

 十人の地中突撃隊が警視庁前に勢揃をして、いよいよ勇ましい出陣に移ろうというその時だった。そこへ()けつけたのは一人の少年と、布袋腹(ほていばら)の巨漢、これはいうまでもなく少年探偵の三吉と珍探偵大辻だった。

「オイ三吉どん」と大辻が真赤な顔をしていった。「僕等もこの地中突撃隊に参加させて貰おうじゃないか。この方が岩をとッ(つか)まえる早道だぜ」

「そうだね」と三吉は例の調子で黒い可愛い眼玉をクルクルさせていたが「僕は反対するよ」

「なに反対をする。この弱虫め!」

「僕はいままで探偵してきたことを続けてゆく方がいいと思うんだ」

「なんのかんのというが、実はこわいのだろう。わしはそんな弱虫と一緒に探偵していたくはないよ。帆村先生が帰って来て(しか)られても、わしは知らぬよ」

「叱られるのは大辻さんだよ」

「いや、もう弱虫と、口は利かん」

 とうとう三吉と大辻とは別れ別れになってしまった。

 大辻老は決死隊に参加を許されると、いよいよ大得意だ。ふんぞりかえって、自動車に乗っている。ナポレオンのような気持らしい。しかも岩の足型を大事に小脇に抱えている。

「大辻さん。その足型を(こわ)しちゃ駄目だよ」

「なアに大丈夫……おっとッとッ。お前とは口を利かぬ(はず)じゃった」

 仕度は出来た。突撃隊の自動車は一列に並んで出発した。横浜正金銀行さして……。

   「はてな」の室町(むろまち)附近

 三吉少年は一人残されたが、失望しない。

「すみませんが、ちょっと(はか)らして下さい」

 そういって彼は日本橋界隈(かいわい)の地下室のあるところを一軒一軒廻っては、携帯用地震計を()えつけて測って歩いた。

「一体、何を測るんだい」

「おじさんの家は大丈夫だということが分るんですよ」

「なにが大丈夫だって」

「それは今に分りますよ。フフフ」

 こんな会話をしながら三吉は歩いて廻った。しかし三吉が室町方面に近付くに従って、彼の顔はひきしまってきた。

「はてな」と彼は日本銀行の地下室でいった。

「はてな」と又、東京百貨店の地階でいった。

「はてな」と彼はまた三井銀行の地下室でもいった。

 三吉は、その三つの場所で、いつも休みなく伝わってくる小地震を感じた。それは地底のはるかの下から伝わってくるのであって、決して地上からではない。本当の地震はごくたまにやってくる。しかも強くひびくところはごく短い時間だけだ。しかしこの室町界隈では不思議な連続地震が起っている。

「これは何かあるぞ!」

 しばらくの間、ジッと考え込んでいた三吉は、何を思ったか、地震計をしまうと、三井銀行の地下室を、アタフタと飛び出した。

 一方、横浜正金から地中へもぐりこんだ十一人の決死隊はどうなったか。もう四十時間も経ったが、消息が分らなくなった。生か死か?

   探偵競争

 怪盗「岩」は、世界に一つしかないという地底機関車を動かして、何ごとか大きな悪事をくわだてているらしいのであるが、一体それは何だか、まだ様子がハッキリわからない。

 大江山捜査課長はとうとう一大決心をかため、十人の警官から成る地中突撃隊を編成した。これを見ていたのが、「岩」の足型を抱えて放さない大辻珍探偵で、彼も勇ましくこれに加わって一行は十一人となった。早速、横浜正金銀行の金庫裏から地中にもぐりこんだ。

 わが少年探偵三吉は、参加したいのを(こら)え、師の帆村探偵から教わったとおり、最初から一貫した探偵方針を捨てることなく、その後は地震計をもって、日本橋室町附近の地下室という地下室を、なんどか一生懸命で探しまわっている。

   地中の怪

 地中突撃隊はどうなったか?

 大江山隊長を先頭に、大辻珍探偵をビリッコに、一行十一勇士は勇ましくも土竜(もぐら)のように(というと変だが)、明暗(めいあん)もわからぬ地中にもぐりこんだ。始めは腹這(はらば)って、やっと通れるくらいの穴が、先へ行くにつれ大きく拡がってきた。おしまいには、楽に立ってあるけるようになって、持ちこんだ穴掘機械が邪魔なくらいだった。

「さあ、こんどは穴が北に向いたぞ」

 と磁石をしっかり手に持った大江山警部が叫んだ。

「はあ、もうこれで横浜の北東を十キロも来ました」

 と測量係の警官が報告をした。こうして一行は今どの辺の位置にいるのかを、地図の上に鉛筆のあとをつけながら、たゆまず前進をつづけた。――しかし一向に、「岩」にも出会わなければ、その子分手下にもぶつからない。

「ねえ大江山さん」と大辻が後から声をあげた。「岩の奴は、あの大金を持って、外国へずらかったんじゃありませんか。それとも私達に(おそれ)をなしたのか、さっぱりチュウとも鳴きませんぜ」

 大辻老は、岩を鼠かなんかと間違えていた。一行の気がすこしゆるみかけた。丁度(ちょうど)そのときだった。

 どどーン、ぐわーン。いきなり恐しい物音が、後の方にした。ハッと思う間もなく、恐しい風が一同の横面(よこつら)をいやというほど(なぐ)った。「さあ引返せッ」と隊長が呶鳴(どな)った。すわ何事が起ったのだろう。

   生埋(いきうめ)の一行

「うわーッ、たいへんだッ」

「どうしたどうした」

「今通った道が(くず)れて、帰れなくなった」

「なに帰れない」大辻老の顔色は紙のようにあせた。「帰れないとたいへんだ。早く掘って穴をあけといて下さい」

 しかし隊長は一向号令を下さない。さすがは捜査課長だ。()いつくばって崩れた土の(におい)を熱心に()いでいるのだ。

「おお、ダイナマイトの小型のを仕掛けた者がいる。油断をするなッ」

「大丈夫です。大丈夫です」と一同。

「ダッ、ダイナマイトですって」大辻老は気が変になった鶏のように、一人でバタバタ()ねかえっている。

「崩れた箇所はあのままにしておいて、一同前進!」隊長は勇ましい号令を下した。

 だッだッだッと、一行は小さく固まって、懐中電灯をたよりに、低い泥の天井の下をドンドン前進した。

「左、左、左へ曲れ」

「オヤ道が行きどまりだ。おかしいぞ」

「うん、これは一杯()ったかな――集れッ」

 と隊長の号令だ。

「番号」

 一チ、二イ、三ン……。

「オヤ一名足りないぞ。誰がいなくなったのだッ」

 確かに一名足りない。どこへ消えたというのだろう。その足りない男については、誰もかもどこの誰だかハッキリ知らなかった。一同は心臓をギュッと握られたように、無気味(ぶきみ)さに(ふる)えあがった。

   岩のいた証拠

「オイ大辻君。君の大事にしている足型は、こういうときに使わなくちゃ、使うときがないよ。ちょいと貸したまえ」

「イヤイヤイヤイヤ」と大辻は仰山(ぎょうさん)にその手を払いのけた。「探すのは、わしに(まか)せなさい。貸すくらいなら、壊した方がましだ」

「そんな意地の悪いことをいわないで……」

「どいたどいた、わしが探す。ホラ皆さん、足を出して……」

「失敬なことをいうな」

 そんなにまで騒いだが、一名()けた(のこり)の十名の中には岩は絶対にいないことが解った。

「いませんよ。大丈夫です。隊長さん」

「じゃ、今まで来た軟かい道の上から行方不明の警官の足跡を探して、調べてみたまえ」

「はいはい」

 大辻老は(むこ)うへ懐中電灯をたよりに引返(ひっかえ)していった。そしてしきりと路上にかがまっては探していたが、

「あッ、あった、あった。岩だ、岩だ」

「本当かッ」

 一同は駈けつけた。

「なるほど、たしかに足型は合っている。岩の奴、警官に化けて、決死隊に加わっていたのだ。うーむ、ひどい奴だッ」

 隊長はじめ一同は、狭い地中路の中で、歯ぎしり()んで口惜しがった。

「オイそんなに口惜しいかッ」

 そのとき一同の背後に、鋭い声があった。

   大辻老の狂乱

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