越年

2話 越年(2)

1,015字 約2分 2010年3月23日 公開

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この手紙は今までの事柄の返事のつもりで書きます。僕は自分で言うのもおかしいけれど、はっきりしていると思う。現在、あの拓殖会社が煮え切らぬ存在で、今度の社が軍需に専念である点が僕の去就を決した。しかし私に割り切れないものがあの社を去るに当って一つあった。それは貴女に対する私の気持でした。社を辞めるとなれば(ほとん)ど貴女には逢えなくなる。その前に僕の気持を打ち明けて、どうか同情して貰いたいとあせった。しかし僕は令嬢というものに対してはどうしても感情的なことが言い出せない性質です。だから遂々(とうとう)ボーナスを貰って社を辞めようとした最後の日まで来てしまったのです。いよいよ、言うことすら出来ないのか。思い切って打ち明けたところで、断られたらどういうことになる。此方(こちら)はすごすごと思いを残して引下り貴女は僕のことなぞ忘れてしまうだけだ。いっそ喧嘩(けんか)でもしたらどうか。(ある)いは憎むことによって僕を長く忘れないかも知れない。僕もきっかり決裂した感じで気持をそらすことが出来よう。そんな自分勝手な考えしか切羽(せっぱ)詰って来ると浮びませんでした。とつおいつ、僕は遂に夢中になって貴女をあの日、撲ったのでした。しかし、女を、しかも一旦慕った麗人を乱暴にも撲ったということは僕のヒューマニズムが許しませんでした。いつも苦い悪汁となって胸に浸み渡るのでした。その不快さに一刻も早く手紙を出して詫びようと思ったが、それも矢張り自分だけを救うエゴイズムになるのでやめてしまったのです。先日、銀座で貴女に撲り返されたとき、これで貴女の気が晴れるだろうから、そこでやっと自分の言い訳やら詫びをしようと、もじもじしていたのですが、連れの者が邪魔して、それを果しませんでした。よって手紙を()って、今、釈明する次第です。平にお許し下さい。

堂島潔

 としてあった。加奈江は、そんなにも迫った男の感情ってあるものかしらん、今にも堂島の荒々しい熱情が自分の身体に襲いかかって来るような気がした。

 加奈江は時を二回分けて、彼の手、自分の手で夢中になってお互いを(たた)きあった堂島と、このまま別れてしまうのは少し無慙(むざん)な思いがあった。一度、会って打ち解けられたら……。

 加奈江は堂島の手紙を明子たちに見せなかった。家に帰るとその晩一人銀座へ向った。次の晩も、その次の晩も、十時過ぎまで銀座の表通りから裏街へ二回も廻って歩いた。しかし堂島は遂に姿を見せないで、路上には(ようや)く一月の本性の寒風が吹き募って来た。

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