32話 発信者は誰
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誰も彼も憂欝に閉ざされていた。
真綿が首を締めるように、日一日と深刻さが加わって来る。
気の早いものは、二十億の地球人類の死屍が累々として、地球全土を蔽っている光景を想像して、自殺の用意に取懸った。
受信機は引張凧で、高声器の前にはいつも黒山のような人だかりがあった。新聞はいつも羽根が生えて飛ぶように売れた。新聞社の収入は一躍平時の三倍にあがった。通信社においても同様にすごい収入増加があった。
だが、記者たちは、いずれも困憊し、そしていずれも苦が蟲を噛みつぶしたような顔をしていた。
「一体これからどうなるんだ、われわれ人間さまは……」
「ビフテキ――いや人間テキにされちまって彼等にぱくつかれらあな」
「君なんかは肥っていて肉が軟かで、人間テキにはおあつらえ向きだってね」
「何をいうか、僕はテキになるまでこんなところにまごまごしてやしない」
「ふうん。自殺するってわけか」
「うんにゃ、自殺は嫌いだ」
「じゃあ、どうするんだ」
「ふふふ、こいつはあまり誰にも聞かせたくないビッグ・アイデアだがね、外ならぬお仲間たちだから喋るが、実はアルプスの山の中へ立籠るんだ。氷に穴をあけてね。そこにいれば大丈夫だよ」
「なぜ」
「なぜって、例の怪物は今海底にいるところから考えると、あれは魚類の親類なんだ。魚類の親類なら氷の山の上までは昇ってこられないよ。もし来たら冷凍されちまうからね」
「なんだ、ばかばかしい。それにアルプスの中はいいが、末には食糧に困るぞ」
「うん、そのときは夜な夜な下山して、あの怪物狩をして、あべこべに彼等の肉でフィッシュ・フライを作って喰べる」
「はっはっはっ。そんなことはうまく行きやしないよ。僕はもっと違ったすばらしいアイデアを持っている」
「というと、どんな迷案かね」
「最もすぐれたアイデアだよ。某研究所が秘蔵している長距離ロケット機があるんだ。どうせそうすれば、あのロケット機に乗って地球から逃げ出す奴がいるに違いないから、前もってあの機中に潜伏していて、密航するというわけだ。そして月世界あたりへ行ってしまう」
「それはお伽噺だ。今、月世界まで行きつくロケット機なんてあるかよ。不可能だ。それにたとえ月世界に行きついたとしても、向うには空気は全然無いぜ、だから腹ぺこになるよりは、空気に飢えて呼吸の根が停ってしまうよ。だめだめ、そんなことは……」
「いや、アルプスへ籠るよりは冒険的で近代的で――やあ、部長。どこへ行っていたんですか、さっきから探していましたよ」
「遂に、テームズ河口に繋留してある浮標Dの十一号までは、つきとめたよ」
「テームズ河口の浮標Dの十一号とは一体何ですか」
「それはね、第二報の入りこんだ道筋なんだ」
「第二報の入りこんだ道筋?」
「そうだ。第二報はいきなりWGY局から放送された。WGY局は第二報をどこから手に入れたか。それを調べてみたんだ。さきの第一報は無電で入った。ところがこんどの第二報は無電ではなかったんだ。それは有線電信で入ったことが分った。どこからその電信がうたれたか。WGY局でそれを見せて貰ったがね、ニューヨーク中央電信局扱いになっている。発信局はロンドンなんだ。海底電信で来たんだね。近頃めずらしい古風なやり方だ」
「ふうん」と一人の記者が呻った。
「たしかにそこに一つの性格が認められるね、この発信者のだ……。そこでロンドン局を呼出して、追及してみたよ。するとその電信を受付けた局員が出て来たが、結局それはテームズ河口の浮標Dの十一号から依頼されたものだという……」
「浮標が電信を依頼するということがあるだろうか」
「浮標そのものが依頼したわけじゃない。その浮標に繋留していた船から依頼されたわけだ。その浮標とロンドン局とは、やはり電纜で連結されているんだ。ところでDの十一号までは、つきとめたが、残念なことに、その浮標に当時繋留していた船の名が分らない。そこでこの調査も一応終りさ」
「ふうん。その浮標に繋留した船がありながらその船名が分らないというのはおかしいね。必ず分らなければならない筈だ」
「ところが、港湾局にも記載がないのだ。つまりその日D十一号浮標に繋留した船はないと言明している」
「それはいよいよおかしい。ちゃんと電信依頼がロンドン局へ届いている。そんなら繋留船が存在しなければならない」
「そこに何か曰くがありとしなければならないだろうな。……とにかくさ、要するにロンドン港がくさい。これからロンドンへ網をかぶせるべきだ。誰か四五名、ロンドンへ行って貰おう。特別に社機を出して貰うよう、局長には話をして来たぜ」
「よし、僕が行こう」
「僕も行く。ワーナー博士一行の生残者か、それとも遺骸かもしれないが、とにかくそれがロンドン内に隠されていることは間違いなしだ」
「うん。成功を祈る。君たちの……」
こんなことから、ロンドンに俄にスポット・ライトが向けられた。