26話 守り神 二
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その後も世の乱れは絶えなかった。かえって、そのむかしよりも禍いが大きくなって来たように見えた。
かの応仁の戦乱を始めとして、それから元亀天正に至る百余年の間、日本国じゅうに起こった大小の戦乱を一々かぞえ立てることは、専門の歴史家に取ってもなかなか重大の仕事であろう。その禍いの絶頂ともいうべき天正九年に、羽柴筑前守秀吉は織田信長の命令をうけて、中国一円を切り従えるべく攻め下った。その時に秀吉は中国の入口に然るべき根拠地を見いだそうとして、播州で名高い古城の址を調べさせた。その選に入ったのが白旗山と姫山とで、どちらも古い歴史をもっているだけに、秀吉も一旦はその選択に迷ったが、交通の便利から考えて遂に姫山を選むことに決めた。
「就いては白旗の城址はいっさい取り毀せ。なまじいに何かの跡方が残っていると、謀叛人の足溜りともなり、山賊どもの棲家ともなる。いずれにしても良からぬことじゃ。」
その指図にしたがって、浅野弥兵衛は大勢の家来や人夫を引き連れて、白旗山の城址を取り毀しにかかった。藤次郎兄弟の伝説があるだけに、土地の者は何かの怪異をひそかに予期していたが、そんな噂は一向にきこえないで、朽ちかかっていた百畳敷も、幾日かの後にまったく取りくずされてしまった。
それと同時に、姫山の古城は新しく改築された。旧記によると、城の東西がおのおの十町、南側十一町、北側七町、その中が内廓で、本丸と二の丸がある。本丸は後に太閤丸と呼び換えられた。こうして、この古城は一切その粧いを新たにしたが、天主閣だけは昔のままに取り残されていた。それに就いては次のような奇怪な伝説が残っていた。
城の普請中である。春もやがて暮れかかる日の夕方に、秀吉が二、三人の小姓を連れて普請場を見廻っていると、どこからともなしに一人の美しい上があらわれて、秀吉のゆく手に立ち塞がった。見馴れぬ女が突然に出て来たので、秀吉も小姓もおもわず目を瞠ってかれを見つめると、上はしずかに言った。
「ここはわたしの棲家じゃ。お身たちは誰に許されて我が物顔に振舞うぞ。早うここを立ち退かれい。」
しかしかれの相手は藤次郎や雉六のやからではなかった。その詰問に対して、秀吉は恐れげもなしに答えた。
「そういうお身こそ誰に許されてここへ参られた。羽柴筑前守が縄張りの城中へ女子の身として妄りにまいらるること無用でござる。お身こそ早う立ち去られい。」
「お身はまだなんにも知らぬか。」と、かれは嘲るように笑った。「この姫山と白旗山とはわたしの年久しい棲家で、たとえて言わばこの姫山は本丸、白旗山は出丸じゃ。その白旗山をいっさい取り頽して、さらにこの姫山をも奪おうとするは、あまりの無礼、あまりの狼藉じゃ。白旗山はともかくも、この姫山は決してお身たちに渡すまい。好んで禍いを招こうよりも、一刻も早うここを立ち退くが人のため、身のためじゃ。早う行かれい。」
「して、お身は何者じゃ。」と、秀吉は訊いた。
「それを名乗る要はない。二百余年の昔からここに棲む者じゃと思われい。」
「さてはおのれ、狐狸か魔性の者か。」と、秀吉は屹とかれを睨んだ。「女子の身としてこの古城に百年二百年の月日を送る――まことの人間ではよもあるまい。空城のあいだはおのれらの宿にも仮したれ、秀吉がここに来たり住むからは、おのれらに一刻も仮すことはならぬ。おとなしく立ち去らずば、おのれ眼に物見するぞ。」
小姓に持たせていた太刀を引き取って、秀吉はわが眼の前にたたずむ怪しい上を睨みつめていると、かれもその艶やかな顔色を見るみる変えた。
「さらばお身、どうでもここを立ち去らぬというか。あくまでもこの城を我が物にしようと言うか。」
「勿論のことじゃ。わが弓矢の力で切り取ったこの国に、わが居城を築くがなんの不思議じゃ。今までここに棲んでいた主人というに免じて、おのれの命だけは助けてやる。それでも執念くさまよい居らば、おのれ生け捕って正体を見あらわしてくるるぞ。」
上は素直に立ち去ろうともしなかった。かれはものすごい瞳をかがやかして、呪うようにじっと秀吉を見つめているので、秀吉の憤怒は俄かに胸を衝いた。
「ええ、おのれ。素直に立ち去らぬか。」と、彼は一と足すり寄って叱るように言った。
「お前こそ素直に立ち去られい。」と、かれの方でも一と足すすみ寄って来た。
すわや大事と看て取った小姓どもは、いずれも腰刀に手をかけて主人の左右に引き添うて進むと、秀吉はかれらを見返って激しく命令した。
「それ、かれめを生け捕れ。手にあまらば斬って捨てい。」
小姓どもは一時に飛びかかってかれの腕を捉えようとすると、かれの姿は忽ち烟のように消えてしまった。
「おのれ、まさしく魔性の者じゃ。」
秀吉は空を睨んで突っ立っていると、そこに一本咲き乱れている遅桜の梢かと思わるるあたりで、彼を嘲るような笑い声がきこえた。
「羽柴筑前。早うここを去らぬと、お身の家は二代と続くまいぞ。」
太刀に手をかけて、秀吉はそこらを屹と睨み廻したが、それは声ばかりで、呪詛のぬしはどこにも姿を見せなかった。狐狸妖怪になぶられたかと思うと、彼の憤怒はいよいよ募った。
「見よ、あすは早朝から狐狩りして、おのれらの巣を焼き尽くしてくりょうぞ。」
その命令は夜のうちに伝えられて、あくる日の早朝から城内の狐狩りが行なわれた。怪しい女の正体は、おそらく年古る狐であろうということに諸人の意も一致して、森のかげ、堤の下、石垣の隙き間まで隈なく猟り尽くした末に、二十四あまりの狐、狸、鼬、貂のたぐいを狩り捕えたが、この古城のぬしらしい怪獣は遂に見あたらなかった。
その次の日の午頃であった。秀吉がやはり二、三人の小姓を連れて、普請場を見廻っていると、とある大樹に立てかけてあった古い角材が突然に倒れかかって来た。素早く身をかわしたので、幸いに秀吉の身にはなんの怪我もなかったが、それに頭を打たれたらどうあろう、と彼もさすがに身を顫わせた。しかも彼の性格として、眼にみえないその仇を憎むの念がいよいよ抑え切れなくなって来た。彼は虚空を睨みながらふと考えた。
「妖怪の棲み家はかの天主閣じゃ。誰かある。かしこへ駈け登って見とどけてまいれ。」
小姓どもは押っ取り刀ですぐに天主閣へ駈けあがって行ったが、それぎりで一人も戻って来なかった。半過ぎても、一経っても、なんの音沙汰もなかった。不安に思って、他の家来共もつづいて登ったが、それもまた一人も帰らなかった。小姓と家来をあわせて十余人の人間は、いずれも暗い天主閣の奥に封じ籠められてしまったらしく、一人も無事に戻って来て閣上の秘密を報告するものはなかった。
「さりとは怪しからぬことじゃ。大事の家来を一人ならず五人十人も奪われては、羽柴の家の弓矢の恥辱じゃ。つづいて登るものはないか。」
秀吉は癇癖の唇を顫わせて哮った。その下知にしたがって、福嶋市松が駈けあがると、天主閣のなかは昼でも闇であった。彼は一旦引っ返して、手松明を用意して登ると、二階三階をゆく間は何事もなかったが、第四階までゆき着いた時に蝙蝠のような大きな鳥が音もなしに飛んで来て、不意に彼の手松明を搏き落とした。市松は舌打ちしながら暗い中を探ってゆくと、なんだか判らない獣が彼の肩あたりに飛びかかって来たので、彼はすぐに引っ担いで力任せに床の上に叩き付けると、何かまた這って来て其の足に絡み付いた。蛇ではあるまいかと想像しながら、市松は足をあげて強く蹴放した。
「はは、多寡の知れた奴らじゃ。」
市松はあざ笑いながら、さらに第五階へのぼって行った。狭い階段を半分ほど登ると、頭の上の暗い壁にぼんやりと薄い光りが見えたので、彼は俄かに身を伏せてその光りのする方をうかがうと、上には物の音もきこえた。さらに抜き足をして登ってゆくと、第五階の頂上と思われるところには、うす黄いろい火の光りが微かに流れて、その火の前には気高く美しい上がうしろ向きになって何事かを祈っているらしかった。
「おのれは何者じゃ。」と、市松は腰刀の柄を挫ぐるばかりに握りしめながら叫んだ。
上はしずかに振り向いた。その顔はうしろ姿で想像したよりも更に闌けたもので、一種凄麗の気を帯びているのに、市松もさすがにおびやかされた。
「うるさい奴。又しても参ったか。」と、かれは眉をあげて言った。「おのれの主人にも言うて聞かせた通り、ここはわたしの棲家じゃ。余人の入るべきところでないと思え。」
「なんの、おのれ……。」
市松は力足を踏んで駈け寄ろうとすると、五体は眼に見えない糸につながれたようで、あとへも先きへも動かれなくなった。彼はいたずらに牙を噛んで木偶のように突っ立っていると、女はほほと軽く笑った。
「最前から入り代り立ち代って幾人来ることやら、誰も彼も二階三階まで来る間に、ことごとく鳥獣の餌食になってしまうに、おのればかりは無事にここまで登り着いたは、運が強いか、力が強いか、いずれにしても果報者じゃ。その果報にめでて今日ばかりは助けてやる。再びまいるな。」
言い捨ててかれは再び燈火の前に向かった。そのうしろ姿を睨みつけながら、市松は一と足も前に踏み出すことが出来なかった。それでも彼は罵るように又訊いた。
「して、おのれは何者じゃ。」
「はて、くどい。わたしは小坂部というものじゃ。」
かれの頭の上に燃えていた微かな火は吹き消すように消えた。それと同時に、なんとも知れない恐怖が氷のように市松の惣身を冷たくした。人を人とも思わない大胆不敵の彼も、もうここにはどうしても居たたまれないような臆病な人間に生まれ変わって、五体の自由になったのを幸いに、ころげるように階段を逃げて降りた。明かるい土の上に立って、はじめてほっと息をついた彼は、その顔色を藍のようにしていた。
「ええ、おのれまで弱い奴じゃ。」と、秀吉はその報告を聴いてますます憤った。「よし、この上は天主閣に火をかけて焼き払え。さるにてもその小坂部というは何者であろうな。」
そばに控えている家来どもの中には、小坂部の名を知っている者はなかった。浅野弥兵衛は子細らしく首をかしげて、切支丹宗門の邪教徒ではないかと言った。
「むむ。切支丹のやからかも知れぬ。」と、秀吉もうなずいた。「かれらは邪法を行なうとか聞いていれば、あるいはその徒かも知れぬのう。」
彼は口の中で切支丹の名をくり返していた。そうして、天主閣を焼くことはひとまず沙汰止みになった。その後、怪しい女は彼の前に姿をあらわさなかったが、城中の侍や人夫の中には、時々にそれらしい女のさまよう姿を見た者もあると伝えられていた。しかも中国征伐の軍務が忙しいので、妖女の噂もだんだんに忘れられて、その翌月に秀吉は鳥取にむけて出陣した。
織田信長が本能寺で明智光秀に攻めほろぼされた時に、秀吉は備中高松から引っ返して来て、まずこの姫山の城で軍議を開いて、亡君の弔いいくさのためにすぐに都へ討ってのぼった。彼は山崎の一戦に明智を討ち破り、さらに北国の柴田をほろぼして、遂に日本国の覇者となった。そのあいだも姫山の天主閣はむかしのままで、一種の謎のように立っていた。秀吉がこの天主閣を焼き払わなかったのは、彼も切支丹宗門を信じていた為であるとも伝えられているが、それは確かに判らない。姫山が姫路と呼び変えられた後、それは池田家の居城となった。天主閣の頂上に薄い火の光りが見える時には、なにか禍いのある兆として城中の者から恐れられていた。
妖女に呪われた秀吉は、その子の秀頼の代にほろびた。福嶋市松は芸州広嶋の城主と出世したが、これも一代で家は断えた。
この物語のはじまる頃から数えるとおよそ三百年、ほとんど絶え間なしに打ちつづいた日本国じゅうの争乱も、元和元年の大坂落城を最後としてひとまず静謐に帰したが、寛永十四年の冬から十五年の春にかけて、九州ではかの嶋原一揆の騒動が起こった。それもようやく鎮まると、あくる寛永十六年に姫路の城主本多政朝は因州鳥取に移されて、松平忠明が代って姫路に入城することになった。忠明がそのおん礼として江戸に登城すると、将軍家光はそっと言い聞かせた。
「姫路の城には天主閣があるそうじゃが、それは世の守り神と存じて必ず疎略にいたすな。世の禍いはその神の呪詛とも思わるる節がある。心して祀り仕えよ。」
忠明はかしこまって退出した。彼は姫路の城に入ると、天主閣の周囲には注連を張らせた。閣の入口には毎日もろもろの供物をささげさせて、月に一度ずつは城主自身が必ず参拝を怠らなかった。
ここの城主はその後も不思議に幾たびか変わったが、それからそれへと言い継いで、決して天主閣の神を疎略にはしなかった。こうして、徳川時代二百六十余年の太平が続いたと伝えられている。
(「婦人公論」大正九年十月号より連載)