28話 第二十七夜
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「ゆうべ、わたしは中国のある町を見おろしました」と、月が言いました。「わたしの光は街路をつくっている、長いはだかの土塀を照らしました。あちこちに門がありましたが、どれもしまっていました。なぜかといいますと、中国人は外の世界のことなんか、ちっとも気にとめていないからです。厚いよろい戸が、家の土塀のうしろの窓をおおっていました。ただお寺だけから、弱い光が窓ガラスをとおしてかすかに射していました。
わたしは中をのぞいてみました。すると、色とりどりの華やかさが眼にうつりました。床から天井まで、まばゆいほどの色彩と金めっきをほどこした絵がかかっていました。それはこの下界における仏たちの所業をえがいたものでした。一つ一つの厨子の中には仏像が立っていましたが、色どりゆたかな幕や垂れ下がった旗のためにほとんど隠れていました。そしてどの仏の前にも――それはみんな錫でつくってあります――小さい祭壇があって、そこには聖い水と、花と、火のともっているろうそくとがありました。けれどもお寺の中のいちばん高いところには、最高の御仏である仏陀が聖なる絹の黄衣を身にまとって立っていました。
祭壇の足もとに、ひとりの生きた人間の姿が、ひとりの若い僧侶が、すわっていました。この僧侶は祈っているようすでしたが、そのお祈りのさいちゅうに何か物思いにしずんでいるようでした。それは、たしかに一つの罪でした。というのは、その頬は熱くほてり、頭は深く深く垂れ下がっていたからです! あわれなスイ・ホン!
この男は街の長い土塀のうしろの、どの家の前にもある小さい花壇で働く自分の姿でも夢みていたものでしょうか。そしてその仕事のほうが、お寺の中でろうそくの番をするよりも、ずっと好きだったのではないでしょうか。それとも、ご馳走のたくさん並んでいる食卓について、一皿ごとに銀の紙で口もとをふきたいものだと望んでいたのでしょうか。それともまた、この男の罪が非常に大きなもので、もしもそれを口にでもしようものなら、極楽が死の刑をもってこの男を罰しなければならないといったようなものだったのでしょうか。あるいはまた、その思いは野蛮人の船とともにその故郷の、はるかにへだたったイギリスへでも飛んで行ったのでしょうか。いやいや、この男の思いはそんなに遠くまで飛びはしませんでした。けれどもそれは、熱い青春の血だけが産みだすことのできるような罪深いものでした。このお寺の中の仏陀をはじめ多くの仏像の前では罪深いものだったのです。
わたしは、この男の思いがどこにあったかを知っています。この町のはずれの、平たい敷石をしいた屋根の上に――そこの欄干は瀬戸物でできているように見えます――白い大きな風鈴草をさした、きれいな花瓶が置いてありましたが、そのそばに美しいペーが、細いいたずらっぽい眼と、ふくよかな唇と、それは小さな足をしてすわっていました。靴のために足はしめつけられていましたが、心はもっともっと強くしめつけられているのでした。娘がきゃしゃな美しい腕を上げますと、しゅすがさらさらと音をたてました。
娘の前にはガラス鉢が置いてあって、金魚が四ひきはいっていました。娘はうるしをぬった、色どり美しい箸で、水の中をそっとかきまわしていました。何か物思いにしずんでいましたので、ほんとうに、ほんとうにゆっくりとかきまわしていました。ああ、金魚はなんて豊かな金色の着物を着ているのだろう、そしてガラス鉢の中でなんてのどかに暮しながら、たくさんの餌をもらっているのだろう、でも、もしも自由になれたら、そしたらどんなに幸福だろう、と、きっとこんなことを思っていたのでしょう。ほんとうに、この美しいペーにはそれがよくわかっていたのです。ペーの思いは家からさまよいでました。そしてお寺へと向いました。けれどもそれは、仏のためではありません。あわれなペー! あわれなスイ・ホン! 現世でのふたりの思いは、めぐりあいました。しかしわたしの冷たい光は、大天使の剣のように、このふたりのあいだに横たわっていました!」――