本所両国

6話 一銭蒸汽

1,368字 約3分 2013年7月24日 公開

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 僕等はそこから引き返して川蒸汽の客になるために横網の浮き桟橋へおりて行った。昔はこの川蒸汽も一銭蒸汽と呼んだものである。今はもう賃銭も一銭ではない。しかし、五銭出しさえすれば、何区でも勝手に行かれるのである。けれども屋根のある浮き桟橋は――震災は勿論この浮き桟橋も炎にして空へ立ち昇らせたであろう。が、一見した所は明治時代に変っていない。僕等はベンチに腰をおろし、一本の巻煙草に火をつけながら、川蒸汽の来るのを待つことにした。

「石垣にはもう苔が生えていますね。もっとも震災以来四、五年になるが、……」

 僕はふとこんなことをいい、O君のために笑われたりした。

「苔の生えるのは当り前であります。」

 大川は前にも書いたように一面に泥濁りに濁っている。それから大きい浚泄船(しゅんせつせん)が一艘起重機をもたげた向う河岸も勿論「首尾の松」や土蔵の多い昔の「一番堀」や「二番堀」ではない。最後に川の上を通る船でも今では小蒸汽や達磨船(だるません)である。五大力、高瀬船、伝馬(てんま)荷足(にたり)、田舟などという大小の和船も、何時の間にか流転の力に押し流されたのであろう。僕はO君と話しながら「湘日夜東に流れて去る」という支那人の詩を思い出した。こういう大都会の中の川は(げんしょう)のように悠々(ゆうゆう)と時代を超越していることは出来ない。現世は実に大川さえ刻々に工業化しているのである。

 しかしこの浮き桟橋の上に川蒸汽を待っている人々は大抵大川よりも保守的である。僕は巻煙草をふかしながら、唐桟柄(とうざんがら)の着物を着た男や銀杏返(いちょうがえ)しに結った女を眺め、何か矛盾に近いものを感じない訳には行かなかった。同時にまた明治時代にめぐり合った或なつかしみに近いものを感じない訳には行かなかった。そこへ下流から漕いで来たのは久振りに見る五大力である。(とも)の高い五大力の上には鉢巻きをした船頭が一人一丈余りの櫓を押していた。それからお(かみ)さんらしい女が一人御亭主に負けずに(さお)を差していた。こういう水上生活者の夫婦位妙に僕等にも抒情詩めいた心持ちを起させるものは少ないかも知れない。僕はこの五大力を見送りながら――そのまた五大力の上にいる四、五歳の男の子を見送りながら、幾分かかれ等の幸福を羨みたい気さえ起していた。

 両国橋をくぐって来た川蒸汽はやっと浮き桟橋へ横着けになった。「隅田丸三十号」(?)――僕は或はこの小蒸汽に何度も前に乗っているのであろう。兎に角これも明治時代に変っていないことは確かである。川蒸汽の中は満員だった上、立っている客も少なくない。僕等はやむを得ず船ばたに立ち、薄日の光に照らされた両岸の景色を見て行くことにした。(もっと)も船ばたに立っていたのは僕等二人に限った訳ではない。僕等の前にも夏外套を着た、あご髯の長い老人さえやはり船ばたに立っていたのである。

 川蒸汽は静かに動き出した。すると大勢の客の中に(たちま)ち「毎度御やかましうございますが」と甲高い声を出しはじめたのは絵葉書や雑誌を売る商人である。これもまた昔に変っていない。()し少しでも変っているとすれば、「何ごとも活動ばやりの世の中でございますから」などという言葉をはさんでいることであろう。僕はまだ小学時代からこういう商人の売っているものを一度も買った覚えはない。が、天窓越しにかれの姿を見おろし、ふと僕の小学時代に伯母と一しょに川蒸汽に乗ったときのことを思い出した。

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