草枕

5話 四

6,944字 約14分 1999年2月17日 公開

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 ぽかんと部屋へ帰ると、なるほど奇麗(きれい)に掃除がしてある。ちょっと気がかりだから、念のため戸棚をあけて見る。下には小さな用箪笥(ようだんす)が見える。上から友禅(ゆうぜん)の扱帯(しごき)が半分垂(た)れかかって、いるのは、誰か衣類でも取り出して急いで、出て行ったものと解釈が出来る。扱帯の上部はなまめかしい衣裳(いしょう)の間にかくれて先は見えない。片側には書物が少々詰めてある。一番上に白隠和尚(はくいんおしょう)の遠良天釜(おらてがま)と、伊勢物語(いせものがたり)の一巻が並んでる。昨夕(ゆうべ)のうつつは事実かも知れないと思った。

 何気(なにげ)なく座布団(ざぶとん)の上へ坐ると、唐木(からき)の机の上に例の写生帖が、鉛筆を挟(はさ)んだまま、大事そうにあけてある。夢中に書き流した句を、朝見たらどんな具合だろうと手に取る。

「海棠(かいだう)の露をふるふや物狂(ものぐるひ)」の下にだれだか「海棠の露をふるふや朝烏(あさがらす)」とかいたものがある。鉛筆だから、書体はしかと解(わか)らんが、女にしては硬過(かたす)ぎる、男にしては柔(やわら)か過ぎる。おやとまた吃驚(びっくり)する。次を見ると「花の影、女の影の朧(おぼろ)かな」の下に「花の影女の影を重(かさ)ねけり」とつけてある。「正一位(しやういちゐ)女に化けて朧月(おぼろづき)」の下には「御曹子(おんざうし)女に化けて朧月」とある。真似(まね)をしたつもりか、添削(てんさく)した気か、風流の交(まじ)わりか、馬鹿か、馬鹿にしたのか、余は思わず首を傾(かたむ)けた。

 後(のち)ほどと云ったから、今に飯(めし)の時にでも出て来るかも知れない。出て来たら様子が少しは解るだろう。ときに何時だなと時計を見ると、もう十一時過ぎである。よく寝たものだ。これでは午飯(ひるめし)だけで間に合せる方が胃のためによかろう。

 右側の障子(しょうじ)をあけて、昨夜(ゆうべ)の名残(なごり)はどの辺(へん)かなと眺める。海棠(かいどう)と鑑定したのははたして、海棠であるが、思ったよりも庭は狭い。五六枚の飛石(とびいし)を一面の青苔(あおごけ)が埋めて、素足(すあし)で踏みつけたら、さも心持ちがよさそうだ。左は山つづきの崖(がけ)に赤松が斜(なな)めに岩の間から庭の上へさし出している。海棠の後(うし)ろにはちょっとした茂みがあって、奥は大竹藪(おおたけやぶ)が十丈の翠(みど)りを春の日に曝(さら)している。右手は屋(や)の棟(むね)で遮(さえ)ぎられて、見えぬけれども、地勢から察すると、だらだら下(お)りに風呂場の方へ落ちているに相違ない。

 山が尽きて、岡となり、岡が尽きて、幅三丁ほどの平地(へいち)となり、その平地が尽きて、海の底へもぐり込んで、十七里向うへ行ってまた隆然(りゅうぜん)と起き上って、周囲六里の摩耶島(まやじま)となる。これが那古井(なこい)の地勢である。温泉場は岡の麓(ふもと)を出来るだけ崖(がけ)へさしかけて、岨(そば)の景色を半分庭へ囲い込んだ一構(ひとかまえ)であるから、前面は二階でも、後ろは平屋(ひらや)になる。椽(えん)から足をぶらさげれば、すぐと踵(かかと)は苔(こけ)に着く。道理こそ昨夕は楷子段(はしごだん)をむやみに上(のぼ)ったり、下(くだ)ったり、異(い)な仕掛(しかけ)の家(うち)と思ったはずだ。

 今度は左り側の窓をあける。自然と凹(くぼ)む二畳ばかりの岩のなかに春の水がいつともなく、たまって静かに山桜の影を《ひた》している。二株三株(ふたかぶみかぶ)の熊笹(くまざさ)が岩の角を彩(いろ)どる、向うに枸杞(くこ)とも見える生垣(いけがき)があって、外は浜から、岡へ上る岨道(そばみち)か時々人声が聞える。往来の向うはだらだらと南下(みなみさ)がりに蜜柑(みかん)を植えて、谷の窮(きわ)まる所にまた大きな竹藪が、白く光る。竹の葉が遠くから見ると、白く光るとはこの時初めて知った。藪から上は、松の多い山で、赤い幹の間から石磴(せきとう)が五六段手にとるように見える。大方(おおかた)御寺だろう。

 入口の襖(ふすま)をあけて椽(えん)へ出ると、欄干(らんかん)が四角に曲って、方角から云えば海の見ゆべきはずの所に、中庭を隔(へだ)てて、表二階の一間(ひとま)がある。わが住む部屋も、欄干に倚(よ)ればやはり同じ高さの二階なのには興が催おされる。湯壺(ゆつぼ)は地(じ)の下にあるのだから、入湯(にゅうとう)と云う点から云えば、余は三層楼上に起臥(きが)する訳になる。

 家は随分広いが、向う二階の一間と、余が欄干に添うて、右へ折れた一間のほかは、居室(いま)台所は知らず、客間と名がつきそうなのは大抵(たいてい)立て切ってある。客は、余をのぞくのほかほとんど皆無(かいむ)なのだろう。〆(しめ)た部屋は昼も雨戸(あまど)をあけず、あけた以上は夜も閉(た)てぬらしい。これでは表の戸締りさえ、するかしないか解らん。非人情の旅にはもって来いと云う屈強(くっきょう)な場所だ。

 時計は十二時近くなったが飯(めし)を食わせる景色はさらにない。ようやく空腹を覚えて来たが、空山(くうざん)不見人(ひとをみず)と云う詩中にあると思うと、一とかたげぐらい倹約しても遺憾(いかん)はない。画(え)をかくのも面倒だ、俳句は作らんでもすでに俳三昧(はいざんまい)に入っているから、作るだけ野暮(やぼ)だ。読もうと思って三脚几(さんきゃくき)に括(くく)りつけて来た二三冊の書籍もほどく気にならん。こうやって、煦々(くく)たる春日(しゅんじつ)に背中(せなか)をあぶって、椽側(えんがわ)に花の影と共に寝ころんでいるのが、天下の至楽(しらく)である。考えれば外道(げどう)に堕(お)ちる。動くと危ない。出来るならば鼻から呼吸(いき)もしたくない。畳から根の生えた植物のようにじっとして二週間ばかり暮して見たい。

 やがて、廊下に足音がして、段々下から誰か上(あが)ってくる。近づくのを聞いていると、二人らしい。それが部屋の前でとまったなと思ったら、一人は何(なん)にも云わず、元の方へ引き返す。襖(ふすま)があいたから、今朝の人と思ったら、やはり昨夜(ゆうべ)の小女郎(こじょろう)である。何だか物足らぬ。

「遅くなりました」と膳(ぜん)を据(す)える。朝食(あさめし)の言訳も何にも言わぬ。焼肴(やきざかな)に青いものをあしらって、椀(わん)の蓋(ふた)をとれば早蕨(さわらび)の中に、紅白に染め抜かれた、海老(えび)を沈ませてある。ああ好い色だと思って、椀の中を眺(なが)めていた。

「御嫌(おきら)いか」と下女が聞く。

「いいや、今に食う」と云ったが実際食うのは惜しい気がした。ターナーがある晩餐(ばんさん)の席で、皿に盛(も)るサラドを見詰めながら、涼しい色だ、これがわしの用いる色だと傍(かたわら)の人に話したと云う逸事をある書物で読んだ事があるが、この海老と蕨の色をちょっとターナーに見せてやりたい。いったい西洋の食物で色のいいものは一つもない。あればサラドと赤大根ぐらいなものだ。滋養の点から云ったらどうか知らんが、画家から見るとすこぶる発達せん料理である。そこへ行くと日本の献立(こんだて)は、吸物(すいもの)でも、口取でも、刺身(さしみ)でも物奇麗(ものぎれい)に出来る。会席膳(かいせきぜん)を前へ置いて、一箸(ひとはし)も着けずに、眺めたまま帰っても、目の保養から云えば、御茶屋へ上がった甲斐(かい)は充分ある。

「うちに若い女の人がいるだろう」と椀を置きながら、質問をかけた。

「へえ」

「ありゃ何だい」

「若い奥様でござんす」

「あのほかにまだ年寄の奥様がいるのかい」

「去年御亡(おな)くなりました」

「旦那さんは」

「おります。旦那さんの娘さんでござんす」

「あの若い人がかい」

「へえ」

「御客はいるかい」

「おりません」

「わたし一人かい」

「へえ」

「若い奥さんは毎日何をしているかい」

「針仕事を……」

「それから」

「三味(しゃみ)を弾(ひ)きます」

 これは意外であった。面白いからまた

「それから」と聞いて見た。

「御寺へ行きます」と小女郎(こじょろう)が云う。

 これはまた意外である。御寺と三味線は妙だ。

「御寺詣(まい)りをするのかい」

「いいえ、和尚様(おしょうさま)の所へ行きます」

「和尚さんが三味線でも習うのかい」

「いいえ」

「じゃ何をしに行くのだい」

「大徹様(だいてつさま)の所へ行きます」

 なあるほど、大徹と云うのはこの額を書いた男に相違ない。この句から察すると何でも禅坊主(ぜんぼうず)らしい。戸棚に遠良天釜(おらてがま)があったのは、全くあの女の所持品だろう。

「この部屋は普段誰か這入(はい)っている所かね」

「普段は奥様がおります」

「それじゃ、昨夕(ゆうべ)、わたしが来る時までここにいたのだね」

「へえ」

「それは御気の毒な事をした。それで大徹さんの所へ何をしに行くのだい」

「知りません」

「それから」

「何でござんす」

「それから、まだほかに何かするのだろう」

「それから、いろいろ……」

「いろいろって、どんな事を」

「知りません」

 会話はこれで切れる。飯はようやく了(おわ)る。膳を引くとき、小女郎が入口の襖(ふすま)を開(あけ)たら、中庭の栽込(うえこ)みを隔(へだ)てて、向う二階の欄干(らんかん)に銀杏返(いちょうがえ)しが頬杖(ほおづえ)を突いて、開化した楊柳観音(ようりゅうかんのん)のように下を見詰めていた。今朝に引き替(か)えて、はなはだ静かな姿である。俯向(うつむ)いて、瞳の働きが、こちらへ通わないから、相好(そうごう)にかほどな変化を来たしたものであろうか。昔の人は人に存するもの眸子(ぼうし)より良きはなしと云ったそうだが、なるほど人焉(いずく)んぞ《かく》さんや、人間のうちで眼ほど活きている道具はない。寂然(じゃくねん)と倚(よ)る亜字欄(あじらん)の下から、蝶々(ちょうちょう)が二羽寄りつ離れつ舞い上がる。途端(とたん)にわが部屋の襖(ふすま)はあいたのである。襖の音に、女は卒然と蝶から眼を余の方(かた)に転じた。視線は毒矢のごとく空(くう)を貫(つらぬ)いて、会釈(えしゃく)もなく余が眉間(みけん)に落ちる。はっと思う間に、小女郎が、またはたと襖を立て切った。あとは至極(しごく)呑気(のんき)な春となる。

 余はまたごろりと寝ころんだ。たちまち心に浮んだのは、

Sadder than is the moon's lost light,

   Lost ere the kindling of dawn,

   To travellers journeying on,

The shutting of thy fair face from my sight.

と云う句であった。もし余があの銀杏返(いちょうがえ)しに懸想(けそう)して、身を砕(くだ)いても逢わんと思う矢先に、今のような一瞥(いちべつ)の別れを、魂消(たまぎ)るまでに、嬉しとも、口惜(くちお)しとも感じたら、余は必ずこんな意味をこんな詩に作るだろう。その上に

Might I look on thee in death,

With bliss I would yield my breath.

と云う二句さえ、付け加えたかも知れぬ。幸い、普通ありふれた、恋とか愛とか云う境界(きょうがい)はすでに通り越して、そんな苦しみは感じたくても感じられない。しかし今の刹那(せつな)に起った出来事の詩趣はゆたかにこの五六行にあらわれている。余と銀杏返しの間柄(あいだがら)にこんな切(せつ)ない思(おもい)はないとしても、二人の今の関係を、この詩の中(うち)に適用(あてはめ)て見るのは面白い。あるいはこの詩の意味をわれらの身の上に引きつけて解釈しても愉快だ。二人の間には、ある因果(いんが)の細い糸で、この詩にあらわれた境遇の一部分が、事実となって、括(くく)りつけられている。因果もこのくらい糸が細いと苦(く)にはならぬ。その上、ただの糸ではない。空を横切る虹(にじ)の糸、野辺(のべ)に棚引(たなび)く霞(かすみ)の糸、露(つゆ)にかがやく蜘蛛(くも)の糸。切ろうとすれば、すぐ切れて、見ているうちは勝(すぐ)れてうつくしい。万一この糸が見る間に太くなって井戸縄(いどなわ)のようにかたくなったら? そんな危険はない。余は画工である。先はただの女とは違う。

 突然襖があいた。寝返(ねがえ)りを打って入口を見ると、因果の相手のその銀杏返しが敷居の上に立って青磁(せいじ)の鉢(はち)を盆に乗せたまま佇(たたず)んでいる。

「また寝ていらっしゃるか、昨夕(ゆうべ)は御迷惑で御座んしたろう。何返(なんべん)も御邪魔をして、ほほほほ」と笑う。臆(おく)した景色(けしき)も、隠す景色も――恥ずる景色は無論ない。ただこちらが先(せん)を越されたのみである。

「今朝はありがとう」とまた礼を云った。考えると、丹前(たんぜん)の礼をこれで三返(べん)云った。しかも、三返ながら、ただ難有うと云う三字である。

 女は余が起き返ろうとする枕元へ、早くも坐って

「まあ寝ていらっしゃい。寝ていても話は出来ましょう」と、さも気作(きさく)に云う。余は全くだと考えたから、ひとまず腹這(はらばい)になって、両手で顎(あご)を支(ささ)え、しばし畳の上へ肘壺(ひじつぼ)の柱を立てる。

「御退屈だろうと思って、御茶を入れに来ました」

「ありがとう」またありがとうが出た。菓子皿のなかを見ると、立派な羊羹(ようかん)が並んでいる。余はすべての菓子のうちでもっとも羊羹が好(すき)だ。別段食いたくはないが、あの肌合(はだあい)が滑(なめ)らかに、緻密(ちみつ)に、しかも半透明(はんとうめい)に光線を受ける具合は、どう見ても一個の美術品だ。ことに青味を帯びた煉上(ねりあ)げ方は、玉(ぎょく)と蝋石(ろうせき)の雑種のようで、はなはだ見て心持ちがいい。のみならず青磁の皿に盛られた青い煉羊羹は、青磁のなかから今生れたようにつやつやして、思わず手を出して撫(な)でて見たくなる。西洋の菓子で、これほど快感を与えるものは一つもない。クリームの色はちょっと柔(やわら)かだが、少し重苦しい。ジェリは、一目(いちもく)宝石のように見えるが、ぶるぶる顫(ふる)えて、羊羹ほどの重味がない。白砂糖と牛乳で五重の塔を作るに至っては、言語道断(ごんごどうだん)の沙汰である。

「うん、なかなか美事(みごと)だ」

「今しがた、源兵衛が買って帰りました。これならあなたに召し上がられるでしょう」

 源兵衛は昨夕城下(じょうか)へ留(とま)ったと見える。余は別段の返事もせず羊羹を見ていた。どこで誰れが買って来ても構う事はない。ただ美くしければ、美くしいと思うだけで充分満足である。

「この青磁の形は大変いい。色も美事だ。ほとんど羊羹に対して遜色(そんしょく)がない」

 女はふふんと笑った。口元(くちもと)に侮(あな)どりの波が微(かす)かに揺(ゆ)れた。余の言葉を洒落(しゃれ)と解したのだろう。なるほど洒落とすれば、軽蔑(けいべつ)される価(あたい)はたしかにある。智慧(ちえ)の足りない男が無理に洒落れた時には、よくこんな事を云うものだ。

「これは支那ですか」

「何ですか」と相手はまるで青磁を眼中に置いていない。

「どうも支那らしい」と皿を上げて底を眺(なが)めて見た。

「そんなものが、御好きなら、見せましょうか」

「ええ、見せて下さい」

「父が骨董(こっとう)が大好きですから、だいぶいろいろなものがあります。父にそう云って、いつか御茶でも上げましょう」

 茶と聞いて少し辟易(へきえき)した。世間に茶人(ちゃじん)ほどもったいぶった風流人はない。広い詩界をわざとらしく窮屈に縄張(なわば)りをして、極(きわ)めて自尊的に、極めてことさらに、極めてせせこましく、必要もないのに鞠躬如(きくきゅうじょ)として、あぶくを飲んで結構がるものはいわゆる茶人である。あんな煩瑣(はんさ)な規則のうちに雅味があるなら、麻布(あざぶ)の聯隊(れんたい)のなかは雅味で鼻がつかえるだろう。廻れ右、前への連中はことごとく大茶人でなくてはならぬ。あれは商人とか町人とか、まるで趣味の教育のない連中が、どうするのが風流か見当がつかぬところから、器械的に利休(りきゅう)以後の規則を鵜呑(うの)みにして、これでおおかた風流なんだろう、とかえって真の風流人を馬鹿にするための芸である。

「御茶って、あの流儀のある茶ですかな」

「いいえ、流儀も何もありゃしません。御厭(おいや)なら飲まなくってもいい御茶です」

「そんなら、ついでに飲んでもいいですよ」

「ほほほほ。父は道具を人に見ていただくのが大好きなんですから……」

「褒(ほ)めなくっちゃあ、いけませんか」

「年寄りだから、褒めてやれば、嬉しがりますよ」

「へえ、少しなら褒めて置きましょう」

「負けて、たくさん御褒めなさい」

「はははは、時にあなたの言葉は田舎(いなか)じゃない」

「人間は田舎なんですか」

「人間は田舎の方がいいのです」

「それじゃ幅(はば)が利(き)きます」

「しかし東京にいた事がありましょう」

「ええ、いました、京都にもいました。渡りものですから、方々にいました」

「ここと都と、どっちがいいですか」

「同じ事ですわ」

「こう云う静かな所が、かえって気楽でしょう」

「気楽も、気楽でないも、世の中は気の持ちよう一つでどうでもなります。蚤(のみ)の国が厭(いや)になったって、蚊(か)の国へ引越(ひっこ)しちゃ、何(なん)にもなりません」

「蚤も蚊もいない国へ行ったら、いいでしょう」

「そんな国があるなら、ここへ出して御覧なさい。さあ出してちょうだい」と女は詰(つ)め寄せる。

「御望みなら、出して上げましょう」と例の写生帖をとって、女が馬へ乗って、山桜を見ている心持ち――無論とっさの筆使いだから、画(え)にはならない。ただ心持ちだけをさらさらと書いて、

「さあ、この中へ御這入(おはい)りなさい。蚤も蚊もいません」と鼻の前(さき)へ突きつけた。驚くか、恥ずかしがるか、この様子では、よもや、苦しがる事はなかろうと思って、ちょっと景色(けしき)を伺(うかが)うと、

「まあ、窮屈(きゅうくつ)な世界だこと、横幅(よこはば)ばかりじゃありませんか。そんな所が御好きなの、まるで蟹(かに)ね」と云って退(の)けた。余は

「わはははは」と笑う。軒端(のきば)に近く、啼(な)きかけた鶯(うぐいす)が、中途で声を崩(くず)して、遠き方(かた)へ枝移りをやる。両人(ふたり)はわざと対話をやめて、しばらく耳を峙(そばだ)てたが、いったん鳴き損(そこ)ねた咽喉(のど)は容易に開(あ)けぬ。

「昨日(きのう)は山で源兵衛に御逢(おあ)いでしたろう」

「ええ」

「長良(ながら)の乙女(おとめ)の五輪塔(ごりんのとう)を見ていらしったか」

「ええ」

「あきづけば、をばなが上に置く露の、けぬべくもわは、おもほゆるかも」と説明もなく、女はすらりと節もつけずに歌だけ述べた。何のためか知らぬ。

「その歌はね、茶店で聞きましたよ」

「婆さんが教えましたか。あれはもと私のうちへ奉公したもので、私がまだ嫁に……」と云いかけて、これはと余(よ)の顔を見たから、余は知らぬ風(ふう)をしていた。

「私がまだ若い時分でしたが、あれが来るたびに長良の話をして聞かせてやりました。うただけはなかなか覚えなかったのですが、何遍も聴(き)くうちに、とうとう何もかも諳誦(あんしょう)してしまいました」

「どうれで、むずかしい事を知ってると思った。――しかしあの歌は憐(あわ)れな歌ですね」

「憐れでしょうか。私ならあんな歌は咏(よ)みませんね。第一、淵川(ふちかわ)へ身を投げるなんて、つまらないじゃありませんか」

「なるほどつまらないですね。あなたならどうしますか」

「どうするって、訳ないじゃありませんか。ささだ男もささべ男も、男妾(おとこめかけ)にするばかりですわ」

「両方ともですか」

「ええ」

「えらいな」

「えらかあない、当り前ですわ」

「なるほどそれじゃ蚊の国へも、蚤の国へも、飛び込まずに済む訳だ」

「蟹のような思いをしなくっても、生きていられるでしょう」

 ほーう、ほけきょうと忘れかけた鶯(うぐいす)が、いつ勢(いきおい)を盛り返してか、時ならぬ高音(たかね)を不意に張った。一度立て直すと、あとは自然に出ると見える。身を逆(さかし)まにして、ふくらむ咽喉(のど)の底を震(ふる)わして、小さき口の張り裂くるばかりに、

 ほーう、ほけきょーう。ほーー、ほけっーきょうーと、つづけ様(さま)に囀(さえ)ずる。

「あれが本当の歌です」と女が余に教えた。

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