理科教育の根底

2話

1,693字 約3分 2015年11月22日 公開

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 最近五十年間におけるわが国文明の進歩は実に驚くべきもので、実際これだけの短い時の間に、これだけの大いなる進歩をなした例は他にはない。汽車、汽船、電信電話、飛行機、潜航艇を始めとして、他の文明国にあるだけの物はわが国にもあるというのはまことにりっぱなことで、わが国が今日の位地までに進み得たのは、全く絶えず文明に進むことに力をつくした結果である。しかしながら今日までに文明の進み来ったのは、ことごとく他国の文明を移し入れただけで、独力で工夫した部分はほとんど一つもない。他人の苦しんで発明したことをそのまま真似しただけであるゆえ、速かに進歩し得たのは当然である。これを物にたとえていえば、西洋諸国の文明の進み来ったのは根のある樹木に自然に花が咲いたごとく、わが国文明の急に進んだのは、他の樹木に咲いた花を取って来てこなたの枯枝に結び付けたごとくである。外観上には両方とも同様に見え、写真にでもとったら、何の相違もないかも知れぬが、その将来は大いに違う。根のある方の枝には、新たに蕾が生じ新たな花が咲くが、根のない方はけっして新たな蕾が生ずることもなく、新たな花が咲くこともない。もしも他の樹木に負けぬだけに花を持たせようと思えば、絶えず新しい花を取り来って、これを結び付けねばならぬ。わが国の文明が幼稚であり、他の国からは弱国のごとくにみなされていた時代には、何でも隠さずに教えてくれたゆえ、西洋の文明をわが国に移すことが比較的に容易であったが、今後はなかなかそのようなわけにはいかぬ。それゆえ、独力で文明を進める外に道はない。しかるにドイツ国のごときは、戦争以前からすでに日本人には容易に工場の奥を見せぬようであったが、戦争後には各国ともに外国人には深く注意するようになり、今まで開放しておいた所をも厳重に秘密にする傾きが生ずるであろう。したがって外国の新発明をすぐに習うて帰ることがだんだんとむつかしくなる。前のたとえでいえば、今後はよその枝に咲いた花を取って来て、自分の枝に糊で貼り付けることが、容易にできなくなるものと覚悟せねばならぬ。

 今日わが国で理科を奨励するにあたっては、この点を充分に考えて、将来独力で理科の進歩するように、その根底から造ることを努めねばならぬ。いかに金をかけ器械を整えても、単に理科的の事柄を教師が教えて、生徒に覚えしめるだけでは、なかなか理科の根底を造ることはできぬ。西洋諸国で今日までにかく理科の知識とその応用とがいちじるしく進み来った根底は何であるかというに、これは全く強い研究心を有することである。何ごとでも理窟を究めずには置かぬという強い研究心があればこそ、各方面に発明も発見もできるのである。研究心のない所には決して独創的の新工夫はできるはずがない。わが国今日の教育上の急務は実に研究心の養成にある。研究心の養成さえ充分にできたならば、その先は自然に任せて置いても進歩すべきはずで、あたかも根の発達した樹木には自然に花が咲くのと同じ理窟である。理科を授けるにあたって一々の事実を教えることもけっして不必要というわけではなく、これにも充分に意を用いねばならぬが、独力進歩の根底なる研究心の養成は、さらに幾倍も必要であることを忘れてはならぬ。

 今日小学校などで行なわれている理科教授の実際を見るに、五十人以上の多数の生徒を教室に集め、何列かの机に行儀よく着席せしめ、一々教師の号令によって、実験せしめたり、観察せしめたりしている。これは昔、実物なしに、ただ書物を読ませたり、講釈して聞かせたりするだけで理科の教授をすませたのに比べれば、もちろん優っているには違いないが、実物に触れ自身に実験さえさせれば、それで理科の教授は目的を達したものと考えては大なる間違いである。事実を覚えさせるだけならばこれで充分であろうが、研究心を養成することは、かような方法ではとうていできぬ。とくに実用に重きを置くと称して、すぐに役に立つような事柄ばかりを教材に選む場合には、なおさらただ教えて覚えさせることのみが主となって、研究心の養成の方は全く忘れられている。

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