りこうもののエルゼ

1話 りこうもののエルゼ

4,771字 約10分 2022年1月4日 公開

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 あるところに、ひとりの男がおりました。男には、ひとりのむすめがありました。このむすめは〈りこうもののエルゼ〉という名まえでした。

 さて、このむすめがすっかり大きくなりましたので、おとうさんはおかあさんにいいました。

「もうむすめをよめにやろうじゃないか。」

 すると、おかあさんはこたえました。

「ええ、およめにもらいたいっていう人がきましたらね。」

 やがて、遠くのほうから、ハンスという人がやってきて、エルゼをおよめさんにもらいたいといいました。ただ、このひとは、りこうもののエルゼがみんなのいうとおり、ほんとうにりこうならもらうけれど、ということでした。

「いや、それなら、このむすめはまったくりこうですよ。」

と、おとうさんがいいました。

 おかあさんはおかあさんで、

「まあ、この子は風が通りをふきすぎるのが見えたり、ハエがせきをするのもきこえるんですからね。」

と、もうしました。

「そうですか。」

と、ハンスがいいました。

「エルゼさんがほんとうにりこうでなけりゃ、わたしはもらいませんよ。」

 みんなは食卓(しょくたく)につきました。やがて、食事(しょくじ)がおわりますと、おかあさんがいいました。

「エルゼや、地下室(ちかしつ)へいって、ビールをもってきてちょうだい。」

 そこで、りこうもののエルゼは壁(かべ)からビール入れをとって、地下室へおりていきましたが、たいくつしのぎに、とちゅうで、ふたをいきおいよくパクンパクンとならしました。

 地下室(ちかしつ)へはいりますと、エルゼは小さいいすをもちだして、それをたるのまえにおきました。つまり、こうすれば、からだをまげる必要(ひつよう)がありませんから、背中(せなか)のいたむようなこともありませんし、またもうひとつには、思いがけないわざわいをこうむることもないのです。

 それから、エルゼはビール入れをじぶんのまえにおいて、せんをひねりました。ビールが入れもののなかにながれこんでいるあいだも、エルゼは目をあそばせておくようなことはしませんでした。壁(かべ)について、だんだん上のほうを見てゆきました。こうして、あっちこっちとながめているうちに、じぶんの頭のま上に十字(じゅうじ)のとび口(ぐち)がつきささっているのが目にとまりました。これは、左官屋(さかんや)さんがうっかりそこにつきさしたまま、わすれていったものなのです。

 これを見ますと、りこうもののエルゼは泣(な)きだしました。そして、

「あたしがハンスさんのおよめになって、やがて子どもが生まれて、その子が大きくなる。そして、あたしたちはその子をこの地下室(ちかしつ)へよこして、ビールをつぎださせるとする。そうすると、あの十字(じゅうじ)のとび口(ぐち)がその子の頭の上におちてきて、その子を殺(ころ)してしまうわ。」

と、いいました。

 エルゼはそこにすわりこんで、やがておこるふしあわせのことを思って、せいいっぱいの声をはりあげて泣(な)きさけびました。

 上にいる人たちは、飲(の)みものを待(ま)っていましたが、りこうもののエルゼは、いつまでたってももどってきません。そこで、おくさんが女中(じょちゅう)にいいました。

「地下室へいって、エルゼはどこにいるのか見てきておくれ。」

 女中はおりていきました。と、どうでしょう。エルゼはたるのまえにすわりこんで、大声をあげて泣いているではありませんか。

「エルゼさん、どうして泣いていらっしゃるんですか。」

と、女中はたずねました。

「ああ、これが泣かずにいられて。」

と、エルゼがこたえていいました。

「あたしがハンスさんのおよめになるわね。そのうちに子どもが生まれて、大きくなる。そしてその子を、飲(の)みものをつがせにここへよこす。そうすると、きっとあの十字(じゅうじ)のとび口(ぐち)がその子の頭の上におちてきて、その子を殺(ころ)してしまうわ。」

 それをきいて、女中(じょちゅう)は、

「まあ、うちのエルゼさんは、なんてりこうなんでしょう。」

と、いいながら、じぶんもエルゼのとなりにこしをおろして、そのふしあわせをかなしんで泣(な)きはじめました。

 しばらくたちましたが、女中はもどってきませんでした。上にいる人たちは、飲(の)みものがほしくてなりませんので、こんどは、主人(しゅじん)が下男(げなん)にむかっていいました。

「地下室(ちかしつ)へいって、エルゼと女中がどこにいるか見てきてくれ。」

 下男がおりていってみますと、りこうもののエルゼと女中がならんですわって、ふたりいっしょに泣いています。それを見て、下男は、

「あなたがたは、いったいなにを泣いているんですか。」

と、たずねました。

「ああ、これが泣かずにいられて。あたしがハンスさんのおよめになるわね。そのうちに子どもが生まれて、大きくなる。そしてその子をここへ飲みものをつがせによこす。そうすると、あの十字のとび口が頭の上におちてきて、子どもを殺してしまうわ。」

と、エルゼがいいました。

 それをきいて、下男(げなん)は、

「うちのエルゼさんは、なんてりこうなんだろう。」

と、いいながら、じぶんもエルゼのそばにこしをおろして、声をはりあげておいおい泣(な)きだしました。

 上ではみんなが下男を待(ま)っていましたが、いつまでたっても下男はもどってきません。そこで、主人(しゅじん)がおくさんにむかって、

「地下室(ちかしつ)へいって、エルゼがどこにいるか見てきてくれないか。」

と、いいました。

 おくさんがおりていってみますと、どうでしょう、三人そろって泣(な)いているではありませんか。おくさんは、そのわけをたずねました。すると、エルゼは、そのうちに生まれるじぶんの子どもが大きくなって、ビールをつぎにここへよこしたとする、そうすると、あの十字(じゅうじ)のとび口(ぐち)がおちてきて、そのために子どもは殺(ころ)されるかもしれない、と話しました。

 それをききますと、おかあさんもおなじように、

「まあ、うちのエルゼは、なんてりこうなんだろうねえ。」

と、いって、そこへすわりこんで、みんなといっしょに泣(な)きはじめました。

 上にいる主人(しゅじん)は、なおしばらく待(ま)っていましたが、おくさんはいっこうにもどってきません。しかも、のどはますますかわいてくるばかりです。そこで、

「これじゃ、わしがじぶんで地下室(ちかしつ)へいって、エルゼがどこにいるか、見てこなくちゃならない。」

と、いいました。

 主人は地下室へおりていきました。すると、みんながそこらにずらりとならんで、泣いているではありませんか。主人がわけをきいてみますと、エルゼはいつか子どもを生むかもしれない、その子がビールをつぎにきて、ちょうどここにいるとき、上にある十字のとび口がおちてでもくれば、殺(ころ)されてしまう、というのです。つまり、みんなが泣(な)いているのは、まだ生まれていないエルゼの子どものためだったのです。それをきいて、おとうさんは、

「エルゼは、なんてりこうなんだろう。」

と、大きな声でいって、じぶんもそこにこしをおろして、いっしょに泣きだしました。

 おむこさんは、長いこと上でひとりで待(ま)っていましたが、だれひとりもどってきませんので、こう思いました。

(みんな、下でわたしを待っているんだろう。わたしも下へいって、みんながなにをしているか見てこなくちゃなるまい。)

 おむこさんが下へおりてみますと、五人ともすわりこんで、世(よ)にもあわれなようすで泣(な)きさけんで、かなしんでいます。しかもそのかなしみかたは、ひとりずつじゅんじゅんにひどくなっているではありませんか。

「いったい、どんな不幸(ふこう)がおこったんですか?」

と、おむこさんがたずねました。

「ああ、ハンスさん。」

と、エルゼはいいました。

「あたしたちが結婚(けっこん)すれば、子どもが生まれるでしょう。そのうちに、その子が大きくなるわね。そしてその子を、あたしたちがここへ飲(の)みものをつぎによこすかもしれないでしょう。そのとき、あの上につきささっている、十字(じゅうじ)のとび口(ぐち)がおちてでもくれば、その子の頭をくだいてしまって、子どもはそれっきりになるかもしれなくってよ。これが泣(な)かずにいられて。」

「わかりました。」

と、ハンスがいいました。

「そのくらい頭がよければ、わたしのうちのことにはじゅうぶんです。あなたはほんとうにりこうだから、わたしがおよめさんにもらいます。」

 こういうと、ハンスはエルゼの手をとって、上につれていって、結婚式(けっこんしき)をあげました。

 ふたりがいっしょにくらすようになって、しばらくたってからのことでした。ハンスがエルゼにむかって、

「おまえ、おれはそとではたらいて、金(かね)をかせいでくるよ。おまえは畑へいって、麦を刈(か)っておくれ。それで、パンをつくるから。」

「ええ、あなた、あたしそうしますよ。」

 ハンスがでかけたあとで、エルゼはおいしいおかゆをこしらえて、それを畑へもっていきました。畑のはずれまできますと、エルゼはひとりごとをいいました。

「なにをしよう。さきに刈(か)ろうかしら、それとも食べようかしら。ええい、さきに食べようっと。」

 こうして、エルゼはふかいおなべにはいっているおかゆを、すっかり食べてしまいました。さて、おなかがいっぱいになりますと、エルゼはまたまたいいました。

「なにをしよう。さきに刈(か)ろうかしら、それともねようかしら。ええい、さきにねよっと。」

 こうして、エルゼは麦畑のなかにねころんで、ねてしまいました。

 いっぽう、ハンスはとっくにうちにかえってきたのですが、エルゼはいつまでたってももどってきません。そこでハンスは、

「うちのエルゼは、なんてりこうなんだろう。おまけに、はたらきもので、うちへかえってきて、ごはんを食べようともしない。」

と、いいました。

 しかし、エルゼはいつまでたってもそとにいます。そのうちに、日がくれてきました。そこでハンスは、畑へいって、エルゼがどのくらい刈(か)ったか見てこようと思いました。ところが、いってみますと、どうでしょう、刈れた麦は一本もなくて、エルゼは麦畑のなかにねころんで、ぐうぐうねむっているではありませんか。

 これを見ますと、ハンスはおおいそぎでうちにひきかえして、小さな鈴(すず)のたくさんついている鳥をとるあみをもってきて、それをエルゼのからだのまわりにかけておきました。それでもまだ、エルゼはねむりつづけていました。

 こうしておいて、ハンスはうちにとんでかえり、入り口の戸に錠(じょう)をおろしました。そして、じぶんのいすにこしをおろして、しごとをしていました。

 あたりがまっくらになってから、ようやく、りこうもののエルゼは目をさましました。おきあがりますと、からだのまわりがかちかちして、おまけに、ひと足歩くたびに、たくさんの鈴(すず)がカランカランとなります。それをきいて、エルゼはびっくりしました。そして、ほんとうにじぶんがりこうもののエルゼなのかどうか、わからなくなりました。それで、

「あたしは、りこうもののエルゼなのかしら、それとも、そうじゃないのかしら。」

と、思わずいってみました。

 しかし、じぶんではそれになんとへんじをしたらいいのかわかりません。それで、しばらくまよっていましたが、とうとう、こう考えました。

(うちへいって、あたしがりこうもののエルゼかどうか、きいてみよう。うちのものなら知っているにちがいないわ。)

 エルゼはじぶんのうちの戸口にかけていきました。ところが、戸には錠(じょう)がおりています。そこで、エルゼは窓(まど)をコツコツたたいて、

「ハンスさん、エルゼはうちにいるの。」

と、大声できいてみました。

「うん、うちにいるよ。」

と、ハンスはこたえました。

 それをきいて、エルゼはびっくりぎょうてんして、

「あらまあ、それじゃ、あたしはりこうもののエルゼじゃないんだわ。」

と、いって、ほかのうちの戸口にいきました。

 けれども、だれもかれも、カランカランという鈴(すず)の音をききますと、どうしても戸をあけてくれようとはしませんでした。ですから、エルゼはどこにもとめてもらうことができなかったのです。

 こんなわけで、エルゼはこの村からかけだしていきました。それきり、エルゼのすがたを見かけたものはひとりもありませんでした。

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