地獄風景

7話 黒い影

1,316字 約3分 2021年8月29日 公開

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 彼等は深夜の血みどろ遊戯にヘトヘトに疲れてしまったので、翌日眼をさましたのは、もうお昼過ぎであったから、麗子が、血に汚れた身体を洗い、お化粧をして人々の前に顔を出したのは夕方に近かった。

 晩餐の席では、例によって木島刑事が、疑い深い目で、ジロジロと一同を眺めていたが、まだ何の手掛りも掴んでいない様子だった。

 人々は、お互に疑問の目を向け合って、気拙(きまず)い食事を済ませた。

 食後麗子がただ一人で遊園を散歩していると、三谷二郎少年につかまった。

「麗子さんどうしたの? 何だか変だねえ。湯本さんと喧嘩(けんか)したの?」

 薄気味悪く敏感な少年であった。

「エエ、喧嘩したのよ。二郎さん、さあここへいらっしゃい」

 麗子は何気なく云って、灌木(かんぼく)のしげみの前の捨石(すていし)に腰かけて、少年を(ひざ)の上に招いた。可憐なる美少年は、いつも大人の膝に乗りなれていたからだ。

「喧嘩って、どうしたの? なぜ喧嘩したの?」

「何でもないのよ」

「何でもなくはないよ。湯本さんも、麗子さんも、口を利かないじゃないか。変な青い顔をしてるじゃないか。どうしたのさ」

 少年は、麗子の太った膝の上で、お尻をクリクリ動かして、甘える様に云った。

「僕心配してるんだよ、麗子さんが嫌いじゃないから」

「二郎さん、ありがと」麗子は、少年を抱きしめる様にして、「何でもないのよ。……でも、ひょっとしたら」

「ひょっとしたら、どうなの」

「ひょっとしたら、あたし、殺されるかも分らないのよ」

「エッ、誰に?」

「人に云っちゃ、いやよ。大変なことになるんだから」

「ウン、云わない」

「若しあたしが死んだら、万一よ、万一殺されたら、その下手人は譲次なんだから、あんたそれをよく(おぼえ)といて、あたしがそう言ったと刑事さんに告げて下さいね。頼んで置くわ」

「本当かい。じゃ、湯本さんが麗子さんを殺すかも知れないんだね。どうしてなの」

「それからね。若しあたしが殺されたら、譲次こそちま子さんを殺した犯人に違いないのよ。これもよく覚て置いてね」

「じゃ、そのことを、早く刑事さんに云えばいいじゃないか。なぜ黙っているの」

「本当のことが分らないからよ。うっかりそれを云って、譲次が無実の罪におちたら可哀相だもの。でね、あんたも、万一、万々一あたしが殺されるという様なことがない限りは、こんなこと人に(しゃべ)っちゃ駄目よ。分って?」

「ウン、そりゃ分っているけれど」

 もう暮切(くれき)って、お互の顔がハッキリ見えぬ程暗くなっていた。

 二人は話に夢中になって、少しも気づかなかったが、うしろの茂みで、木の葉の()れ合う低い音がした。

 そこに何者かが(ひそ)んで、二人の話を聞いていた。茂みの間に、(りん)の様に光る二つの目があった。男か女かも分らなかった。目の(ほか)は、海坊主の様に不気味な、黒い影でしかなかった。

「マア、あたし、うっかりして、つまらないことを云ってしまったわね。あたし今夜はどうかしているのよ。今のはみんな嘘よ。誰にも云っちゃいやよ。きっとよ」

「ウン、大丈夫だよ。云やしないよ」

「マア、こんなに暗くなってしまった。あちらへ行きましょうよ」

 二人が捨石から立上って、大食堂の建物の方へ歩いて行くと、木蔭の黒入道(くろにゅうどう)も、立聞(たちぎき)をやめて、コソコソと夕闇の彼方へ消えて行った。

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