宇宙の始まり

3話 序(3)

9,677字 約19分 2010年8月16日 公開

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 カルデア人の文化は季節の交互変化と甚だ深い関係があるので、彼らは暦の計算を重要視した。始めには、多数の民族と同様に、算暦の基礎を太陰の運行においたものらしい。しかしそのうちに太陽の方がもっと重要な影響を及ぼすことに気付いたので、上記のごとき太陽年を採用した。それがマルドゥクの業績として伝えられたのであろう。その後、間もなく、星の位置を観測すると種々な季節を決定するのに特別有用であるということを発見した。季節は動植物界を支配する。しかるに人類の存続は結局全くこの有機界による。そういうわけで、結局星辰の力というものが過重視されるようになり、そのために爾後約二〇世紀の間、現代の始まりまでも自然研究の衝動を麻痺させるという甚だ有害な妄信を生ずるに至った。この教理はジュリアス・シーザーと同時代のディオドルス・シクルス(Diodorus Siculus)によって次のように述べられている。『彼ら(カルデア人)は長い年月の間星辰を注目してきて、しかしてあらゆる他国民よりも仔細にその運動と法則とを観察してきたおかげで、将来起るべきいろいろのことを人々に予言することができた。予言をしたり未来を左右したりするのに最も有効なものは、吾人が遊星と名づくる五つの星(水星、金星、火星、木星、土星)であると考えた。もっとも彼らはこれらの星を『通訳者』(Dolmetscher)という名で総称していた。――しかしこれらの星の軌道には、彼らのいうところでは、『助言する神々』と呼ばれる三〇の別の星がある。そのうちでの首座の神々として一二を選み、その一つ一つに一二ヶ月の一つと並びに黄道状態における十二宮星座の一つずつを配布した。これらの中を通って太陽太陰並びに五つの遊星が運行するものと彼らは信じていたのである。』

 カルデアの僧侶たちの占星術はなかなか行届いたものであった。彼らは毎日の星の位置を精細に記録し、また直後の未来におけるその位置を算定することさえできた。いろいろの星はそれぞれ神々を代表し、あるいは全く神々そのものと見なされていた。それで誰でもいかなる神々が自分の生涯を支配しているかを知りたいと思う人は、星のことに明るい僧侶について、自分の誕生日における諸星の位置を尋ねる。そうして潤沢な見料と引換に、自分の運勢の大要を教わるのである。何か一つの企てをある決まった日に遂行しようという場合ならば、その成功の見込についてあらかじめ教えを受けることができた。もしこのカルデアの僧侶についてよほど善意な判断を下してみるとすれば、多分こういうふうに言われるであろう。すなわち、彼らの考えの基礎には、すべてのできごとは外界の条件の必然の結果として起るものである、という、今日でも一般に通用している確信があったのであろう。

 しかしこの考えと編み交ぜられていたもう一つの考えは全く間違ったものであって、簡単な吟味にも堪えないものであった。すなわち、それは太陰や諸遊星の位置が自然界や人間界にかなりな影響を及ぼすと考えたことである。諸天体は神々であるとの信仰のために天文学は神様に関する教え、すなわち、宗教の一部になった。しかしてその修行はただ主宰の位置にある僧侶階級にのみ限られていた。誰でもこの僧侶階級の先入的な意見に疑いを挿むような者はこの僧侶たちと利害を同じうしていた主権者から最も苛酷な追究を受けた。この忌まわしい風習が一部分古典時代の民族に移り伝わり、そうして中世の半野蛮人において最も強く現われたのである。

 カルデアの宇宙構成神話はまた他の方面から見ても吾人にとって重要な意義がある。すなわちそれは、少し違った形でユダヤ人によって採用され、従ってまたキリスト教徒に伝えられたからである。近代の研究において一般に認容されている宇宙創造伝説の推移に関する考えは、ドイツの読者間には『バベルとバイブル』(Babel und Bibel)という書物によって周知のことと思うから、ここではすべてをその書に譲りたいと思う。渾沌はユダヤ人にとってもやはり原始的のものであった。地は荒涼で空虚であった。しかして深きもの(すなわち、原始の水)の上には一面の闇があった。バビロニアの僧侶ベロスース(Berosus)の言葉として伝えられているところでは『始めにはすべてが闇と水であった』ことになっている。この深きものテホム(Tehom)というのがユダヤの宇宙創造の物語では人格視されており、また語源的にティアマートに相当している。その有り合わせた材料から神エロヒーム(Elohim)が天と地とを創造した(あるいは、本当の意味では、形成した)のである。

 エロヒームは水を分けた。その上なるものは天の中に封じ込められ、しかしてその下なるものの中に地が置かれた。地は平坦、あるいは半球形であって、その水の上に浮んでいるものと考えられていた。その上方には不動な天の穹窿が横たわり、それに星辰が固定されていた。しかしこの天蓋までの高さは余り高いものではなく、鳥類はそこまで翔け昇り、それに沿うて飛行することができるのである。エノーク(Enoch)は、多くの星が地獄(Gehennas)の火に焼き尽くされたさまを叙している。それはエロヒームの神がこれらの星に光れと命じたときに光り始めなかったからである。このように星辰は『不逞の天使』すなわち、主上の神から排斥された神々であったのである。

 カルデアの創世記物語とユダヤのそれとの相違する主要の点は、後者が一神的であるに反し前者が多神的であることである。ただし前者でも太陽神マルドゥクが万象並びにまた諸神の主権者として現われている点から見ればやはり一神的の傾向をも帯びている。

 ユダヤの宇宙開闢説の中にはまた世界の卵という考えに関するフェニシアの創世伝説の痕跡のあることは『エロヒームの精霊が水の上に巣籠りした(〔bru:tete.〕 通例「浮揺していた」schwebte と訳してある)』という文句からうかがわれる。またマルドゥクとティアマートの争闘の物語の片影はヤフヴェ(Jahve)が海の怪物レヴィアターン(Leviathan)すなわち、ラハーブ(Rahab)を克服する伝説の中に認められる。宇宙開闢論の見地から見ると、ユダヤ、従ってキリスト教における世界の始源に関する表現には何ら特別優れた創意というものはないのである。

 世界の始めに関するこの最初のカルデアの記述よりは幾分後になるが、それでもやはり随分古いものとしては、これに対応するエジプトのいろいろの物語である。中で最も重要な、ここでの問題に関する神話を、マスペロ(〔Maspe'ro〕)の集録によって紹介することとする。すなわち、当時『虚無』の概念はまだ抽象的なものにはなっていなかった。それで、「暗き水の中に」、形は渾沌たるものではあったがとにかく物質的な材料があった。そこで特別な首座の神様が――国が違えばこの神も一々違っているが――世界にありとあらゆる生物無生物を造り出した。その造り方は、その神の平生の仕事次第でいろいろであって、例えば織り出すとか、あるいは陶器の壷などのように旋盤の上でこねて造ったりしている。ナイル川のデルタの東部地方では創世記神話が最もよく発達していた。すなわち、始めには天(ヌイト Nuit)と地(シブ Sibu)とが互いにしっかりと絡み合って原始の水(ヌー Nu)の中に静止していた。創世の日に一つの新しい神シュー(Shu)が原始水から出現し、両手で天の女神ヌイトをかかえてさし上げた、それでこの女神は両手と両足――これが天の穹窿の四本柱である――を張って自分のからだを支え、それが星をちりばめた天穹となったのである(第三図)。

第三図 シューの神がヌイト(天)とシブ(地)を分つ図。チューリン博物館所蔵のミイラの棺に描かれたものをフォーシェー・ギューダンの模写したもの。

 そこでシブは植物の緑で覆われ、それから動物と人間が成り出でた。太陽神ラー(Ra)もまた原始水の中で一つの蓮華の莟の中に隠されていたが、創世の日にこの蓮の花弁が開きラーが出現して天における彼の座を占めた。このラーはしばしばシューと同一視せられたものである。太陽がヌイトとシブの上を照らしたので、そこで一列の神々たちが生れ、その中にはナイルの神のオシリスもいた。暖かい日光の下に、あらゆる生けるもの、すなわち、植物も動物も人間も発達した。ある二三の口碑によるとこれは温められたナイルの泥の中での一種の醗酵作用、すなわち、ある自生的過程によって起ったものとされており、この過程は歴史時代に至ってもまだ全く終っていなかったもののように考えられている。多くの人々の信じていたところでは、この最初の人間たち、すなわち、太陽の子供たちは完全なものであり幸福であった。そして後代のものは出来損なったものばかりで、本来の幸福を失ってしまったものである。またある人々の信じていたところでは、この最古の人間たちは動物のような性状のもので、まだ言語をもたず、ただ曲折のない音声で心持を表わしていたのを、トート(Thot)の神が初めてこれに言語と文字とを教えたということになっている。このように、ダーウィンの学説でさえも、ここに見らるるごとく、既にこの文化の幼年時代においてその先駆者をもっているのである。

第四図 太陽神が創造の際開きかかった蓮華から出現する図。フォーシェー・ギューダンの描図。この神は頭上に神聖な蛇を乗せた太陽円盤の象徴を頂いている。蓮華と二つの莟とは一つの台から立上がっている、これは通例水盤の象徴であるがここでは暗黒な原始水ヌーをかたどっていると思われる。

 古典時代における宇宙始源に関する観念は甚だ幼稚なものであった。ヘシオド(Hesiod 西暦紀元前約七〇〇年)が彼の神統記(Theogonie)及び『日々行事』(Werke und Tage)の中でギリシアの創世記神話を語っている。それによると、すべては渾沌をもって始まった。そのうちに地の女神ゲーア(〔Ga:a〕)が現われ、これが万物の母となった。同様にその息子の天の神ウラノス(Uranos)が通例万物の父と名づけられたものである。天と地とが神々の祖先だという考えは原始民族の間ではよくあることである。ここでこの初心な、子供らしい、また往々野蛮くさい詩を批評的に精査しても大した価値はないのであるから、これをフォッス(Voss)の訳した音律詩形で紹介することとしておく。すなわち、神統記、詩句一〇四―一三〇及び三六四―三七五にこうある。

幸いあれ、ツォイスの子らよ、美しき歌のしらべに、

いざや、永遠に不死なる神々の聖族を讃めたたえよ。

地より、また星に輝く天より成り出で、

暗く淋しき夜よりも。さてはまた海の潮に養われし神々の族をたたえよ。

始めに神々、かくて地の成り出でしことのさまを語れ、

また河々の、果てなき波騒ぐ底ひなき海の、

また輝く星の、遠く円かなる大空の始めはいかなりしぞ。

この中より萌え出でて善きものを授くる幸いある神々は、

いかにその領土を分ち、その光栄を頒ちしか、

またいかに九十九折なすオリンポスをここに求めしか、

時の始めよりぞ、語れ、かの神々の中の一人が始めに生り出でしさまを。

見よ、すべての初めにありしものは渾沌にてありし、さどその後に広がれる

 地を生じ、永久の御座としてすべての

永遠なる神たち、そは雪を冠らすオリンポスの峯に住む神の御座となりぬ。

遠く広がれる地の領土の裾なるタルタロスの闇も生じぬ。

やがてエロスはあらゆる美しさに飾られて永遠の神々の前に出できて、

あらゆる人間にも永遠なる神々にも、静かに和らぎて

胸の中深く、知恵と思慮ある決断をも馴らし従えぬ。

渾沌よりエレボス(注一)は生れ、暗き夜もまた生れ、

やがて夜より(エーテル)(注二)、と光の女神ヘメーラは生れぬ、

両つながらエレボスの至愛の受胎によりて夜より生れたり。

されど地は最初に己が姿にかたどりて

彼の星をちりばめし天を造り、そは隈なく地を覆い囲らして

幸いある神々の動がぬ永久の御座とはなりぬ。

(注一) エレボス。原始の闇、陰影の領土。

(注二) エーテル。上層の純粋な天の気、後に宇宙エーテルとして、火、空気、土、水の外の第五の元素とされたもの。

 次にゲーアは『沸き上る、荒涼な海』ポントス(Pontos)を生んだ。彼女とウラノスは六人の男子と六人の女子を生じた。それはいわゆるティタンたち(Titanen)で、すなわち『渦巻深き』大洋のオケアノス(Okeanos)、コイオス(Koios)(注一)とクレイオス(Kreios)(注二)ヤペツス(Japetus)(注三)、ヒュペリオン(Hyperion)(注四)、テイア(Theia)(注五)、レイア(Rheia)(注六)、ムネモシュネ(Mnemosyne)(注七)、テミース(Themis)(注八)、テティース(Thetis)、フォエベ(Phoebe)、及びクロノス(Kronos)(注九)、などその外にキュクロープたち(Zyklopen)(注一〇)などである。ここで、一部は多分ヘシオドのこしらえたと思われるいろいろな名前を目録のように詩句の形でならべたものを紹介しても余り興味はあるまい。――このような単純な詩の種類、すなわち、名前の創作といったようなものは北国民の詩スカルド(Skalden)にも普通である。――ただ星と風との生成に関する次の数行だけはここに掲げてもよいかと思う。

(注一) コイオス。多分光の神、これはヘシオドにだけ出てくる名である。

(注二) クレイオス。半神半人、ポントスの娘の一人、ユウリュビア(Eurybia)の婿である。

(注三) ヤペツス。神々の火を盗んで人類に与えたかのプロメテウス(Prometheus)の父。

(注四) この名の意味は『高く漂浪するもの』である。

(注五) 立派なものの意。

(注六)『神母』、これがすなわちツォイス(Zeus)の母であった。

(注七) 追憶の女神、歌謡の女神たちの母。

(注八) 秩序と徳行の女神。

(注九) 首座の神で、自分の子のツォイスに貶された。

(注一〇) アポローに殺された一つ目の巨人たち。

テイアは光り輝く太陽ヘリオスと太陰セレネを生みぬ、

また曙の神エオスも。これらはあまねく地に住むものを照らし

さては広く円かに覆える天に在す不死なる神をも照らしぬ。

これはかつてヒュペリオンの愛の力によりてテイアより生れぬ。

されど、クリオスはユウリュビアを娶りて力強き御子たち

パルラス(Pallas)とアストレオス(〔Astra:os〕)(注一)を生みぬ、この高く秀でし女神は。

またペルセス(Perses)も、そは、別けて知恵優れし神なりき。

エオスはアストレオスと契りて、制し難き雄心に勇む風の神を生みぬ。

ゼフューロス(Zefyros)(注二)は灰色にものすさまじ、ボレアス(Boreas)(注三)は息吹きも暴し。

ノトス(Notos)(注四)は女神と男神の恋濃かに生みし子なればこそ。

また次に聖なる爽明の女神はフォスフォロス(Fosforos)(注五)を生みぬ。

天に瓔珞とかがやく星の数々も共に。

(注一) 天の神で風の神々の父。

(注二) 西風。

(注三) 北風。

(注四) 南風。

(注五) 暁の明星―金星(venus)。

『日々行事』(Werke und Tage)において、ヘシオドはいかにして人間が神々によって創造させられたかを述べている。始めには人間は善良で完全で幸福で、しかして豊富な地上の産物によって何の苦労もなく生活していた。その後にだんだんに堕落するようになったのである。

 ギリシアの宇宙開闢説はローマ人によって踏襲されたが、しかしそのままで著しい発展はしなかった。オヴィドがその著メタモルフォセス(Metamorphoses)の中に述べているところによると始めにはただ秩序なき均等な渾沌、“rudis indigestaque moles”があった。それは土と水と空気との形のない混合物であった。自然(ナツール)が元素を分離した。すなわち、地を天(空気)と水から分ち、精微な空気(エーテル)を粗鬆な(普通の)空気から取り分けた。『重量のない』火は最高の天の区域に上昇した。重い土はやがて沈澱して水によって囲まれた。次に自然は湖水や河川、山、野、谷を地上に形成した。以前は渾沌の闇に隠されていた星も光り始め、そうして神々の住みかとなった。植物、動物、しかして最後に人類も創造された。彼らはそこで黄金時代の理想的の境地に生活していた。永遠の春の支配のもとに地は耕作を待たずして豊富な収穫を生じた(“Fruges tellus inarata ferebat”)。河々には神の美酒(ネクタール)と牛乳が流れ、槲樹からは蜂蜜が滴り落ちた。ジュピター(ツォイス)がサターン(クロノス)を貶してタルタロスに閉じ込めたときから、時代は前ほどに幸福でない白銀時代となり、既に冬や夏や秋が春と交代して現われるようになった。それで厳しい天候に堪えるために住家を建てる必要を生じた。すべてのものが悪くなったのが銅時代にはますます悪くなり、ついに恐ろしい鉄時代が来た。謙譲、忠誠、真実は地上から飛び去り、虚偽、暴戻(ぼうれい)、背信、そして飽くことを知らぬ黄金の欲望並びに最も粗野な罪悪の数々がとって代った。

第五図 ギリシア神話における大河オケアノスの概念。

 オヴィドの宇宙開闢説はヘシオドのといくらも違ったところはない。本来の稚拙な味は大部分失われ、そしてこれに代わって、実用的なローマ人の思考過程にふさわしいずっと生真面目な系統化が見えているのである。

 部分的にはなかなか見事であると思われるオヴィドの叙述の見本を少しばかり、ブレ(Bulle)の翻訳したメタモルフォセス(『変相』)の中から下に紹介する。

海と陸の成りしときよりも前に

天がこの両つの上に高く広がりしときよりも古く

全世界はただ一様の姿を示しぬ、

渾沌と名づくる荒涼なる混乱にてありし。

重きものの中に罪深く集いて隠れしは

後の世に起りし争闘の萌芽なりき。

日の神は未だその光を世に現わさず、

フォエベの鎌はまだ望月と成らざりき。

地は未だ今のごとく、

己と釣合いて空際に浮ばず

またアムフィトリートの腕は未だ我が物と

遠く広がる国々の果てを抱かざりき。(注一)

空気あるところにはまた陸あり、陸にはまた

溢るる水ありて空気に光もなく

陸には立ち止まるべきわずかの場所もなく

水には泳ぐべき少しの流動さえなかりき。

いかなる物質にも常住の形はなく、

何物も互いに意のままにならざりき。

一つの体内に柔と剛は戦い、

寒は暖と、軽は重と争いぬ。

ただ、物の善き本性と

一つの神性とによりてこの醗酵は止みぬ。(注二)

陸と海、地と蒼穹とは分たれ、

輝くエーテルと重き空気は分たれぬ。

かくて神がこの荒涼を分ちて

万物をその在所に置きしとき

すべての中に一致と平和を作り出しぬ。

上に高く天の幕を張り巡らせし

そは重量なき火の素質にてありき、

下には深くやがてまた重く空気を伴いぬ。

更に深く沈みて粗なる質量より作られて

地はありぬ、その周囲には水を巡らしぬ。

かく神が物質を分ちしとき――

そは誰なりしか――これに肢節を作り始めぬ。

これが均衡を得るためにまず

地を球形(注三)として空中に浮べたりき。

嵐に慄く海の潮を

次に湖沼を泉を河を造りぬ、

河は谷に従い、岸の曲るに任せて流れぬ。

多くの流れは成りてその波は

海へと逆巻きて下り、多くの河は

やがて再びまた地を呑み尽くし、

また多くは勢いのままに溢れ漲り

渚は化して弓なりに広き湖となり

岸辺は波打ちぬ。神の定めに

また谷々も広き野原も

また岩山も緑茂る森も出できぬ。

神はまた天の左手の側に

二つの帯を作りまた右手に二つ

真ん中には火光に燃ゆる第五帯を作りまた

地にも同じく五つの帯の環を巡らしぬ。

中なる帯は暑さのために住み難く

さらばとて外側の帯は氷雪の虐げあり、

ただ残る二帯のみ暖と冷と

幸いあるほどに正しく交じり合えり。

空気はそのエーテルより重きことはなお

水の土よりも軽きがごとし、

神はこれを雷電の座と定めければ、このときより

多くの人の心はそのために安からず恐れ悩めり。

また神は霧を撒き散らしまた霞と雲を

空中に播き、また稲妻を引連れて、

風の軍勢はかしこに氷の息吹きと飛び行く、

されど神はその止度なく暴るることは許さじ。

(注一) ここで海神ポセイドン(Poseidon)の配偶アムフィトリートが地の縁辺を腕で抱えるとあるところから見ると、オヴィドは地が球形でなくて円板の形をしていると考えていたことが分る。しかしオヴィドの時代に、教養ある人々の間には一般に地は球状をなすものと考えられていた。

(注二) この神は「温和な自然」である。Hanc deus et melior litem natura diremit.

(注三) この言語 orbis は本来円板の義で、後にはまた球の意にも使われた。

 この次には各種の風とその出発点に関する記述があって、それからこの詩人は次のように続けている。

澄めるエーテル、そは明るき遠方に

重量なくまた地にあるごとき限界を知らず

昇りたり――エーテルに今は星も輝き初めぬ。

それまでは荒涼なる濁りの中に隠されし群も。

この数々の星にこそ人間の目は自ら

神々の顔と姿を認むるなれ。

この神々は生のすべてのいかなる部分にも

過ち犯すことなからんために、エーテルの中に光り浮ぶ。

かくて空気は鳥の住みかとなり

魚には海、他の生けるものには陸ありき。

ただ一つの存在、そは理性を享け有ちて

すべての他のものの主たるべきものは

未だこの全眷屬の中にあらざりき、

人だねの生れしまでは、そはこの世界を飾らんため(注)

恐らくは主の命により胚子より

形作られて、秩序をもたらすべき人類の生れしまでは。

恐らくはまた地の土の中にエーテルの

取り残されし一片の火花ありしか、

この土を水に柔らげて神々の姿と容を

プロメテウスの堅き手に作り上げしときに。

その外のあらゆる者は下なる地の方に

眼をこそ向くれ、その暇に人のみこそ振り仰ぎ

その眼は高く永遠の星の宮居に、

かくてぞ人のくらいは類いなきしるしなるらん。

あわれ黄金時代よ、その世は信心深き族の

何の拘束も知らず、罰というものの恐れもなく

ただ己が心のままに振舞いてやがて善く正しかりき。

厳しき言葉に綴られし誡めの布告もなくて

自ら品よき習わしと秩序とは保たれぬ。

また判官の前に恐れかしこまる奴隷もなかりし。

人は未だ剣も鎧も知らず

喇叭も戦を呼ぶ角笛も人の世の外なりし。

未だ都を巡らす堀もなく

人はただ己に隣る世界の外を知らざりき。

檜の船は未だかつて浪路を凌がず、

人は世界の果てを見んとて船材に斧を入るることもなかりき。

静かに平和に世はおさまりて

土はその収穫を稔れよと

鶴嘴と鋤とに打砕かるることもなかりき。

(注)“Sanctius his animal mentisque capacius altae-Deerat adhuc et quod dominari in cetera posset- Natus homo est.”

 この後に来たのが白銀時代で、黄金時代の永久の春はやみ、ジュピターによって四季が作られた。人間は夏の焼くような暑さ、冬の凍てつく寒さを防ぐために隠れ家を求めることが必要となった。土地の天然の収穫で満足していられなくなったので人間は耕作の術を発明した。

世は三度めぐりて黄銅のときとなりぬ。

心荒々しく武器を取る手もいと疾く、

されどなお無慚の心はなかりき。恥知る心、規律と正義の

失せ果てしは四度目の世となりしとき、

そは鉄の時代、嘘と僞りの奴とて

掠め奪わん欲望に廉恥を忘れしときのことなり。

このときより腐れたる世界の暴力は

入りきぬ、詭計や陥穽も。

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