絵のない絵本 01 絵のない絵本

14話 第十三夜

1,884字 約4分 2018年4月2日 公開

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「わたしはある編集者の窓をのぞきこみました」と、月が言いました。「そこはドイツのどこかでした。その部屋には、りっぱな家具と、たくさんの書物と、乱雑に積みかさねた新聞がありました。若い男が幾人(いくにん)もいました。編集長自身は大きな机のそばに立っていました。二冊の小さい本が、いずれも若い作家の書いたものですが、それが批評されることになっていました。

『この一冊はぼくに送ってよこしたものなんだが』と、編集長は言いました。『ぼくはまだ読んでいない。だが、きれいな装幀(そうてい)だね。内容はきみたちどう思う?』

『ええ』と、ひとりが言いました。この人自身詩人でした。『とてもいいですよ。すこし長たらしくてだらだらしていますが、まあなんといっても若い人ですからね。詩句にしたって、もうすこし直すこともできるでしょう。思想はたいへん穏健(おんけん)です。むろん、ごくありふれた考え方ですけども。しかし、どう言うべきでしょう? 何か新しいものを見つけようったって、いつも見つかるわけじゃないんですから、ほめてやっていいと思います。といったところで、この男が詩人としてりっぱなものになろうなどとは、ぼくもけっして思ってはいません。ともかく知識もあり、すぐれた東洋学者でもあり、またたいへん穏健な批評をする人なんです。ぼくの“家庭生活についての随想録(ずいそうろく)”にりっぱな批評を書いたのは、この男なんですよ。若い人に対しては寛大(かんだい)でいてやりたいものです』

『いや、あれはまったくの愚物(ぐぶつ)ですよ』と、この部屋にいたもうひとりの紳士(しんし)が言いました。『詩では凡庸(ぼんよう)ということぐらい悪いことはありませんよ。それにあの男ときたら、一歩も凡庸以上に出ていないんですからね』

『かわいそうなやつ!』と、第三の男が言いました。『しかもこの男の叔母(おば)さんは、この男のことを喜びとしているんです。その叔母さんていうのは、編集長さん、あなたのこのあいだの翻訳(ほんやく)にあんなに大勢の予約者を集めてくれた人なんですよ――』

『ああ、あの親切な婦人ね! うん、ぼくはこの本をごく簡単に批評することにしたよ。疑う余地なき才能! 歓迎(かんげい)すべき天賦(てんぷ)の素質! 詩の(その)()いた一輪の花! 装幀もいい、などとね。ところで、もう一つの本はどうだろう! あの著者は、ぼくにも買わせようという腹らしい。――評判がいいよ。あの男は天才をもっているんだね。きみたち、そう思わないかね?』

『ええ、みんなはそう言いたててますね』と、さっきの詩人が言いました。『だけど、すこし粗雑(そざつ)ですよ。コンマの打ち方なんか、あまりにも天才的すぎますね』

『あの男はこきおろしてやって、ちっとは腹をたてさせたほうがためになりますよ。さもなきゃ、のぼせあがってしまいますからね』

『しかし、それは不当です』と、第四の男が大声に言いました。『そんな小さい欠点ばかりをかぞえたてないで、いいものを喜びましょうよ。しかもここには、それがたくさんあるんです。まったく、あの男は衆をぬきんでていますよ』

『とんでもない! もしあの男がほんとうの天才だとすれば、そのくらいの(するど)い非難にだって()えることができるさ。あの男を個人的にほめる者はいくらでもある。われわれはあの男を慢心(まんしん)させないようにしようじゃないか!』

『疑う余地なき才能!』と、編集長は書きました。『だれにもありがちの不注意。この著者もまた不幸な詩句を書くことは、二十五ページに見いだされる。そこには二つの母音重複(ぼいんちょうふく)がある。古人についてさらに研究されんことを切望する、云々(うんぬん)

 わたしはそこを立ち去りました」と、月は言いました。「それから、その叔母さんの家の窓をのぞいてみました。そこには評判のいいおとなしい詩人が、招待されたすべての客から賞讃(しょうさん)されてすわっていました。この人は(しあわ)せでした。

 わたしはもうひとりの詩人を、粗雑な詩人をさがしました。この人もまた、ひとりの後援者(こうえんしゃ)のところに集まった大勢の人々の中にいました。そこでは、もうひとりの詩人の本が話題にのぼっていました。

『わたしはあなたの本も読みましょう』と、後援者が言いました。『しかし正直(しょうじき)に言うと、あなたも知っての通り、わたしは自分の思っていることをなんでも言ってしまう人間ですが、こんどの本に対してはそんなに期待していませんよ。あなたはあまりに粗雑すぎる! 空想的すぎる――といっても、あなたが人間としてきわめて尊敬すべき人であることは、わたしも認めています』

 ひとりの若い(むすめ)片隅(かたすみ)にすわって、本を読んでいました。

――天才のほまれはどろにまみるれど、

凡庸のわざは空高くかかげらる!――

『こは古き語り草なれど、

なおつねに新たなり!』」

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