戯作三昧

2話 戯作三昧(2)

7,846字 約16分 2000年4月15日 公開

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 鼠小僧次郎太夫は、今年五月の上旬に召捕(めしと)られて、八月の中旬に獄門になった、評判の高い大賊(たいぞく)である。それが大名屋敷へばかり忍び込んで、盗んだ金は窮民へ施したというところから、当時は義賊という妙な名前が、一般にこの盗人(ぬすびと)の代名詞になって、どこでも盛んに持てはやされていた。

「何しろ先生、盗みにはいったお大名屋敷が七十六軒、盗んだ金が三千百八十三両二分だというのだから驚きます。盗人じゃございますが、なかなかただの人間に出来ることじゃございません。」

 馬琴は思わず好奇心を動かした。市兵衛がこういう話をする後ろには、いつも作者に材料を与えてやるという己惚(うぬぼ)れがひそんでいる。その己惚れはもちろん、よく馬琴の(かん)にさわった。が、癇にさわりながらも、やっぱり好奇心には動かされる。芸術家としての天分を多量に持っていた彼は、ことにこの点では、誘惑におちいりやすかったからであろう。

「ふむ、それはなるほどえらいものだね。私もいろいろ(うわさ)には聞いていたが、まさかそれほどとは思わずにいた。」

「つまりまず賊中の豪なるものでございましょうな。なんでも以前は荒尾但馬守様(あらおたじまのかみさま)のお供押(ともお)しか何かを勤めたことがあるそうで、お屋敷方の案内に明るいのは、そのせいだそうでございます。引き廻しを見たものの話を聞きますと、でっぷりした、愛嬌(あいきょう)のある男だそうで、その時は紺の越後縮(えちごちぢみ)帷子(かたびら)に、下へは白練(しろねり)単衣(ひとへ)を着ていたと申しますが、とんと先生のお書きになるものの中へでも出て来そうじゃございませんか。」

 馬琴は(なま)返事をしながら、また一服吸いつけた。が、市兵衛はもとより、生返事くらいに驚くような男ではない。

「いかがでございましょう。そこで金瓶梅(きんぺいばい)の方へ、この次郎太夫を持ちこんで、御執筆を願うようなわけには参りますまいか。それはもう手前も、お忙しいのは重々承知いたしております。が、そこをどうかまげて、一つ御承諾を。」

 鼠小僧はここに至って、たちまちまた元の原稿の催促へ舞い戻った。が、この慣用手段に慣れている馬琴は依然として承知しない。のみならず、彼は前よりもいっそう機嫌(きげん)が悪くなった。これは一時でも市兵衛の計に乗って、幾分の好奇心を動かしたのが、彼自身ばかばかしくなったからである。彼はまずそうに煙草(たばこ)を吸いながら、とうとうこんな理窟を言い出した。

「第一私がむりに書いたって、どうせろくなものは出来やしない。それじゃ売れ行きにかかわるのは言うまでもないことなのだから、貴公の方だってつまらなかろう。してみると、これは私の無理を通させる方が、結局両方のためになるだろうと思うが。」

「でございましょうが、そこを一つ御奮発願いたいので。いかがなものでございましょう。」

 市兵衛は、こう言いながら、視線で彼の顔を「()で廻した。」(これは馬琴が和泉屋のある眼つきを形容した(ことば)である。)そうして、煙草の煙をとぎれとぎれに鼻から出した。

「とても、書けないね。書きたくも、暇がないんだから、しかたがない。」

「それは手前、困却いたしますな。」

 と言ったが、今度は突然、当時の作者仲間のことを話し出した。やっぱり細い銀の煙管を、うすい唇の間にくわえながら。

     八

「また種彦(たねひこ)の何か新版物が、出るそうでございますな。いずれ優美第一の、哀れっぽいものでございましょう。あの(じん)の書くものは、種彦でなくては書けないというところがあるようで。」

 市兵衛は、どういう気か、すべて作者の名前を呼びすてにする習慣がある。馬琴はそれを聞くたびに、自分もまた蔭では「馬琴が」と言われることだろうと思った。この軽薄な、作者を自家(じか)の職人だと心得ている男の口から、呼びすてにされてまでも、原稿を書いてやる必要がどこにある?――(かん)のたかぶった時々には、こう思って腹を立てたことも、(まれ)ではない。今日も彼は種彦という名を耳にすると、苦い顔をいよいよ苦くせずにはいられなかった。が、市兵衛には、少しもそんなことは気にならないらしい。

「それから手前どもでも、春水(しゅんすい)を出そうかと存じております。先生はお(きら)いでございますが、やはり俗物にはあの辺が向きますようでございますな。」

「ははあ、さようかね。」

 馬琴の記憶には、いつか見かけたことのある春水の顔が、卑しく誇張されて浮んで来た。「私は作者じゃない。お客さまのお望みに従って、艶物(つやもの)を書いてお目にかける手間取(てまと)りだ。」――こう春水が称しているという噂は、馬琴もつとに聞いていたところである。だから、もちろん彼はこの作者らしくない作者を、心の底から軽蔑していた。が、それにもかかわらず、今市兵衛が呼びすてにするのを聞くと、依然として不快の情を禁ずることが出来ない。

「ともかくあれで、艶っぽいことにかけては、たっしゃなものでございますからな。それに名代(なだい)の健筆で。」

 こう言いながら、市兵衛はちょいと馬琴の顔を見て、それからまたすぐに口にくわえている銀の煙管へ眼をやった。そのとっさの表情には、おそるべく下等な何者かがある。少なくとも、馬琴はそう感じた。

「あれだけのものを書きますのに、すらすら筆が走りつづけて、二三回分くらいなら、紙からはなれないそうでございます。ときに先生なぞは、やはりお早い方でございますか。」

 馬琴は不快を感じるとともに、脅かされるような心もちになった。彼の筆の早さを春水や種彦のそれと比較されるということは、自尊心の旺盛(おうせい)な彼にとって、もちろん好ましいことではない。しかも彼は遅筆の方である。彼はそれが自分の無能力に裏書きをするように思われて、寂しくなったこともよくあった。が、一方またそれが自分の芸術的良心を計る物差しとして、(とうと)みたいと思ったこともたびたびある。ただ、それを俗人の穿鑿(せんさく)にまかせるのは、彼がどんな心もちでいようとも、断じて許そうとは思わない。そこで彼は、眼を(とこ)紅楓黄菊(こうふうこうぎく)の方へやりながら、吐き出すようにこう言った。

「時と場合でね。早い時もあれば、また(おそ)い時もある。」

「ははあ、時と場合でね。なるほど。」

 市兵衛は三度(みたび)感服した。が、これが感服それ自身におわる感服でないことは、言うまでもない。彼はこのあとで、すぐにまた、切りこんだ。

「でございますが、たびたび申し上げた原稿の方は、一つ御承諾くださいませんでしょうか。春水なんぞも、……」

「私と為永(ためなが)さんとは違う。」

 馬琴は腹を立てると、下唇を左の方へまげる癖がある。この時、それが恐ろしい勢いで左へまがった。

「まあ私は御免をこうむろう。――杉、杉、和泉屋さんのお履物(はきもの)を直して置いたか。」

     九

 和泉屋市兵衛を()い帰すと、馬琴は(ひと)り縁側の柱へよりかかって、狭い庭の景色(けしき)を眺めながら、まだおさまらない腹の虫を、むりにおさめようとして、骨を折った。

 日の光をいっぱいに浴びた庭先には、葉の裂けた芭蕉(ばしょう)や、坊主になりかかった梧桐(あおぎり)が、(まき)や竹の緑といっしょになって、暖かく何坪かの秋を領している。こっちの手水鉢(ちょうずばち)(かたわら)にある芙蓉(ふよう)は、もう花が(まばら)になったが、向うの、袖垣(そでがき)の外に植えた木犀(もくせい)は、まだその甘い匂いが衰えない。そこへ例の(とび)の声がはるかな青空の向うから、時々笛を吹くように落ちて来た。

 彼は、この自然と対照させて、今さらのように世間の下等さを思い出した。下等な世間に住む人間の不幸は、その下等さに煩わされて、自分もまた下等な言動を余儀なくさせられるところにある。現に今自分は、和泉屋市兵衛を逐い払った。逐い払うということは、もちろん高等なことでもなんでもない。が、自分は相手の下等さによって、自分もまたその下等なことを、しなくてはならないところまで押しつめられたのである。そうして、した。したという意味は市兵衛と同じ程度まで、自分を卑しくしたというのにほかならない。つまり自分は、それだけ堕落させられたわけである。

 ここまで考えた時に、彼はそれと同じような出来事を、近い過去の記憶に発見した。それは去年の春、彼のところへ弟子(でし)入りをしたいと言って手紙をよこした、相州朽木上新田(そうしゅうくちきかみしんでん)とかの長島政兵衛(ながしままさべえ)という男である。この男はその手紙によると、二十一の年に(つんぼ)になって以来、二十四の今日まで文筆をもって天下に知られたいという決心で、もっぱら読本(よみほん)の著作に精を出した。八犬伝や巡島記の愛読者であることは言うまでもない。ついてはこういう田舎(いなか)にいては、何かと修業の妨げになる。だから、あなたのところへ、食客(しょっかく)に置いて貰うわけには行くまいか。それからまた、自分は六冊物の読本の原稿を持っている。これもあなたの筆削(ひっさく)を受けて、しかるべき本屋から出版したい。――大体こんなことを書いてよこした。向うの要求は、もちろんみな馬琴にとって、あまりに虫のいいことばかりである。が、耳の遠いということが、眼の悪いのを苦にしている彼にとって、幾分の同情をつなぐ楔子(くさび)になったのであろう。せっかくだが御依頼通りになりかねるという彼の返事は、むしろ彼としては、鄭重(ていちょう)を極めていた。すると、折り返して来た手紙には、始めからしまいまで猛烈な非難の文句のほかに、何一つ書いてない。

 自分はあなたの八犬伝といい、巡島記といい、あんな長たらしい、拙劣な読本を根気よく読んであげたが、あなたは私のたった六冊物の読本に眼を通すのさえ拒まれた。もってあなたの人格の下等さがわかるではないか。――手紙はこういう文句ではじまって、先輩として後輩を食客に置かないのは、鄙吝(ひりん)のなすところだという攻撃で、わずかに局を結んでいる。馬琴は腹が立ったから、すぐに返事を書いた。そうしてその中に、自分の読本が貴公のような軽薄児に読まれるのは、一生の恥辱だという文句を入れた。その後(よう)として消息を聞かないが、彼はまだ今まで、読本の稿を起しているだろうか。そうしてそれがいつか日本中の人間に読まれることを、夢想しているだろうか。…………

 馬琴はこの記憶の中に、長島政兵衛なるものに対する情けなさと、彼自身に対する情けなさとを同時に感ぜざるを得なかった。そうしてそれはまた彼を、言いようのない寂しさに導いた。が、日は無心に木犀(もくせい)(にお)いを()かしている。芭蕉(ばしょう)梧桐(あおぎり)も、ひっそりとして葉を動かさない。(とび)の声さえ以前の通り朗かである。この自然とあの人間と――十分(じっぷん)の後、下女の杉が昼飯の支度の出来たことを知らせに来た時まで、彼はまるで夢でも見ているように、ぼんやり縁側の柱に()りつづけていた。

     十

 (ひと)りで寂しい昼飯をすませた彼は、ようやく書斎へひきとると、なんとなく落ち着きがない、不快な心もちを鎮めるために、久しぶりで水滸伝(すいこでん)を開いて見た。偶然開いたところは豹子頭林冲(ひょうしとうりんちゅう)が、風雪の夜に山神廟(さんじんびょう)で、草秣場(まぐさば)の焼けるのを望見する(くだり)である。彼はその戯曲的な場景に、いつもの感興を催すことが出来た。が、それがあるところまで続くとかえって妙に不安になった。

 仏参(ぶっさん)に行った家族のものは、まだ帰って来ない。うちの中は(しん)としている。彼は陰気な顔を片づけて、水滸伝を前にしながら、うまくもない煙草を吸った。そうしてその煙の中に、ふだんから頭の中に持っている、ある疑問を髣髴(ほうふつ)した。

 それは、道徳家としての彼と芸術家としての彼との間に、いつも纏綿(てんめん)する疑問である。彼は昔から「先王(せんおう)の道」を疑わなかった。彼の小説は彼自身公言したごとく、まさに「先王の道」の芸術的表現である。だから、そこに矛盾はない。が、その「先王の道」が芸術に与える価値と、彼の心情が芸術に与えようとする価値との間には、存外大きな懸隔(けんかく)がある。従って彼のうちにある、道徳家が前者を肯定するとともに、彼の中にある芸術家は当然また後者を肯定した。もちろんこの矛盾を切り抜ける安価な妥協的思想もないことはない。実際彼は公衆に向ってこの煮え切らない調和説の背後に、彼の芸術に対する曖昧(あいまい)な態度を隠そうとしたこともある。

 しかし公衆は欺かれても、彼自身は欺かれない。彼は戯作(げさく)の価値を否定して「勧懲(かんちょう)の具」と称しながら、常に彼のうちに(ぼうはく)する芸術的感興に遭遇すると、たちまち不安を感じ出した。――水滸伝の一節が、たまたま彼の気分の上に、予想外の結果を及ぼしたのにも、実はこんな理由があったのである。

 この点において、思想的に臆病だった馬琴は、黙然として煙草をふかしながら、()いて思量を、留守にしている家族の方へ押し流そうとした。が、彼の前には水滸伝がある。不安はそれを中心にして、容易に念頭を離れない。そこへ折よく久しぶりで、崋山渡辺登(かざんわたなべのぼる)が尋ねて来た。袴羽織(はかまはおり)に紫の風呂敷包(ふろしきづつ)みを小脇(こわき)にしているところでは、これはおおかた借りていた書物でも返しに来たのであろう。

 馬琴は喜んで、この親友をわざわざ玄関まで、迎えに出た。

今日(こんにち)は拝借した書物を御返却かたがた、お目にかけたいものがあって、参上しました。」

 崋山は書斎に通ると、はたしてこう言った。見れば風呂敷包みのほかにも紙に巻いた絵絹(えぎぬ)らしいものを持っている。

「お暇なら一つ御覧を願いましょうかな。」

「おお、さっそく、拝見しましょう。」

 崋山はある興奮に似た感情を隠すように、ややわざとらしく微笑しながら、紙の中の絵絹をひらいて見せた。絵は蕭索(しょうさく)とした裸の()を、遠近(おちこち)(まばら)(えが)いて、その中に(たなごころ)をうって談笑する二人の男を立たせている。林間に散っている黄葉(こうよう)と、林梢(りんしょう)に群がっている乱鴉(らんあ)と、――画面のどこを(なが)めても、うそ寒い秋の気が動いていないところはない。

 馬琴の眼は、この淡彩の寒山拾得(かんざんじっとく)に落ちると、次第にやさしい潤いを帯びて輝き出した。

「いつもながら、結構なお出来ですな。私は王摩詰(おうまきつ)を思い出します。食随鳴磬巣烏下(しょくはめいけいにしたがいそううくだり)行踏空林落葉声(ゆいてくうりんをふめばらくようこえあり)というところでしょう。」

     十一

「これは昨日(きのう)()き上げたのですが、私には気に入ったから、御老人さえよければ差し上げようと思って持って来ました。」

 崋山は、(ひげ)(あと)の青い(あご)()でながら、満足そうにこう言った。

「もちろん気に入ったと言っても、今まで描いたもののうちではというくらいなところですが――とても思う通りには、いつになっても、描けはしません。」

「それはありがたい。いつも頂戴ばかりしていて恐縮ですが。」

 馬琴は、絵を眺めながら、つぶやくように礼を言った。未完成のままになっている彼の仕事のことが、この時彼の心の底に、なぜかふとひらめいたからである。が、崋山は崋山で、やはり彼の絵のことを考えつづけているらしい。

「古人の絵を見るたびに、私はいつもどうしてこう()けるだろうと思いますな。木でも石でも人物でも、皆その木なり石なり人物なりになり切って、しかもその中に(えが)いた古人の心もちが、悠々(ゆうゆう)として生きている。あれだけは実に大したものです。まだ私などは、そこへ行くと、子供ほどにも出来ていません。」

「古人は後生(こうせい)恐るべしと言いましたがな。」

 馬琴は崋山が自分の絵のことばかり考えているのを、(ねた)ましいような心もちで眺めながら、いつになくこんな諧謔(かいぎゃく)(ろう)した。

「それは後生も恐ろしい。だから私どもはただ、古人と後生との間にはさまって、身動きもならずに、押され押され進むのです。もっともこれは私どもばかりではありますまい。古人もそうだったし、後生もそうでしょう。」

「いかにも進まなければ、すぐに押し倒される。するとまず一足でも進む工夫が、肝腎(かんじん)らしいようですな。」

「さよう、それが何よりも肝腎です。」

 主人と客とは、彼ら自身の(ことば)に動かされて、しばらくの間口をとざした。そうして二人とも、秋の日の静かな物音に耳をすませた。

「八犬伝は相変らず、(はか)がお行きですか。」

 やがて、崋山が話題を別な方面に開いた。

「いや、一向はかどらんでしかたがありません。これも古人には及ばないようです。」

「御老人がそんなことを言っては、困りますな。」

「困るのなら、私の方が誰よりも困っています。しかしどうしても、これで行けるところまで行くよりほかはない。そう思って、私はこのごろ八犬伝と討死(うちじに)の覚悟をしました。」

 こう言って、馬琴は自ら恥ずるもののように、苦笑した。

「たかが戯作(げさく)だと思っても、そうはいかないことが多いのでね。」

「それは私の絵でも同じことです。どうせやり出したからには、私も行けるところまでは行き切りたいと思っています。」

「お互いに討死ですかな。」

 二人は声を立てて、笑った。が、その笑い声の中には、二人だけにしかわからないある寂しさが流れている。と同時にまた、主人と客とは、ひとしくこの寂しさから、一種の力強い興奮を感じた。

「しかし絵の方は(うらや)ましいようですな。公儀のお(とが)めを受けるなどということがないのはなによりも結構です。」

 今度は馬琴が、話頭を一転した。

     十二

「それはないが――御老人の書かれるものも、そういう心配はありますまい。」

「いや、大いにありますよ。」

 馬琴は改名主(あらためなぬし)の図書検閲が、(ろう)を極めている例として、自作の小説の一節が役人が賄賂(わいろ)をとる箇条のあったために、改作を命ぜられた事実を()げた。そうして、それにこんな批評をつけ加えた。

「改名主などいうものは、(とが)め立てをすればするほど、尻尾(しっぽ)の出るのがおもしろいじゃありませんか。自分たちが賄賂をとるものだから、賄賂のことを書かれると、(いや)がって改作させる。また自分たちが猥雑(わいざつ)な心もちにとらわれやすいものだから、男女(なんにょ)の情さえ書いてあれば、どんな書物でも、すぐ誨淫(かいいん)の書にしてしまう。それで自分たちの道徳心が、作者より高い気でいるから、(かたはら)痛い次第です。言わばあれは、猿が鏡を見て、歯をむき出しているようなものでしょう。自分で自分の下等なのに腹を立てているのですからな。」

 崋山は馬琴の比喩(ひゆ)があまり熱心なので、思わず失笑しながら、

「それは大きにそういうところもありましょう。しかし改作させられても、それは御老人の恥辱になるわけではありますまい。改名主(あらためなぬし)などがなんと言おうとも、立派な著述なら、必ずそれだけのことはあるはずです。」

「それにしても、ちと横暴すぎることが多いのでね。そうそう一度などは獄屋へ衣食を送る(くだり)を書いたので、やはり五六行削られたことがありました。」

 馬琴自身もこう言いながら、崋山といっしょに、くすくす笑い出した。

「しかしこの後五十年か百年たったら、改名主の方はいなくなって、八犬伝だけが残ることになりましょう。」

「八犬伝が残るにしろ、残らないにしろ、改名主の方は、存外いつまでもいそうな気がしますよ。」

「そうですかな。私にはそうも思われませんが。」

「いや、改名主はいなくなっても、改名主のような人間は、いつの世にも絶えたことはありません。焚書坑儒(ふんしょこうじゅ)が昔だけあったと思うと、大きに違います。」

「御老人は、このごろ心細いことばかり言われますな。」

「私が心細いのではない。改名主どものはびこる世の中が、心細いのです。」

「では、ますます働かれたらいいでしょう。」

「とにかく、それよりほかはないようですな。」

「そこでまた、御同様に討死ですか。」

 今度は二人とも笑わなかった。笑わなかったばかりではない。馬琴はちょいと顔をかたくして、崋山を見た。それほど崋山のこの冗談のような(ことば)には、妙な鋭さがあったのである。

「しかしまず若い者は、生きのこる分別をすることです。討死はいつでも出来ますからな。」

 ほどを()て、馬琴がこう言った。崋山の政治上の意見を知っている彼には、この時ふと一種の不安が感ぜられたからであろう。が、崋山は微笑したぎり、それには答えようともしなかった。

     十三

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