6話 モーシェレス宛
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一八二七年三月十四日、ヴィーン
親愛なモーシェレス!
……二月二十七日に私は四度目の手術を受けた。そして五度目のを受けなければなるまいという確かな兆候が幾つも新しく現われている。こんな状態がまだいくらか永びくとしたらいったいどんな結果になりいったい私はどうなることだろう?――実際私の運は峻しいことになってきた。しかし私は運命の意志に服している。そして、私が生きながら死んでいなければならぬあいだ、神がその聖旨によって私を窮乏*から護って下さるようにということだけを祈っている。私の運がどんなに苦しく恐ろしいものであっても、至高の神の聖旨に服すことによって、自分の運を耐え抜く力が与えられることであろう……
君の友
L・v・ベートーヴェン
*原注――必須の金にほとんど窮したベートーヴェンはロンドンのフィルハーモニック・ソサイエティーおよび当時英国にいたモーシェレスに宛てて、彼のために音楽会を開くようにしてくれと頼んだ。ソサイエティーは折り返して百ポンドの金を即座に彼に送ったほどの雅量を示した。ベートーヴェンはそのことを心の底まで感銘した。一人の友人のいうところによれば――「その手紙を受け取って両手を合わせ、喜びと感謝のあまりむせび泣くベートーヴェンの姿には、見るものの心を引き裂くような痛切なものがあった。」感激の昂奮のため彼の創痕がまたしても口を開いた。しかもなお彼は「彼の悲しい運命に同情の手を与えたけだかい心の英国人たち」に宛てて感謝の念を口授して手紙を出すことを望んだ。彼はその人々に第十交響曲と一つの序曲を、それとも彼らの望みのどんな作品をでも贈ろうと約束した。「今度こそ今までに無かったほどの愛情の心を傾け尽して私は一つの作品を作るのだ」と彼は三月十八日の手紙に書いた。そしてその月の二十六日にベートーヴェンは死んだのである。