金魚は死んでいた

4話

2,070字 約4分 2017年8月11日 公開

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「オイ、どうしたんだ。ランチュウがどうかしたのかい。()んでいたランチュウだよ」

 警部(けいぶ)(ほう)もびつくりした(かお)になつて()きかえしたが、平松刑事(ひらまつけいじ)は、

「え、そうですよ。()んでました。しかし、()(まえ)には、()きていたんです」

 そういつて(なに)かの(かんが)えを、(あたま)(なか)でまとめようとする()つきになつている。

「ばかだな。()(まえ)に、()きていたのはあたりまえだろう」

「ええ……そうですね。それはたしかに、あたりまえですが……その()きていた(とき)には、元気(げんき)にひらひら(およ)いでいたといいましたから……」

「ちよッ! なにいつてるんだ。ものが金魚(きんぎょ)だろう。()きていたら、ひらひら(およ)ぐのだつてあたりまえだぞ。それともランチュウつてやつは、(およ)がずに、しやつちよこ()ちでもしているのかな」

「あッ、そうか、それも……そうでした。ランチュウは(あたま)(おも)いせいか、(およ)ぎながらでも、しやつちよこ()ちになることが(おお)いんですよ。――ええと、しかし、へんですねえ」

「どうも(こま)つた(おとこ)だな。いつたい(なに)がどうしたというんだね」

「そうでした。すみません。わけをハッキリと(はな)さなくちやいけなかつたんです。(じつ)は、この事件(じけん)発見者(はっけんしゃ)は、島本守(しまもとまもる)という(わか)いお医者(いしゃ)さんでしたね」

「そうだよ。そのとおりだよ」

「ところが、その島本(しまもと)が、(わたし)に、金魚(きんぎょ)はひらひらしていて(うつく)しかつたといつたんですよ。――いや、そんなふうにいつたのじや、わかりませんね。事件現場(じけんげんば)での(はなし)です。(わたし)は、金魚(きんぎょ)のことばかり()にしていました。それから島本(しまもと)に、()きていた(とき)金魚(きんぎょ)はどんなだかつて()いたんです。島本(しまもと)は、ぼたんの(はち)老人(ろうじん)のところへ()つてきて、(にわ)老人(ろうじん)立話(たちばなし)をしたというのですから、その(とき)に、金魚(きんぎょ)()たはずだと(おも)つたからです。(はた)して島本(しまもと)は、とくに注意(ちゅうい)はしなかつたけれど、金魚(きんぎょ)()たつていいました。そして、ひらひらしていて(うつく)しかつた、といつたんです」

「わかつたよ。わかつたが、それがどうしたんだね」

島本(しまもと)(はなし)では、ぼたんの(はち)()つてきたのが、事件発見(じけんはっけん)のあの日、つまり五(がつ)()からいうと、一昨日(おととい)だといつたんじやないでしようか。その(とき)以来(いらい)老人(ろうじん)には()わなかつたということもいつたはずです。ところが金魚(きんぎょ)があの(つち)にいけた(はち)(なか)()れられたのは五(がつ)()、お節句(せっく)(あさ)だということがわかつたんでしよう。六()からいつて一昨日(おととい)は、つまり、五(がつ)()にあたりますね。その(とき)には、(はち)(なか)に、金魚(きんぎょ)がいなかつたのじやないでしようか。

 いない金魚(きんぎょ)を、島本(しまもと)は、なぜ()たんですか。いや、たしかに、()たはずはないんです。それを、(わたし)に、ひらひらしていたなんていつて……」

 まわりくどい(はな)しぶりだつたが、はじめて井口警部(いぐちけいぶ)にも、このことの重大(じゅうだい)意味(いみ)がわかつてきた。

 島本医師(しまもといし)は、(うそ)をいつている。

 金魚(きんぎょ)()んでいたのを()て、多分(たぶん)その金魚(きんぎょ)は、(まえ)から()つてあつたものだと(かんが)えたのであろう。まだ(はち)()れられていない金魚(きんぎょ)を、()たといつて(はな)したのである。

「なあるほどね。こりや、おかしくなつた」

 と警部(けいぶ)(くび)をかしげた。

「でしよう? かんちがい、ということもあります。しかし全然(ぜんぜん)いなかつたものを()たというのは……」

大至急(だいしきゅう)あのお医者(いしゃ)さんを(あら)おうじやないか。(なに)()るよ。すぐとなりに()んでいるのだ。しかも医者(いしゃ)だ。毒物(どくぶつ)知識(ちしき)もあるはずだし、青酸加里(せいさんかり)だつて入手(にゅうしゅ)できるのだろう。……よし! やれ! パチンコ()なんか、あとまわしでいい!」

 そうして二人(ふたり)は、いつしよに椅子(いす)立上(たちあが)つてしまつた。

 配下(はいか)のほとんど全員(ぜんいん)手配(てはい)(めい)じておいて、はじめはしかし、島本守(しまもとまもる)には見張(みは)りだけをつけ、事件現場(じけんげんば)金魚鉢(きんぎょばち)調(しら)べた。

 ()がついたとなると、あとからあとからと(あたら)しい着眼点(ちゃくがんてん)がひらけてくる。

 小鳥(ことり)()()つたこともないという、ごうつくばりの因業(いんごう)おやじが、なぜ金魚(きんぎょ)()()になつたか、その(てん)にも問題(もんだい)がないことはない。

 調(しら)べると、(はた)してあつた。

 金魚鉢(きんぎょばち)は、ぐるりに、(しろ)(すな)をしきつめてある。(すな)をはらいのけると、()めたと()せた(はち)が、すぽりと(つち)から()きとれるようになつているのがわかつた。そして、(はち)(した)は、みかん(ばこ)(おお)きさの空洞(くうどう)で、つまり、(はち)(した)(なに)かをかくしておく場所(ばしょ)ができているのであつた。

 残念(ざんねん)ながら、その空洞(くうどう)は、文字通(もじどお)りの空洞(くうどう)(なに)もない。が金魚屋(きんぎょや)申立(もうした)(ちゅう)にあつた老人(ろうじん)財産(ざいさん)についての(はなし)と、平松刑事(ひらまつけいじ)地金屋(ぢがねや)から()()聞込(ききこ)みとを()らし(あわ)せてみて、(だれ)(むね)にもピーンと(ひび)くものがあつた。()いこんだ金塊(きんかい)古小判(ふるこばん)である。それが(まえ)にはかくされていて、(いま)はないというだけのことである。

 金魚鉢(きんぎょばち)位置(いち)から、(にわ)(かえで)()がくれではあるが、島本医院(しまもといいん)白壁(しらかべ)()えていて、もしその(かべ)(あな)があると、こつちを()おろすこともできるはずである。多分(たぶん)老人(ろうじん)は、しばしば金魚鉢(きんぎょばち)(した)(のぞ)きにきたことにちがいない。(はち)(みず)があつただけでは、(まん)一の場合(ばあい)(ひと)(あや)しまれると()がついて、(きゅう)金魚(きんぎょ)()れることにしたが、島本医院(しまもといいん)からは、(まえ)からして不思議(ふしぎ)(おも)い、老人(ろうじん)挙動(きょどう)(なが)めていたものと(かんが)えられる。これでもう(なぞ)は、大体(だいたい)()けてしまつたのと(おな)じになる。

「だいじようぶだ。やつつけろ!」

 と井口警部(いぐちけいぶ)は、()りきつて(さけ)んだ。

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