11話 遭難談
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エバン船長はスミス警部とつれだって、せまい階段にコトコトと鳴るくつおとをしのばせながら船内の病室の方へ下りていった。
医務長のあんないで、船長は三千夫少年の寝ている病室へはいっていった。
「やあ、日本少年。気分はどうだね」
三千夫はそれとみるより、ベッドの上に元気よく起きあがり、漂流中をルゾン号にすくわれてからの礼をのべたのち、
「――気がついてからも、どうしても、ぼくはクイーン・メリー号のなかにいるとしか思われなくて、こまりましたよ」
といった。船長は、
「ウンそうかそうか」とうなずきながら、
「一体、きみは、どうしてメリー号からほうりだされたのかネ」
「それがハッキリおぼえていないのですが、なんでもあれは、船内の夕食がすむかすまぬうちのことでした。――」
と、少年の語りだしたところによると、三千夫少年は、サケ料理をパクつこうとしたとたんに、事務長から呼ばれたので、おしくもサケ料理のさらをそのままにして、廊下にとびだしたのであった。
三千夫少年が事務長の部屋にいってみると、事務長クーパーは机の上に、たくさんの四角な封筒入りの手紙を整理していた。それは翌日の夜、船内に開かれるところの仮装舞踏会の招待状であった。
ボーイの三千夫は、事務長からのいいつけで、まず右舷の一等船客のところへ、この招待状をもっていくよう命じられた。
三千夫がその一たばの封筒を手に持って部屋を出ようとしたとき、なんの気なしにクーパー事務長の方をふりかえってみると、かれは残りの招待状を船客名簿とひきあわせながら、こっくりこっくり、居ねむりをはじめていた。
あのしっかり者の事務長が、仕事中に居ねむりをするとはどうしたことだろうと、ちょっとふしぎに思いはしたが、少年はそのまま室外に走りでたのである。なぜなら、事務長に注意をしてやることよりも、このとき、もっと少年の注意をひくことが起こったからである。それは異様な臭いであった。なんというか、非常になまぐさい一陣の風が、室外から吹きこんできたのである。
「その臭さといったら、めずらしい臭さなんですよ。これまでにあんな変なにおいをかいだことがないんです」
少年はベッドの上で胸をおさえて、まゆをひそめた。
それから三千夫は甲板にとびだした。夜だった。明かるい甲板の灯が、海面を船のまわりだけ照らしていた。そのときかれはふしぎなものを見た。
白くあわだった波が、逆流してくるのであった。そして水面はきゅうにグングンと上がってくるのであった。その時、船体はなにかにつきあたったらしく、ゴトンゴトンとゆれはじめた。
「沈没だッ!」
三千夫は、とっさにそう思った。かれはメリー号の名のついている浮標を身体につけた。
船体はグラッと右にかたむきだした。
甲板を走っていた少年は、何かにつまずいた。そして、あッという間もなく海中にドブンとほうりだされた。頭の上から、つめたい海水がどっと滝のように落ちてきた。かれはそこまではおぼえていたが、あとは気を失ってしまった。
気がついてみると、かれは浮標をからだにゆわきつけて、海上をただよっていたのである。
いつしか夜は明けていた。
ルゾン号にすくいあげられたのは、それから四、五時間のちだったという。
エバン船長は、三千夫が遭難談を語り終ると、いすから立ちあがり、少年の手をにぎって、その幸運を祝った。スミス警部は、だまりこんだままなにごとか熱心に考えていた。