人造人間殺害事件

1話 人造人間殺害事件(1)

6,842字 約14分 2000年1月1日 公開

読み方を変える
字の大きさ
行の間隔
1行の長さ
書体
配色
組み方

 その早暁(そうぎょう)、まだ明けやらぬ上海(シャンハイ)の市街は、豆スープのように黄色く濁った濃霧の中に沈澱(ちんでん)していた。窓という窓の厚ぼったい板戸をしっかり(おろ)した上に、隙間(すきま)隙間にはガーゼを詰めては置いたのだが、霧はどこからともなく流れこんできて廊下の曲り角の(あかり)が、夢のようにボンヤリ(うる)み、部屋のうちまで、上海の濃霧に特有な生臭(なまぐさ)い匂いが侵入していたのであった。

 その日の午前五時には本部から特別の指令があるということを同志の林田橋二(はやしだはしじ)からうけたので僕は早速(さっそく)天井裏(てんじょううら)にもぐりこみ、秘密無線電信機の目盛盤(ダイヤル)を本部の印のところにまわしたところ、果して、一つの指令に接した。こんどの指令は近頃にない大物だ。

 JI13ハ直チニ海龍倶楽部(かいりゅうクラブ)副首領「緑十八」ヲ殺害スベシ。但シ犯跡ヲ完全ニ抹殺スベキモノトス。本部JM4指令。

 この意味を、暗号電文の(うち)から読みとったときには、常にも似ず、脳髄がひきしめられるような気がした。緑十八といえば、秘密結社海龍倶楽部の花形闘士の中でも、昨今中国第一の評ある策士。辣腕(らつわん)剽悍(ひょうかん)との点においては近代これに比肩(ひけん)する者無しと(たん)ぜられているひと。しかしいつも覆面しているので顔も判らず、又平生(へいぜい)は、どんな生活をしているひとなのだか、それも殆んど判っていない。一体、この海龍倶楽部は、表面は一秘密結社ではあるけれども、その背後には某大国の官憲の庇護(ひご)があり、上海の警視庁と直通しているといわれ、何のことはない、某大国と中国警察との共同変装のようなものである。だから、その海龍倶楽部の副首領を暗殺するということは、非常に困難なことであり、危険さから云っても自ら爆弾をいだいてこれに火を()けるようなものである。暗殺行為の片鱗(へんりん)が知られても、僕はこの上海から一歩も外に出ないうちに、銃丸(じゅうがん)()らって鬼籍(きせき)に入らねばならない。

「おい井東(いとう)」と同志林田が、天井裏から青い顔をして降りてきた僕に、心配そうに呼びかけた。「こんどの指令は、大分(だいぶ)大物らしいね。僕は君のためにあらゆる援助をするようにと本部から指令されてきた。なんでもするよ」

 僕は忠実なる同志の方に振り向こうともせず、無言の(まま)、寝椅子の上に腰を下した。五分か、十分か、それとも一時間か、時間は意識の歯車の上を(はず)れて、空廻(からまわ)りをした。僕の脳髄は発振機のように、細かい数学的計算による陰謀の波動をシュッシュッと打ちだした。

 計画は出来上った。林田を自分の寝椅子の方に手招(てまね)きすると、その耳に口をあてて、重要な援助事項を、簡潔に依頼した。林田の赤かった顔色が、見る見るうちに蒼醒(あおざ)めて、話が終ると、(ひたい)のあたりに(にじ)()た油汗が、大きな(しずく)となってトロリと頬を(ななめ)(あご)のあたりへ落ち(さが)った。

「井東!」と林田が、また(なつか)しそうに僕の名を叫んだ。

「今度は所詮(しょせん)、お互に助かるまいな」

「……」僕は顔を静かにあげて微笑してみせた。

「うふふ」林田も笑った。「君はいつも自信のあるような顔をしているじゃないか。だが、この前のF鉱山事件といい、この間の松洞(しょうどう)事件といい、某大国や警視庁は、あの兇行(きょうこう)を君がやったことはよく知っているのだぜ。(ただ)犯跡(はんせき)が明白にわからないのと、君が前から海龍倶楽部の一員として活躍し相当彼等のためにもなっているところから、たとえ間諜(スパイ)でも今殺すのは惜しいものだと躊躇(ちゅうちょ)しているのだよ。だが今度の暗殺事件が、ちょっとでも下手に行こうものなら、()(さま)彼奴等(きゃつら)は、君の自由を奪ってしまうだろう。ところで、今度の大将は、中々したたかものだ。まず君は引導(いんどう)をわたされていると考えてよい。つまらない自信だが、僕も骨を(さら)すつもりでいるよ」

 同志は大変悲観をしていた。が、悒欝(ゆううつ)ではない。僕達の特務(とくむ)も、このたびが仕納(しおさ)めだと思うと、湧きあがってくる感傷(かんしょう)をどうすることも出来ないのであろう。

 だが僕は、呼吸(いき)(かよ)っている間は、常に大きな希望を持っているのだ。敵が青龍刀(せいりゅうとう)を僕の頭上にふりあげたとしても、僕はその(やいば)が落ちて来るまでの僅かな時間にまでも希望を()ぐことであろう。運さえ悪くなければ、そのとき誰かが(うかが)いよって、その敵の胴腹(どうばら)銃弾(たま)をうちこんでくれるかも知れないのであるから……。

 (いわ)んや僕等には敵に対して、武器以上の武器がある。そいつは、科学(サイエンス)である。海龍倶楽部の団員やその背後にある政府(すじ)や某大国の黒幕連(くろまくれん)などは、政治手腕はあり、金や権力もあるであろうが、要するに彼等は科学的には失業者に過ぎない。僕等は生活様式や境遇は失業者に違いないが、一度(ひとたび)、ハンマーを握らせ、配電盤(スイッチ・ボード)の前に立たせ、試験管と薬品とを持たせるならば、彼等の度胆(どぎも)を奪うことなどは何でもない。彼等を征服するには、科学が武器である。科学(サイエンス)! 科学(サイエンス)! 彼等の恐怖の標的である科学を以てその心臓を突いてやれ!

 僕はそこに見当をつけて、同志に指令を与えたのだ。(ドア)を押して帰って行く林田橋二の後姿が、人造人間(ロボット)のようにガッシリして見えた。

 僕は午前九時になると、いつものように職工服に身を固め、亜細亜(アジア)製鉄所の門をくぐり、常の如く真紅(まっか)にたぎった熔鉄(ようてつ)を、インゴットの中に流しこむ仕事に従事した。焦熱(しょうねつ)地獄(じごく)のような工場の八時間は、僕のような変質者にとって、むしろ快い楽園(らくえん)であった。焼け鉄の()っぱい匂いにも、機械油の腐りかかった悪臭にも、僕は甘美(かんび)な興奮を(そそ)られるのであった。特務機関をつとめる僕にとっては、このカムフラージュの八時間の生活は、休憩時間として作用してくれる。

 夕方の五時になると、製鉄所の門から押し出されて、隠れ家の方へ歩いて行った。一丁ほども行って、十八番館の煉瓦塀(れんがべい)について曲ろうとしたとき、いきなり僕の左腕(さわん)に、グッと重味がかかった。そしてこの頃ではもう()ぎなれた妖気(ようき)麝香(じゃこう)のかおりが胸を縛るかのように流れてきた。次に耳元に生温(なまあたたか)呼吸(いき)づかいがあった。

「井東さん。こんばんワ」

「こんばんは、劉夫人(りゅうふじん)

「劉夫人と仰有(おっしゃ)らないで……。いじわるサン。絹子(きぬこ)と、なぜ呼んでくださらないの!」

「劉夫人」僕は、顔をはじめて曲げて彼女の桜桃(さくらんぼ)のように上気した、まんまるな顔を一瞥(いちべつ)した。「僕は、あなたの餌食(えじき)になるには、あまりに骨ばっています。もっと若くて美しい騎士(ナイト)たちが沢山居ますから、その方を探してごらんになってはどうですか」

「貴方は、すこしも(わたし)の気持を察して下さらない。貴方と同じ国に生まれたこの妾の気持がどうして貴方に()んでもらえないのでしょうかしら。こんな遠い異国に来て、毎日(なみだ)で暮している妾を、可哀想だと思っては下さらないのですか。妾は恥を忍んでまで、祖国のためになることをしようと思っているのですのに」

「そいつは言わないのがいいでしょう。情痴(じょうち)の世界に、祖国も、名誉もありますまい」

「貴方は、今晩はどうしてそう不機嫌なのです。さあ機嫌を直して、今夜こそは、妾のうちへ来て下さい。主人は今朝、北の方へ立ちました。一週間はかえってきますまい。さあこれから行きましょう。ネ、いいでしょう井東(いとう)さん。絹子の命をかけてお願いしてよ」

 このしつっこい色情夫人(しきじょうふじん)には、もう三十日あまりも(まと)いつかれていた。僕のような肺病やみのどこがよくて誘われるのであろうかと不審にたえない。しかし神経的に考えてみれば思い当らぬところがないでもないので、それは多分色道(しきどう)飽食者(ほうしょくしゃ)である夫人が僕の変質に興味を持っているのであるか、それとも、ひょっとすると、同志林田の指摘したように僕の身辺(しんぺん)(ねら)う一派の傀儡(かいらい)で、古い手だが、色仕掛けというやつかも知れない。もしそうだとすると、この劉夫人は容易に僕から離れては()れないだろう。だが夫人にあまり附きまとわれては、こっちの仕事が一向にすすまなくなるわけだ。こいつは高飛車(たかびしゃ)に出て、一遍で夫人を追い払うのがいいと思った。(さいわ)い、今夜の海龍倶楽部の会議迄には一時間ほどの余裕があった。

「夫人、では一時間だけお伴をしましょう」

「えッ、行って下さる。まア嬉しいわ」夫人は少女のように雀躍(こおど)りしてよろこんだ。「そこに自動車が待たせてありますの、さあ、早く行きましょう」

 夫人が左手をあげて相図(あいず)をすると、路傍に眠っていた真黒なパッカードが、ゆらゆらとこちらへ近付いて来た。僕たちの乗った自動車は、真暗な商館街にヘッド・ライトを撒きちらしつつ走って行った。二十五番街へさしかかったとき、警告もなく、もう一台の自動車が、後から追いついて来て、いきなり窓と窓とを向いあわせて並列(へいれつ)疾走(しっそう)をはじめた。僕は腰のあたりに爆弾をうちつけられたような無気味(ぶきみ)な寒気に襲われた。もう三十秒これがつづいたならば僕は運転手を射殺しても、この車から外へ飛び出そうと決心した。

「劉夫人!」

 僕は夫人の両手を()って、ひきよせた。恋の抱擁(ほうよう)と見せかけて、夫人をこの危急の際の仮の防禦物(ぼうぎょぶつ)にしなければならなかった。十秒十五秒――。向い合った自動車の窓がスルリと開く。

()ッ」

 叫んだのは劉夫人である。夫人は僕からとびのいて背後(うしろ)に隠れようとした。――その窓から現われ出た奇怪な顔。眼も唇も、額も頬もすべて真黒な顔。黒人か、さにあらず、構成派の彫像(ちょうぞう)のような顔の持主は、人間ではなくて、霊魂(れいこん)のない怪物のような感じがした。そのとき夫人の右手が、のびると見る間に、硝子(ガラス)窓越しに、短銃(ピストル)が怪物に向ってうち放された。怪物は真正面から射撃されて、その顔面(がんめん)粉砕(ふんさい)されたと思いきや、平気な顔をつき出して、

「三十番街を左に曲れ」

 と流暢(りゅうちょう)な中国語を発し、驚く僕たちを尻眼にかけて、背後(うしろ)の方へ下って行った。

 夫人は、短銃を(こわ)れた窓に、なおも(ねら)いをつけつづけていた。

「なんでしょう、あの怪物は?」夫人が蒼白(まっさお)な顔をあげて、キッと僕の方を(にら)んだ。

「多分、人造人間(ロボット)かも知れませんね」

人造人間(ロボット)! 人造人間って、ほんとにあるのですか」

「ありますとも。このごろ噂が出ないのは各国で秘密に建造を研究しているからです」

「いまのは、どこの人造人間でしょう」

「さあ、どこでしょうか、もしかすると……」

「もしかすると……」

「運転手、三十番街を左に曲れ。真直(まっすぐ)走ると殺されちまうぞ」僕は()しつけるように命令した。車はもう三十番街に来ていたので、()(かど)を急角度に旋回した。その途端(とたん)に、僕たちの車の後に迫っていた高速度のイスパノ・シーサなどの車が数台、三十一番街に(すべ)りこんだ。俄然(がぜん)一大爆音が彼等の飛びこんだ方面に起った。僕たちの車の硝子(ガラス)が、護謨(ゴム)(まり)をたたきつけたかのようにジジーンと音を立てた。

 何事か起ったらしい。この(まま)、通りすぎたものか、引きかえしたものか。先刻(さっき)、窓からのぞきこんだ人造人間(ロボット)らしきものは、同志林田が活動を開始したのを語っている。三十一番街の爆発事件も、彼の手で決行されたものに違いない。だがその地点に、そんなに必要な事件を指令した覚えはないので、鳥渡(ちょっと)、事件を解釈するのに見当がつかなかった。これは引返して、様子を見たいものだ、と思ったが、劉夫人は、僕の胸にピッタリ顔をおしつけて離れない。彼女は、なんでも自分の家に連れて行くことばかりを考えているのに違いない。僕は、象牙(ぞうげ)のように真白な夫人の頸筋(くびすじ)に、可憐(かれん)生毛(うぶげ)(ふる)えているのを、何とはなしに見守りながら、この厄介者(やっかいもの)から、どうして巧くのがれたものかと思案(しあん)した。

「止れ《ストップ》! 止れ《ストップ》!」

 自動車の前に立ちふさがった数名の兇漢(きょうかん)がある。

「また、出たかな」僕はつぶやいた。夫人はすばやく身を起した。夫人は短銃(ピストル)を握り直したが、僕はなにも持っていなかった。武器を持つのは、いよいよ最後のときに限る。軽率(けいそつ)に武器をとり出すことは、できるだけ避けたい。ことに先程から、劉夫人の敏捷(びんしょう)なる行動に、ひそかに不審をいだいていた僕は、ことさら自分の武器を秘密の隠し場所からとり出すところを夫人に見られたくなかった。自動車の速力がすこし落ちると、兇漢の一人がとびのって、運転台の窓をひらいて、こっちへ顔を向けた。それは、案に相違して、林田でも、又他の同志でもなく、全く知らない中国人の顔だった。

「夫人にお願いがあります。重傷者ができましたから、この車を鳥渡(ちょっと)拝借(はいしゃく)したい」と中国人は丁寧に、だが()しつけるような口の利き方をした。

「失礼な! お断りします」夫人は負けてはいなかった。

「どうかお許し下さい、劉夫人、病人は唯今手当をしませんと、手遅れになりますから」

 劉夫人と名をさされて、夫人の態度がちょっとかわった。

「お前はだれだい。病人は何処(どこ)の人だい」夫人が、(にわ)かに伝法(でんぽう)な言葉を吐いた。

「やんごとないお方でございます。私は現場から、電話をうけとったものです。おお、御病人の担架(たんか)が見えました」

 なるほど、いつの間にか、十名ばかりの中国人や西洋人が一つの担架を守って、車外にかたまっていた。だが彼等の誰もが、自動車の存在などに気がつかないかのように、顔をそむけていた。僕は、夫人が、その負傷者に充分心を引かれているのを見抜いたので、別れるのは今だと思った。しずかに挨拶(あいさつ)すると、夫人は気の毒そうな顔をして、

「明日は是非おいで下さい」

「もし命がございましたら」そう言って僕は大胆に夫人の(くび)を抱えてその唇を求めた。そのとき僕の右手は、夫人の左の手首から三センチメートルばかり上を握りしめた。氷のようにつめたい痩せた手首だった。しかし象牙のようになめらかな手ざわりだった。その手ざわりをなつかしんでいると見せて、その部分に(ほどこ)されている隠し文身(いれずみ)を、指先の触覚だけで読みとることを忘れなかった。いや、そればかりではない。あと十二分すれば、極めて正確に夫人の身体に、ちょいとした変化が起るような薬品をその皮膚にすりこむことにも美事(みごと)成功したのであった。

 僕が下りると、顔中に繃帯(ほうたい)をした男が、自動車の中に(かつ)ぎこまれた。四十をいくつか過ぎたと思われる長身の西洋人だった。

「今は何時になるか?」

 その声音(こわね)は、重症の病人とは思われないほど元気に響いた。

「五時三十五分です、閣下(かっか)

 さっきの中国人が粛然(しゅくぜん)として答えた。

「時間を間違えるな。すべていつもの通りにやってくれるんだぞ」

(かしこま)りました」

 閣下と呼ばれたその重症者の声音(こわね)は、たしかに聞き覚えのあるものであった。が、それが誰だか、直ぐには考え出せそうもない。自動車は夫人と、その閣下と呼ばれる男と、家令のような中国人とをのせて、静かに動き出した。僕は三十一番街の方に駈け出した。同志に会って(にわ)かに計画の大変更を決行しようというのである。それで元来た道の方へと引きかえした。一丁ほど走ると、カーンと靴先に音があって何か金属製の(ひら)ったいものを蹴とばした。探してみると、それは銀製のシガレット・ケースにすぎなかった。そのようなものを(しら)べて居る余裕(よゆう)はないから、捨ててしまおうとは思ったが、事件のあった附近で発見したものだから、何か手懸りになるようなものが見当るかもしれないと思ったので、ポケットからシガレット・ライターを出して、その光の下に改めてみた。

「L・M!」

 果然(かぜん)頭文字(かしらもじ)らしいL・Mの二字が、ケースの一隅(いちぐう)(きざ)まれているのを発見した。L・Mとは誰であろう。(なお)もケースをひっくりかえしてみるうちに、遂に某大国の製品を示す()(ぼり)が眼についた。

「×国大使ルディ・シューラー氏」

 シューラー大使ならば二三度会ったことがある。あの温厚な元気な大使に会って好きにならぬものはあるまい。(こと)に、あの朗々(ろうろう)たる美音(びおん)で、(がら)にもなくシューベルトの子守歌を一とくさり歌ってきかせたときなどは、満場(まんじょう)大喝采(だいかっさい)であった。だが、その温厚な大使も、僕にとっては、敵国人に違いはなかった。その大使と、劉夫人とは、今日の有様では大変親密な間柄らしいが、一体どうしたというのであろう。大使はあのまま劉夫人の邸宅(ていたく)へ向ったのであろうか。それとも、大使館へ逃げかえったのであろうか。僕は、まっしぐらに三十一番街へ駈け出した。

「おお、井東君。いよいよ×国と中国とが露骨な同盟を結ぶことになるらしいぞ。その盟約の調印を長びかせろとの指令が来た。いま鳥渡(ちょっと)×国大使の車を三十一番街に追いこんだのさ。同志の仕掛けた爆弾を喰ってあのさわぎだ」

人造人間(ロボット)は、よく働くかい」

「思ったより工合がいいなア、あの爆発さわぎの中で誰も怪我(けが)をせんかったからなア。充分人造人間を活躍させてみせて奴等の恐怖心を養って置いた。劉夫人も驚いてたろう」

「劉夫人と言えば、オイ林田、計画は全部、建て直しだよ。チャンスは、今だ。正確に言うと、このところ十五分間だ。この間に、うまく頑張(がんば)って呉れるなら、あとは僕たちの勝利だ。下手に行けば、明朝(みょうちょう)といわず、今夜のうちに僕たちの呼吸(いき)の根は止ってしまうことだろう。おい林田、もっと近くによれ!」

 僕は劉夫人や×国大使に関する指令を発して、林田の援助を()うた。

「よおし、そうこなくちゃならないんだった。恐ろしいことだが、僕たちが肉弾を以ってぶつかる目標が(きま)っただけ、心残りがしなくていい。では同志、お互の好運を祈ろうよ」

 僕たちは握手をしてわかれた。氷のように冷い同志林田の手だった。

目次に戻る

目次