4話 四
読み方を変える
「オイ、どうしたんだ。ランチュウがどうかしたのかい。死んでいたランチュウだよ」
警部の方もびつくりした顔になつて聞きかえしたが、平松刑事は、
「え、そうですよ。死んでました。しかし、死ぬ前には、生きていたんです」
そういつて何かの考えを、頭の中でまとめようとする眼つきになつている。
「ばかだな。死ぬ前に、生きていたのはあたりまえだろう」
「ええ……そうですね。それはたしかに、あたりまえですが……その生きていた時には、元気にひらひら游いでいたといいましたから……」
「ちよッ! なにいつてるんだ。ものが金魚だろう。生きていたら、ひらひら游ぐのだつてあたりまえだぞ。それともランチュウつてやつは、游がずに、しやつちよこ立ちでもしているのかな」
「あッ、そうか、それも……そうでした。ランチュウは頭が重いせいか、游ぎながらでも、しやつちよこ立ちになることが多いんですよ。――ええと、しかし、へんですねえ」
「どうも困つた男だな。いつたい何がどうしたというんだね」
「そうでした。すみません。わけをハッキリと話さなくちやいけなかつたんです。実は、この事件の発見者は、島本守という若いお医者さんでしたね」
「そうだよ。そのとおりだよ」
「ところが、その島本が、私に、金魚はひらひらしていて美しかつたといつたんですよ。――いや、そんなふうにいつたのじや、わかりませんね。事件現場での話です。私は、金魚のことばかり気にしていました。それから島本に、生きていた時の金魚はどんなだかつて聞いたんです。島本は、ぼたんの鉢を老人のところへ持つてきて、庭で老人と立話をしたというのですから、その時に、金魚を見たはずだと思つたからです。果して島本は、とくに注意はしなかつたけれど、金魚を見たつていいました。そして、ひらひらしていて美しかつた、といつたんです」
「わかつたよ。わかつたが、それがどうしたんだね」
「島本の話では、ぼたんの鉢を持つてきたのが、事件発見のあの日、つまり五月六日からいうと、一昨日だといつたんじやないでしようか。その時以来、老人には会わなかつたということもいつたはずです。ところが金魚があの土にいけた鉢の中へ入れられたのは五月五日、お節句の朝だということがわかつたんでしよう。六日からいつて一昨日は、つまり、五月四日にあたりますね。その時には、鉢の中に、金魚がいなかつたのじやないでしようか。
いない金魚を、島本は、なぜ見たんですか。いや、たしかに、見たはずはないんです。それを、私に、ひらひらしていたなんていつて……」
まわりくどい話しぶりだつたが、はじめて井口警部にも、このことの重大な意味がわかつてきた。
島本医師は、嘘をいつている。
金魚が死んでいたのを見て、多分その金魚は、前から飼つてあつたものだと考えたのであろう。まだ鉢に入れられていない金魚を、見たといつて話したのである。
「なあるほどね。こりや、おかしくなつた」
と警部も首をかしげた。
「でしよう? かんちがい、ということもあります。しかし全然いなかつたものを見たというのは……」
「大至急あのお医者さんを洗おうじやないか。何か出るよ。すぐとなりに住んでいるのだ。しかも医者だ。毒物の知識もあるはずだし、青酸加里だつて入手できるのだろう。……よし! やれ! パチンコ屋なんか、あとまわしでいい!」
そうして二人は、いつしよに椅子を立上つてしまつた。
配下のほとんど全員に手配を命じておいて、はじめはしかし、島本守には見張りだけをつけ、事件現場の金魚鉢を調べた。
気がついたとなると、あとからあとからと新しい着眼点がひらけてくる。
小鳥一羽飼つたこともないという、ごうつくばりの因業おやじが、なぜ金魚を飼う気になつたか、その点にも問題がないことはない。
調べると、果してあつた。
金魚鉢は、ぐるりに、白い砂をしきつめてある。砂をはらいのけると、埋めたと見せた鉢が、すぽりと土から抜きとれるようになつているのがわかつた。そして、鉢の下は、みかん箱の大きさの空洞で、つまり、鉢の下に何かをかくしておく場所ができているのであつた。
残念ながら、その空洞は、文字通りの空洞で何もない。が金魚屋の申立て中にあつた老人の財産についての話と、平松刑事が地金屋から得て来た聞込みとを照らし合せてみて、誰の胸にもピーンと響くものがあつた。買いこんだ金塊や古小判である。それが前にはかくされていて、今はないというだけのことである。
金魚鉢の位置から、庭の楓の葉がくれではあるが、島本医院の白壁が見えていて、もしその壁に穴があると、こつちを見おろすこともできるはずである。多分老人は、しばしば金魚鉢の下を覗きにきたことにちがいない。鉢に水があつただけでは、万一の場合人に怪しまれると気がついて、急に金魚を入れることにしたが、島本医院からは、前からして不思議に思い、老人の挙動を眺めていたものと考えられる。これでもう謎は、大体解けてしまつたのと同じになる。
「だいじようぶだ。やつつけろ!」
と井口警部は、張りきつて叫んだ。