こころ

63話 下 先生と遺書 九

1,550字 約3分 2026年9月1日 公開

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一口(ひとくち)でいうと、叔父は(わたくし)の財産を胡魔化(ごまか)したのです。事は私が東京へ出ている三年の間に容易(たやす)く行われたのです。すべてを叔父(まか)せにして平気でいた私は、世間的にいえば本当の馬鹿でした。世間的以上の見地から評すれば、あるいは純なる(たっと)い男とでもいえましょうか。私はその時の(おの)れを顧みて、なぜもっと人が悪く生れて来なかったかと思うと、正直過ぎた自分が口惜(くや)しくって(たま)りません。しかしまたどうかして、もう一度ああいう生れたままの姿に立ち帰って生きて見たいという心持も起るのです。記憶して下さい、あなたの知っている私は(ちり)に汚れた(あと)の私です。きたなくなった年数の多いものを先輩と呼ぶならば、私はたしかにあなたより先輩でしょう。

 もし私が叔父の希望通り叔父の娘と結婚したならば、その結果は物質的に私に取って有利なものでしたろうか。これは考えるまでもない事と思います。叔父(おじ)は策略で娘を私に押し付けようとしたのです。好意的に両家の便宜を計るというよりも、ずっと下卑(げび)た利害心に駆られて、結婚問題を私に向けたのです。私は従妹(いとこ)を愛していないだけで、嫌ってはいなかったのですが、後から考えてみると、それを断ったのが私には多少の愉快になると思います。胡魔化(ごまか)されるのはどっちにしても同じでしょうけれども、()せられ方からいえば、従妹を(もら)わない方が、向うの思い通りにならないという点から見て、少しは私の()が通った事になるのですから。しかしそれはほとんど問題とするに足りない些細(ささい)な事柄です。ことに関係のないあなたにいわせたら、さぞ馬鹿気(ばかげ)た意地に見えるでしょう。

 私と叔父の間に()親戚(しんせき)のものがはいりました。その親戚のものも私はまるで信用していませんでした。信用しないばかりでなく、むしろ敵視していました。私は叔父が私を(あざむ)いたと(さと)ると共に、(ほか)のものも必ず自分を欺くに違いないと思い詰めました。父があれだけ()め抜いていた叔父ですらこうだから、他のものはというのが私の論理(ロジック)でした。

 それでも彼らは私のために、私の所有にかかる一切(いっさい)のものを(まと)めてくれました。それは金額に見積ると、私の予期より(はる)かに少ないものでした。私としては黙ってそれを受け取るか、でなければ叔父を相手取って公沙汰(おおやけざた)にするか、二つの方法しかなかったのです。私は(いきどお)りました。また迷いました。訴訟にすると落着(らくちゃく)までに長い時間のかかる事も恐れました。私は修業中のからだですから、学生として大切な時間を奪われるのは非常の苦痛だとも考えました。私は思案の結果、()におる中学の旧友に頼んで、私の受け取ったものを、すべて金の(かたち)に変えようとしました。旧友は()した方が得だといって忠告してくれましたが、私は聞きませんでした。私は永く故郷(こきょう)を離れる決心をその時に起したのです。叔父の顔を見まいと心のうちで誓ったのです。

 私は国を立つ前に、また父と母の墓へ参りました。私はそれぎりその墓を見た事がありません。もう永久に見る機会も来ないでしょう。

 私の旧友は私の言葉通りに取り計らってくれました。もっともそれは私が東京へ着いてからよほど()った(のち)の事です。田舎(いなか)畠地(はたち)などを売ろうとしたって容易には売れませんし、いざとなると足元を見て踏み倒される恐れがあるので、私の受け取った金額は、時価に比べるとよほど少ないものでした。自白すると、私の財産は自分が(ふところ)にして家を出た若干の公債と、(あと)からこの友人に送ってもらった金だけなのです。親の遺産としては(もと)より非常に減っていたに相違ありません。しかも私が積極的に減らしたのでないから、なお心持が悪かったのです。けれども学生として生活するにはそれで充分以上でした。実をいうと私はそれから出る利子の半分も使えませんでした。この余裕ある私の学生生活が私を思いも寄らない境遇に(おと)し入れたのです。

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