草迷宮

6話 草迷宮(6)

6,678字 約13分 2003年9月7日 公開

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「どたん、ばたん、(えら)い騒ぎ。その立騒ぐのに連れて、むくむくむくむく、と畳を、貴僧(あなた)、四隅から持上げますが、二隅ずつ、どん、どん、順に十畳敷を一時(いっとき)に十ウ、下から握拳を突出すようです。それ毛だらけだ、わあ女の腕だなんて言いますが、何、その畳の隅が裏返るように目まぐるしく(かえ)るんです。

 もうそうなると、気の(あが)った各自(てんで)が、自分の手足で、茶碗を蹴飛(けと)ばす、徳利(とっくり)を踏倒す、海嘯(つなみ)だ、と(わめ)きましょう。

 その立廻りで、何かの拍子にゃ怪我もします、踏切ったくらいでも、ものがものですから、片足切られたほどに思って、それがために寝ついたのもあるんだそうで。漁師だとか言いましたっけ。一人、わざわざ山越えで浜の方から来たんだって、怪物(ばけもの)に負けない禁厭(まじない)だ、と《えい》の針を顱鉄(はちがね)がわりに、手拭(てぬぐい)に畳込んで、うしろ顱巻(はちまき)なんぞして、非常な(いきおい)だったんですが、猪口(ちょこ)(かけ)の踏抜きで、(いたみ)(ひど)い、お(たたり)だ、と人に(おぶ)さって帰りました。

 その立廻りですもの。(あかり)が危いから(わき)退()いて、私はそのたびに洋燈(ランプ)(おさ)え圧えしたんですがね。

 坐ってる人が、ほんとに転覆(ひっくりかえ)るほど、根太(ねだ)から揺れるのでない証拠には、私が気を着けています洋燈(ランプ)は、躍りはためくその畳の上でも、(じっ)として、ちっとも動きはせんのです。

 しかしまた洋燈ばかりが、笠から始めて、ぐるぐると廻った事がありました。やがて貴僧(あなた)風車(かざぐるま)のように舞う、その癖、場所は変らないので、あれあれと云う内に火が真丸(まんまる)になる、と見ている内、白くなって、それに蒼味(あおみ)がさして、(ぼう)として、(じっ)(すわ)る、その(いや)な光ったら。

 映る手なんざ、水へ突込(つッこ)んでるように、(うね)ったこの筋までが蒼白く透通って、各自(てんで)の顔は、(みんな)その熟した真桑瓜(まくわうり)に目鼻がついたように黄色くなったのを、見合せて、呼吸(いき)を詰める、とふわふわと浮いて出て、その晩の座がしらという、一番強がった男の膝へ、ふッと乗ったことがあるんですね。

 わッと云うから、騒いじゃ怪我をしますよ、と私が暗い中で声を掛けたのに、猫化(ねこばけ)(やっ)つけろ、と誰だか一人、庭へ飛出して()げながら(わめ)いた者がある。畜生、と怒鳴って、貴僧、危いの何のじゃない!

 《ぱっ》と(あかる)くなって(もと)(とおり)洋燈が見えると、その膝に乗られた男が――こりゃ何です、()い加減な年配でした――かつて水兵をした事があるとか云って、かねて用意をしたものらしい、ドギドギする小刀(ナイフ)を、火屋(ほや)の中から縦に突刺してるじゃありませんか。」

「大変で、はあ、はあ、」

「ト思うと一呼吸(いき)に、油壺をかけて突壊(つきこわ)したもんだから、流れるような石油で、どうも、後二日ばかり弱りました。

 その時は幸に、当人、手に(きず)をつけただけ、(いきおい)で壊したから、火はそれなり、ばったり消えて、何の事もありませんでしたが、もしやの時と、(みんな)が心掛けておきました、蝋燭(ろうそく)()けて、跡始末に(かか)ると、さあ、可訝(おかし)いのは、今の、怪我で取落した小刀(ナイフ)が影も見えないではありませんか。

 驚きました。これにゃ、(みんな)貴僧(あなた)茶釜(ちゃがま)の中へ紛れ込んで(たた)るとか俗に言う、あの蜥蜴(とかげ)尻尾(しっぽ)の切れたのが、行方知れずになったより余程(よっぽど)厭な紛失もの。襟へ入っていはしないか、むずむずするの、(ふんどし)へささっちゃおらんか、ひやりとするの、(たもと)か、(すそ)か、と立つ、坐る、帯を解きます。

 前にも一度、大掃除の検査に、階子(はしご)をさして天井へ上った、警官(おまわり)さんの洋剣(サアベル)が、何かの拍子に(さかさま)になって、鍔元(つばもと)が緩んでいたか、すっと抜出(ぬけだ)したために、下に居たものが一人、切られた事がある座敷だそうで。

 外のものとは違う。切物(きれもの)は危い、よく探さっしゃい、針を使ってさえ始める時と(しま)う時には、ちゃんと数を合わせるものだ。それでもよく紛失するが、畳の目にこぼれた針は、奈落へ落ちて地獄の山の草に生える。で、餓鬼が突刺される。その供養のために、毎年六月の一日は、氷室(ひむろ)朔日(ついたち)と云って、(わか)い娘が娘同士、自分で小鍋立(こなべだ)ての(まま)ごとをして、客にも呼ばれ、呼びもしたものだに、あのギラギラした小刀(ナイフ)が、縁の下か、天井か、承塵(なげし)の途中か、在所(ありどころ)が知れぬ、とあっては済まぬ。これだけは夜一夜(よっぴて)さがせ、と中に居た、酒のみの年寄が苦り切ったので、総立ちになりました。

 これは、私だって気味が悪かったんです。」

 僧はただ目で(こた)え、目で(うなず)く。

       二十四

洋燈(ランプ)の火でさえ、大概度胆(どぎも)を抜かれたのが、頼みに思った豪傑は負傷するし、今の話でまた変な気になる時分が、夜も深々と更けたでしょう。

 どんな事で、どこから(ほう)り投げまいものでもない。何か、対手(あいて)の方も斟酌(しんしゃく)をするか、それとも誰も殺すほどの罪もないか、命に別条はまず無かろうが、怪我は今までにも随分ある。

 さあ、捜す、となると、五人の天窓(あたま)燭台(しょくだい)が一ツです。(ろう)の継ぎ足しはあるにして、一時(いっとき)に燃すと翌方(あけがた)までの便(たより)がないので、手分けをするわけには()きません。

 もうそうなりますとね、一人じゃ先へ立つのも(いや)がりますから、そこで私が案内する、と背後(あと)からぞろぞろ。その晩は、鶴谷の檀那寺(だんなでら)納所(なっしょ)だ、という悟った禅坊さんが一人。変化(へんげ)出でよ、一喝(いっかつ)で、という宵の内の意気組で居たんです。ちっとお差合いですね、」

「いえ、宗旨違いでございます、」

 と吃驚(びっくり)したように莞爾(にっこり)する。

「坊さんまじりその人数(にんず)で。これが向うの曲角から、突当りのはばかりへ、廻縁(まわりえん)になっています。ぐるりとその両側、雨戸を開けて、沓脱(くつぬぎ)のまわり、縁の下を(のぞ)いて、念のため引返して、また便所(はばかり)の中まで探したが、光るものは火屋(ほや)(かけら)も落ちてはいません。

 じゃあ次の()を……」

 と振返って、その(おおき)なる(ふすま)を指した。

「と(みんな)が云うから、私は留めました。

 ここを借りて、一室(ひとま)だけでも広過ぎるから、来てからまだ一度も次の()(のぞ)いて見ない。こういう時開けては不可(いけ)ません。廊下から、(かわや)までは、宵から通った人もある。転倒(てんどう)している最中、どんな拍子で我知らず持って立って、落して来ないとも限らんから、念のため捜したものの、誰も開けない次の()へ行ってるようでは、何かが(かく)したんだろうから、よし有ったにした処で、先方(さき)にもしその気があれば、怪我もさせよう、傷もつけよう。さて無い、となると、やっぱり気が済まんのは同一(おんなじ)道理。押入も(のぞ)け、棚も見ろ、天井も捜せ、根太板をはがせ、となっては、何十人でかかった処で、とてもこの構えうち隅々まで(くま)なく見尽される訳のものではない。人足の通った、ありそうな処だけで切上げたが()いでしょう――

 それもそうか、いよいよ魔隠しに隠したものなら、山だか川だか、知れたものではない。

 まあ、人間(わざ)(かな)わん事に、断念(あきら)めは着きましたが、危険(けんのん)な事には変わりはないので。いつ切尖(きっさき)が降って来ようも知れません。ちっとでも(たて)になるものをと、(みんな)同一(おなじ)心です。言合わせたように順々に……(さき)へ御免を(こうむ)りますつもりで、私が釣っておいた蚊帳へ、総勢六人で、小さくなって(かが)みました。

 変におしおきでも待ってるようでなお不気味でした。そうか、と云って、(よる)夜中(よなか)、外へ遁出(にげだ)すことは思いも寄らず、で、がたがた震える、突伏(つッぷ)す、一人で寝てしまったのがあります、これが一番可いのです。坊様(ぼうさん)は口の(うち)で、(しきり)にぶつぶつと念じています。

 その舌の(もつ)れたような、便(たより)のない声を、蚊の(うな)る中に聞きながら、私がうとうとしかけました時でした。(そっ)と一人が(ゆす)ぶり起して、

(聞えますか、)

 と言います。

(ココだ、ココだ、と云う声が、)と、耳へ口をつけて(ささや)くんです。それから、それへ段々、また耳移しに。

失物(うせもの)はココにある、というお知らせだろう、)

(どうか、)と言う、ひそひそ相談(ばなし)

 耳を澄ますと、蚊帳越の障子のようでもあり、廊下の雨戸のようでもあり、次の間と隔ての襖際(ふすまぎわ)……また柱の根かとも思われて、カタカタ、カタカタと響く――あの茶立虫(ちゃたてむし)とも聞えれば、壁の中で蝙蝠(こうもり)が鳴くようでもあるし、縁の下で、(ひきがえる)が、コトコトと云うとも考えられる。それが貴僧(あなた)、気の持ちようで、ココ、ココ、ココヨとも、ココト、とも云うようなんです。

 自分のだけに、手を繃帯(ほうたい)した水兵の方が、一番に蚊帳を出ました。

 返す気で、在所(ありか)をおっしゃるからは仔細(しさい)はない、と坊さんがまた這出(はいだ)して、畳に擦附けるように、耳を澄ます。と水兵の方は、真中(まんなか)で耳を傾けて、腕組をして立ってなすったっけ。見当がついたと見えて、目で知らせ合って、上下(うえした)(うなず)いて、その、貴僧(あなた)背後(うしろ)になってます、」

「え!」

 と肩越に(ふち)差覗(さしのぞ)くがごとく、座をずらして見返りながら、

「成程。」

「北へ四枚目の隅の障子を開けますとね。溝へ柄を、その柱へ、切尖(きっさき)を立掛けてあったろうではありませんか。」

       二十五

「それッきり、危うございますから、刃物は一切(いっせつ)厳禁にしたんです。

 遊びに来て下さるも()し、夜伽(よとぎ)とおっしゃるも難有(ありがた)し、ついでに狐狸(こり)(たぐい)なら、退治しようも至極ごもっともだけれども、刀、小刀(ナイフ)、出刃庖丁、刃物と言わず、(やり)、鉄砲、――およそそういうものは断りました。

 私も長い旅行です。随分どんな処でも歩行(ある)き廻ります考えで。いざ、と言や、投出して手を()くまでも、短刀を一口(ひとふり)持っています――母の記念(かたみ)で、峠を越えます日の暮なんぞ、随分それがために気丈夫なんですが、(つつしみ)のために桐油(とうゆ)に包んで、風呂敷の結び目へ、しっかり封をつけておくのですが、」

「やはり、おのずから、その、抜出すでございますか。」

「いいえ、これには別条ありません。盗人(ぬすっと)でも封印のついたものは切らんと言います。もっとも、怪物(ばけもの)退治に持って見えます刃物だって、自分で抜かなければ別条はないように思われますね。それに貴僧(あなた)騒動(さわぎ)起居(たちい)に、一番気がかりなのは洋燈(ランプ)ですから、宰八爺さんにそう云って、こうやって行燈(あんどう)に取替えました。」

「で、行燈は何事も、」

「これだって(あが)ります。」

「あの上りますか。宙へ?」

 時に、明の、行燈のその皿あたりへ、仕切って、うつむけに伏せた手が白かった。

「すう、とこう、畳を離れて、」

「ははあ、」

 とばかり、僧は明の手のかげで、(ともしび)が暗くなりはしないか、と(あやぶ)んだ目色(めつき)である。

「それも手をかけて、(おさ)えたり、据えようとしますと、そのはずみに、油をこぼしたり、台ごとひっくりかえしたりします。(さわ)らないで、(じっ)柔順(おとなし)くしてさえいれば、元の通りに据直(すわりなお)って、()が明けます。一度なんざ行燈が天井へ附着(くッつ)きました。」

「天……井へ、」

「下に蚊帳が釣ってありますから、私も存じながら、寝ていたのを慌てて起上って、蚊帳越にふらふら釣り下った、行燈の台を押えようと、うっかり手をかけると、誰か取って引上げるように鴨居(かもい)を越して天井裏へするりと入ると、裏へちゃんと乗っかりました。もう(うずたか)い、鼠の塚か、と思う(すす)のかたまりも見えれば、(はるか)に屋根裏へ組上げた、柱の形も見える。

 可訝(おかし)いな、屋根裏が見えるくらいじゃ、天井の板がどこか外れた(はず)だが、とふと気がつくと、桟が(ゆる)んでさえおりますまい。

 板を抜けたものか知らん、余り変だ、と貴僧(あなた)

 ここで心が定まりますと、何の事もない。行燈(あんどう)は蚊帳の外の、宵から置いた処にちゃんとあって、薄ぼんやり紙が白けたのは、もう雨戸の外が明方であったんです。」

「その晩は、お一人で、」

「一人です、しかも一昨晩。」

「一昨晩?」

 と、思わずまたぎょっとする。

「で、何でございますか、その夜伽連(よとぎれん)は、もうそれ以来懲りて来なくなったんでございますかな。」

「お待ち下さい、トあの、西瓜(すいか)で騒いだ夜は、たしかその後でしたっけ。

 何、こりゃ(つま)らない事ですけれども、弱ったには弱りましたよ。……

 確か三人づれで、若い(しゅ)が見えました。やっぱり酒を御持参で。大分お支度があったと見えて、するめの足を(かじ)りながら、冷酒(ひやざけ)を茶碗で(あお)るようなんじゃありません。

 竹の皮包みから、この陽気じゃ(うお)の宵越しは出来ん、と云って、焼蒲鉾(やきかまぼこ)なんか出して。

 (うも)うございましたよ、私もお相伴しましたっけ、」

 と悠々と迫らぬ調子で、

「宵には何事もありませんでした。()塩梅(あんばい)酔心地(よいごこち)で、四方山(よもやま)の話をしながら、(いなご)一ツ飛んじゃ来ない。そう言や一体蚊も()らんが、大方その怪物(ばけもの)餌食(えじき)にするだろう。それにしちゃ(けち)食物(くいもの)だ――何々、海の中でも親方となるとかえって小さい物を(えさ)にする。(くじら)を見ろ、しこ(いわし)だ、なぞと大口を利いて元気でしたが、やがて酒はお(つも)りになる、夜が更けたんです。

 ここでお茶と云う処だけれど、茶じゃ理に落ちて魔物が()け込む。酔醒(よいざめ)にいいもの、と縁側から転がし出したのは西瓜です。聞くと、途中で畑盗人(どろぼう)をして来たんだそうで――それじゃかえって、憑込もうではありませんか。」

       二十六

「手並を見ろ、狐でも狸でも、この通りだ、と刃物の禁断は承知ですから、小刀(ナイフ)を持っちゃおりません、拳固で、貴僧(あなた)

 小相撲(こずもう)ぐらい恰幅(かっぷく)のある、節くれだった若い衆でしたが……」

 場所がまた悪かった。――

「前夜、ココココ、と云って小刀(ナイフ)を出してくれたと同一(おなじ)処、敷居から掛けて柱へその西瓜(すいか)()めて置いて、大上段(おおじょうだん)です。

 ポカリ()った。途端に何とも、(すさ)まじい、石油缶が二三十()つかったような音が台所の方で聞えたんです。

 唐突(だしぬけ)ですから、宵に手ぐすねを引いた連中も、はあ、と引呼吸(ひきいき)に魂を引攫(ひきさらわ)れた拍子に――飛びました。その貴僧(あなた)、西瓜が、ストンと若い衆の胸へ刎上(はねあが)ったでしょう。

 仰向(あおむけ)(ひっ)くりかえると、また騒動。

 それ、肩を越した、ええ、足へ乗っかる。わああ!裾へ(まつ)わる、火の玉じゃ。座頭の天窓(あたま)よ、入道首よ、いや女の生首だって、()い加減な事ばかり。夕顔の花なら知らず、西瓜が何、女の首に見えるもんです。

 追掛(おっか)けるのか、逃廻るのか、どたばた跳飛ぶ内、ドンドンドンドンと天井を下から上へ打抜くと、がらがらと棟木(むなぎ)が外れる、戸障子が鳴響く、地震だ、と突伏(つッぷ)したが、それなり(しん)として、(しずか)になって、風の音もしなくなりました。

 ト屋根に生えた草の、葉と葉が入交(いりまじ)って見え透くばかりに、月が一ツ出ています。――今の西瓜が光るのでした。

 森は押被(おっかぶ)さっておりますし、行燈(あんどう)はもとよりその立廻りで打倒(ぶったお)れた。何か私どもは深い狭い谷底に居窘(いすく)まって、千仞(せんじん)の崖の上に月が落ちたのを(なが)めるようです。そう言えば、(けやき)の枝に()いかかって、こう、月の上へ蛇のように(たれ)かかったのが、(つた)の葉か、と思うと、屋根一面に瓜畑になって、鳴子縄が引いてあるような気もします。

 したたかな、天狗(てんぐ)め、とのぼせ(あが)って、宵に蚊いぶしに()った、杉ッ葉の燃残りを取って、一人、その月へ投げつけたものがありました。

 もろいの、何の、ぼろぼろと朽木のようにその満月が崩れると、葉末の露と一つになって、棟の勾配(こうばい)(すべ)り落ちて、消えたは()いが、ぽたりぽたり(しずく)がし出した。(えり)と言わず、肩と言わず、降りかかって来ましたが、手を当てる、とべとりとして粘る。()いでみると、いや、貴僧(あなた)、悪甘い匂と言ったら。

 夜深しに汗ばんで、蒸々(むしむし)して、咽喉(のど)の乾いた処へ、その匂い。血腥(ちなまぐさ)いより(たま)りかねて、縁側を開けて、私が一番に庭へ出ると、(みんな)跣足(はだし)で飛下りた。

 驚いたのは、もう夜が明けていたことです。山の(いただき)の方は(あお)くなって、(ふもと)(もや)が白んでいました。

 不思議な処へ、思いがけない景色を見て、和蘭陀(オランダ)へ流された、と云うのがあるし、堪らない、まず行燈(あんどう)をつけ直せ、と怒鳴ったのが居る。

 屋根のその辺だ、と思う、西瓜のあとには、烏が居て、コトコトと(はし)を鳴らし、短夜(みじかよ)の明けた広縁には、ぞろぞろ(おびただ)しい、(かば)色の黒いのと、松虫鈴虫のようなのが、うようよして、ざっと障子へ駆上(かけあが)って消えましたが、西瓜の(たね)()ったんですって。

 連中は、ふらふらと二日酔いのような工合(ぐあい)で、ぼんやり黒門を出て、川べりに帰りました。

 橋の処で、(くい)にかかって、ぶかぶか浮いた真蒼(まっさお)な西瓜を見て、それから夢中で、()げたそうです。

 昼過ぎに、宰八が来て、その話。

 私はその時分までぐっすり寝ました。

 この時おかしかったのは、爺さんが、目覚しに茶を一つ入れてやるべいって、小まめに世話をして、()い色に煮花が出来ましたが、あいにく西瓜も盗んで来ない。何かないか、と考えて、有る――台所に糖味噌が、こりゃ私に、と云って一々運ぶも面倒だから、と手の着いたのじゃあるが、(おけ)ごと持って来て、時々爺さんが何かを突込(つッこ)んでおいてくれるんでした。

 一人だから食べ切れないで、()きつき過ぎる、と云って、世話もなし、茄子(なす)(へた)ごと(しょう)のもので漬けてありました。()(つか)り加減だろう、とそれに気が着いて、台所へ出ましたっけ。

(お客様あ、)

(何だい。)

昨夜(ゆうべ)(すさま)じい音がしたと言わしっけね、何にも(おっ)こちたものはねえね。)

 って言いながら、やがて小鉢へ、丸ごと五つばかり出して来ました。

 薄お納戸の()い色で。」

       二十七

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