絵のない絵本 01 絵のない絵本

22話 第二十一夜

1,416字 約3分 2018年4月2日 公開

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 二週間以上も月は出ませんでしたが、いままたわたしは月を見ました。ゆるやかにのぼって行く雲の上に、月はまるく明るく(かがや)いていました。月がわたしに話してくれたことをお聞きください。

「アフリカのフェザン地方のある町から、わたしは隊商の後について行きました。砂漠(さばく)の手前にある岩塩平原の一つで、隊商は立ちどまりました。そこは氷の表面のようにきらきら光っていて、わずかのところだけ軽い流砂(りゅうしゃ)でおおわれていました。いちばん年上の男は腰帯(こしおび)水筒(すいとう)を下げ、頭のそばにはパン種のはいらないパンをいれた(ふくろ)をもっていましたが、この男が(つえ)で砂の上に正方形をえがいて、その中にコーランの中の言葉を二つ三つ書きました。隊商はみんな、この(きよ)められたところを通って進んで行きました。

 太陽の子であるひとりの若い商人が、物思いにふけりながら、(あら)い鼻息をたてている白い馬に乗っていました。この男が太陽の子であることは、その()と美しい姿とで、わたしにはすぐわかりました。この男は美しい若い妻のことでも考えていたのでしょうか? 毛皮と高価な肩掛(かたか)けで(かざ)られたラクダが、この男の妻を、美しい花嫁(はなよめ)を乗せて、町の城壁(じょうへき)のまわりを歩いたのは、たった二日前のことだったのです。太鼓(たいこ)袋笛(ふくろぶえ)が鳴りわたりました。女たちは歌いました。そしてラクダのまわりには、喜びの砲声(ほうせい)が鳴りひびきました。花婿(はなむこ)はいちばんたくさん、いちばん強く鉄砲を打ちました。そしていまは――いまその男は、隊商といっしょに砂漠を通って行くのです。

 わたしは幾晩(いくばん)も隊商の後について行きました。そして、発育の悪いシュロの木にかこまれた泉のほとりで、この人たちが休むのを見ました。人々は(たお)れたラクダの胸にナイフを()きさして、その肉を火であぶりました。わたしの光は燃えている砂を冷やしました。またわたしの光は、大きな砂海の中の死んだ島ともいうべき黒い岩の(かたま)りを人々に見せてやりました。この人たちは、人の通ったことのない道でも敵の種族に出会いませんでした。(あらし)も起りませんでした。旅行く人々を死にたやす砂柱も、この隊商の上にはまき起りませんでした。家では、美しい妻が夫や父のために(いの)っていました。

『あの人たちは死んだのでしょうか?』と、わたしの金色の半月にむかって、美しい妻はたずねました。『あの人たちは死んだのでしょうか?』と、わたしのこうこうと輝く月の輪にむかってたずねました。

 いまはもう、砂漠は隊商の後になりました。今夜は高いシュロの木の下にすわっています。そこでは(つる)が長い(つばさ)をひろげて飛びまわり、ペリカン鳥はミモザの(えだ)から人々を見おろしています。()(しげ)った草藪(くさやぶ)が、象の重たい足に()みつけられています。黒人の群れがずっと奥地(おくち)にある市場から帰ってきます。黒い(かみ)の毛のまわりに銅のボタンをつけて、あい色のスカートをはいた女たちが、重い荷をつんだ牡牛(おうし)を追っています。その荷物の上には、(はだか)の黒い子供が(ねむ)っています。ひとりの黒人は買ってきたライオンの子を(つな)で引いています。こうした人たちが隊商に近づいているのです。あの若い商人は身動き一つしないで、(だま)ってすわっています。心に思っているのは美しい妻のことです。この黒人の国にいながら、砂漠のかなたの(にお)い高い、まっ白な花のことを(ゆめ)みているのです。商人は頭をあげます――!」そのとき、一つの雲が月をおおいました。それから、また一つの雲がかかりました。わたしはその晩はもう、それ以上何も聞きませんでした。

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