2話 二十五
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その莞爾々々の顔のまま、鍬を離した手を揉んで、
「何んともハイ御しんせつに言わっせえて下せえやして、お庇様で、私、えれえ手柄して礼を聞いたでござりやすよ。」
「別に迷惑にもならなかったかい。」
と悠々としていった時、少なからず風采が立上って見えた。勿論、対手は件の親仁だけれど。
「迷惑処ではござりましねえ、かさねがさね礼を言われて、私大くありがたがられました。」
「じゃ、むだにならなかったかい、お前さんが始末をしたんだね。」
「竹ン尖で圧えつけてハイ、山の根っこさ藪の中へ棄てたでごぜえます。女中たちが殺すなと言うけえ。」
「その方が心持が可い、命を取ったんだと、そんなにせずともの事を、私が訴人したんだから、怨みがあれば、こっちへ取付くかも分らずさ。」
「はははは、旦那様の前だが、やっぱりお好きではねえでがすな。奥にいた女中は、蛇がと聞いただけでアレソレ打騒いで戸障子へ当っただよ。
私先ず庭口から入って、其処さ縁側で案内して、それから台所口に行ってあっちこっち探索のした処、何が、お前様御勘考さ違わねえ、湯殿に西の隅に、べいらべいら舌さあ吐いとるだ。
思ったより大うがした。
畜生め。われさ行水するだら蛙飛込む古池というへ行けさ。化粧部屋覗きおって白粉つけてどうしるだい。白鷺にでも押惚れたかと、ぐいとなやして動かさねえ。どうしべいな、長アくして思案のしていりゃ、遠くから足の尖を爪立って、お殺しでない、打棄っておくれ、御新姐は病気のせいで物事気にしてなんねえから、と女中たちが口を揃えていうもんだでね、芸もねえ、殺生するにゃ当らねえでがすから、藪畳みへ潜らして退けました。
御新姐は、気分が勝れねえとって、二階に寝てござらしけえ。
今しがた小雨が降って、お天気が上ると、お前様、雨よりは大きい紅色の露がぽったりぽったりする、あの桃の木の下の許さ、背戸口から御新姐が、紫色の蝙蝠傘さして出てござって、(爺やさん、今ほどはありがとう。その厭なもののいた事を、通りがかりに知らして下すったお方は、巌殿の方へおいでなすったというが、まだお帰りになった様子はないかい。)ッて聞かしった。
(どうだかね、私、内方へ参ったは些との間だし、雨に駈出しても来さっしゃらねえもんだで、まだ帰らっしゃらねえでごぜえましょう。
それとも身軽でハイずんずん行かっせえたもんだで、山越しに名越の方さ出さっしゃったかも知れましねえ、)言うたらばの。
(お見上げ申したら、よくお礼を申して下さいよ。)ッてよ。
その溝さ飛越して、その路を、」
垣の外のこなたと同一通筋。
「ハイぶうらりぶうらり、谷戸の方へ、行かしっけえ。」
と言いかけて身体ごと、この巌殿から橿原へ出口の方へ振向いた。身の挙動が仰山で、さも用ありげな素振だったので、散策子もおなじくそなたを。……帰途の渠にはあたかも前途に当る。
「それ見えるでがさ。の、彼処さ土手の上にござらっしゃる。」
錦の帯を解いた様な、媚めかしい草の上、雨のあとの薄霞、山の裾に靉靆く中に一張の紫大きさ月輪の如く、はた菫の花束に似たるあり。紫羅傘と書いていちはちの花、字の通りだと、それ美人の持物。
散策子は一目見て、早く既にその霞の端の、ひたひたと来て膚に絡うのを覚えた。
彼処とこなたと、言い知らぬ、春の景色の繋がる中へ、蕨のような親仁の手、無骨な指で指して、
「彼処さ、それ、傘の陰に憩んでござる。はははは、礼を聞かっせえ、待ってるだに。」