もみの木

2話 もみの木(2)

4,686字 約9分 2006年3月6日 公開

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 つぎの(あさ)、召使たちがやってきました。

「ああ、きっともういちど、りっぱにかざりなおしてくれるんだな。」と、もみの木は思いました。けれども、召使たちは、木をへやのそとへ、ひきずっていきました。そして、はしごだんをあがっていって、屋根(やね)うらのものおきのうすぐらいすみへ、ほうりあげました。そこにはまるで、お日さまの光がさして来ませんでした。

「どうしたっていうんだろう。こんなところで、なにができるんだろう。こんなところで、はなしをしても、なにがきこえるだろう。」と、もみの木はかんがえました。そしてかべにもたれたまま、いつまでも、あきずに、かんがえつづけていました。――もうずいぶん時間がありました。なにしろ、いく(にち)となく、いく晩となく、すぎて行きましたからね。けれども、たれひとりやっては来ませんでした。それでも、とうとうたれかが上がってきましたが、なにかふたつ三つ大きな(はこ)を、すみのほうへほうりだして行ったばかりでした。おかげで、もみの木は、その箱の下じきになって、かくれてしまいました。まあその木のいることなど、まるで、忘れられてしまったのでしょう。

「今は、そとは冬なのだ。地めんはかちかちにこおって、雪がかぶさっている。だから、あの人たちは、わたしをうえることができない。それで、わたしは春がくるまで、ここでかこわれているのだ。ほんとに、なんてかんがえぶかい人たちだろう。――ただ、ここがこんなに、うす(ぐら)いさびしいところでなければいいとおもうな。――なにしろ、野うさぎ一ぴき、はねてこないのだもの。――雪がつもって、うさぎがそばをはねまわったりするじぶん、あの町そとの森のなかは、ずいぶん、よかったなあ。そうそう、(うさぎ)がよく、あたまのうえをとびこえたっけ。あのときは、すいぶん、はらがたったがなあ。それも今ではなつかしい。それにくらべては、ここの屋根うらのおそろしいほどな、さびしさといったら。」

「チュウ、チュウ。」

 そのとき、ふと、小ねずみがなきながら、ちょろちょろとはいだしてきました。そのあとから、もう一ぴきの、小ねずみが出てきました。ねずみたちは、もみの木のにおいをかいで見て、枝のあいだを、はいまわりました。

「ひどいさむさですねえ。」と、小ねずみたちはいいました。「でもここはずいぶんいいところでしょう。そうはおもいませんか、もみの木のおじいさん。」

「わたしは、そんなおじいさんじゃないぞ。」と、もみの木は少しおこっていいました。「まだまだ、ぼくより、としをとっている木は、たくさんあるよ。」

「あなたはどこからきたの。いろんなことを知っているの。」と、小ねずみたちは、たいへんなにかをききたがっていました。「ねえ、もみの木さん。世のなかで、いちばんすばらしいところのことを、おはなししてください。あなたは、そこからきたんでしょう。そら、たなの上にチーズがのっていたり、てんじょうから、ハムがぶらさがっていたり、あぶらろうそくの上で、おどりをおどったりして、はいるとき、ひょろひょろ、出るとき、むっくりでっくり――、と、いうようなところにいたんでしょう。」

「どうも、そんな所は知らないね。」と、もみの木はいいました。「けれど、森のことならしっているよ。そこではお日さまの光はよくあたるし、鳥がうたをうたっているよ。」

 それからもみの木は、じぶんのわかかったときのことを、すっかりはなしました。小ねずみは、これまでに、そんなことをちっともききませんでしたので、めずらしがってきいていました。それからあとでこういいました。

「まあずいぶんいろいろなものを、たくさん見たんですねえ。ずいぶんしあわせだったんですねえ。」

「わたしがかい。」

 そういわれて、もみの木は、はじめて、いま、じぶんのはなしたことをかんがえてみました。

「なるほど、そういえばしあわせだったよ。そう、つまりあのじぶんが、わたしもいちばんしあわせだったなあ。」

 それから、もみの木は、おいしいおかしや、ろうそくのあかりでかざられた、クリスマスの前の晩のはなしをしました。

「まあ、ずいぶんしあわせだったのね、もみの木のおじいさん。」と、小ねずみがいいました。

「わたしは、そんなにおじいさんではないというのに。」と、もみの木はいいました。「この冬、はじめて森のなかから出てきたばかりだもの。わたしは、今がさかりの年なんだ。ただすこしのっぽにそだちすぎたかもしれない。」

「おじさんのはなしはおもしろいね。」

と、小ねずみがいいました。

 つぎの晩にも、小ねずみは、ほかに四ひきのなかまをつれて、話をききにやってきました。もみの木は、話していればいるほど、あれもこれもはっきりおもいだせました。そして、こうかんがえました。

「あのじぶんは、ほんとにしあわせだったけれど、ああいうじだいがまたやってくるだろう。きっとまたやってくるだろう。でっくりもっくりさんは、だんだんからころげおちたくせに、王女さまをおよめさんにもらった。だからわたしだって、たぶん王女さまをおよめさんにするかもしれない。」

 それから、もみの木は、森のなかにはえていた、かわいらしい(しら)かばの木のことをおもいだしました。その白かばの木は、ほんとにきれいでしたから、もみの木には、それがうつくしい王女さまのようにおもわれました。

「でっくりもっくりさんて、だれなんですか。」

と、小ねずみたちがたずねました。もみの木は、ひとつもまちがえずに、そのおはなしを、すっかりはなしてやりました。小ねずみたちは、それはそれはうれしがって、もみの木のいちばん高い枝にとびつきそうにしていました。つぎの晩には、もっと、たくさんのねずみたちがきました。にちよう日には二ひきのおやねずみさえ出てきました。けれど、このおやねずみは、そんなはなしは、いっこうおもしろくないといいました。そういわれると、小ねずみたちも、すこし、がっかりしていました。なるほど、それはせんほどおもしろくおもわれませんでしたものね。

「君のしっているお話は、それひとつきりなのかい。」と、おやねずみはいいました。

「ああ、これひとつさ。」と、もみの木はこたえました。「なにしろわたしはうまれていちばんしあわせだった晩に、そのおはなしをきいたのだからね。けれど、そのときは、それがそんなにしあわせだとはしらなかった。」

「ずいぶん、つまらないおはなしだなあ。君は(ぶた)のあぶらみとか、あぶらろうそくというようなものはなんにもしらないのかね。たべものやのはなしは、しらないのかね。」

「しらないねえ。」と、もみの木はこたえました。

「そう。じゃあどうもありがとう。」と、おやねずみたちはいって、なかまのところへかえっていきました。とうとう、小ねずみたちもいってしまいました。すると、もみの木は、またひとりぼっちになったので、ためいきをつきながらいいました。

「げんきのいい、小ねずみたちが、わたしをとりまいて、おもしろそうに、はなしをきいてくれたのは、ほんとにゆかいだったなあ。だが、それもおわりさ。でも今にここからはこびだされれば、せいぜいものをたのしくかんがえることだ。」

 ところで、いつそんなことになったでしょうか。

 なるほど、あくる朝、大勢(おおぜい)してがたがた、ものおきをかたづけにきました。そして箱をどけて、もみの木をはこびだしました。それから、かなりらんぼうに(ゆか)のうえになげだしました。やがてひとりの下男が、それをそのままはしごだんのほうへひきずっていきました。こうしてもみの木は、もういちど、日の目を見ることができました。

「さあ、また()きかえったぞ。」と、もみの木はおもいました。もみの木は、すずしい風に吹かれて、朝のお日さまの光にあたりました。――そこはほんとうに(いえ)のそとの、にわのなかでした。いろいろなことが、目まぐるしいほど、はたで、どんどんおこってくるので、もみの木はすっかり、じぶんのことをわすれてしまいました。ぐるりにはたくさん、目につくものがありました。このにわは、すぐ花ぞのにつづいていて、そこには、いろいろの花が、いっばい咲いていました。ほんのりいいにおいのするばらが、ひくいかきねにからんでいましたし、ぼだいじゅも、ちょうど花ざかりでした。つばめたちは、その上をとびまわりながら、さえずっていました。

「びいちくち、ぴいちくち、うちのひとがかえってきましたよ。」

 けれどもそれは、もみの木のことではありませんでした。

「さあ、いよいよこれから、わたしは生きるのだぞ。」

と、うれしそうな声をだして、もみの木はおもいきり、(えだ)をいっぱいのばしました。けれど、やれやれかわいそうに、その枝のさきは、がさがさに()からびて、()いろくなっていました。そして、じぶんはにわのすみっこで、雑草(ざっそう)や、いばらのなかに、ころがされていました。金紙(きんがみ)の星はまだあたまのてっぺんについていました。そしてその星は、あかるいお日さまの光で、きらきらかがやいていました。

 ところで、そのとき、にわには、あのクリスマスの晩、この木のまわりをとびまわった、けんきのいいこどもたちが、あそんでいました。するとひとり、いちばんちいさい子がかけてきて、いきなり金の星を、もぎとってしまいました。

「ごらんよ。きたない、ふるいもみの木にくっついていたんだよ。」

 その子はそうさけびながら、枝をふんづけましたから、枝はくつの下で、ぽきぽき音を立てました。

 もみの木は、目のさめるようにうつくしい、花ぞののなかの花をみました。そしてみすぼらしいじぶんのすがたを見まわしてみて、これならいっそ、ものおきのくらいかたすみにほうり出されていたほうが、よかったとおもいました。それからつづいて森のなかにいたときの、わかいじぶんのすがたを、目にうかべました。楽しかったクリスマスの前の晩のことを、おもいだしました。でっくりもっくりさんのおはなしを、うれしそうにきいていた、小ねずみたちのことをおもいだしました。

「もうだめだ、もうだめだ。」と、かわいそうなもみの木はためいきをつきました。「たのしめるときに、たのしんでおけばよかった。もうだめだ。もうだめだ。」

 やがて、下男(げなん)が来て、もみの木を小さくおって、ひとたばの(まき)につかねてしまいました。それから大きなゆわかしがまの下へつっこまれて、かっかと赤くもえました。もみの木はそのとき、ふかいためいきをつきました。そのためいきは、パチパチ弾丸(だんがん)のはじける音のようでした。ですから、そこらであそんでいるこどもたちは、みんなかけてきて、火のなかをのぞきこみながら、

「パチ、パチ、パチ。」と、まねをしました。

 もみの木は、あいかわらず、ふかいためいきのかわりに、パチ、パチいいながら、森のなかの、夏のまひるのことや、星がかがやいている、冬の夜半(よなか)のことをおもっていました。またクリスマスの前の晩のことや、たったひとつきいて、しかも、そのとおりにおはなしのできるでっくりもっくりさんの、むかしばなしのことを、かんがえていました――するうち、木はもえきってしまいました。

 こどもたちは、やはり、にわであそんでいました。そのいちばん小さい子は、金の星をむねの上につけていました。その星は、もみの木が一生のうちで、いちばんたのしかった晩、あたまにつけていたものでした。けれど、いまはそれも、おしまいになりました。もみの木も、そのおはなしも、おしまいになりました。おしまい。おしまい。さて、どんなおはなしも、そうしておしまいになっていくのです。

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