絵のない絵本 01 絵のない絵本

28話 第二十七夜

1,676字 約3分 2018年4月2日 公開

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「ゆうべ、わたしは中国のある町を見おろしました」と、月が言いました。「わたしの光は街路をつくっている、長いはだかの土塀(どべい)を照らしました。あちこちに門がありましたが、どれもしまっていました。なぜかといいますと、中国人は外の世界のことなんか、ちっとも気にとめていないからです。厚いよろい戸が、家の土塀のうしろの窓をおおっていました。ただお寺だけから、弱い光が窓ガラスをとおしてかすかに()していました。

 わたしは中をのぞいてみました。すると、色とりどりの(はな)やかさが()にうつりました。(ゆか)から天井(てんじょう)まで、まばゆいほどの色彩(しきさい)と金めっきをほどこした絵がかかっていました。それはこの下界における仏たちの所業をえがいたものでした。一つ一つの厨子(ずし)の中には仏像が立っていましたが、色どりゆたかな幕や垂れ下がった旗のためにほとんど(かく)れていました。そしてどの仏の前にも――それはみんな(すず)でつくってあります――小さい祭壇(さいだん)があって、そこには(きよ)い水と、花と、火のともっているろうそくとがありました。けれどもお寺の中のいちばん高いところには、最高の御仏(みほとけ)である仏陀(ぶっだ)が聖なる絹の黄衣(こうい)を身にまとって立っていました。

 祭壇の足もとに、ひとりの生きた人間の姿が、ひとりの若い僧侶(そうりょ)が、すわっていました。この僧侶は(いの)っているようすでしたが、そのお祈りのさいちゅうに何か物思いにしずんでいるようでした。それは、たしかに一つの罪でした。というのは、その(ほお)は熱くほてり、頭は深く深く垂れ下がっていたからです! あわれなスイ・ホン!

 この男は街の長い土塀のうしろの、どの家の前にもある小さい花壇で働く自分の姿でも(ゆめ)みていたものでしょうか。そしてその仕事のほうが、お寺の中でろうそくの番をするよりも、ずっと好きだったのではないでしょうか。それとも、ご馳走(ちそう)のたくさん(なら)んでいる食卓(しょくたく)について、一(さら)ごとに銀の紙で口もとをふきたいものだと望んでいたのでしょうか。それともまた、この男の罪が非常に大きなもので、もしもそれを口にでもしようものなら、極楽(ごくらく)が死の(けい)をもってこの男を(ばっ)しなければならないといったようなものだったのでしょうか。あるいはまた、その思いは野蛮人(やばんじん)の船とともにその故郷の、はるかにへだたったイギリスへでも飛んで行ったのでしょうか。いやいや、この男の思いはそんなに遠くまで飛びはしませんでした。けれどもそれは、熱い青春の血だけが産みだすことのできるような罪深いものでした。このお寺の中の仏陀をはじめ多くの仏像の前では罪深いものだったのです。

 わたしは、この男の思いがどこにあったかを知っています。この町のはずれの、平たい敷石(しきいし)をしいた屋根の上に――そこの欄干(らんかん)瀬戸物(せともの)でできているように見えます――白い大きな風鈴草(ふうりんそう)をさした、きれいな花瓶(かびん)が置いてありましたが、そのそばに美しいペーが、細いいたずらっぽい眼と、ふくよかな(くちびる)と、それは小さな足をしてすわっていました。(くつ)のために足はしめつけられていましたが、心はもっともっと強くしめつけられているのでした。(むすめ)がきゃしゃな美しい(うで)を上げますと、しゅすがさらさらと音をたてました。

 娘の前にはガラス(ばち)が置いてあって、金魚が四ひきはいっていました。娘はうるしをぬった、色どり美しい(はし)で、水の中をそっとかきまわしていました。何か物思いにしずんでいましたので、ほんとうに、ほんとうにゆっくりとかきまわしていました。ああ、金魚はなんて豊かな金色の着物を着ているのだろう、そしてガラス鉢の中でなんてのどかに(くら)しながら、たくさんの()をもらっているのだろう、でも、もしも自由になれたら、そしたらどんなに幸福だろう、と、きっとこんなことを思っていたのでしょう。ほんとうに、この美しいペーにはそれがよくわかっていたのです。ペーの思いは家からさまよいでました。そしてお寺へと向いました。けれどもそれは、仏のためではありません。あわれなペー! あわれなスイ・ホン! 現世でのふたりの思いは、めぐりあいました。しかしわたしの冷たい光は、大天使の(つるぎ)のように、このふたりのあいだに横たわっていました!」――

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