浦添考

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1,667字 約3分 2021年8月13日 公開

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 沖縄の歴史をしらべた事のある人は、浦添(うらそい)という名称の沖縄の上古史から離す事の出来ない名称である事に気が付くであろう。むかし舜天(しゅんてん)や英祖や察度(さっと)のような王者を出した浦添は果して如何(いか)なる所であったろう。

 浦添の事をしらべるに参考となるべき史料は至って少い。しかし、たとい文献となって遺っていないでも、神の名とか(ところ)の名とかいうような固有名詞が伝わってさえいれば、その解釈によって研究の端緒は開けるのである。さて浦添という名称にどんな意味があるかとしらべてみたら、浦添という漢字はアテ字であって、もとはうらおそいとカナで書いたという事がわかった。浦添のようどれの碑文に、

うらおそいよりしよりにてりあがりめしよわちやことうらおそいのようどれは……

という文句がある。明の天啓年間に編纂した『オモロ双紙』にもうらおそいと書いてある。うらおそいは後に縮まってうらそいとなり、(つい)に浦添の二字であらわされるようになった。うらおそいはうら(浦)おそう(襲)という言葉の名詞形で、浦々を支配する所という意をもっている。(金石文には、浦襲とも見えている。これから推して熊襲(くまそ)も、くま即ち山地を襲う人民の意に解したら面白いと思う。)この言葉の活用している例をオモロに求めると、

きこゑきみがなしうらのかすおそう……

 尊い王がどの浦も支配するの意である。オモロにはこれに似た例が多い。

(てに)ぎやしたおそてしよりもりふさよわせ……

 天下を支配して首里に君臨せよの意である。また、

きこゑきみがなし

しまおそてちよわれ

ゑぞこかよわぎやめ

あぢおそいしよ世しりよわれ

 尊き王よこの国を治めよ船の通わんかぎりわが王これを支配せよという意である。また「だしまおそうあぢおそい」(この島を治むる君)、「だきよりおそうあぢおそい」(この国を領する君)というようなこともある。うらおそう、しまおそう、くにおそう、天ぎや下おそう、国しる、島しる、世しる、いずれも国を治めるという意である、オモロには形容詞になって、「くにおそいぎみ」というように用いられた例もある。国を治むる人という意で、くにおそい、くにもり、くにしり、のように名詞法になった例も多い。按司添の添はおそいで、治むる人という意味をもっている。ヤラザモリ城の碑文に、しまおそい大さと、しもしましり、という地名のあるのも注意すべきである。これらの例によって浦添の語原は明らかになったが、今一つ他の例を挙げて、一層これを確めよう。百九十三年前旧琉球王国政府で編纂した『混効験集』(内裏言葉(コウトダイヤレクト)を集めたもの)に、

もんだすい  百浦添御本殿

ということがある。「もんだすい」は俗にいわゆる唐破風(からはーふ)で、旧琉球王国の内閣である。「もんだすい」が「もゝうらおそい」の転訛したものであることは、「みおやだいりのおもろお双紙」にある昔神代に百浦添御普請御祝いの時の頌歌を見てもわかる。

しより(首里に)おわる(在す)てだこが(王が)

もゝうらおそい(百浦添御本殿を)げらいて(修築して)

たまばしり(玉の戸)たまやりど(玉の戸)みもん(美しいかな)

ぐすく(城に)おわる(在す)てだこが(王が) 〔十三―一〇〕

 ももうらおそいは三十一年毎に建てなおす(ためし)になっていたが(?)、その落成式の時にはいつもこのオモロを歌ったのである。また、

しよりおわるてだこ

みかなしのてだこ

もゝうらおそいちよわちへ

世そうもり〔正しくは世そわりに〕ちよわちへ 〔五―三九〕

というオモロもある。吾らが敬慕する首里の王が百浦襲(正殿)に在してというほどの意である。「世そうもり」は国を襲う所で、「もゝうらおそい」の対語である。「もゝうらおそい」は百浦即ち数知れぬ浦々を支配する局の意で、政令の出づる所という事になる。おもろには、くにつぼ(国局)ともいってある。これで浦添の意味は一入(ひとしお)明白になったが、なお浦添が果してその名称の意味にふさわしい所であったかどうかを吟味して、いよいよこの解釈の誤っていない事を証明してみよう。(神歌には無為にして治める所の義に「あだおそい」と「からおそい」という語もある。)

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