23話 穴 三(1)
読み方を変える
何者がなんのためにここへ来て、根よく幾つもの穴を掘るのか、父はいよいよその判断に苦しめられた。そこで、ハドソンと相談して、今夜はふたりが草むらの中に隠れている事にすると、年の若い英国の騎兵はこの探険に興味を持っているらしく、宵のうちから草むらに忍んでいて、なにかの合図には口笛を吹くといった。しかも十時を過ぎる頃までかれの口笛はきこえなかった。家内の者を寝かしてから、父も身支度して空き地へ出張したが、今夜は風のない夜で、草の葉のそよぐ音さえもきこえなかった。二人は夜露にぬれながら徒らに一夜をあかした。
「奴等も警戒して迂濶に出て来ないのだろう。」と、父は思った。第一の夜には父に追われ、第二の夜には犬に追われ、かれらも自分たちの危険をおもんぱかって、ここへ近寄ることを見あわせたのであろう。常識から考えても、そうありそうなことである。
ハドソンはその後三晩も張り番をつづけたが、遂になんの新発見もなかった。父は夜露に打たれた為に少しく風邪を引いたので、当分は張り番を見あわせることになった。それでも毎朝一度ずつは空き地を見廻って、新しい穴が掘られているかどうかを調べていたが、最初に発見された九ヵ所と後の一ヵ所と、その以外には新しい穴は見いだされなかった。かれらもこのいたずら――まずそうらしく思われる――を中止したらしかった。
それから半月あまり無事に過ぎた。その以来、家内の女たちをおびやかすような怪しい響きもきこえなくなって、この問題も自然に忘れられかかった時に、父はふとあることを思いついた。それはあたかも日曜日の朝であったので、父はすぐに近所の米屋をたずねた。
米屋は前にいったような事情で、わたしの家を昔の持ち主から譲りうけて、更にそれをわたしの父に売り渡したのである。そうして、現在もわたしの家へ米を入れている。その米屋の主人に逢って、昔の持ち主のことをたずねると、主人はこう答えた。
「その節も申し上げましたが、あなたのお屋敷には安達さんというお武家が住んでいらしったのでございますが、そのお方は脱走して、越後口で討死をなすったということでございます。」
「その安達という人の家族はどうしたね。」と、父はまた訊いた。
「どうなすったか判りませんでしたが、ひと月ほども前に、その奥さんがふらりと尋ねておいでになりまして、なんでも今までは上総の方とかにお出でになったというお話でした。そうして、わたしの家には誰が住んでいるとお聞きになりましたから、矢橋さんという方がお住まいになっていると申しましたら、そうかといってお帰りになりました。」
「その奥さんは今どこにいるのだろう。」
「やはり同区内で、芝の片門前にいるとかいうことでした。」
「どんなふうをしていたね。」
「さあ。」と、主人は気の毒そうに言った。「ひどく見すぼらしいという程でもございませんでしたが、あんまり御都合はよくないような御様子でした。」
「奥さんは幾つぐらいだね。」
「瓦解の時はまだお若かったのですから、三十五ぐらいにおなりでしょうか。」
「子供はないのですかね。」
「お嬢さんが一人、それは上総の御親類にあずけてあるとかいうことでした。」
「片門前はどの辺か判らないかね。」
「さき様でも隠しておいでのようでしたから、わたくしの方でも押し返しては伺いませんでした。」
それだけのことを聞いて、父は帰った。父の想像によると、庭の空き地へ忍んで来て、一度は穴に落ち、一度は犬に追われた女は、この安達の奥さんであるらしく思われた。勿論、取り留めた証拠があるわけではないが、庭の空き地に穴を掘るのは単にいたずらの為にするのではない。おそらくは土を掘りかえして何物をか探し出そうとするのであろう。安達の家に何かの伝説でもあるか、あるいは脱走の際に何かの貴重品でもうずめて立ち去ったか、二つに一つで、それを今日になってひそかに掘り出しに来るのではあるまいか。今日では土地の所有権が他人に移っているので、表向きに交渉するの面倒を避けて、ひそかに持ち出して行こうとするのではあるまいか。穴を掘るのは心あたりの場所を掘って見るのであろう。それが成功して幾度も取りに来るのか、あるいは不成功のために幾度もさがしに来るのか、それは判らない。また、かの女のほかに幾人の味方があるか、それも判らない。
もし果たしてそうであるとすれば、まことに気の毒のことである。自分は決して自己の所有権を主張して、遺族らの発掘を拒んだり、あるいはその掘り出し物の分け前を貰おうとしたりするような慾心を持たない。正面からその事情を訴えて交渉してくれば、自分はこころよくその発掘を承諾するつもりである。もしその住所がわかっていれば念のために聞き合わせるのであるが、片門前とばかりでは少し困る。父は再びかの米屋へ行って、安達の奥さんという人が重ねて来たらば、その住所番地を聞きただして置いてくれと頼んだ。
それでも父はまだ気になってならなかった。米屋の主人の話によると、かの奥さんはあまり都合が好くないらしいという。してみれば、埋めてある財を一日も早く取り出したいと思っているに相違ない。片門前は二町であるが、さのみ広い町ではない。軒別にさがして歩いても知れたものであると、父はその次の日曜日に思い切って探しに出た。広い町でないといっても、一丁目から二丁目にかけて軒別に探しまわるのは容易でない。父はほとんど小半日を費して、ついに安達という家を見いだし得ないで帰った。あるいは他人の家に同居でもしているのではないかとも思われた。
この上は米屋の通知を待つのほかはなかったが、安達の奥さんは再び米屋の店にその姿をみせなかった。わたしの庭の空き地へも誰も忍んで来る様子はなかった。
それから又、半月あまりを過ぎて、九月はじめの新聞紙上に片門前の女殺しの記事があらわれた。森川権七という古道具屋の亭主がその女房のおいねを殺したというのである。権七は卅一歳で、おいねは年上の卅七であった。新聞の記事によると、おいねは旧幕臣の安達源五郎の妻で、源五郎は越後へ脱走するときに、中間の権七に供をさせて妻のおいねと娘のおむつを上総の親戚の方へ落としてやったが、源五郎戦死の噂がきこえて後、おいねと権七の主従関係はいつか夫婦関係に変わってしまった。それには親戚の者どもの反対もあったらしく、おいねは娘のおむつを置き去りにして、若い男と一緒に上総を駈落ちして、それからそれへと流れ渡った末に、去年の春頃から東京へ出て来て、片門前に小さい古道具屋をはじめたのである。
権七は小才のきく男で、商売の上にも仕損じがなく、どうにか一軒の店を持ち通すようになると、かれは年上の女房がうるさくなって来た。殊においねは旧主人をかさにきて、とかくに亭主を尻に敷く形があるので、権七はいよいよ気がさして来た。目と鼻のあいだには神明の矢場がある。権七はそこの若い矢取り女になじみが出来て、毎晩そこへ入りびたっているので、おいねの方でも嫉妬に堪えかねて、夫婦喧嘩の絶え間はなかった。
その晩もいつもの夫婦喧嘩から、一杯機嫌の権七は、店にならべてある商売物のなかから大工道具の手斧を持ち出して、女房の脳天を打ち割ったので、おいねは即死した。権七もさすがに驚いてどこへか姿をかくした。
安達の奥さんの消息はこれでわかった。古道具屋の店は森川権七の名になっているので、父がさがし当てなかったのも無理はなかった。二、三日の後に、父が米屋の主人に逢うと、主人もこの新聞記事におどろいていた。
「権七という中間はわたくしも知っています。上州の生まれだとか聞きましたが、小作りの小粋な男でした。あれが御主人の奥さんと夫婦になって……。おまけに奥さんをぶち殺すなんて……。まったく人間のことはわかりませんね。」と、主人は歎息していた。
九月の末に大あらしがあった。午後から強くなった雨と風とが宵からいよいよはげしくなって、暁け方まであれた。殊にここらは品川の海に近いので、東南の風はいっそう強く吹きあてて、わたしの家の屋根瓦もずいぶん吹き落とされた。庭の立木も吹き倒された。塀も傾き、垣もくずれた。
しかし東の白らむ頃から雨も風もだんだん鎮まって、あくる朝はうららかに晴れた日となったが、どこの家にも相当の被害があったらしい。父は自分の家の構え内を見まわって歩くと、前にいった立木や塀の被害のほかに、西側の高い崖がくずれ落ちているのを発見した。幸いにその下は空き地であったが、もしも住宅に接近していたらば、わたしの家は潰されたに相違なかった。
早速に出入りの職人を呼んで、くずれ落ちた土を片付けさせると、土の下から一人の男の死体があらわれた。男は崖くずれに押し潰されて生き埋めとなったのである。かれは手に鍬を持っていた。警察に訴えてその取り調べをうけると、生き埋めになった男は、女房殺しの森川権七とわかった。
権七はかの事件以来、どこにか踪跡を晦ましていたのであるが、どうしてここへ来てこんな最期を遂げたのか、だれにも想像がつかなかった。
「やっぱりわたしの想像があたっていたらしい。」と、父は母にささやいた。
空き地の草原へ穴を掘りに来た者は、おそらく権七とおいねであったろう。父が想像した通り、かれらは何かの埋蔵物を掘り出すために、幾たびか忍んで来たらしい。権七は女房を殺して、どこにか姿を隠していながらも、やはりかの埋めたるものに未練があって、風雨の夜を幸いに又もや忍び込んで来て、今度は崖の下を掘っていたらしいことは、かれの手にしていた鍬によって知られる。しかも風雨はかれに幸いせずして、かえって崖の土をかれの上に押し落としたのであった。
これらの状況から推察すると、かれらは遂に求むるものを掘り出し得なかったらしい。それが金銀であるか、その他の貴重品であるか、勿論わからない。父はかれらに代って、それを探してみようとも思わなかった。
明治十年――今から振り返ると、やがて五十年の昔である。あの辺の地形もまったく変わって、今では一面の人家つづきとなった。権七夫婦が求めていた掘り出し物も、結局この世にあらわれずに終るらしい。
大正十四年九月作「写真報知」
N君は語る。
「信越線の或る停車場に降りると、細かい雪がちらりちらりと舞うように落ちて来た。」
古河君はまずこう言って、そのときの寒さを思い出したように肩をすくめた。古河君は七年ほど前の二月に、よんどころない社用で越後の方まで出張したが、その用向きが思いのほかに早く片付いたので、大きい声ではいえないが、途中でひと息つくつもりで、会社の方から受け取っている旅費手当てで二、三日を或る温泉場に遊び暮らそうとした。かれが今降り立ったのは、上州のある小さい停車場で、妙義の奇怪な形も唯ぼんやりと薄黒く陰っている日の午後四時半頃であった。
なにしろ信越地方の二月の雪を衝いて、けさの一番汽車で発って来たのであるから、古河君は骨まで凍ってしまった。汽車を降りると、寒さが又急に加わって、細かい雪を運ぶ浅間おろしがひゅうひゅうと頬を吹きなぐって来るので、古河君は又縮みあがって、オーヴァーコートの襟を引き立てながら、小さい旅行鞄をさげて歩き出すと、客引きに出ている旅館の若い者が二、三人寄って来た。
初めてこの土地に下車したので、古河君は別に馴染みの宿もなかった。どこでも構わないと思ったので、真っさきに来た若い者に鞄をわたして、ともかくも駅前の休憩所へ案内されると、入口の土間には小さいテーブルを取り囲んで粗末な椅子が四、五脚ならべてあった。寒いあいだは乗り降りの客も至って少ないので、ほかのテーブルや椅子はみな隅の方へ押し片付けられて、たった一つのこのテーブルが店さきに寂しく据えられているだけであった。
「お寒うございましょう。どうぞこちらへ。」と、店にいる三十ぐらいの女房が愛想よく声をかけた。
畳の上には大きい炉を切って、自在にかけた大きい鉄びんの口からは白い湯気をさかんにふき出していた。鉄びんの下には炭火がぱちぱちはねる音がきこえた。古河君もその火を恋しく思ったが、靴をぬぐのが面倒であったので、やはり椅子に腰をおろして土間に休んでいると、女房が瀬戸の火鉢に火を入れて運び出して来た。
「きょうはまったく冷えます。今晩はちっと白いものが降るかも知れません。」
「それでもここらは積もっていませんね。」
「へえ。積もるほども降りませんが、なにしろ名物の空っ風で……。」
言いかけて、若い者は急に立ちあがって入口の硝子戸をあけた。若粧りにはしているが、もう廿七八かとも思われる立派な身装の婦人がこの休憩所へはいって来たのであった。婦人は大きい旅行鞄を重そうにさげて、片手に毛皮の膝掛けをかかえていた。この頃は商売がひまなので、どこの旅館からも一人ぐらいしか客引きを出していない。その一人が古河君を案内して来たあとへ、この婦人はおくれて下車したので、重い荷物を自分でさげて来なければならないことになったのであろう。古河君も気の毒に思った。若い者はなおさら恐縮したように自分の不注意を詑びていた。
「いえ、なに、荷物も見かけほどは重くないんです。」と、婦人は冷たそうな顔に笑みをうかべながら言った。「済みませんが、お湯を一杯下さいませんか。」
「はい、はい、お湯がよろしゅうございますか。どうぞまあお掛けください。」
女房が湯を汲みに起つと、婦人は古河君に会釈して隣りの椅子に腰をかけた。そうして、瀬戸の火鉢に手をかざすと、右の無名指には青い玉が光っていた。左の指にも白い玉がきらめいていた。
「さっきはどうも失礼をいたしました。さぞおやかましゅうございましたろう。」
挨拶をされて、古河君も気がついた。この婦人も自分とおなじ二等車に乗り込んでいて、襟巻に顔をうずめて隅の方に席を取っていた。そのそばには四十ぐらいの商人風の男と、二十歳前後の小間使風の女が乗っていたが、男は寒さ凌ぎにびん詰の正宗をむやみにあおって、しまいには酔ってなにか大きい声で歌い出したので、小間使風の女はほかの客に気の毒そうな顔をして時々になだめていた。この婦人は傍にいながら知らん顔をして澄ましていたので、かれらとは全然無関係の人であろうと古河君は思い込んでいたのであったが、今の挨拶を聞かされて、この婦人もやはりかれらの道連れであることを初めて知った。
「いえ、どういたしまして……。お連れさんは御一緒じゃないんですか。」
「いえ、連れと申す訳でもございませんので……。越後の宿屋で懇意になりましただけのことでございます。丁度おなじ汽車に乗り合わせるようになりまして、途中まで一緒にまいったのですけれど、あんまり煩さいのでわたくしはここで降りてしまいました。」
「そうでしたか。それは御迷惑でしたろう。」
そんなことを言っているうちに、若い者は起ち上がって、その婦人の大鞄と古河君の小さい鞄とを持った。そうして、お支度がよろしければそろそろ御案内をいたしましょうと言った。ふたりは茶代を置いて椅子を起つと、若い者は気がついて又引っ返して来た。
「この膝掛けは奥さんのでございますね。」
「はあ。いえ、なに、それはわたしが自分で持っていきます。」
婦人は店さきに置いてあった毛皮の膝掛けをかかえて出た。もう薄暗い夕方で、炉の火に照らされた毛皮の柔かそうなつやつやしい色が古河君の眼をひいた。それは狸の皮であるらしかった。
雪は袖を払いながら行くほども降らなかったが、尖った寒い風はいよいよ身にしみて来た。三人は黙って狭い坂路を降りていくと、石で畳んだ急勾配の溝を流れ落ちる水の音が冷たい耳を凍らせるように響いた。
「随分お寒うございますね。」と、婦人はうつむきながら言った。
「まったく寒うござんすよ。」と、古河君は咳きながら答えた。「こっちには長く御滞在の御予定ですか。」
「さあ、どうしますか。まだ判りませんのです。」と、婦人は答えた。「あなたは当分御滞在ですか。」
「まあ二、三日遊んで行こうかと思っています。」
温泉場は停車場から遠くないので、長い坂を降り尽くすと、古風な大きい旅館の建物がすぐ眼の前に突っ立っていた。古河君は表二階の新しい六畳の座敷へ通った。それからひと間離れたやはり六畳らしい座敷へ、この婦人は案内されたらしかった。
寒さ凌ぎに古河君はすぐに風呂へ行って、冷え固まっている手足を好い心持にあたためて、ようよう人心地が付いて帰ってくると、やがて夕飯の膳を運んで来た。
「今晩はお静かでございますね。」と、女中は給仕をしながら言った。「夜になってお泊まりがあるかも知れませんが、唯今のところではこのお座敷と十一番だけでございますから。」
「滞在は一人もないの。」
「はあ、お寒い時分はまるで閑でございます。ここらはどうしても三月の末からでなければ、滞在はめったにございません。」
「そりゃ寂しいね。」と、古河君は少し首をすくめた。
「ちっとお寂しいかも知れません。十一番さんは御存じの方じゃないんですか。」
「いや、知らない。休憩所から一緒になったんだ。」
女中の話によると、その婦人はかぜを引いたようだとか言って、風呂へもはいらずに寝てしまったとの事であった。