雪霊続記

1話 雪霊続記(1)

3,669字 約7分 2005年11月24日 公開

読み方を変える
字の大きさ
行の間隔
1行の長さ
書体
配色
組み方

        一

 機會(きくわい)がおのづから()ました。

 今度(こんど)(たび)は、一體(いつたい)はじめは、仲仙道線(なかせんだうせん)故郷(こきやう)()いて、其處(そこ)で、一事(あるよう)(すま)したあとを、姫路行(ひめぢゆき)汽車(きしや)東京(とうきやう)(かへ)らうとしたのでありました。――(この)列車(れつしや)は、米原(まいばら)一體分身(いつたいぶんしん)して、(わか)れて東西(とうざい)(はし)ります。

 (それ)大雪(おほゆき)のために進行(しんかう)(つゞ)けられなくなつて、晩方(ばんがた)武生驛(たけふえき)越前(ゑちぜん))へ(とま)つたのです。()ひて一町場(ひとちやうば)ぐらゐは前進(ぜんしん)出來(でき)ない(こと)はない。が、()うすると、深山(しんざん)小驛(せうえき)ですから、旅舍(りよしや)にも食料(しよくれう)にも、乘客(じようかく)(たい)する設備(せつび)不足(ふそく)で、危險(きけん)であるからとの(こと)でありました。

 元來(ぐわんらい)――歸途(きと)()(せん)をたよつて東海道(とうかいだう)(おほまは)りをしようとしたのは、……(じつ)途中(とちう)決心(けつしん)出來(でき)たら、武生(たけふ)()りて(ゆる)されない(こと)ながら、そこから虎杖(いたどり)(さと)に、もとの蔦屋(つたや)旅館(りよくわん))のお(よね)さんを(たづ)ねようと()ふ……()る/\(つも)(ゆき)(なか)に、淡雪(あはゆき)()えるやうな、あだなのぞみがあつたのです。で()(のぞみ)(あふ)るために、()福井(ふくゐ)あたりから(さけ)さへ()んだのでありますが、()ひもしなければ、(こゝろ)(きま)らないのでありました。

 (たゞ)()(いたづ)らに、思出(おもひで)武生(たけふ)(まち)宿(やど)つても(かま)はない。が、宿(やど)りつゝ、其處(そこ)虎杖(いたどり)(さと)彼方(かなた)()て、(こゝろ)(あし)(はこ)べない(とき)(はかな)さには()()へられまい、と(おも)ひなやんで()ますうちに――

 汽車(きしや)()きました。

 ()をつむつて、(みゝ)(おさ)へて、發車(はつしや)()つのが、三(ぷん)、五(ふん)、十(ぷん)十五(ふん)――やゝ三十(ぷん)()ぎて、やがて、驛員(えきいん)()不通(ふつう)通達(つうたつ)()いた(とき)は!

 (ゆき)(その)まゝの待女郎(まちぢよらう)()つて、()()つて(みちび)くやうで、まんじ(ともゑ)中空(なかぞら)(わた)(はし)は、宛然(さながら)(たま)棧橋(かけはし)かと(おも)はれました。

 人間(にんげん)増長(ぞうちやう)します。――積雪(せきせつ)のために汽車(きしや)(とま)つて難儀(なんぎ)をすると()へば――旅籠(はたご)()らないで、すぐにお(よね)さんの(もと)へ、()うだ、()つて()けなさうな(こと)はない、が、しかし……と、そんな(こと)(おも)つて、()(かべ)天井(てんじやう)(ゆき)(そら)のやうに()つた停車場(ステエシヨン)に、しばらく(かんが)へて()ましたが、(あま)不躾(ぶしつけ)だと(おのれ)(せい)して、矢張(やつぱ)一旦(いつたん)宿(やど)()(こと)にしましたのです。ですから、同列車(どうれつしや)乘客(じようかく)(うち)で、停車場(ステエシヨン)(はな)れましたのは、多分(たぶん)(わたし)一番(いちばん)あとだつたらうと(おも)ひます。

 大雪(おほゆき)です。

(ゆき)やこんこ、

 (あられ)やこんこ。」

 大雪(おほゆき)です――が、停車場前(ステエシヨンまへ)茶店(ちやみせ)では、まだ小兒(せうに)たちの、そんな(こゑ)(きこ)えて()ました。()時分(じぶん)は、(やま)根笹(ねざさ)()くやうに、(かぜ)もさら/\と()りましたつけ。(まち)(はひ)るまでに()もとつぷりと暮果(くれは)てますと、

(ぢい)さイのウ(ばゞ)さイのウ、

 綿雪(わたゆき)小雪(こゆき)()るわいのウ、

 雨戸(あまど)小窓(こまど)もしめさつし。」

 と(さび)しい(わび)しい(うた)(こゑ)――(ゆき)も、小兒(こども)爺婆(ぢいばあ)()けました。――(かぜ)次第(しだい)に、ぐわう/\と()ながら(やま)(ゆす)りました。

 店屋(みせや)さへ()()(しま)る。……旅籠屋(はたごや)(もん)(とざ)しました。

 家名(いへな)(なに)(かま)はず、いま其家(そこ)()めようとする一(けん)旅籠屋(はたごや)駈込(かけこ)みましたのですから、場所(ばしよ)(まち)目貫(めぬき)(むき)へは(とほ)いけれど、鎭守(ちんじゆ)(はう)へは(ちか)かつたのです。

 座敷(ざしき)二階(にかい)で、だゞつ(ぴろ)い、人氣(にんき)(すく)ないさみしい(いへ)で、夕餉(ゆふげ)もさびしうございました。

 若狹鰈(わかさがれひ)――(だい)すきですが、(それ)附木(つけぎ)のやうに(こほ)つて()ます――白子魚乾(しらすぼし)切干大根(きりぼしだいこ)()(わん)はまた白子魚乾(しらすぼし)に、とろゝ昆布(こぶ)(すひ)もの――しかし、(なん)となく可懷(なつかし)くつて(なみだ)ぐまるゝやうでした、何故(なぜ)ですか。……

 (さけ)()んだが()ひません。むかしの(こと)(かんが)へると、病苦(びやうく)(すく)はれたお(よね)さんに(たい)して、生意氣(なまいき)らしく(はづ)かしい。

 兩手(りやうて)炬燵(こたつ)にさして、俯向(うつむ)いて()ました、()れるやうに(なみだ)()ます。

 さつと()吹雪(ふゞき)であります。さつと()くあとを、ぐわうーと()る。……次第(しだい)(いへ)ごと(ゆす)るほどに()りましたのに、(なん)()寂寞(さびしさ)だか、あの、ひつそりと障子(しやうじ)()(おと)。カタ/\カタ、(しろ)()(しの)んで()る、雪入道(ゆきにふだう)透見(すきみ)する。カタ/\/\カタ、さーツ、さーツ、ぐわう/\と()くなかに――()る/\うちに障子(しやうじ)(さん)がパツ/\と(しろ)()ります、雨戸(あまど)(すき)(とり)嘴程(くちばしほど)吹込(ふきこ)(ゆき)です。

大雪(おほゆき)()()など、(まち)(みち)()えますと、三日(みつか)四日(よつか)(わたし)一人(ひとり)――」

 三年以前(ねんいぜん)()つた(とき)、……お(よね)さんが()つたのです。

    ……………………

(みち)()える。大雪(おほゆき)()。」

 お(よね)さんが、あの虎杖(いたどり)(さと)の、()吹雪(ふゞき)に……

「……(たゞ)一人(ひとり)。」――

 (わたし)決然(けつぜん)として、()ごしらへをしたのであります。

電報(でんぱう)を――」

 と()つて、旅宿(りよしゆく)()ました。

 (じつ)はなくなりました(ちゝ)が、()危篤(きとく)(とき)東京(とうきやう)から(かへ)りますのに、(タダイマココマデキマシタ)と()(まち)から發信(はつしん)した……()とそれを口實(こうじつ)に――時間(じかん)(おそ)くはありませんが、目口(めくち)もあかない、()吹雪(ふゞき)に、(なん)()つて(そと)()ようと、放火(つけび)強盜(がうたう)人殺(ひとごろし)(うたが)はれはしまいかと(あやぶ)むまでに、さんざん(おも)(まど)つたあとです。

 ころ(がき)のやうな(かみ)()つた(しも)げた女中(ぢよちう)が、雜炊(ざふすゐ)でもするのでせう――土間(どま)大釜(おほがま)(した)()いて()ました。番頭(ばんとう)帳場(ちやうば)(あを)(かほ)をして()ました。が、無論(むろん)自分(じぶん)たちが()使(つかひ)()ようとは怪我(けが)にも()はないのでありました。

        二

()()るのだらう……とにかくこれは尋常事(たゞごと)ぢやない。」

 (わたし)幾度(いくたび)となく(ゆき)(ころ)び、(かぜ)(たふ)れながら(おも)つたのであります。

天狗(てんぐ)()(わざ)だ、――()(わざ)だ。」

 (なに)しろ可恐(おそろし)(おほき)()が、(しろ)指紋(しもん)大渦(おほうづ)()いて()るのだと(おも)ひました。

 いのちとりの吹雪(ふゞき)(なか)に――

 最後(さいご)(たふ)れたのは(ひと)つの(ゆき)(をか)です。――()うは()つても、小高(こだか)場所(ばしよ)(ゆき)(つも)つたのではありません、粉雪(こゆき)吹溜(ふきだま)りがこんもりと(つも)つたのを、(どつ)()(かぜ)()こそぎに()()(はう)吹飛(ふきと)ばして(はこ)ぶのであります。(ひと)(ふた)つの(すう)ではない。(なみ)(かさな)るやうな、(いく)つも(いく)つも、(さつ)()いて、むら/\と位置(ゐち)(みだ)して、八方(はつぱう)(たか)()ります。

 (わたし)()う、それまでに、幾度(いくたび)()(うづ)にくる/\と()かれて、(おほき)(みづ)()に、孑孑蟲(ぼうふらむし)(ひつ)くりかへるやうな(かたち)で、()つては()げられ、(つか)んでは(たふ)され、()()げては(たふ)されました。

 (わたし)は――白晝(はくちう)北海(ほくかい)荒波(あらなみ)(うへ)(おこ)(ところ)()吹雪(ふゞき)(うづ)()(こと)があります。――一度(いちど)は、たとへば、敦賀灣(つるがわん)でありました――()にかいた雨龍(あまりよう)のぐる/\と()()いて、一條(ひとすぢ)、ゆつたりと()(した)()れたやうな(かたち)のものが、()りしきり、吹煽(ふきあふ)つて空中(くうちう)薄黒(うすぐろ)(れつ)(つく)ります。

 ()()るうちに、()(ひと)つが、ぱつと()えるかと(おも)ふと、(たちま)ち、ぽつと、(つゞ)いて(おな)(かたち)(あらは)れます。()えるのではない、(かすか)()える若狹(わかさ)(みさき)()(ごと)(しろ)()つて()ぶのです。(ひと)(ひと)つが()()うでした。――吹雪(ふゞき)(うづ)()いては()び、()いては()びます。

 (わたし)(みゝ)()ち、(はな)()ぢつゝ、いま、()(うづ)()つては()び、(かす)めては(はし)るんです。

 大波(おほなみ)(たゞよ)小舟(こぶね)は、宙天(ちうてん)搖上(ゆすりあげ)らるゝ(とき)は、(たゞ)(なみ)ばかり、(しろ)(くろ)(くも)一片(いつぺん)をも()ず、奈落(ならく)揉落(もみおと)さるゝ(とき)は、海底(かいてい)(いは)()なる()の、(あか)(あを)きをさへ()ると()ひます。

 (かぜ)一息(ひといき)()ぬ、眞空(しんくう)一瞬時(いつしゆんじ)には、(まち)も、屋根(やね)も、軒下(のきした)(ながれ)も、()屋根(やね)(あつ)して(はて)しなく十重(とへ)二十重(はたへ)(たか)()ち、(はるか)(つらな)(ゆき)山脈(さんみやく)も、旅籠(はたご)炬燵(こたつ)も、(かま)も、(かま)(した)なる()も、(はて)虎杖(いたどり)(いへ)、お(よね)さんの薄色(うすいろ)(そで)紫陽花(あぢさゐ)(むらさき)(はな)も……お(よね)さんの素足(すあし)さへ、きつぱりと()えました。が、(みやく)()つて吹雪(ふゞき)()ると、呼吸(こきふ)(むせ)んで、()(めしひ)のやうに()るのでありました。

 最早(もはや)最後(さいご)かと(おも)(とき)に、鎭守(ちんじゆ)(やしろ)()(まへ)にあることに心着(こゝろづ)いたのであります。同時(どうじ)(みね)(とが)つたやうな眞白(まつしろ)(すぎ)大木(たいぼく)()ました。

 雪難之碑(せつなんのひ)のある(ところ)――

 天狗(てんぐ)――()()など意識(いしき)しましたのは、()()のせゐかも()れません。たゞし(これ)目標(めじるし)出來(でき)たためか、()()()えたやうに()つて、(たふ)れて()(ゆき)(をか)飛移(とびうつ)るやうな(おも)ひはなくなりました。

 (まこと)は、兩側(りやうがは)にまだ(いへ)のありました(ころ)は、――(なか)旅籠(はたご)(まじ)つて()ます――一面識(いちめんしき)はなくつても、(おな)汽車(きしや)()つた(ひと)たちが、(まばら)にも、それ/″\の二階(にかい)(こも)つて()るらしい、()れこそ親友(しんいう)附添(つきそ)つて()るやうに、氣丈夫(きぢやうぶ)頼母(たのも)しかつたのであります。(もつと)(それ)(こゝろ)あてに、(たの)む。――(たす)けて――(たす)けて――と幾度(いくたび)()びました。けれども、(まど)(ひと)つ、ちらりと燈火(ともしび)(かげ)()れて(こた)ふる(ひかり)もありませんでした。(きこ)える(はず)もありますまい。

 いまは、(たゞ)(よね)さんと、(あひだ)千尺(せんじやく)(ゆき)(へだ)つるのみで、一人(ひとり)()()つ、……(むし)()(ねむ)るばかりに()りました。

 (とき)不思議(ふしぎ)なものを()ました――(そこひ)なき(ゆき)大空(おほぞら)の、()()(うへ)を、プスリと(のみ)穿(うが)つて()(あな)から()ちこぼれる……(おほ)きさは()うです……蝋燭(らふそく)()(すこ)(おほき)いほどな眞蒼(まつさを)(ひかり)が、ちら/\と(ゆき)()め、()めて、ちら/\と()めながら、ツツと(かゞや)いて、()古杉(ふるすぎ)(こずゑ)()(とま)りました。()(あを)()は、しかし(わたし)(たましひ)()藻脱(もぬ)けて、虚空(こくう)()んで、(さかさま)(した)亡骸(なきがら)(のぞ)いたのかも()れません。

 が、()(かげ)()すと、(なか)(うも)れた(わたし)身體(からだ)は、ぱつと紫陽花(あぢさゐ)(つゝ)まれたやうに、(あを)く、(あゐ)に、群青(ぐんじやう)()りました。

 ()(やま)(うへ)なる(たうげ)茶屋(ちやや)(おも)()す――極暑(ごくしよ)病氣(びやうき)のため、(くるま)()えて、故郷(こきやう)(かへ)(みち)すがら、()茶屋(ちやや)(やす)んだ(とき)(こと)です。(もん)背戸(せど)紫陽花(あぢさゐ)(つゝ)まれて()ました。――(わたし)(かほ)(いろ)(おな)じだつたらうと(おも)ふ、()(あを)い。

 (なに)より、(いや)な、可恐(おそろし)(かみなり)()つたのです。たゞさへ()れようとする心臟(しんぞう)に、動悸(どうき)は、破障子(やれしやうじ)(あふ)るやうで、(ふる)へる()()(みづ)の、(みづ)より(さき)無數(むすう)()が、()(くち)(はな)飛込(とびこ)んだのであります。

 ()(とき)(くる)しさ。――(いま)も。

        三

目次に戻る

目次