お勢登場

2話

1,871字 約4分 2017年9月1日 公開

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 子供達は、いつまでも子供部屋の中にじっとしていなかった。鬼ごっこか何かを始めたと見えて部屋から部屋へ走り(まわ)る物音や、女中がそれを制する声などが、格太郎の部屋まで聞えて来た。中には戸惑いをして、彼のうしろの(ふすま)を開ける子供さえあった。

「アッ、おじさんがいらあ」

 彼等は格太郎の顔を見ると、きまり悪相(わるそう)にそんなことを叫んで、向うへ逃げて行った。しまいには正一までが彼の部屋へ闖入(ちんにゅう)した。そして、「ここへ隠れるんだ」などと云いながら、父親の机の下へ身をひそめたりした。

 それらの光景を見ていると、格太郎はたのもしい感じで、心が一杯になった。そして、ふと、今日は植木いじりをよして、子供らの仲間入りをして遊んで見ようかという気になった。

「坊や、そんなにあばれるのはよしにして、パパが面白いお(はなし)をして上げるから、(みんな)を呼んどいで」

「やあ、嬉しい」

 それを聞くと、正一はいきなり机の下から飛び出して、駈けて行った。

「パパは、とてもお噺が上手なんだよ」

 やがて正一は、そんなこまっちゃくれた紹介をしながら、同勢(どうぜい)(ひき)つれた恰好(かっこう)で、格太郎の部屋へ入って来た。

「サア、お噺しとくれ。(こわ)いお噺がいいんだよ」

 子供達は、目白押しにそこへ坐って、好奇の目を輝かしながら、あるものは恥しそうに、おずおずして、格太郎の顔を眺めるのであった。彼等は格太郎の病気のことなど知らなかったし、知っていても子供のことだから、大人の訪問客の様に、いやに用心深い態度など見せなかった。格太郎にはそれも嬉しいのである。

 彼はそこで、此頃になく元気づいて、子供達の喜び相なお噺を思い出しながら、「昔ある国によくの深い王様があったのだよ」と始めるのであった。一つのお噺を終っても、子供達は「もっともっと」といって()かなかった。彼は望まれるままに、二つ三つとお噺の数を重ねて行った。そうして子供達と一緒にお(とぎ)噺の世界をさまよっている内に、彼は益々(ますます)上機嫌になって来るのだった。

「じゃ、お噺はよして、今度は隠れん坊をして遊ぼうか。おじさんも入るのだよ」

 しまいに、彼はそんなことを云い出した。

「ウン、隠れん坊がいいや」

 子供達は我意(わがい)を得たと云わぬばかりに、立処(たちどころ)に賛成した。

「じゃね、ここの家中(うちじゅう)で隠れるのだよ。いいかい。さあ、ジャンケン」

 ジャンケンポンと、彼は子供の様にはしゃぎ始めるのだった。それは病気のさせる(わざ)であったかも知れない。それとも又、細君の不行跡(ふぎょうせき)に対する、それとなき虚勢であったかも知れない。いずれにしろ、彼の挙動に、一種の自棄気味(やけぎみ)の混っていることは事実だった。

 最初二三度は、彼は(わざ)と鬼になって、子供達の無邪気な隠れ場所を探し廻った。それにあきると隠れる側になって、子供達と一緒に押入れの中だとか、机の下だとかへ、大きな身体(からだ)を隠そうと骨を折った。

「もういいか」「まあだだよ」という掛声が、家中に狂気めいて響き渡った。

 格太郎はたった一人で、彼の部屋の暗い押入れの中に隠れていた。鬼になった子供が「何々(なになに)ちゃんめっけた」と呼びながら部屋から部屋を廻っているのが(かすか)に聞えた。中には「ワーッ」と怒鳴(どな)って隠れ場所から飛び出す子供などもあった。やがて、銘々(めいめい)発見されて、あとは彼一人になったらしく、子供達は一緒になって、部屋部屋を探し歩いている気勢(けはい)がした。

「おじさんどこへ隠れたんだろう」

「おじさあん、もう出ておいでよ」

 などと口々に(しゃべ)るのが聞えて、彼等は段々押入れの前へ近づいて来た。

「ウフフ、パパはきっと押入れの中にいるよ」

 正一の声で、すぐ戸の前で(ささや)くのが聞えた。格太郎は見つかり相になると、もう少しじらしてやれという気で、押入れの中にあった古い長持(ながもち)(ふた)をそっと開いて、その中へ忍び、元の通り蓋をして、息をこらした。中にはフワフワした夜具かなんかが入っていて、丁度寝台にでも寝た様で、居心地が悪くなかった。

 彼が長持の蓋を閉めるのと引違いに、ガラッと重い板戸が開く音がして、

「おじさん、めっけた」

 という叫び声が聞えた。

「アラッ、いないよ」

「だって、さっき音がしていたよ、ねえ何々ちゃん」

「あれは、きっと(ねずみ)だよ」

 子供達はひそひそ声で無邪気な問答をくり返していたが、(それが密閉された長持の中では、非常に遠くからの様に聞えた)いつまでたっても、薄暗い押入れの中は、ヒッソリして人の気勢もないので、

「おばけだあ」

 と誰かが叫ぶと、ワーッと云って逃げ出して了った。そして、遠くの部屋で、

「おじさあん、出ておいでよう」

 と口々に呼ぶ声が幽に聞えた。まだその辺の押入れなどを開けて、探している様子だった。

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