玄鶴山房

1話

643字 約1分 1998年10月14日 公開

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 ………それは小ぢんまりと出来上った、奥床しい門構えの家だった。(もっと)もこの界隈(かいわい)にはこう云う家も珍しくはなかった。が、「玄鶴山房(げんかくさんぼう)」の額や塀越しに見える庭木などはどの家よりも数奇(すき)を凝らしていた。

 この家の主人、堀越玄鶴は画家としても多少は知られていた。しかし資産を作ったのはゴム印の特許を受けた為だった。或はゴム印の特許を受けてから地所の売買をした為だった。現に彼が持っていた郊外の或地面などは生姜(しょうが)さえ(ろく)に出来ないらしかった。けれども今はもう赤瓦(あかがわら)の家や青瓦の家の立ち並んだ所謂(いわゆる)「文化村」に変っていた。………

 しかし「玄鶴山房」は()(かく)小ぢんまりと出来上った、奥床しい門構えの家だった。殊に近頃は見越しの松に雪よけの縄がかかったり、玄関の前に敷いた枯れ松葉に藪柑子(やぶこうじ)の実が赤らんだり、一層風流に見えるのだった。のみならずこの家のある横町も(ほとん)ど人通りと云うものはなかった。豆腐屋さえそこを通る時には荷を大通りへおろしたなり、喇叭(らっぱ)を吹いて通るだけだった。

「玄鶴山房――玄鶴と云うのは何だろう?」

 たまたまこの家の前を通りかかった、髪の毛の長い画学生は細長い絵の具箱を小脇(こわき)にしたまま、同じ金鈕(きんボタン)の制服を着たもう一人の画学生にこう言ったりした。

「何だかな、まさか厳格と云う洒落(しゃれ)でもあるまい。」

 彼等は二人とも笑いながら、気軽にこの家の前を通って行った。そのあとには(ただ)()て切った道に彼等のどちらかが捨てて行った「ゴルデン・バット」の吸い殻が一本、かすかに青い一すじの煙を細ぼそと立てているばかりだった。………

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